第2話 陽山師
近所の公園だった。
小学生の時、真中中はよくこの公園に遊びに来ていた。5歳の頃だっただろうか。最初は1人で遊んでいたのだが、途中で髪の毛の白い男の子が加わって2人で遊ぶようになった。今思えばその髪色はとても異質で近寄りがたい感じではあったが、子供だった真中はそこまで考えが及んでいなかったのだろう。
楽しい毎日だった。砂遊びから滑り台、ブランコに鉄棒、そして追いかけっこ・・・もともと遊具の少なかったその公園で出来ることは限られていたが、全く飽きず日々をそれを繰り返しているだけで楽しかったのだ。そのうち公園で遊ぶ友達も増え、仲良く遊んでいた。
ある日、その公園に近所の高学年の子が遊びに来るようになった。もともと遊具が少ない公園であるのでそこで起こる遊具の取り合いは予想できるものである。
実際にその高学年は体の大きさを武器に自分たちだけがこの公園を使うといって遊具を譲ってくれなくなっていった。もちろん、逆らえる子はおらず、日に日に遊びに来る低学年は少なくなっていった。
楽しい日々だったのに。
なんでこんな目に合わなきゃいけないのか。
年齢が少し上なだけでそこまで偉いのか。
真中に募るものは怒り。その怒りを毎回ぶつけようとするも危ない、と白髪の子に止められる毎日。自分たちではあの子たちに勝つことができない。それが尚更怒りに繋がろうとしていた。
我慢の限界。
結局真中はその日高学年の子に注意することにした。今までの不満が爆発したのだ。あえていつも白髪の子が来る時間より早めに来たため、止めるものはもういない。
しかしその真中に高学年が腹を立てた。男女の区別などついていない年齢だ。歯向かうものはすべて暴力で抑え込められてしまう。
危険が迫っていたその時だった。
「やめろー!!」
公園に走ってきたのは黒髪というには黒すぎる髪を持つ男の子。そのまま高学年と喧嘩になった。相手も1人だったからか、それともその男の子の喧嘩が強かったのか、高学年の調子がよくなかったのか。それともそのすべてか。黒髪の男の子は高学年の子と喧嘩をして勝ったのだ。
「公園はみんなのものだ!!」
そう言って高学年とみんなで使う約束をし、相手が公園から去るのを待ってから、その男の子は真中の方を向いてボロボロの顔でにこりと笑った。
「君を助けに来た!」
その時流行っていたアニメのヒーローの決め台詞だったか。
男の子のセリフはあまりにも芝居がかっていたが、その当時真中の目には自分を救いに来たヒーローのようにうつっていたのだ。
「あの・・・大丈夫・・・?」
「うん、こんなの痛くない。僕もここで遊びたいんだ。今日からいれてもらってもいいかな?」
それが真中と悪業の出会い。
そしてその後、遊びに来た善行と出会い2人よく遊ぶようになっていったのだった。
○
「・・・・・・・何か用」
目の前にいる黒髪の男の子。とても汚くなっている部屋を気にした様子はなく、むしろその2人が来た事自体がうっとおしいと思っているような怪訝そうな顔でそう呟いた。
黒木悪業。
今現在は引きこもりとなっており、滅多に外にはでない。もうそんな状態になって1年か2年か・・・それでこの部屋の汚さなら一切掃除していないわけでもないのだろう。
こうして訪れること自体も咎められることはなく、部屋の外にも出ているみたいだ。階下にいるあの3人組が来ている時は家の庭にだって出ているらしい。ただ、そこまで。完璧な引きこもりではないが、それでも不健康な生活をしていることには間違いない。
そして・・・学校にも行っていないのだから軽視はできないだろう。
「なんか用って・・・いつものように遊びに来たの!」
真中は手に持っていた袋を机に置く。
悪業もいつもはないその袋を無視することはなく、なんだか気になっているみたいだ。その反応を見て、真中は満足げに頷く。
