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第7話 黒の禍津(2)

「黒の禍津...?」

「そ、前に言ってただろ。あんときは信じなかったが...すまんな。もう疑ったりしない、俺に渡してくれ」


 悪業の部屋。

 そこでは知らないうちに家にあがっていた速水と悪業は対峙していた。突然のことで言葉がでない。それをどういう風に捉えたのか、速水はため息を吐いた。


「あれはお前に扱えるものじゃない。別にお前が盗んだ、なんて思っていない。あれはそういうものらしいからな。ただ単に回収しにきたんだ。困る話じゃないだろ?」


 速水がたくさんのことを述べるも、それについていけない。急に意識が現実に戻されたのはクロの『おい!』という声でだった。「あ、ああ...」と情けない声が出るも現実が見えてきた。

 今までのことが一気に理解できていく。止まっていた時は流れ、そして...。


「く、黒の禍津...?」


 とぼけることにした。

 なぜこんなことをしているのか自分でもわからない。先ほどのクロの話を聞いて同情したのだろうか。これからまた暗い場所に戻される、それが可哀想だとでも思ったのだろうか。

 それとも言葉の責任か。先ほど思わず言ってしまった「もっとたくさんのものを見れる」発言に責任を持つためにこう言ったのか。

 分からない。それでも口は動いていたのだ。


「......なんでとぼけてるかは知らねえが、無駄だぜ。黒の禍津なんて言葉を知っている連中は黒木にも一部しかいないらしい。それも幹部クラスのな。悪性さんも知っているかもしれないが、お前に教えるはずがないし、他の幹部クラスとは面識がない。陽山師の訓練だってやめているお前だ。たまたま知識があったなんて言い訳通用しない」


 速水はいつもの飄々とした感じを崩さず、諭すように口を開いていく。


「全く、本当に苦労したぜ、どいつに聞いても黒の禍津なんて知らねえと言うし、ようやく知っているものにたどり着いた時には数日の時間が経っていた。俺は俺より地位の高い人間との会話が苦手だっつのに、お偉い方とばかり話すことになっちまった」


 速水がそこまで頑張ったのはきっと悪行のためだろう。先日悪業が黒の禍津について本当に困っていたように見えたからその時はおどけていたものの、その後真剣に調べたに違いない。

 それについてわかっている。理解はできるのだが...。


(渡せ...渡せ...そうすればこの厄介な災厄から離れられる。今なら鞄の中に入ってるし、クロは逃げられない。渡せば...渡せば僕は...)


 それでも体は動かない。

 最近出会ったばかりのはずなのに、なぜかこのままその暗い場所とやらに戻すとなると渡せなくなる。情も何もないはずなのに。

 悪業は知っている。暗い場所っていうのは本当に地獄だと。どんな場所かは詳しくは分からない。でもずっと暗くて何もない世界なんて辛いに決まっているのだ。


(僕は...この部屋の中に1人でいる孤独でさえ時には耐えられなくなる...)


 暗闇を。

 紛い物の孤独を。

 それらを経験したからこそわかる気持ち。


「黒の禍津って...なんなんですか...どんな災厄なんですか...」


 それは時間稼ぎでもありながら、ずっと知りたかったことでもある。そのことを知ってか知らずかどうやら速水には急ぐ理由もないらしく、テーブルの近くにあった椅子に座り、こちらを見る。


「俺も知らない」


 まさかの答えだった。

 唖然とする。知らないものの回収をしにきたのかこの男は。


「上からの命令だったからな。黒の禍津のことは教えられないが持って来い。パシリだぜ完全によ。それで腹が立ってな。どこまでも俺をなめくさりやがって、とそう思って自分で調べた」

