表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇くんと12人の嫁  作者: 夏目八尋
第一章
15/39

第15話

 イサムとの稽古をお休みにした。


 今のわたしの仕事といえばイサムの指導をする以外は村の巡回警護という名のお散歩くらいで、つまりは今日の職務は終了というわけである。


「よし、寝よう」


 面倒事がない時はだらだらするに限る。ということで、わたしは早速お休みするべくお昼寝スポットに向かって移動を開始した。


(自宅、はない)


 家で寝てると妹1号2号ことサルカとマルカがうるさい。構って欲しいのは分かるけどお姉ちゃんの睡眠がどれだけ大事な時間なのかを理解していない。まぁ10歳と5歳で理解しろって方が難しいけど。


「んー」


 レノマさんところの干草のベッドはもう牛達の飼料に持ってかれてる。あそこ並の居心地のいいところって考えれば、もう数えるほどしかない。


「うーん」

「あ、アルカ」


 悩みながらあっちにフラフラこっちにフラフラしてると、不意に声を掛けられた。


「今日も稽古?」

「シルク」


 目に捉えた相手の姿と風景に、わたしは知らずいつもの場所にやって来ていたのだと気がついた。


   ※      ※      ※


「お休みにしたからって引きこもっちゃダメだよ、アルカ」

「うぇー」


 シルクに捕まってしまったわたしは、イサムとの稽古に使っているシルクの家の裏庭にある椅子に腰掛け、テーブルに突っ伏していた。シルクの父親が作った日曜大工の産物は、時たまこうやってわたし達の集会場として使われている。


「シルクの部屋に入れてくれたっていいじゃん。寒いよー」

「だーめ」


 わたしの切なる願いもシルクの前ではまず通らない。シルクはわたしが怠けるのをあまり快く思っていないんだ。今は彼女の淹れてくれた温かいミルクだけがわたしの味方だった。


「シルクってさー、優しいよねー」

「煽てても家には入れないよ」

「ぶー」


 本心だったのに。


「ここに帰ってきてから二人でゆっくり過ごす時間ってほとんどなかったし、ね?」

「そうだね」


 学園を卒業したわたし達の今日までは、思えば学園に居た時よりも忙しかったかもしれない。


「帰り道で襲われて、なんとか相手を捕まえて巡回兵士に引き渡すまで出来て」

「あんなの縛ってポイでも良かったのに、しっかり連れて帰るんだもんねぇ」

「だってあんなところで放置したら、動物や魔物の被害に遭うかもしれないし」

「相手は強盗だよ? そこまで気を使う意味ないじゃん」

「うーん、分かってはいるんだけど」


 シルクは優しい。何たって世界を股にかけてお友達が欲しいとか言うくらいにはふんわりしている。


「まぁ、あれが本当にデモンの兵士だったら大手柄だろうけどね」

「あはは」


 わたしの冗談にシルクが半笑いになる。自分の手柄よりも村を心配してるって顔だった。本人達はそうだと言い張ってたけど、もしそうだとしてもこんな辺鄙な場所を襲撃して何の意味があるのか甚だ疑問だった。


(そんな突拍子もないことをするのがデモンに住む人達のお国柄なのだけど。楽しい面白いを基準に生きてるのってちょっと羨ましい)

