3 日曜日
午前中は友達と会う約束をしていた透は、同じく友達と遊ぶ約束をしていた双子と一緒に家を出る。
昼にきちんと帰ってくるように言って双子とわかれた透は、友人の家との中間にある喫茶店に入る。
「こっちだこっち」
メガネをかけた黒髪の青年が奥の席で手招きしている。中学のときの友達で名前は渡部雅明。透とは別の高校に通っている。
透は店長お勧めのコーヒーを注文してその席に向かう。
「よお、久しぶり。元気そうだな。雅明」
「春に会ったから半年くらいか」
「そんくらいだな。志郎は上機嫌でスキップしているのを見かけたことはあったけど」
志郎というのは親しいもう一人の友達で、彼も二人とは別の高校に通っている。
「いつごろだ?」
「夏休み前」
雅明は少し考えてすぐに思いいたる。
「彼女ができたとはしゃいでいた頃だ。デートに行く途中のところを見たんだろうな」
「彼女できたのか。メールじゃそのこと一言も出てこなかったんだが」
「お前は子育てに忙しいからなぁ。必要事項以外は言わずにおいたんじゃないか?」
「子育て言うほど幼くはないぞ」
「最後に会ったのは小学校二年のときだからな。そのときのイメージが……いや小学生なんだからやっぱり子育てって言ってもおかしくはないぞ?」
「そうか? やんちゃなところもあるけど、言うことは素直に聞いてくれるし、あまり手はかからないんだけどなぁ」
「あまり苦労かけたくないと遠慮してる素振りはあるのか?」
「んー……わがままは減った気がするな。遠慮してるのかねぇ」
頼りない兄と思われているのかなどと透は考えているが、頼りないとは双子は思っていない。
苦労をかけたくないと少し押さえている部分はあるものの、両親がいた頃とそこまで日々の過ごし方が変わっているわけでもないのだ。ストレスをため込むようなこともなく日々を楽しく過ごしている。
だから透は特別落ち込む必要もないのだ。
「本人たちに聞いたみたらどうだ? 考えてもわからないだろうしな」
「そうしてみるか」
「話は変わるが、推薦受けるんだって?」
「おうよ。いやな? 家事と受験勉強の両立がめんどうでな。さっさと勉強から解放されたいと思って推薦くれと担任に頼んでみたら、職員会議で話題として出されてOKが出たんだ」
「そんな理由で推薦欲しがるなんて驚いただろうな」
「五年以上の教師生活で初めてだったらしい」
もちろん素行に問題なく、成績や内申といった部分もきちんと足りていたからこその推薦許可だ。
悪いことはしなかったというだけで大人しくはない。友達との賭けに負けて文化祭の女装コンテストに出てみたり、部活顧問の誕生日に奥さんの許可をとってからサプライズパーティーしてみたりとはっちゃけた行動はしている。
「行くところは未色大学だったな。そこを選んだ理由は聞いてなかったが、興味のある学科があったからか?」
「一番の理由は近いから。妹たちを置いて県外には行けないし、県内でも遠すぎるのはな。あとは成績的になんとかなるところも」
春の時点で進路に関しては両親に相談していて、経済的な問題はないから国立でも私立でも透の行きたいところに行けばよいと返答をもらっていた。
なので透は遠慮なく、条件にあてはまる大学を選んで進路希望のプリント書いて提出した。
ちなみに未色大学は綾と里紗が通っているところでもある。進路を聞いた二人は、後輩になるのねと楽しそうに笑っていた。
「雅明はどこに行くんだ? 行った高校がいいとこだし、大学もいいとこに行きそうだが」
「国立の法学部を狙っている。推薦はもらえなかったが、全国テストではAランクもらっているから油断しなければ大丈夫だろうさ」
「志郎のやつは?」
「私立に行くっていってたな。どこなのかまでは聞いていない」
「彼女と同じところに行きそうだな」
雅明は納得といったふうに頷く。
そのまま四十分ほど話し、話題が途切れたところでちょうどよいと透は持ってきていた問題集を広げ、わからないところを教えてもらう。
英語の文章の作り方を教わりながら、透は溜息を吐いた。
「英語がなぁ。まじめんどう。ドイツ語で受験出来たらいいのに」
「できるところもあるだろう? 未色大学は無理なのか?」
「無理だった」
「ドイツ語ができて、英語ができないってのはなぁ。英語の方が簡単だろうに。男性名詞とか女性名詞とかないぞ?」
「ドイツ語は自発的に学んだからな。英語は学ばされてる感があってどうも」
幼稚園から小学校二年生までドイツ人の友達が近所に住んでいたのだ。
その友達が日本語とドイツ語を半々で使っていて、自然と耳に入りドイツ語に慣れた。
友達はドイツに帰ったが、手紙でのやりとりを現在でも続けているので日常会話ならば問題なくこなせるのだ。
「興味あることとないことの差か。まあ面接時のアピールとして使えるだけましだろ」
「そう思うことにするか」
ある程度勉強を見てもらい、雑談しているうちに十一時半になる。
「そろそろ帰らないと。いい気分転換になった。次会うとしたら正月か受験明けくらいか」
「そのくらいだろうな。元気にしとけよ透」
「そっちもな」
喫茶店の前で別れて、透は家に帰る。途中で少し買い物もしておく。
昼はおにぎりと味噌汁と餃子の材料を少し使った野菜炒めだ。
帰ってきてお昼を食べてまた遊びに出る双子に早めに帰ってくるように声をかける。
