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勇くんと12人の嫁  作者: 夏目八尋
第一章
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第7話

 荷馬車に乗って、馬にひかれてぽてちてぽてちて。早歩きと同じか少し遅いくらいのペースの旅路。空は薄っすら赤くなり始めている。


「Hey, Mr.Isamu. Please see over there」


 ぼーっとしていたところに隣のシルクから声を掛けられる。対話の魔法……もとい法術は、ここに来る途中で効果時間切れ。再度唱えるにはまだ修行不足なんだそうで、俺の耳にはまたあの聞き慣れない言葉、ヒュリム・ワードという言語で入ってくる。最初に聞いた時よりいくらか耳障りが良くなったように感じるのは、わずかにでも話をすることが出来た経験が、聞こえてくる音を理解出来る言語なのだと思わせてくれたからかもしれない。聞く気になったというかなんというか。


「Mr.Isamu?」

「あ、ごめん」


 体を前のめり、上目遣いになってこちらの顔を覗き込んできたシルクに手を振り、俺は振り返る。そして幌を掴んで荷馬車の行く先に目を向けた。


「お」


 ちょうどそのタイミングで荷馬車は森を抜け、拓けた場所へと進み出た。暮れ始めた空の下、馬車の向かう先に俺は村を見つける。

 森に囲まれたそこは石と土作りの壁の家が間隔広く立ち並び、煙突からは晩の用意を始めた家の煙が立ち上る。遠目に見える汲み取り式の井戸の傍ではフードを被った女性達が、野菜の入った籠を手に雑談の花を咲かせている。気が早い家の主人が夜を前に玄関先に吊るされたランタンへ火を点すのを、小さな子供の兄妹が羨ましそうに飛び跳ねて見ていた。


「おおー!」


 俺の知るいかにもファンタジーな風景が、そこには広がっていた。


「Welcome to our village」


 声を上げた俺にジョアンさんが何事か明るく告げる。荷馬車が獣除けの柵の間に置かれた村のゲートをくぐる。ゲートにはおそらくヒュリム語で何か書かれていたが、さすがに俺でもそれが何を示すのかは分かる。世界共通の謳い文句だ。


「キュリアス村へようこそ、だな」


 異世界で初めての村訪問である。


   ※      ※      ※


「I will take them to the village chief. I will also report about Mr.Isamu」

「I am accompanied」

「OK」


 くちばし男達を縛る縄を締めなおし、気合の入った表情でシルクが告げる。その隣には対照的にゆるっとした顔のアルカ。身長差コンビはこれから村の村長に面通しして、反省房を借りに行く。事前に段取りは相談済みだ。そして俺は、そんな二人を横目にジョアンさんに頭を下げた。


「よろしくお願いします」

「All right. Follow me!」


 俺はシルク達と別れジョアンさんに付いていく。本当は俺も村長さんに顔を見せに行った方がいいのだが、一旅人よりも重要な案件がある以上それは後日ということになったのだ。


「It's been a while since we invited travelers」

「はい」

「My wife will be surprised」

「はい」


 ジョアンさんの言葉にとにかく相槌を打つ。


「Hahaha!」

「はは……ふぅー」


 ジョアンさんがこちらを見て笑い、頷く。その動作で俺はほっと息をついた。一時間ほど前のシルクの言葉を思い出す。


『会話にはなるべく返事を返してください。言葉が分からなくても聞いているかどうかを伝えるのはとても大切ですから』


 言葉が通じるもの同士であれば、聞いていますかとたずねることが出来る。だが分からなければたずねたところで相手に理解されない。だから聞いているかどうか、相手を見ているかどうかは聞き手側がしっかりと配慮する必要がある。そんな説明に俺はなるほどと頷いていた。コミュニケーションは会話のやり取りだけではないということだ。


「That is my home」


 ジョアンさんが何か言って遠くの家を指差した。他の家と変わらない石と土作りの平屋建ての隣に大きな馬小屋が一つ。きっとジョアンさんの家だ。


「はい」

「OK, let's go! Hi-yo Popo!」

「ヒヒーン!」


 頷いた俺に笑顔を見せ、ジョアンさんが馬のポーポの手綱をしならせた。勢いづいたポーポは元気にラストスパート、荷馬車はあっという間にジョアンさんの家の前まで移動する。


