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勇くんと12人の嫁  作者: 夏目八尋
第一章
13/39

第13話

 アルカとの稽古が始まって5日目。俺は今日もシルクの家の裏庭でアルカと対峙している。


「……すぅー、はぁー」


 深く呼吸を繰り返し意識をアルカに集中する。彼女の動きの一つとして逃さないように注視する。


「ふむ」


 アルカは俺の心の準備が整うのを静かに待っている。程よく力を抜いた格好から構えを乱さない。


「"準備出来た"?」


 訓練開始を問う言葉。


「……"はい"」


 答えて、俺は覚悟を決める。


「"じゃあ……開始"」


 アルカの宣言。剣の稽古の始まり。


「!」


 俺は腹に力を入れ衝撃に備える。木剣の柄を握る右手を強め、同時に左手でも柄を握る。次の瞬間、


「ぐっ!」


 握り締めている木剣から強烈に押し上げられる力を受ける。アルカの振るった一撃が俺の木剣を打ったのだと認識するが、それを目で追う暇は俺にはない。


「んん!」


 今出来ることは全力で踏ん張り、打ち込まれた衝撃に対抗することだけ。腕の力、足腰の力すべてを使って立ち向かう。が、


「!?」


 俺の足はあっさりと地面から浮き上がり、体は相手のパワーに押し切られ後ろへと傾いていく。


「ンッ!」

「あづっ!」


 アルカが剣を振り抜いた。俺は弾かれるまま土の上に尻餅をつく。


「"はいおしまい"」


 今日も、開始からわずか数秒で、剣の稽古は終わってしまった。


「"また明日ねー"」


 もはや見慣れてしまった光景、去り際に一仕事終え満ち足りた表情を浮かべるアルカ。俺はそれを尻餅ついた不恰好な姿のままで見送った。


「ああー」


 アルカの姿が見えなくなってから、へなへなと脱力して地面に大の字になる。今日の空は雲が厚い。夕方過ぎには一雨来そうだ。


「今日も一太刀だった」


 両手で押さえつければもう少し持つかと思ったが、二日目と結果はほぼ同じ。体ごと持ってかれて転ばされた。


「くちばし男はよく生きてたな」


 初日に遭遇した魔人種を思い出す。アルカに剣の柄で思いっきり叩かれた彼は一撃で意識を失っていたが、よくよく考えてみればあれ、頭蓋骨陥没とかしててもおかしくないんじゃなかろうか。


(まぁ、手加減はしてたんだろうけど)


 結果的にシルクとアルカが返り討ちにして捕らえた二人の魔人種は、村の反省房に収監されてから3日後、派遣されてきた巡回兵士達に回収され近くの町へと搬送された。デモン国の兵士を名乗った彼らはその後取り調べを受け、あるいは王都の王立裁判所で裁定されるか本国へと送還されるかのどちらかになるらしいが、町へ送られた時点でこの件は俺達の手から離れ、どうなったのかは知らない。


「あの時はシルクやジョアンさんを庇いながら戦ってたんだよな。途中から2対1の状態になったってのに一歩も引かないで立ち向かってた」


 自分の目で見たからこそ迷わず信じられる。アルカは強い。後で聞いたがアルカとシルクはあの時初めて実戦を経験したんだとか。つまりは俺と同じ。もちろん学校で学んだとか経験の違いはあるだろうけど、それでもあれだけ立ち回ることが出来るっていうのは、本当にすごいと思う。


「うーん」


 そんな彼女の訓練が、剣を一合打ち合わせて終わりというのはどういうことだろう?


「……うーん、考えててもしょうがないな」


 俺は立ち上がり、冷え始めていた体をもう一度ほぐして温めなおす。


「やれることはやっておこう。雨が来る前にとりあえずランニングまで」


 呼吸を整え、俺は昨日の夜に決めた新メニューを開始した。


(ストレッチしてから村の外周1周、その後筋トレ一式3セット。時間が許す限り基礎的なことを積んでいく)


 農場の手伝いも重労働だが、戦うために使う筋力はまた違う。それに、持久力はあればあるだけ役に立つはずだ。誰にやれと言われたわけじゃないけれど、日のある暖かい内は体を動かしたい。


