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勇くんと12人の嫁  作者: 夏目八尋
第一章
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第6話

「Thank you for very much!」

「ど、どういたしまして」

「どういたしまして、だそうです」

「Oh yeah!」


 俺は今、意識を取り戻した御者の男性に熱く手を握られている。シルクの通訳のおかげで相手の言葉を知ることが出来るようになって、状況は大分楽になっていた。


「It is not a problem to the extent that language does not pass」

「言葉が通じないくらい、気にしていない。と」

「なるほど。ありがとうございます」


 翻訳されると動作と相手の表情でその意味も深く理解出来る。カッチリと嵌まった感覚が心地いい。

 俺がなりゆきとはいえ助けたこの男性―――ジョアンさんは、シルクとアルカの生まれ故郷「キュリオス村」の農家さんなんだそうな。村の所属する商会に今年の農作物の出来を報告に行った帰り、村に向かうシルクとアルカを拾って運んでいたんだとか。


「護衛の一人もつけないで行くなんて無用心過ぎます」

「I'm sorry. I never imagined that I would encounter such an event」

「It was fortunate at the return event」

「Sure」


 シルクに心配され、アルカに突かれ、ジョアンさんはたじたじになっている。彼らの話す雰囲気から、俺は家の畑の隣で仕事していたジャガイモ農家の野村さんを思い出していた。世界は違っても、近所付き合いの空気は違わない。


「Oh Popo. I'm relieved you with safety」

「ブルヒヒンッ!」


 荷台まで戻るとジョアンさんが早速馬に近づいてその頬を撫でる。撫でられた馬は嬉しそうに首を縦に振り一声鳴いた。ちらりと馬の目がこっちを向いたような気がして、俺は小さく手を振って笑う。


「Can you talk with a horse?」

「え?」

「そうなんですか?」

「え?」


 アルカに何か声を掛けられ、驚いている間にシルクにも畳み掛けられる。が、当然答えられるわけがない。シルクの翻訳待ちだ。


「あ、すいません。えっと、アルカがユヅキさんは馬と話せるのかって聞いています」


 なるほど。


「いや、話せないよ。ただ、あの馬とは何だか意思の疎通がちょっとできたような、そんな感覚があってさ」

「あー。ありますよね、そういう瞬間」

「Silk」

「ああ、えっとね……」


 今度は俺の言葉が分からないアルカに翻訳待ちされ、シルクが慌てて伝え始める。唯一俺の言葉が理解できるシルクだが、さっきから喋りっ放しだ。これは余計なことを口にして手間取らせるのは避けた方がいいかもしれない。


「……お」


 見れば幌つき荷馬車の中にある荷物が、いくらか乱れて中身を零しているのに気がついた。とくにりんごが散らばっている。


「ジョアンさん」

「Hi?」


 馬とじゃれ合っていたジョアンさんに声を掛け荷台に上り、彼の見ている前でりんごを一つ蓋の開いた箱の中に片付けてみせる。


「いいかな?」


 首を傾げて問いかけると、ジョアンさんは俺の意図を理解してくれたのか大きく頷き自分も荷台に乗り込んできた。


「Thanks」


 笑顔を向け、ジョアンさんが大きい手のひらで俺の頭をわしわしと撫で回す。感謝を伝えているのはすぐに分かり、俺も彼に頷きを返して二人で崩れた荷物を片付け始めた。


「あ、手伝います!」

「いいよ、大丈夫」


 こちらの動きに気づいてすぐさま駆け寄ってくるシルクを手で制した。一番負担の重い彼女にまた仕事をさせるわけにはいかない。


「そうですか……」


 しゅんっとなってしまったがこれもしょうがないことだ。


「……」


 なんだかそわそわしながら仲間になりたそうにこっちをちらちら見ているが、気にしてはいけない。


「……うぅ」


 しまいにはその場にうずくまって落ち込み始めた。


「……手伝ってくれる?」


 俺は折れた。


「いいんですか!?」


 とたんにウキウキとした様子で荷台に乗り込み手伝い始めるシルク。人がいいというか何というか、世話焼きなんだなと察した。


   ※      ※      ※


 三人でやった作業は十分と掛からずに終わり、いよいよ出発となる。色々とお礼もしたいからと、俺もキュリアス村に連れて行ってもらえることになった。この世界に来てから初手を大きく間違った俺にとってこの申し出は渡りに船、否応なく受け入れたのは言うまでもない。