透の午後の予定は家事と勉強だけだ。休憩をはさみつつ予定をこなし四時を少し過ぎた頃、餃子の仕込みを始める。
具は普通のものと海老入り、明太子とチーズという三種類だ。
二つのボールにそれぞれの具を入れて、手を洗っていると双子が帰ってきた。
「にーちゃん」
耳を気にした実星が耳かきを持って近づく。
「どうした」
「耳にゴミが入ったみたいで気持ち悪いの。とってほしい」
「わかった」
その場に正座して太腿をポンポンと叩く。
実星は耳かきを渡し、頭をのせて目を閉じる。硬めではあるものの温かい太腿にどこか安心感を覚える。
透は耳にかかる髪を払い奥を見るものの、暗くてよく見えない。近くに置いてあった携帯をとってライトで耳を照らす。指では取りにくい位置に小さな影が見える。
「んーあれか? 耳かき入れるぞ」
「うん」
ゆっくりと耳かきを入れて、ゴミらしきものをひっかいて落ちないよう慎重に取り出す。耳かきが奥に触れると実星はピクンと小さく体を揺らした。
耳に入っていたものは、砕けた枯葉の破片だ。
「とれた。気持ち悪さはなくなったか?」
「……うん! ついでだしこのまま耳掃除してほしい、駄目?」
顔を透の方に向けて見上げながら言う。
その実星の頭を撫でて頷いた。
「いいぞ。しの、ティッシュ取ってくれるか?」
「はーい。私も次してほしい」
「おう」
ティッシュを受け取った透は、手元に集中してかりかりと耳かきを動かしていく。
ゴミの入っていた左耳を終えて、右耳もかりかりと動かしすませる。
「ほい、終わり。次はしのだ」
「すっきり! ありがとっにーちゃん」
体を起こした実星はぺかーっと明るい笑顔で礼を言い、星乃に場所を譲る。
「しのはゴミが入ったとかないんだよな?」
念のため聞いた透に、星乃は頷きを返す。
じゃあいれるぞと言って、耳かきをそっと動かす。
わずかにかすった耳かきがくすぐったかったようで体を動かす星乃。
「動くなよ。危ないだろう」
動きが止ったのを確認し、透はもう一度耳かきを動かす。
「んんっ」
軽くではくすぐったいようで、ぎゅっと目を閉じた星乃は小さく声を漏らす。
「強めにした方がいい?」
「うん」
「痛かったらそう言ってくれな」
少しだけ力を込めてこりこりと耳かきを動かす。くすぐったくも痛くもないようで、体から力を抜いてリラックスした表情を見せる。
両耳の掃除を終えて、星乃を起こす。
「すっきりしたか?」
「うん。お礼に私が耳掃除したげる」
「じゃあ、反対の耳は私がするー」
星乃の提案に実星ものる。
ここのところ耳掃除していなかった透は頼むことにした。
「頼む」
「先に私がするね」
耳かきを受け取った星乃が正座し、ポンポンと膝を叩く。
透は小さな太腿に頭を乗せて、右耳を上にする。自身の太腿とは違って柔らかな感触だ。
誰かにしてもらうのは久しぶりで懐かしくもある。十年くらい前に母親にしてもらったっきりだ。
「重くないか?
「大丈夫。始めるね」
星乃は左手を透の頬に当てて、頭を固定する。
誰かの耳掃除をするのは初めてで、そーっとそーっとと呟きつつ慎重に耳かきを動かす。
「痛くない?」
「痛くないよ。むしろもう少し強くしていい」
「うん」
「あ゛ーっいいなぁ」
力加減がちょうどよく、思わず声が出る。
それが面白かったか、星乃の小さな笑い声が耳をくすぐった。
右耳の掃除が終わり、実星と交代する。星乃と同じく柔らかな膝枕だ。
「んふふー、綺麗にするよー」
「おてやわらかにな」
「わかってるよー。いざ!」
星乃と同じくそっと耳かきを動かす。
一分ほどそうしているとピンポーンとチャイムが鳴る。
「出てくる」
星乃がパタパタと小走りで玄関に向かう。
ガチャリと玄関を開く音が聞こえてきて、いらっしゃいませという出迎えの挨拶も聞こえてきた。
綾と里紗の声が聞こえてきて、透は起き上がろうとする。透の頭を実星は押さえた。
「もーっ動いちゃ駄目だよ」
「いやでもな? 寝ころんだまま出迎えるのはさすがに失礼だと思うんだ」
などと話している間に、リビングに綾たちが入ってきた。そして耳掃除されている透を見て笑みをこぼす。
「こんな格好ですみません」
「いいのよ。微笑ましい光景だもの」
「私も綾によくやってもらうよ。自分でやるより気持ちいいよね」
「いつもは自分でやるんですけどね。久々に誰かにやってもらいました。たしかに気持ちいいです」
「じゃあまたやったげるね!」
手を動かしながら言う実星。
「そのときはまた頼むよ」
そのまま2分ほどして耳掃除が終わる。
実星に礼を言って透は起き上がり、綾と里紗に頭を下げる。
「改めて、いらっしゃいませ。餃子の具は作ってあるんで、すぐ持ってきますね。みほしのはテーブルに新聞を敷いてくれるか?」
頷いた双子はテーブルの上に置かれていた新聞を広げていく。
全員で手を洗い、テレビを見たりしながら餃子を作っていった。
できあがった餃子を皿に並べて、新聞を片づけホットプレートをテーブルに置く。
夕食が餃子だけでは物足りないので、卵スープと塩焼きそばを綾と協力して作る。
それらができあがり、全員分をテーブルに並べて、餃子も温めたホットプレートに並べる。
全員でいただきますと手を合わせ、できあがった餃子にも箸を伸ばし、昨日と同じく楽しい夕食が始まった。
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