「ふっ、ふっ、ふっ……」


 無理なくジョギング程度の速度で走る。走るペースが安定してきたところで、負荷を掛け始める。


「"朝はニワトリコケコッコー。昼はスズメがチュンチュンチュン。夜はフクロウホーウホウ"」


 ジョルジュから教えて貰った歌を口ずさみリズムを取る。


「"牛からモウモウ乳搾り。羊の毛を刈りメエメエメエ。馬を走らせヒヒヒンヒン"」


 あれこれ考えすぎてこんがらがりそうな頭にはちょうどよかった。


(これ、新しい日課になりそうだ)


 このところの鍛錬ずくめで気分はすっかり何かのスポーツアスリートだ。ちょっと愉快。

 この世界に来てから、これと決めて頑張ることが楽しくなってきた気がする。


   ※      ※      ※


 剣の稽古が始まってから11日が経った。今日も今日とて一撃も受けきれず倒される。


「"はい終わり、お疲れ様"」

「……ごほっ、ぇほっ」


 今日の俺は過去最高にダメだった。現在進行形でお腹を押さえて苦痛に耐えている。


「ひゅー。ひゅー……"お疲れ様、ぇほっんっ、でし、ぁっ"」


 相手の動きが見えないならばいっそ目を閉じてやってみようと心眼チャレンジ。結果はご覧の通り、剣を弾かれるどころか剣の柄で鳩尾に一撃もらいました。


「"法術か何か使うのかと思ったけど、心眼だったかー"」


 珍しくアルカがこの場所に残り、悶える俺の隣に座り込む。心配してくれてるのだろうか。


「"次やったら頭叩くからね"」


 訂正、大層ご立腹だった。


「"ずびばぜん"」

「"うむうむ"」


 痛みで涙と鼻水が出てしまってちゃんと謝れてないが、アルカはその言葉を理解してくれたらしい。偉い偉いと俺の頭を撫でて笑っている。明らかにからかわれているがまた息が苦しくなってきて文句も言えない。


