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勇くんと12人の嫁  作者: 夏目八尋
第一章
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第14話

 それは秋の終わりが見えてきた頃の話。


「うわ、根っこが残ってる」

「ちゃんと掘れよー?」


 俺は鍬を手に、小作人さん達と一緒に収穫を終えた農地を耕していた。


「肥料撒いて、来年の春には違う奴を育ててめいいっぱい豊作にするんだぞー」

「来年は何を育てるつもりなの?」

「今年はあっちでジャガイモ採ったろ? だから来年はここだなぁ」

「なるほど」


 この頃になると耳が慣れてきたのか、相手の言葉を文章として正しく理解出来るようになっていた。遜色がない、とまでは言えないけれど、大体雰囲気で相手の言っている言葉を感じ取り普通のテンポで話すことが出来るようになった気がする。その人々によって、話し方の違いから荒っぽさや丁寧さ、ニュアンスが微妙に変わるって感覚も掴んできている。


(我ながら信じられないな)


 中学生の時を思い出す。あの時英語にはすごく苦戦して全然身につかなかったが、ここに来て2ヶ月弱、自分が今まで触れもしなかったヒュリム語(ヒュリム・ワード)なんて言葉を操っている事実には驚かされる。自分のことなのに。


(これも神様の加護か何か、なんだろうか)


 イメージすれば浮かぶ、自分をこの世界に送り出してくれた龍の神様。あの人が俺がこの世界に馴染みやすくするための粋な計らいをしてくれた可能性は十分にあった。神様ありがとう。


「おーい、今日はここまでだ」

「お、ジョアンさんだ」


 考え事をしていると、今日は農地での作業に加わっていなかったジョアンさんがやって来た。彼の呼びかけに小作人さん達が作業を止め、彼の元へと集合していく。俺もその流れに乗ってジョアンさんのところへ向かった。


「お疲れ様」

「あー、お疲れ様」

「……へへ」

「ふへへ」


 集まり互いに今日の労をねぎらい合う中、俺は彼らが妙にソワソワした様子なのに気がついた。


「どうかしたの?」

「ん? ああ、そうか。イサムは知らないか」

「じゃあ、俺達の口からは言えないな」

「?」


 妙に勿体ぶった物言いに俺が首を傾げていると、パンッと手を叩いてジョアンさんが注目を求める。彼らが落ち着かない理由はジョアンさんの言葉ですぐに分かった。


「皆の頑張りのおかげで今年の分も無事出荷することが出来た。その頑張りへの報酬を渡したい」

「ああ」


 なるほどボーナス。特別報酬。ジョアンさんの農場の小作人さんは春夏秋の季節ごとにお給金を貰っているが、秋の給金は収穫が終わった時にもう払われている。


「やった!」

「これで酒場のツケが払える!」

「デヴィーお前今年もかよ」


 ジョアンさんの言葉に沸き立つ小作人の皆。俺はといえば関係のない話だったので一歩後ろに下がっておく。


(お給金かぁ……)


 俺はジョアンさんの家に居候させてもらっている身。農場の手伝いもいわば家賃代わりの労働奉仕なわけで、毎日おいしいご飯を食べさせてもらってるだけでも十分過ぎる厚待遇を受けている。言葉もおおよそ覚えてきた今、そろそろこの生活も変化させないといけないと思い始めているところだった。


「イサム」


 考え事をしていると小作人に囲まれていたジョアンさんが俺を呼ぶ。


「君も今日はお昼ご飯の後、家に居てくれ」

「あ、はい」


 何やら用事があるらしいのかそう指示を受けた俺は頷きを返しつつ、帰る途中でシルクの家に寄ろうとぼんやりしたままの頭で思っていた。


「だったら、今日はお休みにしましょうか」


 遅れると伝えに行った先で、俺はシルクにあっさりと今日の授業の中止を告げられた。


「言葉や社会の勉強に法術の訓練、剣術の稽古に体力づくり。これの前には朝から昼に掛けてジョアンさんの農場のお手伝い。これを毎日繰り返しているって正直異常だと思うんですけど、どうなのでしょう?」


「そんなに異常かな?」


 朝から農場を手伝って、学校行って勉強して、くらいは元の世界の生活でもやってきている。それに放課後の部活や習い事をしているくらいの感覚でいたつもりだったから、シルクの言葉にはいまいちそうだねとは返せない。


