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勇くんと12人の嫁  作者: 夏目八尋
第一章
17/39

第17話

「あまいあまいあまーい!」

「何、だと……!?」


 俺は敗北を覚悟した。

 絶対に決まると確信して振り下ろした俺の剣の、その上から振り下ろされた鋭い一撃。攻めて攻めて押し切って、ようやく相手の上を取ったはずが、相手はそのさらに上を行っていた。


「はい、おしまい!」

「あがっ!」


 稽古相手のアルカの完璧な引き面を肩に打ち込まれ、俺は地面へと叩き伏せられた。隙だらけの頭を叩かなかったのは防具を身につけていない俺への温情だろう。


「今日もわたしの勝ちー」


 勝ち誇るアルカは地に伏し痛みに悶える俺の脇を悠々と進み、観客だったシルクの用意してくれた温かいミルクの入ったカップを先に手にする。

 ちなみに今日はギャラリーがいるということで三本勝負となったのだが、結果は0勝3敗、すべてアルカの一本勝ち。


「戦いはいつも前に出ればいいってわけじゃないよー、イサームくん? ……うん、美味し」

「うぐぐ、くそぅ」


 アルカ余裕のご高説を耳にしながら、痛みを堪えて立ち上がる。


「お疲れ様」


 そこにシルクが手拭いを持ってやってきてくれた。


「すぐに治療しますね」

「いや、自分でやるよ」


 手拭いを受け取り軽く汗を拭いてから、俺はあざの出来てしまった箇所に手をかざす。


(傷の塞がるイメージ……いや、あざだから腫れの引くイメージかな?)


 意識を集中し、次はいよいよ法術行使の段階。と、そこでちょっとばかしふざけ心が出た。


「痛いの痛いの飛んでけー」


 日本語で口にし、人差し指をあざの上でくるくると回す。そうして吸い上げた痛みを虚空の彼方へぽいっと投げ捨てる動作をしてみた。


「おお?」


 意外なことにそれでも法術は発動した。俺の肩に出来ていたあざはスッと消え、痛みも抜けていく。


「治った治った。面白……」


 俺はその言葉を言い終えることが出来なかった。いきなり両腕を掴まれ、視界に影が差す。シルクが俺を捕まえていた。


「あの、今何を唱えたんですか?」


 おそらくあざのあった部位を見ているだろうシルクの問いかけ。俺の目の前ではちょっと目の毒な健康的なふくらみが揺れている。


「え、えっと。俺の国のおまじないの言葉を」

「おまじないですか」


 動揺しながら返した言葉に、シルクははーと感心した様子のため息を零した。


「確かに、魔法の行使は発動させたい力を正しく起動させられるイメージが持てるのであれば何をやっても行使出来ると言われていますが。イサムさんのおまじないの言葉は、何か治癒をイメージしやすい言葉だったんでしょうか?」

「ああっと、そうだね。ヒュリム語で言うなら、痛い場所はここではありませんって言いながら痛みのもとを取り除く感じ」

「ふむふむ」


 何気なくやったことを丁寧に説明させられるのはちょっと恥ずかしい。けど、説明を聞くシルクがとても楽しそうにしていたからここは我慢のしどころだ。


「前々からずっとうかがいたいと思っていたんですが、イサムさんの住んでいたところについて今度色々と聞かせてくれませんか?」

「え」


 不意打ち気味に言われてしまって戸惑う。そのままずばり元の世界について語るわけにはいかない。


「あ、いいねー。イサムがどういうところで育ったのかは興味あるかも」


 戸惑う間にアルカまでのって傍に来てしまい、俺はいよいよ慌てた。


「べ、別にいいけど。あんまり面白くないんじゃ」

「いいえ! 絶対に面白いですから!」

「そ、そう」


 ちょっと異常なくらいに強いシルクの押しに押されて俺は後ずさりする。そういえば、シルクは色々な人と話をしたり聞いたりするのが好きだとか言っていたのを思い出した。シルクが難しいとされる対話の法術を使えるのは、そうしたいという彼女の強い願いがあるからなのだろう。そんな彼女の願いを無碍にするなんてのは、俺には出来ない。