 ちなみにやっつけたくちばし男達は拘束されたまま荷物扱いで荷台に放り込まれている。村まで連れて行った後は反省房とやらに閉じ込められ、定期的に村々を巡回する兵士さんのお沙汰を受けるのだそうな。


「本当は王都まで直接連れて行った方がいいんですが、手間が掛かりますから」


 いっそ縛ったまま放置するとか、最悪手に掛けるという手段もあるらしいが、そこはシルクが責任を持って引き渡すんだと譲らなかった。俺もそうしてもらった方が気が楽だった。放置や処理が、この世界の普通だと察していても。


「ユヅキさん。その植木鉢は荷台に置かれないんですか? ジョアンさんも構わないと仰っていますよ?」

「ありがとう。でもいいんだ、今はまだこれを持っていたいから」


 荷台の後ろに二人、俺とシルクは腰掛けて乗せて貰っている。アルカは疲れたと言い残し荷台の中に潜り込み、適当な場所で寝転がってしまった。寝転んだ瞬間にくちばし男のうめき声が聞こえたが、きっと気のせいだろう。


「アルカはいざって時は頼りになるんですけど、普段はああやって気を抜いて全然本気を出してくれないんです」

「面倒くさがりって奴か」

「ですね」


 チラッとアルカの方を見る。彼女はこちらに背を向けて、狭い荷台の中で丸まっている。


「……」

「どうかなさいましたか?」

「ああ、いや」


 気を使ってくれたんだろう。なんて勘ぐりはわざわざ口にすることじゃないな。と、俺は首を振ってごまかした。


(せっかく得られた機会だ。今の内にこの世界について聞いておかないとな)


