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勇くんと12人の嫁  作者: 夏目八尋
第一章
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第8話

 窓の外から朝を告げる鳥の鳴き声が聞こえる。ピーピーではなくて、コケコッコーだ。


「ん、んん」


 頭に響く音に目は覚め、俺は掛け布団をどかして身を起こす。寝覚めは悪くない。


「ニワトリ、いるんだな……」


 世界を起こそうと響き渡る鳴き声に耳を傾けながら、俺は異世界生活二日目を迎えた。


「んんー!」


 大きく伸びをしてからベッドを降り、ジョアンさんに借りた寝間着から元の服に着替える。


「Hi,you get up early」

「はい。おはようございます」


 リビングまで出ると、奥の厨房で朝食の準備をしているカルラさんを見かけた。かまどに火を入れスープを温めている。モロコシの匂いが微かにして、緩やかに胃袋が刺激される。


(昨日の夕飯、美味しかったなぁ)


 昨晩俺が振舞われた料理。ニンジンやきのこ等、秋野菜がたっぷり詰め込まれたスープ。ベーコンもあったし、パンも柔らかく混ぜ物がない物だったりと、なかなか豪勢だった。少なくとも俺が知るファンタジー小説に出てくるような、村の食事は粗末……もとい質素で慎ましやかな物という常識はそこにはなかった。料理を前にしたジョルジュ君が特別はしゃいだりしてなかった点からして、多分この世界の食事の質は高いのだろうと予測できる。俺のせいでそういう気分じゃなかった、ってのは流石にないと思いたい。


「It is not time for breakfast yet」

「え、ああ、はい」


 作りかけの料理を指差しウィンクをするカルラさん。まだ朝食ができてないことを言っているのだろうと察して頷きを返す。顔に食欲が出ていたのかもしれない。気をつけよう。


「Hmm……」


 ふと、カルラさんが考え込む仕草を始めた。夫婦揃って恰幅の良い体の腰に片手を置き、顎まわりをもう一方の手で押さえてふむむと唸っている。俺はそれを待つ。そこに無言の間が生まれて、ちょっと居心地が悪い。


「Can you help me?」

「はい」


 しばらくして何事か閃いたカルラさんが人差し指を立ててそれを前後に振る。俺はよく分からないままその動作とカルラさんの顔を見比べた。


「Jorge」

「はい、ジョルジュ君」

「Please wake him up」


 ジョルジュ、と口にしたカルラさんは両手を合わせ自らの頬に添えると体を傾ける。それからフライパンとお玉を手に取って、フライパンの裏面にお玉を軽く当ててコンコンと音を立てた。一連の動作に、俺は彼女が何を伝えたのかを理解する。


「ああ、ジョルジュ君を起こして欲しい」


 こちらも手の平をポンッと握りこぶしで叩いてから大きく頷く。


「ジョルジュ」


 カルラさんの動きを真似て頬に手を当て軽く体を傾けた後、俺は布団を剥ぎ取るジェスチャーをした。


「Yes!」


 カルラさんが大きく頷くのを見て、意思疎通の成功を確信する。身振り手振りのやり取りがちょっと楽しかった。


「Please let him awake grandly. He is an overslept genius」

「分かりました」


 もう一度頷いてから俺はジョルジュ君の寝ているジョアンさん夫婦の寝室へと足を運ぶ。この家はリビングとキッチン、そして家族の寝室と、俺が泊めてもらっている多分客室。さらには焚いて入るお風呂もあったし汲み取り式だがトイレもある。と、思った以上に至れり尽くせりだった。もはや現代とほとんど遜色がないのではとも錯覚したが、俺には一つ思い当たる節があった。


機械種(ギア)、だっけか」


 六賢種の内の一つ、道具を生み出すことに長けた種族がいるという。人間種は他の種族から技術を学んだとシルクの話した神話にはあったし、その影響があるのかもしれない。何がどうなって発展しているのかさっぱり予想もつかないが、それもこれから少しずつ知っていければいいなと俺は楽観的に捉えていた。


「お邪魔します」

「Zzz……」


 扉をゆっくりと開け寝室の中へと入る。頼まれごとの内容からも分かっていたが、ベッドに寝ていたのはジョルジュ君一人だった。

 俺は考え事を再開しながら、閉じられている突き上げ窓の板に手をかける。


「……後でシルクに聞いてみよう」


 ガタンッと窓を開放しつっかえ棒を立てる。日の光は容赦なくベッドに突き刺さりジョルジュ君を照らした。


「Wow?」


 が、ジョルジュ君は差し込む光を嫌がり布団に丸まってしまう。少し見守っているとまた寝息が聞こえてきた。これは中々厄介そうだ。

 俺はゆっくりと近づき、ジョルジュ君を覆い隠す布団に手を掛ける。そして、


「おはよう!」


 有言実行。俺はカルラさんにやってみせた通り、ジョルジュ君を包んでいる布団を思い切り剥ぎ取った。


「No~~!?」


 驚き目を白黒させるジョルジュ君を横目に粛々と剥ぎ取った布団を整える。


「What a terrible thing!」


 元気な声が出ているし、体調が悪そうな様子もない。カルラさんからの頼まれ事はこれで完遂したと言っていいだろう。無理やり起こされることへの同情はあったが、それはそれ、農家の子供が朝弱いのはあまりいいことではない。


