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勇くんと12人の嫁  作者: 夏目八尋
第一章
12/39

第12話

「"お願いします!"」

「"嫌"」

「"お願いします!"」

「"嫌"」

「"お願いします!"」

「……」

「……」


 下げていた頭を上げ、俺は藁の上に座すアルカを見上げる。が、


「あれ?」


 アルカはそこにいなかった。


「あの、イサムさん」


 シルクが俺の服の裾を引っ張って、それから村の方を指差す。その先を目で追えば、


「あ」


 アルカが全力で逃走していた。


「"お願いします!"」

「"やだーーーー!!"」


 俺は彼女を全速力で追いかけた。そしてその日は追いつけなかった。


   ※      ※      ※


 キュリアス村でもっとも武術に長けているのは彼女、アルカ・トロンズだと村の皆が言っていた。

 学園で本格的な武術を修めるよりも前から、その体力は村の男衆に負けず劣らず、力も一人で石臼を運んでみせたりと才能を発揮していた。さらにシルクが言うことには王都の学園内でも彼女の成績は優秀で、時には指導員である武術科教師ですら打ち負かしていたのだとか。そんな彼女の指導を受けることが出来れば、俺みたいに武術の心得がない人間でも自分の身を守る程度には鍛えられるのではないかと思ったんだが、頼む相手は思った以上に難敵だったようだ。


「小さい頃は大人のお手伝いをよくするいい子だったんですけど、才能の開花と共に出来ることが増えてくると、皆もそれをもっと頼りにし始めて」


 そこに悪気はなかったとシルクは言う。


「気づけば皆彼女を普段から当てにして何でも頼むようになって、しばらくして、アルカは人に頼られたり何かを任されることを面倒くさがるようになったんです」

「あー……」


 それは辛いな、と思う。


「なるほど、ね」

「はい」


 多分彼女はその時、いっぱいいっぱい頑張ってたに違いない。疲れるけれど、それ以上に身近な人達が喜んでくれるのが嬉しかったからそうしていたんだ。でも周りはいつしか彼女が頑張るのが当たり前になって、彼女はいつでも頑張らなきゃいけなくなって、その結果疲れ果ててしまったんだろう。農家の長男だから、兄だから、出来るから、そういった理由を盾に頑張らされた時のことを俺は何とはなしに思い出していた。


「王都に居た時も、私以外とはほとんど誰とも接点を持とうとしないで過ごしてて、交流会とかは面倒くさいって消極的で」

「そして今に至る、と」


 アルカはこの村に帰ってきてから仕事らしい仕事はしていない。村の見回りという名の散歩くらいで、各家がやっている互いの作業を手伝いあう協力関係みたいなものにはノータッチだ。自分に宛がわれた最低限だけをこなし、それ以上にはまったく踏み込まない。そんな距離感を保っている。俺みたいな外の人間にも積極的に交流しようとするシルクとは対照的な行動パターンだった。


「そっか」


 面倒臭がりだとは聞いていたが、その理由まで知れば彼女の行いに対してこちらが悪く思うことは何もなかった。むしろ、そんな彼女に面倒を強いようとしていることの方が、望まれない行いであるかのように思えるほどに。


 だが、そんな俺の思いに対してシルクは言う。


「もう一度、挑戦してみましょう」

「え?」

「イサムさんが求めていることは、とても大事なことだと私は思います。そして今それを叶えることが出来るのは、アルカだけだとも思いますから」

「あ、ああ」

「それにアルカはちょっと村のお仕事サボり過ぎだから、そのくらいはしてもらわないと!」

「あ、うん」


 アルカを相手取っている時のシルクは、言葉や対応が砕けているなと思う。


「シルクとアルカは幼馴染なんだっけ?」

「そうですよ。同じ年だったんで自然と一緒にいる時間が多くて」

「子供の数少ないもんな」

「……村、ですからね」


 不思議な間があった。


「アルカにはいつも守ってもらってばかりで、要領もよくて困ってることも少なかったから、私からアルカに何か返せたことってほとんどなくて。アルカはそんなことないって言ってくれるんだけど、私もつい、口うるさくしちゃったりして」

「あー」

「え。え、あーって何ですか。納得ですか? 私が口うるさいってイサムさんも思ってたんですか!?」

「ああいや、そうじゃなくて!」


 自分で言っといて怒るのはずるいと思うが、それはさておいて。いや、それも含めて。


「アルカとは本当に仲がいいんだなって」

「……はい」


 さっきと違って、柔らかい間がそこにはあった。


「よし」


 気合を入れ直す。


「アルカと仲がいいシルクがやっていいって言ってるんだ。俺はそれを信じてぶつかってみる」

「I hope your success」

 タイミング悪くシルクの法術が切れてしまった。が、その表情から俺を応援してくれていたのは疑うべくもない。


「シルクや、もちろんアルカにも。余計な心配とか掛けないくらいには俺も強くなりたい」


 この村に根を下ろすにしても、飛び出すにしても。俺が生きていく上で害意と戦う技術はきっと必要になる。今は一つでも出来ることを増やして、彼女達に恩を返すきっかけを手に入れたい。