「イサムさんには休息が足りないと思います!」


 人差し指を立ててシルクが断言する。


「なので、今日はお休みです」

「ああ、うん」


 そんなわけで今日の勉強はお休みになり、となればもちろん。


「はい。そんじゃ私も今日はお休みー」

「だろうと思った」


 アルカとの稽古もお休みになった。


「いいじゃんたまにはゆっくりしても、体を休めないといつかガタが来るよ」

「そう、だな」


 アスリート気分とかいつか思ったこともあったが、そのアスリートだって練習で無理して体を壊すなんて何度だって聞いた話だ。


「実際、イサムの頑張り具合は異常なくらいだと私も思うし。たまに何かに取り憑かれてるんじゃないかって思うよ」

「そんな物騒な」

「戦うのが上手になりたいなら、戦わない時間の使い方も上手にならないと」


 しれっと的を得た助言を残してアルカは去っていく。俺はそれを見送ってから、お昼と用事を済ませるためにジョアンさんの家へと帰った。


 お昼を食べている間にジョアンさんが玄関先で小作人の人達にボーナスを配っているのを見た。食べ終わった時にはちょうど彼のボーナス配給も終わったようで、水を飲んでいるところに声を掛けられる。


「はい、イサムの分」


 声を掛けられるのと同時に、俺の目の前に皮袋が置かれた。袋からジャリッという金属の音と、ガサッという紙の音が同時に聞こえた。


「え?」

「特別報酬」

「え?」


 袋とジョアンさんを数回見比べてから、ようやく何が起こったか理解する。ジョアンさんの表情は優しかった。


「私を、そしてジョルジュを助けてもらった恩もあるのに、農業の経験者だからと農場の手伝いをしてくれた上にジョルジュの面倒までみて貰ったんだ。むしろ少ないくらいだろうが受け取って欲しい」

「い、いやいやいやそれは」


 理解出来たからといってそれをはいそうですかとは受け取れない。


「ご飯食べさせてもらったり住まわせてもらったり、助けてもらってるのはむしろ俺の方なわけで」

「村長は君のために宿を一部屋借りる用意があったんだ。それを私達がどうしてもと頼んでこの家に住んでもらっているんだ」

「だって俺は正式な契約をしたわけでもないわけで」

「農業の手伝いに関して気後れがあるのなら、これは私達の命を救ってくれたことへの謝礼金だと思ってくれればいい」

「ああ、えっと」


 ジョアンさんはどうしてもこれを受け取って欲しいらしい。俺がああ言えばこう言うという構えで一歩も引かない。


「とりあえず貰いなよ」


 戸惑う俺の肩を叩いてカルラさんが言う。前方のジョアンさん、後方のカルラさんの布陣だ。


「あんたが一人で立つためには必要なもんだろ? この村に来た時に路銀が尽きたってのは私も聞いてるよ。こっちが渡したいって言ってるんだから気前良く受け取っておくれよ」


 ジョアンさんに理屈で諭され、カルラさんに感情で訴えられてしまえば、もう俺にはどうすることも出来ない。


「その、じゃあ……いただきます」


 感謝を返しているつもりがさらに応援される形になって、俺は袋を手に取りながらも恐縮する。


「イサムは何かしてもらったらすぐにお礼だなんだって拘ってるようだけれど、もっと自分本位で考えたっていいと思うよ」

「そうそう、たまには幸運だったで済ませていいことだってあるさ。杓子定規じゃ疲れちまうよ」

「……はい」


 何だかもう恥ずかしいやらくすぐったいやらで二人の顔を見ることが出来ない。この二人に比べて自分はなんて子供なんだろうと思い知る。


「そうだ。お金も手に入れたところだし、一つお使いを頼まれてくれないかい?」


 話がまとまって来たところでさらにカルラさんからもう一声くる。


「お使いですか?」

「実は昨日から村に旅の雑貨屋が来てるらしくてね。新しい鍋が欲しいところでさ、ちょうどいいから買ってきておくれよ」

「旅の行商人は珍しい物を色々持っているからね。欲しいのが見つかれば手を出してみるのもいいな」

「……なるほど」


 ここまでお膳立てされてしまうと、いっそ清々しい気分になってくる。


「分かりました」

「んじゃこれが鍋代ね」


 鍋代の10000ゼニー札……王札を預かり俺は席を立つ。動きに連動して手に持った袋の中の銅貨がまたガシャリと音を立てた。


「行ってきます」

「ゆっくり見ておいで」


 訓練のなくなった日、俺はこの世界に来て初めてのお使いに出掛けた。


   ※      ※      ※


 そのお店は、村唯一の宿の軒先に存在した。

 大きな大きな布が広げられ、その上に種々様々な雑貨が並べられている。店のすぐ後ろには幌付きで馬二頭引きの大きな荷馬車があり、ちらりと見える範囲で中を見ても、大量の木箱や布に包まれた大型の荷物などがうかがえた。


