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第8話 白の禍津

 実は黒木の屋敷までの距離は悪業の家からそこまで離れていない。

 というより、ここは中心の街であるため、駅に行けば大抵のところに行けるという利点があるのだ。住宅街からショッピング通りの方へ行くと大きな駅が見えてくる。

 この駅はショッピングモールと合体しており、駅の中にはたくさんのお店が入っているため、大きさ的にも普通の駅より大きくなっている。その分迷いやすくなっているのだが。


 悪業と速水は悪業の家を出て急いで駅まで向かう。使うのはもちろん速さの護符。これで足を強化して、いつもよりはやく走れるようになるのだが、たくさんの人がいる駅へ向かうのだ。速すぎると万が一制御ができなかった時に事故や、最悪、人を殺してしまうかもしれない。それほどまでに危険なのである。


 今回使う護符はだから、速すぎずそして遅すぎずといったものに限定されていた。

 速水が前に善行との勝負で使った護符よりも弱いもののため、速度はどうしても落ちてしまうが、制御しやすく、特に訓練から離れていた悪業にとってはありがたいものに...なるはずだった。


「はっ...はっ...」

「お前いくら訓練してないからって疲れすぎじゃないか?」


 悪業の息はすでに上がっていた。

 駅までもう少しではある距離までなんとか続いたが、もっとはやい段階ですでにぜぇぜぇと息を切らしていたのだ。その様子に速水は呆れるが...


「速水...さん...の方が...おかしいんです...ってば...」


 なんとか言葉を紡ぐ。

 護符には陽山師の長の霊力が込められている。護符を使うとその霊力と共に自分の霊力も使用し、そこでようやく護符の効果が発動するのだ。

 いくら借り物の力とはいえ、自分の霊力も使うため、護符を使うと疲労するのが当たり前だった。


 護符自身はただ、護符ごとの効果を補助するだけ。足を強化するなら霊力が足に流れ、腕を強化するなら腕に流れる。捕縛の護符は霊力で縄を作る手助けをするために霊力を与える。

 基本は霊力を該当箇所に与えるだけでそこから足を強化するためや腕を強化するといった効果にするためには自分の霊力をコントロールするしかない。よって護符の効果はどれも同じものである、霊力を急急如律令の言葉によって該当箇所に送り出す。そこから効果を出すのは自分の力なわけだ。


 霊力の強さによって使える護符が決まるというのもこのあたりが理由である。いくら護符で霊力を補ってもその効果自体を発生させる自分の霊力が弱ければ扱えるものも限られるということだ。またそこらへんのコントロールはもちろん訓練によってできるようになる。ただしそこも霊力が弱いとうまくコントロールできないわけなのだが。


「お前、一応悪性さんの息子のはずだろうが」


 そう、悪業は黒木の者で霊力はとても強い。それは速水よりも。

 しかし訓練を怠ったせいだろうか、なかなか霊力のコントロールがうまくいかない挙句、今は実際に長距離、休むことなく走っているのだ。

 霊力を護符で強化しても体面はどうにもならない。それこそ速水のように体も鍛えなければ。


「お前もそうだが、他のやつらもそうだ。護符を使うために霊力を扱う訓練ばかりしやがる。体面も鍛えてこそ本当に強い陽山師になるっつーのによ」


 速水は愚痴を言う。

 どの護符にも身体強化が多少ついている。極端な例だが、足をはやくして音速で走ったとしてもそれに体がついていけず壊れてしまえば意味がないからだ。ただ、ほとんどは霊力が集まることで自然と一次的に強化されるため、陽山師が体を鍛えることは稀だ。


 しかし速水は違った。

 元々そこまで霊力の強くない速水は体を鍛えることでその身体強化の一部を補い、善行とのゲームで見せた相手にも追えなくなる速度で動くことが可能になった。

 それは言うほど簡単なものではなく、血のにじむような努力があったのだろう。飄々としている速水は努力しているところを見せないが、その努力に気付いているものは多い。


「ほら駅が見えてきたぞ」

「......!」


 さすがに駅が見えると気が引き締まる。これから電車に乗り、黒木の屋敷が近い駅に降りてそこからさらに移動しなければいけない。ここから数駅のところのため、その後のの移動含めてもそんなに時間はかからないが今は1秒でさえも惜しい。

 さすがに護符を使うと言っても速度の護符を重ね掛けしなければ電車の方が速い。それに電車よりはやい速さで移動できる護符を連続で使うと向こうに着いた時には疲れて何もできなくなっているかもしれない。いくら霊脈で霊力を回復したとしても身体の疲れは簡単に癒されない(霊力の方も完全に復活するには少しだけ時間がかかる)。