 そしてこの翌日から、俺の行動にアルカの追っかけが追加された。


   ※      ※      ※


「アルカー!」


 畑の手伝いとシルクの授業を終えた後、俺はアルカを探して村中を駆け回る。そしてアルカを見つければ、


「"剣の扱いを教えてください"!」

「"面倒くさいから、嫌"!」


 彼女に師事を願って追いかける。そんな日々が続いた。


「"元気だね"」

「"若さは素晴らしい"」


 村人の皆には温かい目で見られてしまっているがこっちは必死も必死、毎日全力疾走だ。


「"うおー、来るなー"!」


 前を走るアルカの姿が消える。追っかけ始めて今日まで一週間、この技で簡単に煙に巻かれていたが、今ではもうそのタネを明かしている。


(アルカの動きの速さは基の運動神経に加えて、相手を引っ掛ける嘘の動作にある)


 フェイントを使ってこちらの見ている視界から意図的に外れ、そこに生まれた少しの時間を使って隠れたり方向転換したりする。やや小柄な彼女の体だからこそ出来る軽快な動きに相手は惑わされてしまうんだ。じゃあどうするか。


(見るべきは、足!)


 逃げる相手は主に何を使っているか、それは足に他ならない。なら相手の足の動きに注意していれば、どう動くかは自ずと見えてくる。そう思って数日足の動きに注意していたその成果が今発揮された。


「こっちだ!」

「!?」


 いつもなら前方に全力疾走するところを急ブレーキ。そして相手が隠れる前にその姿を目で捉える。


「"げっ"!」

「よし!」


 今日の追いかけっこでついに延長戦に突入した。毎日全力で追いかけ回しているおかげか前より体力も付いてきたような気がする。今日の俺はまだ、彼女を追いかけることが出来る。


「So persistant!」

「まだまだ!」


 何か悪態を吐いて逃走を続行するアルカを再び追走する。さっきよりも距離が縮まって、頑張ればその背中に手が届きそうなところまで来た。短距離ならコンパスの差が利く!


「おおっ!」

「!?」


 思いきり腕を伸ばし、相手の服の裾でも何でもとにかく捕まえようと踏み込む。が、次の瞬間。


「よっ!」


 くるりとアルカが振り返ったかと思うと、あろうことか俺の頭にその手を置いてぴょんと飛び上がる。手を伸ばした不安定な格好をしていた俺はそれを避けようがなく、見事に片手で馬飛びする彼女の踏み台にされて地面にすっ転んだ。飛び抜かれる間に垣間見えた彼女の姿は淀みなく一連の動作をこなし、伴って揺れるニンジン色の長髪と相まって綺麗で、まさしく兎のようだった。


「っで!?」


 現実に引き戻される痛みに声を上げ、慌てて振り返るも時すでに遅し。


「"それは我々の勝利だー"!」


 アルカは全力で逃走していた。


「……ぐぬぬ」


 惜しかっただけに悔しい。だが、今まで出来ていなかったことが一つ前進した手応えは感じた。これも言葉を覚えるのと同じだと、自分に言い聞かせる。


「諦めないぞ!」


 俺は一層の努力を胸に誓った。


 その翌日。


「アルカが剣術教えてくれるって言ってます!」

「ええ……」


 シルクの家に勉強しに来た俺の前にアルカが居た。


「どういう風の吹き回しで?」

「It is more troublesome to escape」

「"ごめん" "早い" "分からない"」

「逃げる方が面倒くさくなったそうです」

「ああ……」


 とにもかくにも、昨日のあれで逃げるのが割に合わないと感じてくれたらしい。俺とシルクは示し合わせ、このチャンスを逃がさないようにすると視線で通じ合った。


「それじゃあ今日は授業より先にアルカの剣術の稽古をしましょう」

「"頑張ります"!」

「"えー、後じゃダメなの"?」

「ダメ!」

「……チッ」


 授業中に逃げるつもりだったらしい。

 しぶしぶといった感じだったがアルカは稽古してくれる気になったらしく、この間魔法の実演をしてもらったシルクの家の裏庭に三人で向かう。ある程度はちゃんとやる気を持ってくれていたのか、そこには訓練用の二本の木剣が準備されていた。


「"はい"」

「おっとっと。"ありがとう"」


 アルカが木剣を拾い片方を俺に放り投げてくる。初めて握った柄の感触は、手の平に吸い付くような不思議な感じがした。


「Set」

「え?」

「構えて、だそうです」


 シルクに訳されて慌てて剣を構える。学校で習ったと言うシルクから事前に教わった通り、剣の柄を右手にしっかりと握り相手と向き合う。

 視線の先には同じように剣を構えたアルカの姿がある。おっかなびっくりの俺と違いその立ち姿は堂に入ったものだ。自分より小柄な少女が、ただ剣を構えているだけで異質な物に見えてくる。