「これが商隊って奴か」

「そうだよ」


 感心していたところに声を掛けられる。明るい女の子の声だった。


「ようこそかっこいいお兄さん。ここは旅の行商人、いつもニコニコお日様のいる店、サニー商店だよ!」


 顔を向けた先には、これまた元気で利発そうな女の子が、両手を広げて満面の笑みを浮かべていた。

 背丈はアルカより小さくて、頭に巻いたバンダナから見える髪はタマネギの表皮みたいに透き通ってて光沢のあるブラウンだ。短髪なのもニコニコと笑う彼女に良く似合っていて、一目見ただけで好感が持てる人相をしている。服装がいかにも商人然としているし、この子はお店の看板娘に違いない。


「お兄さんお兄さん。そのお顔はすでに買う物が決まってるって顔だね?」

「おお」


 少女の見た目に感心しているとズバリと指摘される。


「さて、欲しい物はなんでしょう? お姉さんに是非とも言ってご覧なさい!」


 看板娘ちゃんが胸を張る。俺は露天に並ぶ商品をぐるりと一回り見てから目的の鍋を指差した。


「あれで」

「お鍋! なるほどなるほど、買い物を頼まれた口かな? ってことは他にも頼まれた商品があったり?」


 期待に満ちた視線が俺を射抜く。一言しゃべるとそれに二つ三つ言葉が返ってくるのは彼女の気質か商魂か。


「その様子だと特に頼まれたのはお鍋の一品だけみたいだね。そっかー、じゃあこっちのおたまとかはお勧めしても買ってくれなさそうだね」


 こちらの沈黙からも何かを読み取って看板娘ちゃんは話を進めていく。それが間違ってないからすごい。


「これで買えるかな?」


 俺はカルラさんから預かった王札を見せる。


「ああ、もっちろん。足りる足りる。こちらのお鍋は4200ゼニーとなっております」

「じゃあこれを、あっちの馬車の中から」

「……ほほう」


 俺の言葉に、看板娘ちゃんの目が細まった。


「お兄さんはどうしてあっちに同じ鍋があるとお思いで?」

「金物って直接日に当てると悪くなりやすいだろ? 錆とかでさ」

「そうですね」

「だからまぁ、同じ商品があるならあっちにあるかなって。それ、見せ物かもって思ってさ」


 ようは店頭に並ぶ見本品だ。実物を自由に触ることが出来るし、それを買うことも出来る。だが、箱詰めされた新品もまた同じ場所にあったりするなんてのは商売の常だ。


「ははあ、なるほど」


 こっちの言い分に看板娘ちゃんは頷き、馬車の荷台に頭から突っ込みごそごそし始める。少しして、小さめの木箱を取り出して戻ってきた。


「こちら、ご要望の品です」


 どうやら同じ鍋があったらしい。なるべく長持ちする物を買いたかったから運が良かった。


「本当なら5000ゼニーいただきたい物なんですが、お兄さんの慧眼とご挨拶料含めて店頭の品と同じく4200ゼニーでお売りしましょう!」

「おおー」


 言われてから気づいた。店頭に並べた物と奥で大切に保管している物が同じ値段設定されているわけではない可能性に。


「っていうか粗探ししたみたいでごめん。店先のはその分安くしてたんだな」

「あはは。これでもお値段設定に関してズルはあんまりしないように心がけてるんだー。サニー商店はお客様との笑顔を大事にしているからね!」


 そう言って笑う看板娘ちゃんはお日様のように輝いていた。


「それじゃあこれで」

「まいどあり!」


 王札を渡し、おつりと鍋入りの木箱を受け取る。


「今後ともサニー商店をよろしくご贔屓に」

「ああ」


 決まり文句だろう言葉を口にする看板娘ちゃんに頷きを返す。1から10までしっかりした娘さんだと感心した。


「それにしても店番しっかりこなしてるんだな。お父さん達はどこに?」

「は?」

「いや、立派だなーって、商隊を率いてる君のお父さんに」

「この商店は私のお店だけど?」

「え」


 驚く俺に看板娘ちゃんが大きな大きなため息を吐いた。


「いつもニコニコお日様のいる店、私、サニー・エコノミエが商うサニー商店へようこそ!」


 そう言って彼女の満面の笑顔がまた俺に向けられたが、今度のそれは圧が段違いだった。


「ごめんなさい!」


 俺にはもう謝るしか術はなかった。


   ※      ※      ※