 慌てる気持ちを抑えながら駅に入っていく。黒木の屋敷に向かうために。







 黒木の屋敷の最寄り駅につくとそこからはすぐだ。また護符をかけて移動をする。

 速度は先ほどと同じ。しかしもう悪業の息は上がっておらず、先ほどの情けない顔から少しだけマシな顔になっている。怖くてひきつっているだけの可能性もあるのだが。


(もう護符に順応したのか...本当に悪性さんの息子だな...そこらへんは羨ましいぜ)


 速水はその様子を見ながら軽く笑う。

 つい最近まで家から出たがらなかったが、今は家から出るどころか嫌がっていた黒木、陽山師にも自分から関わりに行こうとしている。成長と呼べるのかどうかは分からないが、マシになった、と評価していいだろう。


 こうしてこの短期間にここまで変化したのはなぜなのか。まさか黒の禍津のおかげってことはないだろうな。だとしたらそれは...あまりにも笑えない。

 話す機会がなくてまだ黒の禍津については話していないし、まだ悪業が持っている。このいざこざが終わったらまたこいつに聞いてみよう。禍津の正体を聞くか否か。


「悪業」


 走りながら話しかける。


「危険になったらすぐに逃げろ。さっきも言ったが逃げなくても俺が強制的にふっとばしてでもその場から移動させるからな」

「はい...」


 悪業の返事は元気がないが、落ち込んでいるわけではないらしい。

 もうすでにわかっているのだ、自分が足手まといだということに。そしてそれに慣れてしまっている。変わったとは言ってもあの大災厄のことはひきずっているらしく、自分のせいで誰かが傷つくのが嫌なのだろう。だから無理はしない。それをきちんと念頭に置いているのだ。


「終わったらお前に話があるからな。その禍津はまだ持っておけ」


 その言葉に悪業は驚いたみたいだ。

 悪業は禍津というワードを疑っていた。あの大災厄の名前。それと同じ名前の災厄。こうして勘ぐってしまうのも当然だろう。しかし、それを速水はまだ持っていいといった。そう判断したのだ。


(速水さんが持ってていいと判断した...ということは危険がない、ということなのだろうか)


 しかしそれならば黒木が追手を送ったり、ああして記憶消去する必要はないはずだ。それともクロがまだ記憶がなくて封印されているから安心、と判断されたのだろうか。そんな楽観的な判断を速水がするだろうか。疑問はいくらでも思い浮かぶ。

 そこで速水が声をかけてきた。


「さっきの電話ではまだ何者か、黒木の屋敷を潰した人物と交戦中だった。あれから15分は経っているがまだ戦闘が続いている可能性がある。きっと黒木の派閥を屋敷に集めているだろうからな」


 追手がいなくなっていた理由。それもでかい痕跡を残して。きっと速水と同じように黒木の屋敷から電話がかかってきていたのだ。今すぐ戻って応戦しろ、と。

 きっと黒木の屋敷がそんな事態になったことはないので、慌てて戻った結果があの痕跡。自分の痕跡を消すことも忘れて戻っていったのだ。


「そもそも黒木の屋敷の位置を知っているのは一部だけ...さすがに黒の禍津のことを知っている人間よりは多いはずだが、黒木以外の人間となると知っているやつなんていないだろう。それに黒木の屋敷は悪性さんなどの黒木の中でも役職が上の者やその関係者が集まる。そこを叩けば黒木は機能停止する。それがわかっていたのかもしれないな」


 速水が何を言いたいのか。

 それはこのような事件を起こしたのは黒木の人間ではないか、と考えているということだ。慎重に言葉を選んでいるのは悪業が黒木の人間だからだろう。身内の可能性もあることだ、速水よりももしかしたら黒木の人間と親しい可能性だってある。


 森の奥だった。

 道という道もなく、一度きたことがあったとしても2度とたどり着けないのではないかという道筋を進んでいく。森の中のため、目印らしい目印がなく、木を目印にした日にはその目印にした木がどれかわからなくなるであろう事態を招くことになるぐらいには同じような木が並んでいた。