「今日はあっくんにプレゼントがあるんだから」
「プレゼント・・・僕、誕生日でもないけど」
「ま、期待はしてなかったけどさすがに覚えてないか・・・」
真中は少しがっかりしたように笑った。
その様子を見て苦笑いしながら善行が口を出す。
「あっくん、今日はほら、俺たちが初めてあの公園で会った日だよ」
ここに来るまでに見た公園。
この3人はそこで出会った。正直な話、そんなこと覚えているはずがない。人と出会った日、それも十年以上前となるとさすがに覚えられないだろう。
その出会いが劇的でない限り。
きっと悪業にとってはなんの変哲もない日で行動だったのだ。困っている人がいたら助ける。それがあの時の悪業の当たり前であって、別に変わった出来事ではない。
しかし助けられた側の真中はその日が大事な日となった。簡単に言えばその時真中はヒーローである悪業のことが好きだった。だから覚えていたというのが正しいだろう。
「そんなの・・・・・・覚えてなかった」
「無理ないって。真中さんがそういうの気にしてるだけ。俺だって言われるまで気付かなかったよ」
「1人でも覚えてたらいいでしょ」
そう言って真中と善行はあいているスペースに座ろうとして・・・
「ごめん」
悪業の声で止まることになった。
「ごめん、今日はもう帰ってほしい」
「え・・・・・」
急な事態に真中も善行も動けない。今まで歓迎はされないまでも遊びを断られたことがなかったのだ。普通、そんな日があって当然ではあるのだが、悪業は今こんな状態。予定という予定はないはずだし、今まではどんな日に行ってもそんなことを言われるようなことがなかった。
そもそも何か予定があったら悪意さんが教えてくれているはず。
とはいえ、なんで?とも聞けない。そういう日もあるに違いないのだ。驚いたものの、それだけ。特に何を思うわけでもなく、2人は立ち上がった。
「何か予定があるならしょうがないね。そこにあるケーキ置いていくからあっくん食べていいよ」
「あっくんの分はチョコのやつね。真中さんが真剣に選んでたんだから食べてあげなよ」
「べ、別に真剣とかじゃないけど・・・」
2人はドアを開け、外に出るといつものように挨拶をした。
「また来るね」
「また今度」
それに対する返事はいつもない。
ただ無言にそれを一瞥してまた体の向きをテレビに向ける。電気のついていない部屋では悪行の黒髪も目立たず、逆に溶け込んでいるその様はこのまま消えてしまうのではないかというほどに儚げだった。
2人はドアを閉め、階段を降りていく。
「真中さん気にしなくていいよ、ほんときっと何かあるんだよ」
「うん、わかってる。3人で今日を祝えなかったのは残念だけど・・・もともと私の我儘なわけだしね」
そういいつつもやはり真中の顔に元気はなかった。
そんな真中に何か言おうと口を開くも・・・善行はすぐに口を閉じた。きっと自分が言っても無意味。彼女が待っているのは悪業の言葉なのだ。
1階に降りると速水が階段の近くで出迎えてくれた。
「よ、はやかったな」
「いえ、色々ありまして・・・」
「ま、面倒だからその色々は聞かねえよ。それより白木の坊主。俺と一戦しようぜ、いつものやつで」
そういって速水は笑う。
善行は困ったように笑った。
「いや・・・俺はその・・・・・」
「白木を継ぐ気はないって?今やるのはただの遊びだよ、遊び。軽い準備運動。ほんとは悪業を誘うつもりだったんだが、あいつは何やら偉そうなことに気分じゃないらしい」
「でも・・・」
ちらりと真中を見る。
ここで速水の言う一戦に付き合うと少し長くなるかもしれない。すでに時間は19時になろうとしている。これ以上遅くなると真中の親が心配するかもしれない。
「あ、私のことは気にしないで。先に帰ってるから」
「でも、真中さん1人を帰すわけには・・・」