「え!?」


 さっきと言っていることが違う気がするんだが、気のせいだろうか。

 その気持ちが顔に出ていたのだろう。我慢できずに速水は笑い出した。「ほんと素直なやつ...」と呟いてまた目線を悪業に合わせる。


「俺も知らなかった、の間違いだった、すまんすまん」

「こんな時に...」


 こんな時にふざける速水を見て呆れるも、不思議と苛立ちなどはない。

 あまりにも緊張していた悪業をほぐすためにあえてこのような冗談を言ったのだ。そして普段から大事なときでもこのようにおどける速水の姿は見慣れすぎているほどに見慣れている。

 だから急に顔から笑みを消し、悪業を真剣に見るその眼差しに驚かざるを得なかった。


「悪業」


 速水が端的に悪業をそう呼ぶときは真面目なときの合図。

 いつもは黒いのだとかうちの引きこもりなど散々言ってくれているわけだが。


 ちなみに速水は黒木の一族ではない。苗字が違うことからもわかる通り、速水や力野、技山のように黒木の一員でなくても黒木のメンバーに加わることができる。

 別に黒木と白木しか活動が認められていないわけではないため、わざわざ黒木に入る必要もない、と思うのだが、まず第一に仕事量が違う。


 やはり黒木は有名なため、よく仕事が頻繁に持ち込まれたり、大きな仕事をすることができたりする。速水は自分の才能に、努力に自信があり、こうして黒木の組織に入っているのだ。

 黒木も白木も実力世界。一族しか出世できないわけではないため、力を付ければ速水にも上の役職に就くことができる。これが第2の理由だ。


 そして第3の理由、それは黒木を束ねる長になること。今は黒木悪性がその役目を果たしており、それに文句は一切ない。それどころか尊敬できる理想の上司だと思っている。

 だからこそ超える。悪性を超えて自分がこの黒木を束ねるという野望を持っているのだ。


(だからこそ今回勝手に調べちまったことは手痛いがな)


 速水は思う。

 黒の禍津に関する書物は一部の黒木にしか入ることができない秘密の書庫にあった。速水は護符を使い潜入し、書庫内にある本を黙って読んだのだった。

 バレれば出世できないどころの話ではない、クビになることだってあるだろう。

 だから自分のため半分、悪業のため半分のこの情報を悪業に教えてこそ、ようやくこの無理が報われることとなるわけだが。


「お前は聞かない方がいい」


 そう述べた。

 くそったれ。それが速水の感想である。クビまでかけて無理をして得た情報が『あれ』なんて。腹立たしいにもほどがある。こんなもの悪業に言えるはずがない。だから最初は知らないふりを通そうとした。しかし、それを決めるのは速水ではなく、悪業だ。それに気付いて速水は意見を変えたのだ。


「聞かない方が...」


 悪業は迷う。

 真剣な時の速水には従っておいた方がいい。それはわかっている。でも同時に知りたい気持ちがある。このクロのことを。不思議な災厄のことを。


「僕は...」


 ここでも逃げるのか。

 悪業は自分に問う。また諦めて部屋に引きこもるのか。なんて、今回こそはそれが正解だ。きっと悪業に扱えることではない。ここで速水に正体を聞かず、クロを渡して部屋に引きこもる。それが正解なのだ。


 ふと、思った。

 なぜ黒木は悪業の説得を速水に任せたのか。速水に変に情報を与えるとこうなることぐらいわかっていただろうし、それに悪業から確実にクロを回収するなら知らない人間を送り込んで暴力にでも訴えればいい。クロが本当に黒木にとって大切なものだとしたら。