「Such a thing is not allowed!」


 ベッドの上で喚き散らし、ビタンビタンと暴れ始めたジョルジュ君を置いて部屋を後にしてから、俺は一仕事終えた気分で大きく伸びをする。その間にドアが思い切り開け放たれ、寝間着のままのジョルジュ君が出てきた。ばっちり目は覚めた様子だった。


「うん、おはよう」


 改めて挨拶する。が、


「Just you wait!」


 ぷりぷりと怒った様子のジョルジュ君は俺に指をさし何かを宣言すると、そのままカルラさんの元へと駆けていく。何をするのかは予想できたので、俺はそれを見守ることにした。


「Mom! I was bullied!」

「Good morning Jorge. It was my order」

「What! What?」


 多分抗議に行ったジョルジュ君、カルラさんにあしらわれる(見た光景から推察)の図。


「Thank you, Isamu. It was a good work!」

「What the hell!」


 何かお礼のようなニュアンスの言葉と笑顔でこちらに手を振るカルラさんと、両手を頭に置いて絶望の叫びを上げるジョルジュ君。喜怒哀楽がハッキリした姿は色々と分かりやすい。


「Good morning, Isamu」

「あ、おはようございます」


 おそらく朝一の農場の見回りを終えて戻ってきたジョアンさんと鉢合わせ、挨拶を交わす。ということは、そろそろ朝食の時間なんだろう。


「Dad!」

「Oh, Jorge. You got up early today」

「No!」


 朝食を食べたらシルクに会って、村長に挨拶をしに行かないといけない。やることは決まっている。


「Time for breakfast!」


 料理の完成を告げるカルラさんの言葉を合図に、俺はリビングへと向かう。

 美味しい朝食で元気を補給した俺は、シルクに会うべくジョアンさんの家を出発する。

 見慣れない客人に朝から寝起きを襲撃されてしまったジョルジュ君のことがちょっと気になったが、かといって今の俺に何ができるわけでもない。そう思っていたが、


「Eat this!」

「あい、たぁっ!?」


 出かけに背後から太ももへ全力のローキックを貰う。


「This is a draw! Yeah!」


 勝ち誇ったような機嫌のいい声を上げ襲撃者、ジョルジュ君が逃げていく。しっかり両親の目がない時を見計らう辺り中々味な真似をしてくれる。衛じゃこうはしない。


「……つぅー。結構いい蹴りだったな」


 玄関先に出た今もまだ太ももがちょいとばかし痛い。が、何はともあれさっきまでのやり取りはこれでおあいこだ。おあいこにする。むしろ、ジョルジュ君が内側に溜め込んでしまうタイプじゃなさそうなのが分かってほっとした。


「ジョルジュ君、か」


 彼にはつい弟に対するような気安さを出してしまって申し訳なく思う。そこはもうちょっと気をつけないといけない。


「さて、と」


 気を取り直して見上げた空は晴れ模様。青い空と白い雲、差し込む光が心地いい。

 シルクとの待ち合わせ場所である村長の家は、しっかりとした木造建築なのだと昨日の内に彼女から聞いている。村の中をウロウロしていればすぐに見つかるだろう。


「行くか」

 俺はようやく痛みの引いた足を一歩前に出し、村長の家を探して歩き始めた。


   ※      ※      ※


 所詮は村というか何というか、目的の家はすぐに見つかった。徒歩10分。

 柱を打ち込み僅かに地面と隙間を開けて建てられているウッドハウス。俺の居た世界で言うところの山奥にある別荘とか民宿とかあんな感じの二階建ての家が一軒そこにはあった。


「へぇ……」


 建築の知識が皆無なおかげで、これがすごいのかそうでもないのか分からない。ただ、異世界の家なんだから何だかすごそうな気がすると、佇まいを見上げながらちょっと及び腰になる。多分、異世界って響きに呑まれてる。


「Hi,Mr.Isamu!」


 丁度いいタイミングでシルクに声を掛けられて俺は正気に戻った。


「はい。おはよう、シルク」


 挨拶を返し目を向けると、昨日よりラフな格好の彼女が立っていた。今のシルクはすごく村の人っぽいシンプルなデザインの服を着ている。手にした杖がちょっと異質に見えるくらいに。