 正直悪業はしばらく振りなので道筋を覚えているか不安だったが、さすがに速水はわかっているようだ。先ほどから迷うことなく進んでいく。

 どのぐらい進んだのだろうか。同じところをぐるぐると回っているのではないかと錯覚するほどに同じ景色を進んでいった。


 そして突然。


「はーっ!」


 可愛らしい掛け声とは裏腹に2人に飛んできたものはとても物騒なものだった。物騒。まさに喧嘩の象徴ともいえるもの。拳だった。ただの拳であればいい。悪業からしてみれば全くよくはないのだが、速水は簡単に避けることができるだろう。

 しかし、その拳は。

 まわりの木をなぎとばしながらこちらに向かってくるのだ。


「え、え、え」


 悪業は戸惑う。

 とんでもない威力の拳が文字通り、飛んできた。そう、その拳の主はここから見えない。腕が、伸びている。こんな芸当できる者に心当たりなんか…。


「…ある…」


 同じく速水もどこかげんなりとした様子でその拳を眺めていた。

 ため息を付きながらもその拳を避ける。


「俺だ、力野」


 静かに。

 しかし響くような声でそう速水が言うとしゅるしゅると腕が縮んでいき、その主の元へと戻っていく。足音。何者かがその腕が戻った森の奥の方から歩いてくる。

 現れたのはまあ、全くの予想通りである力野と技山だった。女子高生と太い男という組み合わせはシルエットだけでも目立つ。


「はは…速水さんお久しぶり~…」


 バツの悪そうな顔で速水に挨拶をする力野。


「力野、お前また相手を確認せずに…」

「ワタシは注意したんですけどねー」

「技山なんも言ってくれなかったじゃん!てめえさては恥かかせようと…」


 3人で口論する光景を悪業は苦笑いしながら見ていた。

 速水は力野を怒り、力野は技山に文句を言い、技山はそれを流す。この光景からもわかる通り、3人はとてもいいトリオなのだ。

 実戦でも技山が慎重に判断し、慎重すぎないように力野が行動に移し、その行動がいきすぎないようにそして現場の指揮を速水がとる。


 1人1人の霊力はそうでもない。速水は素早さに力野は力に技山は技に特化してようやく陽山師になれるかどうかというぐらいだ。他の全てを捨ててもそのぐらいの実力。

 それでもまわりから認められているのはこの3人が揃ったとき、実力以上のものを出すことができるからである。


 悪業が「あの…」と声を挟むと「そうだった!」と3人とも何かを思い出したかのように口論をやめ、力野と技山が先ほどあったことを話し始めた。


「速水さん、黒木の屋敷が襲われました」

「相手は?」


 きびきびと話し始める。

 さっきまでの口論はなんだったのか、真面目な雰囲気が漂っていた。


「相手は1人みたいなんですよねー、ワタシが確認した限りだと」

「1人…?」


 技山の言葉に速水が驚く。

 話になかなかついていけなかった悪業もそのセリフをきいて驚かざると得なかった。


「1人で屋敷を…?」


 思わず言葉を発してしまう。

 そのセリフを聞いてちらっと力野がこちらを見た。「え、なんで悪業がここにいんの?」というありえないものを見る目で見られたがそれどころではない。


「どんなやつかはわかっているのか?」

「いえ…その…」

「狐のような狼のような災厄でした」


 言いにくそうな様子の力野に対して技山があっさりと言った。

 狐のような狼のような災厄。

 そんな災厄に心当たりがある。そう、陽山師であればだれでも。


「…正確に頼む。お前らは1人と言ったな。災厄を1人とは呼ばないだろう」

「力野さんは言いにくそうなのでワタシから言いましょう」


 技山はちらりと悪業を見た。

 もし、狐のような災厄が予想通りの災厄であるならばそれは悪業の前では気を遣わなければならないものだ。悪業はそれでも静かに頷いた。


「まず、ワタシたちがいた黒木の屋敷を襲ったのは災厄でした。狐のような災厄。確かに見た目は禍津。あれにそっくりでしたが、サイズはとても小さく、2メートルと少しと言ったもの。普通の災厄よりかは霊力が強いみたいでしたが…」


 技山は一度区切って「いいえ」と呟いた。


「いいえ、いいえ、はっきりと申し上げましょう。あれは大災厄でしょう。ちいさいながらもあの感覚、忘れるはずもありません。まだ万全じゃない故、見なければ感じることさえできぬほどではありましたが」


 はっきりと言ってのけた。

 技山も力野も速水もあの大災厄を経験している。いや、この街の人間であるならば全員経験しているだろう。陽山師だろうとなかろうとあの感覚、自分の中の何かが乱されるようなあの感覚は忘れるはずがない。