「うう……ごほっ」

「"痛みが引くまでは動いちゃダメだよ、呼吸が整うまでそれに集中して"」


 アルカの指示に従い痛みに耐えながら落ち着くのを待つ。その間彼女はずっと俺の頭を撫で続けていた。


 数分経った辺りでようやく呼吸が安定してくる。一撃もらった時に噴き出した汗が冷たくなっていた。


「はぁ、はぁ」

「"落ち着いた"?」

「……"はい"」


 ようやくまともに返事が出来た。アルカもそれが分かって撫で回すのをやめる。


「……」

「?」


 どういうわけかアルカがこっちの顔をジーッと見つめている。赤い瞳はクリッとしていて、今この瞬間の彼女は愛らしく見えた。


「"イサムはさー"」


 座ったままでアルカが口を開く。


「"この稽古、変だと思わないの"?」


 眠たげにまぶたを半分落として、一番よく見るアルカの顔で聞いてきた。


「"私との稽古の後さ、自分で訓練してるよね。ってことは、剣術の習得にも色々とやりようがあるってことくらい、分かってるんじゃないの"?」


 揃えた膝に口元が隠されてその表情は分からないが、アルカの目はじっと俺を見つめている。答えを知りたがっている。俺はアルカの問いについて考えてから口を開けた。


「"体力の訓練については知ってる。でも、剣の訓練については知らない。だから、アルカに任せてる"」

「"素振りくらいはしようって考えない"?」

「"アルカがしろって言うならする"」

「……"ふーん"」


 俺の返事に興味あるのかないのかよく分からない擬音語が返ってきた。


「"じゃあ"」


 俺の目を見ないでアルカが言う。


「"明日、私の一撃目を凌げなかったらもう稽古はつけないからね"」

「……」


 考えてみれば同じことの繰り返しばかり10日以上、面倒くさがりの彼女がよく付き合ってくれたもんだ。


「"いい"?」

「……"ダメです"」

「"ダメですはダメ"」

「"お願いします"」

「"一撃目を凌げばいいだけだよ"」

「"手加減は"?」

「"もちろんしない"」


 最後の抵抗も無駄に終わった。


「"返事"」

「……"はい"」


 言質を取られたことで明日うやむやにすることも出来なくされた。


「"私はもっと面倒なことになる前に面倒を済ますことに掛けては全力だよ"」


 露になったアルカの口元には、いつかのシルクとは比べ物にならない意地の悪い笑みが浮かんでいる。間違いない、こっちが本場だ。


「"なんてこった"」

「"明日が楽しみだよ。本当にね"」


 地面に突っ伏す俺の頭にぽんぽんと手を置きまたもやからかいながら、それからしばらくアルカはケラケラと笑っていた。


   ※      ※      ※


 剣の稽古開始から12日目。今日が分水嶺。天下分け目の大一番。天気、見事な秋晴れ。


「ふっふっふ。"逃げずによく来たね"?」


 今日で稽古を終える気満々のアルカが、俺の登場に不敵な笑みを浮かべて迎える。


「"逃げたら一日浮いて運がいい、とか考えてたんだろ"?」

「"まあね"!」


 今まで見た中で一番きらきらした笑顔だった。


「"その分だと、最後まであがくつもりなんでしょ"?」

「"当然"!」


 俺も今までで一番自信に満ちた顔をしてみせる。


 俺とアルカはどちらから言うでもなく木剣を手に取り、毎日繰り返してきた定位置へと移動する。


「"私の一撃目を凌げなかったら、剣の稽古はおしまい。覚えてる"?」


 聞かれなかったら忘れた振りしようと思ってたが、そこはアルカ。ちゃんと確認してきた。


「"はい"」

「"よろしい"!」


 喜色満面といった様子のアルカが、ブンッとその手に持った木剣を振るう。それは構えの位置でピタリと止まり、切っ先を俺へと正確に向けていた。


「"構えて"」


 お決まりの言葉。


「……すぅー、はぁー」


 深呼吸。呼吸を整え、直後の集中力を高める。今日の勝負は負けて終わりましたじゃ許されない。


(ずっと考えていたことがある。昨日の晩まで頭の隅っこに引っかかってた)


 アルカはどうして一撃しか稽古してくれないのか。


(本気でやるつもりがないから。俺を馬鹿にしているから。面倒くさいから……どれも違う)


 面倒だ何だとよく口にするが、アルカは根が真面目な女の子だ。やると決めたことはやる。むしろいざそうなった時には無駄を削る方に力を注ぐタイプだと俺は思う。だから俺は彼女のやり方に不思議と反感を持たなかったし、信じて任せてるなんてあっさり口に出来たんだ。


「"準備は出来た"?」

「……」


 だからそう、彼女はそもそもこの稽古で、一度たりとも手なんか抜いてない。


「……"大丈夫"」

「"じゃあ"」


 常に全力で、俺と戦っていた。


「"開"……」

「おおおおおおお!!!」


 開始の合図と共に俺は前に踏み出す。ちょっとフライング気味だろうが初速に劣る以上大目に見て欲しい。

 雄叫びを上げて自分からアルカへと近づく。

 俺は稽古開始から12日目にして初めて、アルカに勝負を挑んだ。


「……"予想通り"!」


 先に踏み込んだ俺に対してアルカが構えを変える。やや腰を引き、剣を振り抜くための予備動作に入る。素人の突進に対して必殺のカウンターを打ち込む構えだ。真正面から叩き伏せてくれるらしい。このままがむしゃらに突っ込めば、俺はあの強力無比な膂力でもって木剣ごと返り討ちにされるだろう。

 俺は駆け出した勢いのままに剣を振り上げ、左腕を胸とお腹の間辺りに構えて接近する。お腹に一撃が来ないよう庇う格好だ。肩、腕、体の硬い部分、犠牲になってもすぐには死に繋がらない部分を前に出す。どうせ食らえば吹き飛ぶのだから何の意味もないといえばその通りだが、俺は自分の最善を尽くしてアルカに挑む。


「おおおああああ!!」


 振り上げた木剣を、右腕のしなりも使って全力で振り下ろす。アルカを袈裟切りにする渾身の一撃だ。


「"これでおしまい"」


 聞こえたのはアルカの勝利宣言。弾丸のように素早く打ち上げる迎撃の一太刀が振るわれ俺の木剣へと叩き込まれる。

 俺の手から木剣が弾き飛ばされた。


「っしゃあ!」

「えっ?」


 俺は右肩を前に突き出し思いっきりアルカにぶつかった。胸の前に構えていた左腕もそのまま前方に押し出しアルカにぶつける。全体重をただ前へ向かう力に乗せて、俺はアルカに向かって体当たりしていた。