「どうしたの、アルカ?」

「んーん」


 この話題はあんまり楽しくないから、わたしなりに楽しい話を模索することにする。


「忙しいといえば、わたし達があんまり同じ時間を使えないのって大体シルクのせいだよね?」

「うん、ハトラ先生のお手伝いしてるし」

「んーん、私塾じゃなくてさ」


 そっちも忙しいのは知ってるけど、わたしが話題にしたいのはそっちじゃない。


「シルクって、ほとんど毎日イサムと一緒の時間作ってるよね?」

「え。あ、うん」


 お。


「毎日毎日ご熱心に、マンツーマンで授業してるよね」

「う、うん」


 おお。


「あの、その、イサムさんは本当にこの国の常識とかに疎くって、私で出来る限りそれを補足してあげられたらって、色々お手伝いしてるから」

「それって私塾でまとめてじゃダメなのー?」


 わたしの的確かつ最適な指摘に、追い詰められたシルクはここで真っ赤な顔を浮かべる……はずだった。


「……ダメ、だと思う」

「うん?」


 ちょっと、思ってた反応とは違う感じの返事だった。


「イサムさん。勉強も人並みに出来てるし真面目だから覚えは良くって、一通りの常識はもう教え終わったかなってところ、かな」


 続くシルクの言葉は、どこかホッとしてるような空気がある。


「なになに? 何か秘密なことでもあったの?」

「な、ないない。ないよ?」


 シルクの嘘は分かりやすい。


「へー?」

「本当にないよ。本当!」


 何を隠しているのかを問い質さねばならない。これは彼女の親友としての責務である。


「ほらほら、隠してないで吐けー」

「いやー!」


 高速で移動しシルクに抱きつき、全力でくすぐる。シルクの大きな体が縮こまって丸まって、でもそんな守りはわたしには通じない。


「吐けー!」

「あははははは! やめて、やめっ!」

「潔く吐いた方が身のためだぞー?」 

「ダメッ、あはははっ、これだけは……ダメ、だからっ! あははははは!」


 大抵のことならこれで吐かせられるのだけれど、今日のシルクはしぶとい。ということはきっと、自分のことじゃない。


「ふーん」

「はぁ、はぁ、はぁ」


 くすぐるのをやめる。開放されたシルクは右腕をテーブルに置いて荒くなった息を整え始めた。


「……」


 ちょっとだけ、面白くない。


「つ・ま・り」

「?」

「それだけシルクはイサムに入れ込んでるってわけだねー?」

「!?!?」


 からかい混じりのこの一言でシルクの顔が真っ赤に染まる。ついに来たこの瞬間、わたしは一気に畳み掛ける。


「そそそ、そういうわけじゃなくて!」

「未だにイサムの前じゃ猫被った話し方してるしねー。キャラ作ってるもんねー」

「それはイサムさんに言葉を教える上で正しい言葉遣いをしないとっていう先生の立場からの行動で! キャラは作ってないよ!」

「いやー、わたしの知らない間に二人の関係がそこまで親密になっていたなんてねー」

「ちょ、だ、だから! もー! アルカの馬鹿ー!」

「あっはっはっは痛い痛い痛い」


 ポカポカとシルクがわたしを叩き始める。痛手はあったけど、親友の初心な反応にわたしは大満足だった。


「そ、それを言うなら。アルカはどうなの?」

「んー? 何が?」

「イサムさんについて、だよ! アルカだって最近は毎日稽古してるでしょ?」

「えー、そりゃそうだけどさー」


 イサムの剣の稽古に付き合っているのはイサム自身の強い願いと、何よりシルクがそれを望んでいたからだ。これもいわば彼女の肩入れにわたしが手伝いをしているだけ。


「別にあんなの、いつやめたっていいんだよ?」

「その割には最近のアルカ、イサムとの打ち合い楽しんでるでしょ?」

「そんなことないけど?」

「そうかな。最初は一太刀で終わらせようとしてたのに、今は手加減して何合も打ち合ってるでしょ?」

「それは、最速で終わらせるために必要な手順を踏んでるだけで」

「でもそれって、自分の勝ちに拘ってるよね?」

「む」

「学園にいた頃は適当にやってすぐ負けを認めてたりしたのに、なんで?」

「それじゃ、稽古にならないじゃん?」

「真面目に向き合ってるんだ?」


 なんだか雲行きが怪しくなってきた。


「何が言いたいの?」

「アルカも、イサムさんに入れ込んでるよねってことだよ」

「ええー」


 それは論理の飛躍だよ、と出かかった口を閉じる。こういう疑いの目に対しては必死に否定すればするほど泥沼に嵌っていくんだ。それは面倒臭い。シルクはたまに面倒臭い。


「じゃあそういうことでいいよ」

「ほら……」

「シルクと違ってお友達として、だけどね?」

「なっ!?」


 攻守交替。


「思えばシルクは最初からイサムに親切だったよね。助けてもらったから? それとも見た目ー?」

「え、な、ちょ」

「まぁ確かにイサムって田舎者の割には垢抜けた感じだし? でも学園で見た貴族のお坊ちゃん達みたいな分かりやすい派手さみたいなのもない、バランスがいい感じだよね。優しそうっていうか」