「あんまり話せることはないかもだけど、それでいいなら」

「ぜひ! よろしくお願いします!」


 いざ話すとなった時には、何をどう話せばセーフなのかしっかりと練ってから口にしよう。そう決めた。


「よかったねシルク。あ、出来ればわたしも一緒に聞かせてねー?」


 ふと思ったが、アルカもシルクみたいにこの手の異文化交流に興味があるんだろうか。


「又聞きするの面倒臭いからさー」

「……うん、ないな!」


 少なくともシルクのような深い関心がある感じじゃないってのはよく分かった。むしろアルカが何かに強い関心を示すことがあるならぜひ知りたい。但し昼寝とサボりは除く。


 えー、何がないのー? とか言っているアルカを放っておき、俺は今日の稽古で使った道具を片づけ始める。ことが動いたのはその時だった。


「あれ?」


 シルクの不思議そうな声が聞こえて彼女の方を見る。


「リューイさんかな?」

「だね」


 シルクとアルカが何かを確かめているので俺もそちらへ視線を移せば、遠くからこっちに走ってくる男の姿があった。その人物はシルクの言っていた通り、この村の水車の管理人をしているリューイさんだった。


「おーい、シルクー!」

「はーい」


 どうやらシルクに用事があるらしいが、全力ダッシュで駆けてくる。普段のんびり水車小屋の前で日向ぼっこしている姿しか見たことがないから、その姿にはちょっと驚かされた。


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ」

「ミルクどうぞ」

「あ、ありがとう」


 ようやく俺達のところまで来たリューイさんにアルカがミルクを手渡した。それが俺の分だという点については致し方なし。


「んぐ、んぐ。ぷはぁ」

「それで、そんなに急いでどうしたんですか?」


 落ち着いたところでシルクが用向きをたずねれば、彼の口からビックリする情報が飛び出してきた。


「ああ実は、ついさっき村の入り口で見知らぬ男の人を見つけてね。見るからにボロボロで、僕と一緒に居たデヴィーが声をかけたらその場で意識を失って倒れちゃったんだよ。見てみたらとにかく怪我が酷くって酷くって」

「怪我!?」


 さっきまでののんびりした空気が一変する。


「血を流し過ぎてて応急処置くらいじゃ追いつかないんだ。君の治癒の法術で何とか出来ないか?」

「分かりました! 杖を取ってきます!」


 事情を知ったシルクが即座に動き出す。彼女は大急ぎで家の中へと入り杖を取りに行った。魔法の行使に杖は必ずしも必要な物ではないが、シルクの場合それがあるのとないのでは法術の効果に雲泥の差が出る。数分もしないで杖を手にしたシルクが戻ってくれば、彼女は頷きリューイさんと共に怪我人の元へと駆け出した。


「嫌な予感がする」


 アルカが呟く。声音は心底面倒臭そうな、嫌気を隠さない物言いだ。


「俺も何だかものすごーく嫌な予感がしてる」


 同じく俺も、嫌悪を感じるいやな汗が噴き出すのを自覚していた。


   ※      ※      ※


 村の入り口、ほぼ村の大人達は集まっているんじゃないかという人だかりの中、シルクの声が響く。彼女はすでに怪我人の治療を始めていた。


「深き傷よ、失われし力よ、我が手によって正常なる姿へ還れ……大治癒(エルヒール)!」


 日が落ちる寸前の暗闇にボッと癒しの光が灯る。


「はぁ、傷はこれで大丈夫な、はずです」

「おおっ」


 乱れた呼吸を整えながらも告げたシルクの言葉に、村人達から歓声が上がる。どうやら治療に成功したようだ。


「シルク!」

「イサムさん! アルカ!」


 俺達が傍に来ると、シルクはちょっと誇らしげな顔をした。偉い偉いとアルカが頭を撫でるともっと嬉しそうにしていた。


「う、うう」

「気がつきましたか?」


 怪我していた男性が意識を取り戻す。集団を代表して村長が声をかけると、男性はハッとなって縋り付いた。


「ここはキュリオス村か!?」

「そ、そうだが。君は一体……」

「では、デモン兵を生け捕りにしたという二人組の実力者と、凶悪な魔物をたった一人、それも素手で倒したという武芸者はいるか!?」

「な、何だね!?」


 男性の剣幕に村長が戸惑う。俺はといえば、彼の口にした言葉にビクッと身を固くしていた。


(何だか前より話に尾びれが付いてないか!?)