「……」


 自然と心が引き締まり、真剣に相手を見つめていた。その動きの一つとして逃しちゃいけないような、そんな感情に支配されて。


「"じゃあ行くよ"」


 それは真剣味も何もない、ただ軽い口調で出された宣言。それでも俺は意識をより鋭く集中して、


 カンッ


「えっ」


 乾いた音を耳にした時には、すべてが終わっていた。


「"はい、終わり"」


 微かに痺れる手の感触と、地面に落ちた木剣。それに気づいて交互に見ている間にアルカから終了を告げられる。


「えっ?」


「"練習" "終わり" "今日"。"練習" "同じ" "明日"」

「あ、"はい"」

「ふふー」


 一仕事終えたといった顔で、アルカは俺達の元から去っていく。正直俺は今何が起こったのかさえよく分かってなくて、ただ何かされたって事実だけを実感し、それに驚愕し続けていた。


「えっと、剣が、払われた?」

「はい、そうですね」


 何とか認識してきた俺の問いかけに、その場に残ってくれていたシルクが答える。


「アルカは一瞬でイサムさんとの距離を詰めて、そのままイサムさんの剣を弾き飛ばしました」

「ああ、うん。だよな」


 シルクの説明を受けて、ようやく自分でも何が起こったのかを飲み込むことに成功する。


(注意はしてた。集中もしてた。でも見えなかったし分からなかった)


 どっと汗が噴き出す。アルカのただの一振りが、あまりに意味が分からなくて戸惑う。


「……」


 俺を見ているシルクが心配そうに、そして時折立ち去っていったアルカの方を向いたりと落ち着かない。


「……ごめん。今日の授業は休みにしてもらえる?」

「あ、はい」


 俺は額の汗をぬぐいながら、シルクに頭を下げた。


(考えないと。今何をされたのか、それを自分の中でしっかり消化しないとダメだ)


 俺の脳が持つ拙い処理速度では、アルカの一振りについて考えるだけで一晩掛かりそうだった。


「"あら、珍しい"」

「"イサム、何かあったの?"」


 その日俺は初めて、カルラさんの作る美味しいスープをお代わりしなかった。


   ※      ※      ※


 そして彼女の一太刀だけの実践訓練は、その後3日に渡って継続された。その間俺は必死にアルカの動きを追いかけたが、ただの一度も彼女の動きを捉えることは出来なかった。


「"練習はおしまい"。"また明日"」


 今日もまた、俺の手から木剣を弾き飛ばしたアルカが一仕事終えた顔で去っていく。もうこの場にシルクは同伴していない。やるべきことは分かっているし、そこに多くの言葉を必要としていないからだ。


「……はぁ、はぁ」


 より強く柄を握った。手ごと弾かれた。相手の足を観察した。踏み込んだ瞬間に見失った。そして今日、アルカの顔を見た。


(一瞬。一瞬だった)


 普段の気を抜いてリラックスしていた表情が、一瞬だけ真剣になる。顔が怖くなるとかじゃなく、引き締まるというか、しっかりするというか。一番に気になったのは、彼女の瞳だ。


「真っ赤な瞳が、俺を捉えてた」


 今日、目が合った。初日から真剣に見ていたつもりだったが、初めて目が合った気がする。だが、


「えー?」


 それが何だっていうんだろう。攻撃する対象を見ることは当然なわけで、何もおかしいことはない。でもそれが、妙に頭に引っかかる。


「……ぐぬぬ」


 答えは深い霧の中にあって、求めるにしても手探りで進むしかないような感じ。もっと何回も一日に挑戦したいけれど、それでまた鬼ごっこをやり始めることになったらそれこそ元の木阿弥だ。


 俺は地面にあぐらをかき、深く考える。


(少なくとも、稽古をつけようとしてくれているのは確かなんだ)


 稽古が始まってからは毎日決まった時間にちゃんとアルカは付き合ってくれている。何のアドバイスもないしこれを指導といっていいのかは甚だ疑問だが、不思議と俺は彼女のやり方自体に文句はなかった。


(面倒くさがりなアルカが選んだのがこの訓練なんだったら、多分そこに最大限込められたものがあるに違いない)


 俺はそう考え、明日からも彼女のやり方に向き合うことを改めて覚悟する。


(学びたいと言ったのは俺なんだから、俺が学ぶしかないんだ。全力で取り組もう)


 吹き抜ける秋風が、ガサガサと傍にある木の葉を落とす。肌寒さを感じたが、バクバクと脈打つ心臓がそれを忘れさせた。


 拳を握る。


「……」


 この世界で生きていくための訓練は、まだ始まったばかりだ。


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