「……おっ」


 押されてアルカの体が傾いた。そう思った次の瞬間、


「んんっ!」


 アルカの体がターンした。押し出した俺の左腕は剣を振り抜いて無防備だったはずの彼女の右腕にガードされていて、先に押し付けていた右肩からはもう彼女の体は離れている。彼女は俺の押す力に逆らわず、ガードした右腕を支点にして思い切り体を捻っていた。どれだけの柔軟性があればそれが出来るのか。ターンしたという言葉の通り、アルカは突進する俺の体の左側をくるりと回って見事に回避してみせたのだ。


 となれば、俺にはもうどうすることも出来ない。


「……ふん!」


 回転の力を伴ったアルカの肘鉄が俺の背中、肩甲骨のすぐ下の柔らかいところへ正確に打ち込まれる。


「んぎっ!」


 伸びきった俺の体はそれを何の防御も出来ずに受け止め、バランスも何もかもを失って地面へと強かに叩きつけられた。


「One knee touched the ground」

「あ、ああっ!」


 痛みにうつ伏せたまま悶え震える。本当に容赦のない一撃だった。吐きそう。


「はぁー、はぁー」


 直接的な痛みは鳩尾に一撃もらった時よりも早くに回復した。息が出来るって大事。


「イサムー」


 未だに地面に突っ伏している俺の背中を、アルカが名前を呼びながらつんつんしてくる。


「アルカ」


 俺は地面に伸びたままアルカに問う。


「"肘での攻撃は二撃目、だよな"?」

「うっ」


 俺の言い分に背中を突っつくアルカの手が止まる。


「"一撃目で俺は吹き飛ばなかった。だよな"?」

「"あれは……卑怯でしょ"?」


 顔を上げれば、明らかに不満顔のアルカがこっちを見ていた。


「"初めから腕の力だけで剣を振って、いざ振り下ろしに入ったら力を抜いたんだよね"?」

「"はい、剣が抜けない程度に"」

「"打ち合ったらそのまますっぽ抜けるのに任せて、すぐに体勢を整えて体当たり"」

「"何度も打ち合ったからその瞬間の感覚だけはよく分かる"」

「"剣を失ったらその時点で負けだし耐えきれてないでしょ"?」

「"あの時点じゃ勝負はついてなかった"」

「"そもそも体当たりってずるくない"?」

「"肘で攻撃した人に言われたくない"」

「"狙ってやった"?」

「"狙ってやった"」

「……」


 俺の即答にアルカが黙り込む。その間に俺はゆっくりと体を起こし、改めて地面に腰を落ち着けアルカと向き合う。


「"俺が勝負を挑むのは、予想通り、だったんだろ"?」


 じゃあこれは実戦訓練だ。アルカの一撃目は確かに放たれ俺の木剣を弾いたが、それで勝敗を決めるには至らなかった。少なくともあの一撃を木剣をしっかり握ったまま受け止めていたら、これまでみたいに俺ごと弾き飛ばされていたのは間違いないのだから。


「"俺はアルカの一撃目を乗り越えた"」

「ぬあー!」


 俺の宣言にアルカがその場でばたばたと両手を暴れさせる。ここに勝負は完全な決着を見た。


「"明日からもお願いしまーす"」

「"お断りしまーす"」

「"ダメです"」

「"ダメですはダメ"」

「"じゃあお断りしますもダメ"」

「"なんてこった"」


 やりたいだけ抵抗する。往生際の悪さというか、儀式のようなものだ。自分の心を納得させるための時間稼ぎ。目の前で嫌そうな顔をしているアルカだが、明日にはまたちゃんとここに来てくれる。


「"何かこうなる気はしてたんだよ"」

「"どういうこと"?」

「……"秘密"」


 俺の問いかけに答えたアルカがそのままそっぽを向いてしまう。彼女の言葉の真意は分からなかった。


「Is he a fast quick learner? It is abnormal compared to it」


 その後に呟かれた彼女の言葉も、吹き抜けた秋風のせいでちゃんと聞き取ることが出来なかった。


 俺はこの日確かに自分が強くなる道を切り拓き、同時にまた何かの道を踏み外していた。

 それが分かるのは今よりずっとずっと、ずーっと後の話。

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