 二人組の実力者については言わずもがな、シルクとアルカのことだ。だが問題はもう一つの方、武芸者と呼ばれているのは多分俺だ。


「申し訳ありません。あなたのおっしゃる武芸者はこの村には居ません」


「そんな……」


 村長に代わってシルクが男性に話しかける。すぐさま否定してもらって俺もほっと一息ついた。


「ですがおそらく、おっしゃられている二人組というのは私と……あそこにいる彼女です」

「うぐっ」


 続くシルクの言葉に、いつの間にやら輪の中心から人だかりの中に紛れていたアルカが動きを止める。


「おお、そうなのか!」


 とたんに喜色を浮かべた男性は、今度はシルクとアルカに向かって頭を下げ始めた。


「私は巡回兵士のタケシ・ナットマン。お二方を強者として協力を要請しに参りました!」

「ええ!?」

「うわー」


 素直に驚くシルクと、嫌な予感的中のアルカ。二人の反応は対照的だった。


「実は今、隣村ジルヴィス村に先日お二人が捕らえたデモン兵の所属していたと思われる部隊が、8名からなる編成で襲撃を行おうと進軍中なのです! 私達巡回兵士は道中で遭遇、交戦しましたが敗北。馬もなく拠点であるシェザの町まで向かうには時間がなく、こうして助力を求めて参った次第です!」


 必死の訴えからも、状況が逼迫しているのが分かる。一分一秒が無駄に出来ないのだと思えば急に喉が渇いてきた。


「それとどうか馬を一頭お貸し願いたい! 私はすぐにでもシェザまで戻り援軍を要請しなければなりません!」


 続く巡回兵士の要求。それにすぐさま応えたのはジョアンさんだった。


「それなら家の馬を使え。家の荷馬車引きのポーポはこの村一番の駿馬だ」

「ああ、ありがとう……!」


 俺が驚いている間に状況はどんどんと変化していく。どう見ても緊急事態なのは分かるが、周りの動きは俺の想像以上に速かった。


「アルカ」

「やだ」


 シルク達も動いていた。


「ダメ」

「……だよね」


 二言程のやり取りで何かが決まったらしい。シルクは巡回兵士の手を取って強く頷いた。


「私達に出来ることならば協力します。どうすればいいですか?」

「あなた方には私が援軍を連れてくるまでの間、ジルヴィス村で発生する被害を最小限に抑えていただきたい」

「分かりました。何とかやってみます」


 何よりその目が強かった。これから大きな争いが起きるであろう場所に、彼女は迷わず飛び込むと言っていた。


「は?」


 それを一呼吸の間に呑み込むことは、俺には出来なかった。


「シルク、何を言って」

「イサムさんは万が一に備えてここに居て下さい」


 俺が何を言うよりも先に、シルクにお願いされる。


「もしかしたらデモン兵がこの村に報復するために別動隊を仕向けるかもしれません。その時はイサムさんがめいいっぱい頑張ってこの村を守ってください」


 シルクが笑う。そしてすぐに力強く頷いてみせる。


「今はお互いに、やれることをやりましょう!」


 気を遣われている。ということに気がついた。

 おそらく俺の驚きと戸惑いは顔に出ていたんだろう。何をしたらいいのか分からなくなっているのを彼女は即座に察してくれたのだ。


(自分に出来ること……)


「そう、だな」

「はい」


 俺の呟きにシルクが満面の笑みで応えてくれた。そうだ、ここで思考停止している状況じゃない。お互いにやれることを……


(……ん?)


 何かが引っかかった。


「シルク、わたし準備してくるね」

「うん」


 引っかかりについて考えている間にも時間は進み、巡回兵士は馬を借りにジョアンさんの家へ、村長達も万が一に備えて防備を整え始める。


「気をつけるんだよ、シルク」

「はい村長」

「はぁー。この年じゃ付いていけないからねぇ」

「先生はどうか村をお願いします」

「シルクー! ちゃんとローブ着ていくんだぞー!」

「はーい」


 村人達は次々とシルクに声をかけていく。この非常時にも明るく話しているのは、やはりこの世界の人々が、この国の人々が、こうした難事に慣れているということなのだろうか。この世界に来てまだ日の浅く、こんな難事とは縁遠い場所から来た俺には判断出来なかった。


「ほらイサムさん。ボーっとしてないでイサムさんも村のみんなを手伝ってください!」

「え、ああ」


 またシルクに励まされた。彼女の手が俺の肩を叩き、次いで背中を押し始める。いつだったかバシバシと俺を叩いた時と違ってその触れ方はとても優しかった。


(いや、違う?)