 速水は人選ミス。

 ならばなぜ速水を選んだのか。こうして知った秘密を悪業に教えようとしている速水に。この飄々としてつかみどころのない速水に。


 答えは1つだ。


「速水さん!」

「かっ!お前にしちゃあいい思考だ。俺もつい情報に気をとられて忘れてたぜ、追手がいるかもしれないなんてことをよォ!!!!!!!」


 速水は護符を取り出す。

 取り出した護符は捕縛と探索。


「霊力探索!急急如律令!」


 護符を部屋のドアに向かって投げつけると護符は塵になって消えていった。護符は普通このように込められている霊力を使うと塵のように消える使い捨てのものだ。

 しかし霊力探索は強めの霊力を感じると塵になる直前に青く輝きだす。例えば、陽山師のような強い霊力を。


 まさに投げた護符は綺麗に一瞬輝き、すぐに塵となる。「ビンゴ!」速水は叫ぶ。どうやらドアの外に霊力の強い何者かがいるのだろう。

 要するに追手である。黒木は半端にクロのことを知った速水諸共悪業を捕まえ、その話を聞こうとするのだろう。どこで知ったのか、なぜ知ったのか。

 悪業は悪性の息子だし、速水も優等生。恐らく謹慎程度を言い渡されることになるだろうが。


「言い渡されるのは謹慎。しかし間違いなく自白と記憶消去の護符を使われるな」


 自白や記憶消去など危険な護符の使用もとい所持は禁止されている。護符は人間にも効果のあるものだ。扱い方を間違えれば大変なことになる。

 しかしすべての護符を作れる陽山師の長にはそのような取り決めはないのだ。


 そしてまた罪人にもそのような取り決めは適用されない。自白の護符で洗いざらい話してしまい、そのあとに記憶消去の護符で関連の記憶を消去。あとは謹慎にしておけば表向きにはただ謹慎を言い渡されただけのように見えるというわけだ。


 なぜここまで詳しく考えることができるか。速水は実は何度もその書庫に入っており、そこで重要な罪を犯したものの末路を知ってしまったのだ。正確に言えば...黒の禍津のことを知ってしまったものの経過日記を。記憶を消されて復帰するまでの日記を。

 組織として秘密を守ることは当然ではあるものの、そのような話を全く聞いたことがなかったため、最初は驚いたものだ。ただ、クロの秘密を知った今、それは必要なこととさえ思える。


 速水はすでに入ってはいけない書庫に入ったという罪があるが、急に速水をやめさせると何が起こったのか、と騒ぎ出す連中がいるかもしれない。それを防ぐために記憶を消去したら速水はやめさせることなく、悪業と同じく謹慎を言い渡されるだろう。


「だが...だがよォ...」


 速水は記憶を失うだけでデメリットはない、悪業にもクロの記憶をなくすだけ。クロのことを知ることはできなくなるが、それでもクロの来る前に戻るだけ。デメリットは少ない。

 それでも、だ。


「自分たちの秘密を知られたら記憶を消すだと...俺は自分で調べたからなァ、そりゃ罰を受けるべきだ。だが悪業はちげえじゃねえかよ~~~~~ッ!てめえらのミスで知っちまった人間の記憶を消すのはちっとばかしやりすぎな気がするぜ...!」


 きっとそれは感情論だ。

 黒木は組織として、治安を守るために守秘すべきものは守秘しなければいけない。そしてそこに所属する速水はそれに従わなくてはならない。

 だが、悪業は違う。もう黒木の人間ではないのだ。それを自分たちのミスで偶然知ってしまった悪業の記憶までいじられるのは許せない。


「ドアがじゃまだ・・・霊力透過!捕縛!急急如律令!!」


 2枚の護符を投げる。

 一枚がもう片方の護符に向けて発動し、もう片方の護符は護符から霊力で出来た縄が飛び出してきた。

 捕縛と護符と透過の護符である。

 透過をかけられた捕縛の霊力はそのままドアをすり抜け、そこで透過の効力が切れ、見事追手を絡めとる...はずだった。


「いない...?」


 霊力の縄が何かを捕まえた感触がない。借り物の霊力とはいえ、護符を発動させるときは自分の霊力も必要なのだ。だから自分の手足のような不思議な感触がする。触覚だけある感じといえばいいのだろうか。

 その縄が何もつかまなかった。それはいないか、もしくはかわされたか。


「霊力破...急急如律令!!」


 もう一枚護符を取り出し、そしてそれを投げつけると護符からものすごい衝撃破が発生した。その勢いでドアは開かれ(もちろん壊れた)、そして部屋の外が丸見えになるが...。