「べ、別に見た目とかじゃなくて」

「性格も真面目で、自分からお世話になってるところのお手伝い名乗り出たりしてさ。言葉覚えたいっていうのも本気で何でもかんでも挑戦して必死に頑張ってるんでしょ?」

「う、うん。そうだね」

「シルクが気に入るのも分かるよー? 何よりさ、シルクのこと真っ直ぐ見返してくれるもんね」

「……うん」

「ふふ」


 シルクがイサムのことを気に入る一番の理由。それは彼のシルクを見る目だ。彼女の人となりを知る人ならいざ知らず、初対面であの目を出来るのは本当に珍しかった。


「イサムはさ、シルクのこと怖がらないもんね」

「うん。びっくりした。最初は驚いたみたいな顔をして、他の人と一緒かなって思ったんだけど、ね」


 シルクの身長は高い。わたしがヒュリムの女性の平均身長くらいらしいから、頭一つ分以上そこから大きい。イサムが男性の平均よりちょっと大きくてそれよりも背が高いわけだから、相当なものだと思う。


「私の背が高いことを、そういうもんだ、くらいにしか思ってないっていうか」


 シルクの背が伸び始めたのは9歳からだった。それより前はわたしの方が高いくらいだったのに、一気に伸びてわたしを追い越して、10歳になる頃には村の子供の誰よりも大きくなってた。それは学園に合格してからも目立ったし、その後だってシルクの背は伸び続けていた。


「みんな私のことを一目置いてくれてたけど、同時に怖がってた」


 当時を思い出したのか、シルクの表情が暗くなる。


巨人種もどき(デミテト)なんて呼ばれ方もしてたし」

拓きの癒し手(ピオニア・ヒラル)だって呼ばれてたでしょ?」

「……うん」

「自虐禁止」

「うん」

「やれやれ……」


 シルクの体格は、きっとそれこそ伝説上のヒュリムの女戦士ラグダくらいはある。でも、シルクは法術の才能に恵まれた子だし、荒事だって好きじゃない。偉ぶったりもしない。だからこそ、好きに言われてしまう。彼女の稀な見た目は今まで沢山の好奇の目に晒されたし、奇異の目に睨まれてきた。


「イサムは、そんな目で見なかったんでしょ?」

「うん」

「良かったね」

「うん」


 ここではないどこかから来たあいつは、初めてシルクの背の高さを知ってからこれまで、シルクの背のことで怖がったり、異質なものを見るような目を向けていない。わたしの知る限りでそうだし、シルクの目で見てもそうらしい。それはとても不思議なことで、特にシルクにとっては特別なことだと思う。


「それじゃあシルクが惚れるのも仕方ないね」

「うん……って、違うよ!?」

「あはは!」

「本当にイサムさんは……本当に」


 ほら、いい顔し始めた。


 実際のところどれくらい気持ちが向いているのかは分からない。でも、憎からず思っているのは間違いないと思う。シルクは元々親切な子だけど、イサムと一緒にいる時はちょっとこれまで見たことがないような楽しそうな顔をしているから。


(……うむ)


 ちょっと悔しいから今度の稽古、いつもよりほんのちょっぴり本気度上げてイサムと立ち合おうそうしよう。


「イサムもさ。結構シルクのこと見てると思うんだよね」

「え?」

「最初はまともに会話出来る人だからってのもあったとは思うけど、最近は誰とでも普通に話せるのに変わらずシルクを頼ってるわけでしょ? それってさ、あっちもシルクのことを意識してやってるんじゃないかなって思うわけだよ、わたしとしてはね」

「そう、なの?」

「少なくとも嫌いだったり苦手だったりする人相手にそういうことは続かないと思うなー。案外シルクみたいな背の高い女の子が好みだったりしてね」

「ええ、流石にそれは……」

「分からないじゃん。イサムって色々と規格外っていうか、価値観がずれてるっていうか。わたし達がこれまで出会ってきた人とは全然違うタイプだったでしょ? ちょっと村の中で浮いてたジョルジュが今じゃ率先して年の離れた子とも仲良くしてるってサルカも言ってたし、これもイサム効果だって先生も言ってたじゃん」

「……」

「中々の有望株だと思うよ。それに今根無し草でしょ? イサムは根っこが世話好きだしこれまでのこともあるわけだから、シルクがやるやるって言ってたあれの連れもわたしじゃなくて」