「まったくもう。どう見ても私の方がお姉さんでしょ?」

「はい、すいません」


 失礼をしてしまった俺は彼女、サニーにこってりとしぼられた。こう見えて彼女、俺より一つ年上だった。


「ヒュリム語もなんか変だし、旅の人にしたっていったいどんな田舎から出てきたのやら。人を見た目で判断しちゃダメだからね?」


 ぷんすかと分かりやすい効果音でも出てそうな怒りっぷりでふくれ面をしているサニーだったが、一通り怒って満足したのかようやく許してくれた。さっきと言ってることが矛盾してるのが気になったが、目に見えている地雷を踏んではいけない。


「でも、なるほど。となると君が例の英雄さんか」


 気を取り直したところで、サニーの口からあまり聞きたくない単語が出てきた。


「本当はこっちの村まで来る予定はなかったんだけどね。隣村でデモン兵を吹き飛ばし、エビルボアに素手で勝ったすごーい英雄さんがここにいるって噂を聞いたから見に来たんだー。田舎から出てきてヒュリム語に不自由してるって、君だよね?」

「へ、へー」


 絶妙に情報が欠けている。デモン兵を倒したのはアルカだし、エビルボア、あの魔物の猪に勝てたのだって相手が元々ぼろぼろだった上に運が良かったからだ。


「どんな屈強な男の人なのかなって思ってたけど、そうかそうか英雄さんはこんなだったかー」

「うう……」


 値踏みをするような視線が俺の全身を射抜く。久々に感じる居心地の悪さに俺は身じろぎした。


「そーんな英雄さんに私は年を間違われ、女としての威厳を傷つけられてしまったのね……」

「うぐっ」


 明らかな嘘泣き。それでも彼女の言葉はザックリと胸に刺さって言い返せない。


「ああ、可哀想な私は傷心のままこの村を後にすることになるのね……」


 ちらっちらっと視線がこちらの様子を確かめている。何を言いたいのかは言わなくても分かるだろう、と。


(何がお客様の笑顔を大事にしている、だ!)


 心の中で悪態を吐いて俺が財布袋に手を伸ばしたその時だった。


「あはは、冗談冗談。ごめんね?」


 その手をサニーが制止した。


「でも、これでおあいこ。お互いに失礼しました。私もごめんなさい」


 ぺこりと頭を下げ、俺にした失礼を彼女はまっすぐに謝罪する。


「こういう方法で商売はしないよ。あくまで商品の質と、それを見定める目、そして明るい話術が私の武器だからね」


 そう言ってまた、彼女は最初に見せたような晴れやかな笑顔を見せた。


「英雄さんっていっても普通の人だったね。それに、きっと君はいい人だ」

「それは」


 失礼を最初に働いた身としてはそう言われると弱い。


「だからね。良かったら私の名前を覚えてて欲しいな」

「?」

「サニー・エコノミエ、今冬王都に出店予定の未来の大商人をさ!」


 そう言って両手を広げるサニーは、俺の目にとても大きなものを背負っているように見えた。


「人を見る目には自信あるよ。君はきっと、将来大きくなる! どう大きくなるかは知らないけど!」

「ははは」


 真剣な夢の後に続いた冗談半分な言葉を笑いながら俺は彼女の名前を胸に刻む。小さな出会いだが、いい出会いだと思った。

 いつか王都に用事が出来た時、彼女の店を訪ねよう。そう決めた。


「あ、そうだ」


 未来の大商人を標榜した彼女を少しでも応援したいという気持ちと、自分の中に元々あった感情が一つ結びつく。


「これとこれ、それとこれを。同じのがあるなら荷台の方の奴で」

「えへへ、まいどあり!」


 店先に並んでいた品をいくつか選び購入する。


「いいね。そういうお金の使い方する人、私好きだよ」

「ありがとう」

「これはますます王都のお店で上客になってもらいたいかも」


 商品を袋詰めする傍らサニーと雑談しつつ、俺は未来について考えていた。


(王都、か)


 ここに根を張るという選択以外があること。俺の手にあるイチゴの苗をどうするか。実のところ答えは早く出さないといけない。


「はい、どうぞ」

「どうも」


 商品を受け取りながら、俺は知らず真剣な顔をして考え始めていた。

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