 普段の勢いならそのまま押し出されるはずだったが、今日は違った。背中に感じる微かに引き寄せられる力。シルクに服を掴まれている。


「シルク?」

「あ、うん。ごめんね」


 声をかけるとシルクはその手をすぐに離し俺から距離を取った。改めて向き合い眺めた彼女の姿は、何だかいつもより小さく見えた。


 だから気づけた。


「あー」

「?」

「いやいやいや」

「あの、イサムさん?」

「俺も行かなきゃダメだろ、それ」

「……はい?」

「どったの?」


 ちょうどアルカも戻ってきた。


「アルカ、俺も付いて行くよ」

「あ、そう? 分かった」

「え、ちょっと。アルカ?」

「よし、準備しよう」

「待って、待ってください!」


 さっきまでとは打って変わって、困惑しきった様子でシルクが俺の服の裾を掴む。


「なんで、危ないですよ!?」

「だから行かないと」

「いえ、ですから!」

「治癒の法術俺も使えるから、怪我人の治療くらいなら出来るよ」

「そういうことではなくてですね」

「剣術も、どこまで通じるかは分からないけど、一撃打ち合って逃げるくらいは出来る、はず」

「出来る出来る。わたしが保障するよ」


 思わぬタイミングでアルカからお墨付きがもらえた。ちょっと嬉しい。


「二人でばっかり納得しないで!」


 シルクが怒った。涙目になっているシルクは初めて見た。


「イサムさん、怖がってたでしょ! 荒事なんて苦手も苦手でしょう!?」


 荒っぽい言葉遣いで激高したシルクが声を張る。


「適材適所なんだから、私達に任せて無理なんてしないで!」

「……」


 本当にシルクはいい子だなと思う。

 シルクは俺に気を遣ってくれていた。争いから遠ざけようとしてくれていた。それは止まっていた俺を動かすためだけじゃなく、荒事に不慣れだという部分まで踏まえてのことだった。環境の違いに戸惑っていた俺が一番に恐れていたことは、命を失うかもしれないという状況に対する覚悟だ。デモン兵との時は冷静な判断が出来てなかったし、エビルボアの時は覚悟やら何やら言っている場合じゃなかった。俺にとって自分の意志で選ぶことを許された難事は、これが最初だったんだ。


(だから俺は戸惑ったし、怯えてたんだ)


 この世界の人々がある程度当たり前に持っている覚悟を俺は持っていなかった。試される機会がそもそもなかった。鍛えてたのだってこういった荒事から自分の身を守るためのものだ。


「シルクー」

「アルカは黙ってて!」


 それを踏まえて今しがたまでの行動を鑑みれば、シルクが俺に村の手伝いを願うのも当然と言えるだろう。適材適所、確かにその理屈は間違いない。


「イサムさんはここで村のみんなを守っててください」

「ダメです」

「なんで……!」

「だって」


 その理屈じゃ通らないものを一つ見つけてしまった。


「それならシルクも村の守りに行かなきゃダメだろう? さっきの巡回兵士さんの期待通りの動きなんて出来ないし」

「なっ!?」

「学園を卒業したばかりの人間2人で軍人8人相手にするとかどう足掻いても無理。死ぬ」


 時間稼ぎにもならない。


「そんなことは!」

「あるだろ? そもそも捕まえたデモン兵の話だって俺の協力があったから成功したんじゃないか」

「……!」


 俺はことさらに自分の成果を強調する。


「アルカはまだしも、あの時シルクは足を怪我して杖も手放してて、正直な話ほとんど役に立ってなかっただろ?」

「うぐっ」

「そんなんで村人を守りながら、あの時より大人数で、武装だってきっとちゃんとしてる兵士達を相手にするなんて土台無理な話だ。適材適所って言うのならそれこそ俺達は3人ともここで自分の村を守ってるのがお似合いだ。シルクの理屈は間違ってる」


 巡回兵士は敗北と言ったが、深い傷を負っていたという話からして何人かは犠牲になっている。つまり、俺達より荒事に対する経験があるだろう人達でそれなんだ。


「そ、それでも……!」

「本当は分かってるんだよな。だってシルクは頭がいいから」


 村の人達が妙に明るくしてたのも、今生の別れになる可能性がそこにあったからだと俺は推測する。割り切っているんだ。


(それくらい、この世界の人の命は軽く吹き消えてしまう可能性に満ちている)