「アルカ」

「なあに?」

「さっきから聞いてたんだけどね」


 あ、なんか聞いちゃいけない予感がする。


「アルカ、イサムさんのことちゃんと見てるよね?」

「え」

「見てるっていうか、考えてる?」

「……ふむ。それは」

「剣で打ち合ってればある程度読み取れる。って話じゃないよね」


 先手を打たれた。


「私知ってるんだけどさ。最近イサムと稽古した後、二人で出かけてるよね?」

「ちょっと待って、待った」


 誤解だ。稽古の後、確かにわたしとイサムは一緒にいるけど、それは稽古の熱を冷ますための軽い運動を続けているだけで。


「レノマさんのところで牛乳もらって、一緒に並んで飲んだりしてたよね」

「それはだって精が出るねって応援してもらって親切でくれたやつだし! わたしすんごく頑張ったんだからご褒美くらいいいでしょー?」

「ふざけてバシバシ肩をぶつけ合ったりして、アルカってあんなに近い場所に男の人入れるような感じだったっけ?」

「いやいやいやそれこそ友達付き合いでしょ!?」


 どうしてこうなった。

 わたしとイサムなんて、毎日あっちが勝負を挑んでくるのをわたしなりの本気でやり返す稽古なのかどうか実際のところ良く分かんないのを繰り返してるだけだし。それでもなんか妙に筋がいいっていうか学んで一歩一歩進歩してくるからあれこれやってわたしなりに楽しんでるだけだし。色々やる対策だって万が一にも負けるのが癪なだけだし。


「シルクが思ってるようなんじゃないって、絶対!」

「……」


 何だこれ。


「イサムは絶対シルクのことを見てるって!」

「うーん」


 シルクから完全に疑いの眼差しを向けられてしまった。こうなると本当の本当に面倒臭い。


「わたしはそんなんじゃないと思うんだけどなー。イサムの好みはシルクだって、絶対」

「うーん。そういうことじゃなくてね……むぅ」


 二人して云々と唸ってしまう。学園を卒業してからこっち、イサムには振り回されっぱなしな気がする。


「あ、いた」


 そんな時だ。


「良かった良かった、二人とも見つかった」

「イサムさん?!」


 わたし達の元に話題のご本人様登場。狙い済ましたかのような時機なのが憎らしい。


「どうしたんですか?」

「ちょっとね。渡したい物があって……」


 そう言ってイサムはジャケットのポケットから縦長の小箱を取り出した。


「はい、これをシルクに」

「え?」

「今日、ジョアンさんから特別報酬貰ってさ」


 小箱を渡し、照れ笑いを浮かべるイサム。受け取ったシルクはボーっとしている。


「開けていいんですか?」

「どうぞ。気に入ってくれるといいんだけど」

「は、はい」


 惚けた様子のままでシルクが小箱を開く。


「あ」


 ああ、これは黒だ。いや、黒になった、かなー。


「髪留め、ですね」

「うん。シルク、後ろ髪纏めてるだろ? そこに似合うだろうなって思ってさ」


 こんな顔のシルクは見たことがない。


「ありがとうございます。大事にしますね」

「そこまで喜んでくれたなら何よりだよ」


 仲睦まじい光景が目の前に広がっている。いいなー。


「はい、こっちはアルカに」


 え? と思う間に私の手に、小さな包みが渡された。


「何これ?」


 蝶々結びされている紐の結び目を解き、包みを開く。


「え……」


 綺麗に磨かれた赤い石が填め込まれたブローチだった。


「アルカって良く動くから、それを邪魔しないようなやつって感じで考えたんだけど、どうかな?」

「え、何で?」

「いや、二人ともすごくお世話になってるから」


 あー、なるほどね。


「感謝の気持ちかー」


 赤い石を日にかざして見れば、透き通ったそれが緩く光を通して輝いて見える。


「うむうむ。ありがたく貰おうー」


 軽い調子で答えて振り返る。否、とっさでわたしは振り返り、二人から視線を外した。


(……あー)


 これはまずい。とても、とても面倒臭い予感がする。


(思ってたより、嬉しいなーこれ……)


 自分の中にあるぞっとしない感覚に、わたしは必要以上に胸が高鳴るのを感じていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