「いない...」


 やはりいない。誰も。あるのは追手がいたであろう痕跡だけ。

 もしかしたら隠れているかもしれないとあちらこちらに探索の護符を投げつけるが、それも無意味。あの時を最後に護符は光らなかった。


「速水さん」

「わからねえ...もしかしたら最初の段階で追手の残した霊力に反応していただけかもしれない。すでに最初の段階で追手はいなかったんだ」


 だとしてもわからないことがある。

 強い霊力の痕跡残すと今のようにバレる可能性がとてつもなく上がるわけだが、なぜ追手はそれをわざわざ残したのか...罠...にしては雑すぎる気がする。


「考えられるのは...その痕跡に気付かないほどに慌てていたか」

「な、なんでそんな...」

「さあな、俺にはわからねえ」


 再び話を戻そうとした速水ではあったが急に電話がなる。「まさかさっき関連のやつじゃねえよな...」とおそるおそる通話ボタンを押した。

 相手はとても大声なのか、スピーカーモードでもないのに悪業の耳にも届いている。そんなうるさい音にも関わらず速水は携帯を遠ざけようとはしない。むしろ何かを聞こうとしているようにも見える。


 そして悪業は初めて見た。

 速水の顔が青ざめていくのを。


「おい!!」


 速水はそう叫んでまた携帯を耳にあてるもどうやら通話は切れているようだ。舌打ちしてそのままどこかへ走り出そうとする。


「待ってください!ど、どこへ......」

「黒木の屋敷だ...。黒木の屋敷が...何者かの手によって攻撃を受けている...そしてもう屋敷は壊滅状態だそうだ」


 時間が止まったかと思った。

 またさっきみたいに動けなくなる。黒木の屋敷が。あの黒木の中でも一部のものしか知らない屋敷が攻撃にあって壊滅状態?中に人は?どこには誰がいた?誰が壊滅した?黒木の屋敷には...父さんや悪意姉さんがいたのでは...。


「はっ...はっ...」


 あまりの事実に息が上がる。

 信じたくないし、信じられない。そんなことが起こるだなんて。


「壊滅つってももう跡形もないのは屋敷のことだ。そこにいた人間はどうなったのかはわからねえ。電話は力野からだった。屋敷には近づくなって...自分のことより俺を心配しやがった」


 だから、と区切る。


「俺は行く。技山も今日は屋敷にいたはずだ。あいつらと俺はトリオ、3人揃ってこそ意味がある。俺が行かなくちゃ話にならねえ」


 そのセリフは少なからず悪業に刺さった。

 3人揃って。

 自分より他人のことを心配して。


 そんな幼馴染たちに、家族たちに悪業は何かしただろうか。何か返せただろうか。

 真中と会って真中と善行の気持ちが確認できたからか、悪業の中には今まで芽生えなかった何かが芽生えようとしていた。まだ蕾にすらなっていないそんな何かが。


「僕も...僕も連れて行ってください」

「はあ!?バカかお前は!遊びじゃねえんだ!もう黒木をやめたお前には関係が...」

「連れて行ってくれないと黒の禍津の護符を破きます」


 ビクゥッと今まで黙っていた護符が動いた気がしたが、これはハッタリ。きっと速水もそうだと分かっていただろう。それでもこの脅しにはのらなければいけない。ここで万が一にも破かれたら今度はもしかしたら速水も悪業も消されるかもしれないからだ。記憶だけではないものまで。


(というかクロ...そんなにすごい護符なの...?)


 と一瞬能天気にそう考えていたところで速水の大きなため息で現実に引き戻される。

 頭をガシガシとかきながら「お前、誰に似たんだよ...」と小さく呟いた。速水の行動を参考にしたのだが、本人は気付かなかったらしい。


「わかった。ただし危険そうならすぐに逃がす、強制的にふっとばしてでも、な」

「はい...!」


 こうして悪業と速水は黒木の屋敷へと出発した。

よろしくお願いします。

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