「…悪業、お前は席を外すか?」


 気付けば震えていた。

 手も足も体中も。

 大災厄が怖いのもある。でもそれ以上にあの記憶が、大切な母を失った記憶が、そしてまた誰かいなくなってしまうような恐怖が溢れてきて止まらない。

 顔も青ざめているのか力野と技山が心配そうにこちらを見てくる。


「いえ…続けてください…」


 絞り出した声は情けなかった。

 それでもここにいようと思ったのは、ただただ怖かったのだ。このまま何も知らずに知らないところで何かが起こってそして知らずに誰かがいなくなることが、大災厄への恐怖を上回ったのだ。

 関わらないと決めたはずなのに、自分の中の変な矛盾した気持ちから目を逸らす。


「大災厄とはいえ、まだ力は万全ではなかったみたいでしたがね。その大きさからもわかりますが、そもそもきちんと実体化できていなかった」


 災厄は普通目には見えず、この世のものに触れることができない。

 そんな災厄が実体に触れることができるのは災厄自身が実体化すること、そして何かに憑依することだ。例えば災厄そのもので人を殴ることはできないが、人に憑依し、その人で人間を殴ることで実体に影響を与えることができる。


「今回大災厄は黒木の屋敷を壊し、人を襲いました」

「なるほど、実体に影響を与えているということか」


 今回も屋敷という実物に影響が出ている。

 それは実体化できない災厄だけでは不可能なこと。可能なのは災厄が憑依した時のみ。きっと先ほどから言っている『1人』はその憑依をした人物のことだろう。


「だからといって1人とは限らない。憑依する人間は1人かもしれないが、他に仲間がいる可能性も…」

「確かに仲間の可能性は0ではありませんが、襲撃したのは、否、できるのはたった1人だけだったそうです。屋敷には探知の得意な陽山師もいまして、まともに感じた霊力はたった1人だったそうです」


 霊力は人間がある程度コントロールできるが、その存在を消すことはできない。

 探知をごまかすことはまずできないはずだ。


「そもそも、弱っているとはいえ、あの大災厄の憑依に耐えられる奴がいるってだけでも驚きだがな…」


 速水はそう言った。

 憑依とは人間の中の霊力に災厄を取り込むこと。すなわち、災厄自身の霊力がそのまんま自分の中に入ってくるのだ。

 そもそも実体化可能な災厄である白の禍津は憑依するようにできていない。あんなに強大な霊力が入ってしまえばそれこそ人は壊れてしまうだろう。


「それでワタシたちは救援係、いろんな陽山師に助けを求めてる役目です。力野さんはそれが恥ずかしかったみたいですが、ワタシたち1人1人は弱いですからね、しょうがないです」


 力野が話したがらないのはこれが理由らしい。


「救援が終わり、自分たちも応戦しようとしたときにその…人の気配がしたからそいつかと思ってしまって…」

「それが俺と悪業だった…と…」


 いや、災厄と間違えるか?という感想が顔に出ていたのだろうか。顔を赤くしながら力野がこちらを睨んでくる。ごまかすために顔を逸らした。

 きっと余程悔しかったのだろう、救援を呼ぶ係になったことが。要するにお前らだけでは戦えない。そういう意図だってあるのだから。

 しかし、速水はもう力野を責めるつもりはないらしい。

 顎に手をあて、何かを考えている。


「っていうことはまだ戦闘は続いているっつーことだな、うし俺ら3人なら戦闘に入れてもらえるだろ。急いで駆けつけるぞ」


 そして、と悪業を見て。


「お前は帰るんだ。さすがに災厄からお前を守れる自信はない」


 そのセリフをきいて、何か答えようとしたその時。

 速水の姿が消えた。

 消えたのは速水だけじゃない、力野も技山も。そして自分の視界すらも消えて、流れて…。

 そこで気付いた。

 自分が高速で移動していることに。


「速水さ…」


 速水に掴まれ、そのまま移動。

 どうやら悪業だけではなく、技山も力野も同じように掴まれ、移動させられたらしい。

 ようやくとまった時には先ほどまでいた場所からは大きく離れていた。それでもここからその場所は見える。だからなぜこのような行動を速水がとったのかはすぐにわかった、わかってしまった。


「大災厄…」


 そこにいたのは狐。

 美しいという表現が似合う、なんてとても皮肉だ。白い姿はとても幻想的で、そこだけ別世界のようだった。思わず見とれてしまう。

 そこにいたのは大災厄。

 全ての敵であり、全ての仇。

 全ての元凶。

 最大の災厄。






よろしくお願いします。

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