「んじゃ、うちのあの2人をお供させよう。真中ちゃんと話をしたがってたし、真中ちゃんも技山はともかく力野とは話したいだろ?」
そういうと速水は早速リビングに2人を呼びに行く。
「そ、そんな1人で帰れますよ」
「遠慮すんな。俺らももう帰るつもりなんだ。あいつらは準備運動に興味ないし、あいつら2人には先帰ってもらおうとしててな。真中ちゃんち駅までの道の途中にあるし、手間でもない」
「そゆことー。寂しいこと言わないで一緒に帰ろ」
話を聞いていたのかリビングから力野が顔を出してそう言う。
技山も満足そうに顔をのぞかせた。どうやら今日もおなか一杯ご飯を食べたらしい。2人共機嫌がよさそうである。それに気付いたのか悪意がリビングから玄関へとやってきた。
「もう帰るの?せっかくだから御飯食べていけばいいのに」
「いえ、さすがにこの三人がいる中でそれは申し訳ないので」
「白木のぼっちゃんもうまいこといいますね」
「技山、たぶんこれ褒められてねえぞ」
力野が不機嫌にそう言った。
この3人の力関係はどのようになっているのかわからないが、力野は速水に敬語、技山にため口という感じになっている。年齢なら技山の方が上のはずではあるが。
ちなみに速水は2人にため口、技山は2人に敬語という形になっている。
「じゃあ、真中さん、また明日」
「うん、善くんも無理しないでね」
真中と力野、そして技山はそのまま玄関のドアを開け外に出る。残された悪意はキッチンへと向かい、後片付け、そして速水と善行はリビングの大きな窓からこの家の庭へと出た。
庭というには少し広く、体を動かすのに狭くない空間となっている。善行は制服から持ってきていた体育用のジャージに着替え、速水は黒い袴、黒装束のようなものを着て軽い屈伸をしている。
「付き合ってもらって悪いな、黒いのがあの調子だからよ」
「いえ、大丈夫です」
引きこもり気味である悪業だが、唯一外に出るときは速水に誘われてこのウォーミングアップをするときらしい。悪意もただ賑やかという理由であの3人を呼んでいたわけではなく、悪業を外に出す機会のため、でもあったのだろうと考えられる。
「ただ、俺はほんとに何もやってないので相手になるかどうか」
「だから準備運動みたいなもんだから構えるなって。基本ぐらいはわかってんだろ、白木ならよ」
「基本なら・・・」
白木。
黒木。
悪業と善行の家は少し特殊だ。その特殊な業界では白木と黒木はとても有名な名前なのだった。
陽山師。
陽山師のトップである人間が霊力を込めた護符を使い、目に見えぬものと戦う者たち。目に見えぬといってもそれは幽霊などではなく、災厄の類。それを時には倒し、時には封印しすることで平和を守る。陰陽師の亜種である。
白木と黒木はその中でも特に有名であり、この特殊な業界を知っている者で知らない者はいないとさえ言われるほどだ。
「護符は?」
「2枚あります」
「上等。行くぜ」
2人同時に顔の前で護符と呼ばれたお札を構える。
この準備運動にはルールがある。お互いのポケットに入っているコイン。それを先にとった方が勝ちというものだ。簡単に言ってしまえばゲーム。
しかし、そこには特殊な力を用いる。この準備運動とは、体を慣れさせるものではなく、その特殊な力に慣れるための運動だった。
ウォーミングアップはその名の通りウォーミングアップ。速水がこれから職場に向かう前に体を動かす時に用いるものだ。仕事前に体を慣らしておきたいのだろう。
「霊力増加!急急如律令!!!」
最初に言葉を発したのは善行だ、お札を構えて言葉を発するとうっすらと体が白く輝き、体に力がみなぎってくる。お札はまるで自分の仕事を終えたかのように綺麗に粉々になって消えていく。
お札は護符、と呼ばれ、そこには様々な力が込められている。陽山師をまとめる長がその一枚一枚に力を込めているそれは急急如律令という言葉でその力を開放し、効果が発生するのだ。