 村に着くまでまだまだ時間はあるそうで。何もない俺にまず必要なのは、この世界の常識だ。


「なぁシルク」

「はい」


 座って並ぶことで幾分視線が重なるシルクと向き合いながら、ひとつひとつ疑問をぶつけていくことにする。


「さっき俺達が出会ったくちばし男達って何者なんだ?」

「はい?」


 俺の問いかけにシルクが自然な動作で首を傾げ、そこから無言になった。


「……」

「……」


 多分10秒以上無言で向き合った。


「え?」


 笑顔だったシルクの表情が驚きに彩られ、次の瞬間。


「えええ?!」


 驚愕にまで昇華されシルクの口から大声を上げさせた。どうやら、とんでもないことを聞いてしまったらしい。


魔人種デモンを知らない、と!?」

「デモン?」


 くちばし男達はデモンと呼ばれているらしい。が、それは常識中の常識だったようだ。


「えっと、不躾ながらおたずねしますが……ユヅキさんは人間種ヒュリムの方、ですよね?」


 ヒュリム、という単語もいまいちピンと来ない。


「!?」


 ピンと来てない顔に気づいたのか、シルクの驚きがさらに大袈裟なものになった。


「まさか、人間種に似た姿の精霊種アストルの方でしたか……!?」


 次々と出てくる聞き慣れない単語の数々に、しかし俺は一つとしてまともな反応を返せない。理解出来る日本語に訳されていても、分からない物はある。


「え、ええと。どうしたら……!」


 完璧に混乱してしまったシルクがあわあわしている。俺もつられてあわあわしそうになるがここはぐっと落ち着いて冷静に。


「ごめん。本当に学がないもんで、何もかも分からないんだ」

「え、そんなようには……」

「復習の意味も兼ねて改めて教えて欲しい」


 強引に押し切る。頭を下げて懇願する。


「こんな機会は持ったことがないんだ。シルクを頼りにさせて欲しい」

「私を……!」


 顔を上げ、ちらりとシルクの様子をうかがう。彼女は何か思考しているのか虚空を見上げぶつぶつと呟いていた。


「……どうかな?」


 改めて向き合って問いかける。すると、


「……私に出来る範囲で、頑張らせてもらいます!」


 再び目が合った彼女は、瞳にやる気の炎を灯していた。

 確信する。彼女は世話焼きさんだ。


「それで、どこからお話すれば良いでしょうか?」


 彼女のやる気の炎が燃えている間に、聞けることは何でもたずねよう。


「とりあえずその、デモンとかヒュリムとかアストルとかについて」

「魔人種と人間種と精霊種について、ですね」


 俺の問いかけにシルクは一呼吸おいてから、ゆっくりと話し始めた。


「魔人種、人間種、精霊種。それに加えて獣人種セルク機械種ギア。そして巨人種テト。それら六つの種族を、私達は六賢種と呼んでいます。これらはそれぞれに言語と文化、そして国を持っていて、その国名もそれぞれ、デモン、ヒュリム、アストル、セルク、ギア、テトです。ごちゃごちゃになるのを防ぐために、デモン国やヒュリム国など、国まで付けた言い回しで一般には呼ばれてますけどね」


 ここまでよろしいですか。と問われて、俺は頷きを返す。


「次にそれぞれの特徴ですが……」


 そこまで言ってピタリとシルクが止まる。そうすることしばらく、


「……一つ、歴史についてお話させてもらいますね」


 言いかけた言葉と繋がらない新しい言葉で、彼女は再び語り始めた。


「あるところに、大いなる創造の力を持った女神マナがおりました。この世界は、彼女が作った世界の卵が始まりだと言われています」


(神話?)


「女神マナの創造した世界の卵は、大いなる破壊の力を持った破壊神ケイオスによって割られました。その割れた卵の中から、空と大地と海、そして自然、植物が生まれました」


 シルクの口から語られだしたのは、二柱の神様による創世の物語だった。


「女神マナは世界にまず巨人種を創造しました。巨人種は神に近しい力を持ち、世界を瞬く間に自らの庭とし繁栄しました。それに対して破壊神ケイオスは世界に自らの姿を模した存在である竜を放ち、巨人種の世界を破壊し尽くし滅ぼしてしまいました」


 神話というのはどの世界でも物騒だなと思う。


「竜が蹂躙し滅ぼした世界から、法術テックスの扱いに長けた精霊種が生まれ、魔術マギウスの扱いに長けた魔人種が現れました。女神マナがそれぞれに動物と魔物とを与えると、再び世界は動き出しました」


 そこまで聞いて、相手が話題を変えた意図を察する。俺はより真剣に耳を傾け始めた。 


「女神マナは新たに、獣の如き力を持った狩人の獣人種と、優れた道具を生み出す力を持った機械種を創造しました。獣人種は世界に増え続ける植物、動物、魔物を狩りその数を調節し、機械種は様々な道具を作り出し自らの生活を効率化していきます」


 ところが、とシルクが続けた。


「破壊神ケイオスが魔人種に道具の有効な使い方を教えると、魔人種はおそるべき早さでその技術を習得しました。天才的な感性を持つ彼らは、道具を生み出すことは得意でも扱い方に不器用さのある機械種よりもより面白く、そして新しい運用をすることが出来たのです。それは世界中で争いを起こす火種にもなりました。ですが結果として、世界に道具の有用性と普及を加速させることにもなりました」


 ぐっと両手を握り強く頷くシルク。彼女の身振り手振りを交えての説明は、子供におとぎ話を聞かせるような所作で想像を駆り立てられ、面白い。


「争いは続き彼らは多くの命を失い、世界にいくつもの空白を作ってしまいます。女神マナはその空白を埋めるため、人間種を創造しました。人間種は長い時を掛け他の種族の技術を学び、自らの手で昇華させていきます。そしてついには世界の真ん中に王国を作り上げ、ようやく世界は安定したのでした」