「Be careful」

「はい」


 親切で差し出されたジョアンさんの手を借りつつ御者台から降りる。直後、ジョアンさん家のドアが勢いよく開き、


「Daddy, welcome back!」


 10歳前後くらいの男の子が大声と共に飛び出してきて俺の腰に抱きついた。


「Hmm……」


 抱きついた男の子はその勢いのままギュッと俺を放さず顔をこすり付けてくる。が、時間と共にその動きは鈍り、嬉しそうだった声も段々といぶかしがるものに変わっていく。


「Woo?」


 最後には顔を見上げ、見下ろしていた俺とばっちり目を合わせた。


「Hi, Jorge」


 ちょうどそこに荷馬車から降りたジョアンさんがやって来て、横合いから男の子に微笑みかける。


「……」


 きょろきょろと男の子が俺とジョアンさんを見比べる。


「!?」


 そこでようやく、男の子は自分が狙う相手を間違えたのだと気づいた。


「A,ahh……」


 男の子の顔が見る見るうちに赤くなっていく。俺は脚に力を入れた。


「No!!」


 勢いよく俺の太ももは叩かれ、男の子は開けっ放しだった扉の向こうへと駆けていく。


「Oh, sorry. Are you okey?」

「はい。大丈夫です」


 心配そうに見てくるジョアンさんに笑顔を返す。起こることを予想出来ていたから何てことはなかった。むしろ、


(ああ、懐かしいなこの感覚。構い過ぎて衛に嫌われた時以来だ)


 なんて昔のことを思い出して、俺はほっこりした気持ちになっていた。


「……」


 鋭い視線を感じて見てみれば、ドアの向こうから顔だけ出して男の子がこちらをにらんでいる。顔が真っ赤なところを見るに恥ずかしさからくる行動だろう。


「……ふふっ」


 男の子の動作の何もかもが懐かしくて、俺はうっかり笑ってしまった。当然、悪手だった。


「!?」


 泣きそうな顔になった男の子が、さっきよりも勢いよくドアを閉めてしまった。


「Jorge!」


 ジョアンさんの呼びかけにも反応はない。やってしまった。


「すいません」

「Oh, don't worry」


 頭を下げた俺にジョアンさんが笑いながら首を振る。その顔は気にするなといってくれているようで、ほっとした。


「Please wait as we will leave the wagon」

「あ、はい」


 手綱を手に馬小屋を指すジョアンさん。さらにここで待つようにとジェスチャーを受け、俺はポーポをひいていく彼を見送った。


「……ふぅ」


 ため息一つ。ふと、また鋭い視線を感じて目を向ける。


「……」


 案の定、微かに開いたドアからさっきの男の子が俺を見ていた。様子をうかがう仕草から、完全に警戒されているのが分かる。試しに手を振ったら慌ててドアを閉められた。が、少しするとまたドアが開き、見てくる。以下エンドレス。


「……ふふ」


 こうして俺は、ジョアンさんが戻って来るまで平和な時間を満喫した。


   ※      ※      ※


「I will introduce my family」


 戻ってきたジョアンさんと共に彼の家へと入った俺は、リビングでジョアンさんの家族と対面した。この空間にいるのは俺とジョアンさん、そしてさっきの男の子とジョアンさんより一回り若い30代くらいのふくよかな女性。ジョアンさんの奥さんだ。


「Carla」


 ジョアンさんが女性の肩を抱き、カルラと言った。単語だけ、ということはそれが彼女の名前なのだろう。ジョアンさんは次いで男の子を自分の手前に抱き寄せる。男の子はそれを嫌がっていたが、俺のことが嫌いというわけじゃなく、恥ずかしいんだろうなというのは顔を見ればすぐに分かった。耳まで赤い。


「Jorge」


 ジョルジュ、とジョアンさんは彼の名前を呼んだ。ジョアンさんの子供がジョルジュ、なるほどと思う。


「イサム」


 相手に倣って俺も胸に手を当て礼をとり、自分の名前だけを手短に名乗って頭を下げる。


「Isamu……」


 ジョルジュ君が俺の名前を呼んだのが聞こえた。反応してつい視線を向けると、


「!? You are idiot!」

「Hey!」


 驚いたジョルジュ君が反射的にこっちに何事か喚き、ジョアンさんにたしなめられる。怒られてしまったジョルジュ君はジョアンさんから逃げ、今度はカルラさんのふわっとしたスカートの後ろに隠れた。


「Whew……」

「あはは」


 ため息をつくジョアンさんに俺は笑顔を向ける。多分ジョルジュ君の口から出た言葉はこっちを害するものだったんだろうが、それこそ慣れたものだ。


「I want to stay him at home today. Do you mind?」

「Oh, all right. No problem」


 ジョアンさんがこちらにサムズアップする。これも事前の打ち合わせの動作、どうやら奥さんは俺が泊まることを許してくれたらしい。


「Jorge, he is a customer. Did you understand?」


 続いてジョアンさんはジョルジュ君に言いつけ始める。ちょっと語気が強いのは、さっきまでの行動を咎めていたりするんだろう。


「……」


 ジョルジュ君は不機嫌そうにしながらも、父親の言いつけにしっかりと首を縦に振った。あれくらいの年の子の行動としては理解出来るだけに、ちょっとだけ彼に申し訳ない気持ちになった。