「それでもやれることじゃなくて、やりたいことをやろうとしてるんだよな?」


 彼女はこれから、冒険に挑むつもりなのだ。自ら危険に飛び込んで、その中でどうにか生き残れるように足掻こうとしているんだ。


「俺と同じくらい怖がってて、俺と同じくらいその状況に適性がないのに」

「……」

「荒事が嫌い。実戦経験がほとんどない。治療の法術が使える。身を守る術をある程度学んでいる」


 違っていたのは覚悟だけ。


「俺とシルクはまったく一緒」

「イサムさん……」

「同じことが出来るなら、より多人数で足掻いた方が生き残れる可能性は高いよな?」


 語っている間にしっかりと腹は括った。だから、笑う。


「今こそ冒険の時! なんてな?」

「よく言った!」


 バシッと決めたつもりだったが、バシッと入ったのは俺の背中への平手打ちだった。


「あいたぁ!?」

「そこまで言ったんなら村の守りはアタシらに任せな!」


 振り向くとそこには50代を過ぎてなお盛んな老婆、この村の私塾を営む先生こと、ハトラさんが立っていた。


「そもそもこの状況で相手に部隊を分ける利点なんてない。10人超える大人数での移動ならもっと早い段階で噂話の一つでも立ってるよ。だったら相手の狙いはジルヴィス村一本で間違いないさ。いっそキュリオス村の腕っ節連中連れてってぶちのめした方がいいかもしれないね!」


 蓮っ葉な物言いで不敵な笑みを浮かべるハトラさん。


「でも、万が一はある。それに備えてアタシらは村を守るために構えなきゃいけない。だから、あんたらは上手いこと向こうの連中と協力して耐えてこい!」


 力強い言葉と共に、ハトラさんが手に持っていた剣を俺に押し付けてきた。年季の入った鞘だった。


「何も持ってないんだろ? だったらアタシの剣を貸してやるよ見習い勇者君」

「え、それじゃ」

「大丈夫。アタシには訓練用の鉄の剣の一本でもあれば余裕さ」


 受け取ったはいいものの戸惑う俺に、ハトラさんはけらけらと笑っている。


「イサム、大丈夫。そこのお婆さんの皮を被った怪物は強いから」

「武術一本で学院まで出た実力はまだまだ衰えちゃいないよ。あとアルカは帰ってきたら覚えてな」

「わたしこれが終わったら旅に出るんだ……」

「え、ええ?」


 学園の上の教育機関である学院とやらを出たというその実力がどれ程なのかは分からない。が、アルカが保証しているというのなら相当なものだろうと思う。


「それじゃあ、お借りします」

「頑張って守ってやりな」


 ご厚意に甘えることにした俺は受け取った剣を腰に携えた。ハトラさんに言われた言葉がずんと胸に響く。


(自分を守るために培った力で、誰かを守る)


 そんなこと今までやったことがないから、正直自信なんて一欠けらもない。それでも、


「ってことで、俺も行くことになりました」

「……」


 俺はずっとお世話になってきたシルク達を、守りたいと思っている。


「みんなで生き残ろうな。シルク」

「……はい」


 彼女達を守って、彼女達のやりたいことを手伝う。それがこれから挑む俺の冒険だ。


「シルク!」


 シルクの父親が、彼女の戦装束であるローブを持ってきてくれた。さらに、


「これを」


 ついでに持ってきてくれたのか、シルクの父親は俺に腕や手足の関節を守る皮製のプロテクターのような物と、アルカの物に似た胸当てを貸してくれた。


「イサム、娘達を頼む」


 彼は防具を取り付けた俺の両肩を掴んで、まっすぐに見つめてそう口にする。


「はい」

「……ん」


 真剣に俺が頷くのを確かめると、彼はローブを羽織ったシルクの頭をひと撫でしてから去っていった。


「行きましょう。アルカ、イサムさん」


 気分を落ち着かせたシルクが、再び強い目をして俺達を見る。3人とも準備は完了した。


「我らの歩みは風のように軽やかに……拡散・移動力強化(エリア・ブストムーブ)!」

「……おお、足が軽い!」

「イサムさんが手伝ってくれるなら怪我人の治療はお任せします。私は、その分法術でみんなの援護をしますから」


 俺が加わったことの効能はすぐに出ていた。後はその期待に、俺がどこまで応えられるかだ。


「んじゃ、森を突っ切るからちゃんとついてきてね?」


 街道を行軍する相手よりも早くにジルヴィス村へ行く。事態は一刻として猶予がない。


「それじゃー用意、どん!」


 俺達3人はジルヴィス村に向かって走り始めた。


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