「なるほど」


 シルクの言葉が止まったのを確かめて、俺は頭の中で今語られた物語を深く心に刻み付ける。それはよく出来た作り話かもしれなかったが、この世界の大まかな形を理解するのに十分な情報が詰め込まれた宝箱だった。


「すごく分かりやすかった」

「よかった。ユヅキさんならこのお話をした方が分かりやすいだろうなと思ったんです。あなたからは、私達と同等の教養を感じられましたから」


 はにかむシルクに、俺はもう言葉もなく感嘆していた。彼女は本当に相手のことをよく観察している。多分さっきの神話には、ところどころに脚色がされていたに違いない。部分部分に妙に具体的な説明が混じっていたのは、彼女が俺に知っていて欲しい情報を加えていたのだ。そのおかげで、


「つまり、さっき俺が出会ったくちばし男達は魔人種って奴で、デモン国の住人だったと」

「おそらくは」

「ついでに言うとさっきのごたごたの中でくちばし男が使ってた火の玉。あれが魔術」

「はい。そして私が使っていた治癒や、今こうしてユヅキさんとお話している力が、法術と言われる物です」


 理解がとてもスムーズに進んだ。


「二つまとめて魔法とか言ったりする?」

「私達はそれを魔法マギテックと呼んでいます」

「なるほど。六賢種に、六つの国に、魔法かぁ」


 常識が根っこから違うのだと改めて思い知った。異世界に転生するということの途方のなさに、もうため息しか出でこない。


「……ちなみにここは?」

「ヒュリム国中央部領と南部領の境あたりですね」

「今はどっちに向かってるの?」

「南にある村です。この道は本道から外れた枝道になります」


 南と聞いてほっとする。おそらくこれで俺は神様の用意してくれた道筋に戻れたに違いない。


「他に聞きたいことはありますか?」


 お役立ちなのがよほど嬉しいのか、彼女のやる気の炎はまだまだ燃え盛っている。聞きたいこと知りたいこと、考えれば沢山浮かぶが何よりもまず、


「俺、15歳なんだ」


 気になっていたことに踏み込んでみることにした。


「そうなんですか? 実は、年下だと思ってました」

「じゃあ、同い年?」

「はい。私もアルカも15歳ですね。成人なりたてですよ」


 もしかしたら年上かも、と思っていたがどうやら同い年だったようだ。ちょっと安心と、親近感が沸く。


「なら、俺のことも勇って呼び捨てにしてくれていいよ」

「え?」


 気軽に言ったつもりだったが、シルクはきょとんとしていた。


「あれ? ユヅキさんじゃないんですか?」

「ん?」


 返ってくる言葉に今度は俺が首を傾げる。ちょっと考えて、違和感の答えに辿り着いた。


「あ、あー! 俺の居たところだと、先に苗字を言ってから名前を言うんだ。だからそっちに倣うならイサム・ユヅキ」

「そうだったんですか!? だったら、イサムさんって呼ばせてもらいますね」

「あー、いや。呼び捨てさせてもらってるし、遠慮なく俺も勇って呼び捨てしてくれていいよ」

「それは、ちょっと」


 何かのバリアを感じた。


「じゃあまぁ、呼びやすいようにどうぞで」

「はい。イサムさん」


 安心したように笑うシルク。嫌がったというよりも、遠慮した感じだろうか。出会ってすぐだ、まだ距離感はハッキリとしないのもしょうがない。


(でも、出来ることなら……)


 仲良くしたい、と思う。頼る物が何もない俺にとって、言葉の通じる彼女は本当に救いの女神のような存在だった。でもそれだけじゃない。今こうして助けてもらった、安心をもらった、その恩を何かの形で返したいと思っていた。


『男は受けた恩を忘れねぇもんだ! そしてそいつはいつか絶対に返す。いいな!?』


 爺ちゃんの教えだ。リスタートした人生、何もないからこそこういった教えも大切に守って生きたいと思う。


(……頑張ろう!)


 会話が区切れたところで俺は前を向く。馬車の進む方角とは逆向きの遠ざかっていく風景を眺めながら、俺は決意を新たにしていた。

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