(まぁ、そうなるよなぁ)


 そもそもどれくらいの期間、ジョアンさんはこの家を空けていたのだろう。俺はここから商会がある町までの道のりを知らない。数日、あるいはもっと長い時間掛かるかもしれない。少なくとも一週間近くは会えていないと見るのが正しいだろう。だからこその熱烈なお迎えだったろうに、俺はそれを邪魔してしまった。甘えるところを他人に見られるのは恥ずかしいと思い始める頃だろうし、あまりいい出会い方ではないと思える。


「……よろしくな?」

「!?」


 膝を折り、目線を合わせてジョルジュ君に挨拶する。が、彼はカルラさんのスカートの裾を引っ張って、今度は俺の視線から外れた所へ隠れてしまった。


「ふむ」


 ゆっくりと立ち上がり、ジョアンさんとカルラさんを見た。二人ともやれやれと苦笑していて、息子の態度には色々と察している様子だった。


「Hmm?」

「Haha」


 二人と視線が重なって、一緒に笑い合う。言葉はなかったが、俺と彼らは考えてることが似ているんだなと分かって親近感が沸いた。


「Let's have dinner」

「OK,OK」


 ジョアンさんの言葉で場が動く。カルラさんは抱きついたままのジョルジュ君をそっと促し離れさせ、厨房へと向かった。ジョルジュ君は始めそれについて行こうとしていたが、言いつけがあるのか厨房には入らず立ち止まり、俺のことをちらりと見た後自分の部屋らしきところへと入っていった。


「Isamu」

「はい」


 俺はジョアンさんに呼ばれ、自分の泊まる部屋へと案内される。客人扱いすると事前に言われていた通り、綺麗に掃除された部屋へと通された。


「ほおー」


 目に付いたのは木組みのベッドだ。その上にふわふわに膨らんだ敷布団とシーツが敷かれている。想像していた以上に上等な寝具に俺は驚いた。


「Please use here」

「はい」


 多分ここが君の部屋だと言ったジョアンさんの言葉に頷きを返すと、彼が気を利かせて俺を部屋に一人にしてくれた。


「……ふぅー」


 とりあえずずっと手に持っていた植木鉢を部屋にある木のテーブルの上に置き、俺はベッドに腰掛ける。


「ああ、これすっごいな」


 長い時間木の根っこや荷台の端に座っていたのもあって、柔らかな敷布団の感触は物凄く心地よく感じられた。気を抜いたらこのまま眠ってしまいそうなくらいで、俺は慌てて立ち上がり、服についた汚れなどを落とし、すでに布団に落ちてしまっていた砂を急いで払った。


「疲れてた、んだよな」


 身奇麗にしてから改めて腰掛け、一人ごちる。思えばこの世界に来てから膝を折るまで歩き通して、初めての出会いは異国人からの襲撃で、魔法に戦闘、とんでもない出来事の連発だった。荷馬車に揺られて眠らなかったのは興奮と、話せる相手がいることへの安心と焦りもあったんだろう。


「はぁー」


 俺はここに来てようやく、安心出来る場所へと辿り着いたんだ。


「すごいな、異世界」


 自分の常識が通じない。言葉も通じない。海外に身一つで飛び出したような感覚、いやきっとそれ以上の感覚を今の俺は感じているに違いない。未知との遭遇だ。


「……転生、か」


 俺はここに迷い込んだんじゃなく、新しい人生を全うするために移住してきた。もう元の世界には戻れない。

 机の上に置いた植木鉢を見る。そこには俺が持ち込んだ俺の世界の物が植えられている。思い返せばくちばし男の出した炎に燃やされなくて本当に良かった。あそこでもしもこの苗を失っていたら、俺の新生活に希望はきっとなかっただろう。


「とりあえずは、お前をしっかり実らせるところから、だな」


 イチゴの苗に声を掛け、自分自身の目標を強く心に刻み込む。


(俺はこの世界で立派なイチゴ農家になってみせる……!)


 そんなことを考えているとドアがノックされ、ドア越しにジョアンさんの声がした。


「Hi Isamu. It's supper time」


 晩の用意が整ったんだろう。考え事をしていたおかげで俺は布団の魔力から逃れることが出来たようだ。


「はい」


 俺はジョアンさんに返事をして立ち上がる。これからどうするかを考える。


「お待たせしました」

「No problem」


 まずは言葉を覚えよう。彼らと話が出来るようになろう、全力で。


「Oh, that's cool」

「はい」


 俺はジョアンさんと通じない会話をしながら、彼らの食卓にお邪魔させてもらいにいった。


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