「Tex of dialogue is used in front of the village head」

「あ、はい」


 杖を構えてしかし首を振るシルク。後のジェスチャーから察するに対話の法術は村長さんの家に入ってから使うんだろう。時間いっぱいに効果を利用するための努力だ。


「大丈夫」

「OK? Let's go」


 俺が理解を示して頷いたところで、彼女が先んじて玄関前の段差を上り始める。俺は素直に彼女の後に付いていった。シルクがドアに取り付けられている鉄製のドアノッカーを鳴らしてしばし待てば、中から50は過ぎているだろう男性が姿を現した。彼が村長に違いない。


「Good morning, the village head」

「Good morning」


 男性はシルクと挨拶を交わすと俺の方へと視線を向けた。とりあえず頭を下げて一礼する。相手もそれに合わせてぺこりと頭を下げてくれた。


「Is he a mysterious traveler you were talking about?」

「Yes, he is」


 村長がちらちらとこちらの様子をうかがっている。俺は彼から好奇の視線を感じてちょっと身じろぎした。


「Please come in」


 ほどよく満足したのか村長に招かれて俺達は家の中へと入る。そのまま客間らしいところへ通され、椅子に腰掛けしばし待った。少しすると男性と同い年くらいの白髪の女性がお茶を淹れてくれて、ようやく一息つくことができた。


「Sorry I made you wait」

「It's okay」


 紙とペンを手に戻ってきた村長が向き合うように座り、入れ替わりにシルクが立ち上がる。


「I want to talk to you……」


 聞き覚えのある文言と、彼女の構えた杖の先に輝く黄色い暖かな光。二度目ともなれば少しは慣れて、俺はその様子をしっかりと見つめる。


「Dialog!」


 詠唱が完了し彼女が呪文を唱えると、杖の先の光がカーテンを被せるように俺の全身を包み込む。意識してそれを見ていると、体全体に何か力の流れのような物を感じた気がした。


「ふぅ。効果はありましたか、イサムさん」

「お。大丈夫大丈夫、ちゃんと分かるよシルク」

「私もイサムさんの言葉が分かります」


 またシルクの言葉が分かるようになった。言葉の通じない人達とのコミュニケーションのコツは何となく分かってきたつもりだったが、やはりちゃんと話が通じる相手とのそれには到底及ばない。安心感が違う。


「それじゃあ私が通訳しますので、何か聞きたいことがあったらどうぞ。逆に村長さんからも質問があると思いますので、そちらにはできるだけ答えてあげてください」

「了解」


 再び隣の席に腰掛けたシルクに俺は頷きを返す。報告とだけ聞いていたからちょっと面食らったが、せっかく話ができるのなら何か質問するのもいいかもしれない。

 そうして俺が何を質問するか考えていると、相手の方が先に会話の口火を切った。村長の言葉をシルクが翻訳し俺に伝えてくる。


「まずは村人を助けてくれてありがとう、だそうです。私からも改めてお礼を。ありがとうございました」

「ああ、いや。たまたまだったし」


 謝辞を言われるとは思ってなかったから対応が遅れた。


「勇気をもってことに当たってくれたことを報告で聞いている。君には胸を張って欲しい、だそうです」

「いや、ほとんど無我夢中というかその場の勢いというか」

「謙遜しなくていいんですよ? イサムさんがジョアンさんを介抱してくれて、デモンの兵士に立ち向かってくれたから私達は事なきを得たんですから」

「ああ、うん」


 褒めちぎられてますます対応に困った。他人から評価され慣れてないのもあって頬がカッと熱くなるのを感じる。


「If you wish, I recommend you to stay in the village for a while」

「イサムさんがお望みなら、しばらく村に滞在することをお勧めします。って言ってます」

「それは……」


 非常にありがたい申し出だった。右も左も分からないまま一人旅をするには、この世界は危険すぎる。来て早々に味わった生命のピンチは記憶に新しい。


「……ん?」


 そこではたと気が付いた。今、何か聞き捨てならない単語があったような気がすることに。


「どうかしましたか?」

「えっと」


 たずねてくるシルクをよそに必死に頭を回転させ、出てきた単語を思い出す。


「兵士?」

「ああ、そうでしたね」


 搾り出した言葉に、シルクがぽんと手を叩いて頷いた。


「イサムさんが相手をしたあの魔人種達は、デモンの侵略兵だったんですよ」

「え?」


 唐突に投げ込まれたパワーワードに、俺の頭が処理しきれない。


「実は今、私達ヒュリムとデモンは戦争中なんです」


 続けてシルクの口から語られた言葉に、俺は頭がパンクした。


「おう……」


 どうやら俺の送られてきた世界は思った以上にエキセントリックな状態だったようで。


「そいつは、驚きだね」


 驚きすぎた俺の口は、逆に冷静なトーンで言葉を返していた。


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