「速度上昇、急急如律令」
今度は速水が護符を使う。その効力は速度上昇。こちらも同じように体がうっすらと輝きだす。
先に動いたのは速水だった。助走抜きで全力ダッシュ並みの速度を出し、相手の目の前へと移動する。もちろん、その動きは人間に追い切れるものではないが、速水がポケットに伸ばした手はパチンと善行の手で弾かれた。
「っ・・・」
しかし速水の速度についていくだけで精一杯だったらしく、すでに善行の顔にはかなりの量の汗が噴き出ていた。一方速水は楽しそうに笑いながら善行を見ていた。肩で息をしながら少し速水から離れる。
たった一回の攻防でこれだけ。これだけの差が出ている。
わかっていたことではあるが、それでも愕然とせざるを得ない。
善行の使った霊力増加とはその名の通り霊力を増加させるためのもの。霊力とは体の中に流れる目に見えないエネルギーであり、マナとも呼ばれる。普通の人は身体に影響があるほど霊力は強くなく、特に意味のあるエネルギーではない。しかし、一部の霊力が強い人間は様々な方法で身体に影響を与えることができるのだ。霊力増加は身体能力が向上するのである。
目に見えないものが見えるのは目に流れる霊力が強いということであり、霊感がある、とは通常このことを言う。
善行が使ったものは身体能力を満遍なく、少し上げるもので速水の使ったものは足に流れる霊力をかなり上昇させるもの。対応力では善行の方が上だが、他は圧倒的に速水の方が上だ。
それでも善行はこの霊力増加の護符しか使うことができない。唐突に流れる霊力をコントロールするのだ、これ以上強いものはそれに体がついていかず、自分の体を壊すことになってしまう。
今も大分無理をしているのがその汗の量でわかる。これが終わった後はひどい筋肉痛に襲われることだろう。
「んじゃ今度は」
速水はまた護符を取り出し、それを構える。
「速度上昇、急急如律令」
「・・・・!?」
護符の重ねがけ。
余程霊力の強い人間でなければすぐに身体が壊れてしまう行為だ。しかし速水は飄々としており、まだ汗が浮かぶ様子すらない。
常人だけではない、霊力の強い人間でも普通は何もしなくても疲労するような行為なのに。
「はっ・・・はっ・・・霊力増加・・・・・・急急如律令・・・」
善行も重ねがけに応じる。
先ほどよりもさらに霊力を強め、全身の身体能力をさらに増加させた。もともとが弱い護符のため、重ねがけしても問題ないが、速水は違う。あんなもの自滅行為だ。
問題はない、とはいえどさらに疲労はたまる。汗は先ほどよりも増えていた。
「行くぜ」
速水が消える。
フィクションでよくある速すぎて消えて見えるを実際に見た善行は一瞬目を見開くも、すぐに後ろを振り向きポケットを守る。またしても速水の手が弾かれた。
「ちっ、やっぱ訓練してないとはいえ白木の人間だな。これに追いつくとは」
「はっ・・・・・はっ・・・・」
善行は話す余裕すらなかった。
今防げたのは相手の動きが見えていたわけではない。速水ならば後ろにまわるという考えと狙われるのは絶対ポケットである、という2点が善行に味方しただけだ。
うっすらと強い霊力の輝きが見えたがそれだけ。どこに行ったかまでは追えない。
ちなみに強い護符を使える人間は生まれながらにして霊力の強い人物、才能。
もしくは苦しい修行の果て、護符の強さに耐えられる身体と霊力を得たものだけだ。
善行は霊力の強い人間ではあるものの、一切訓練しておらず、結局は一般人よりかは強い、という微妙な立ち位置にいるのであった。
「・・・・・・はっ・・・・はっ・・・来て・・・ください・・・」
善行のやることは1つ。
こちらが追いつけないのなら、追ってきた相手をカウンターで仕留めること。コインをとるというルールだが、相手に攻撃してはいけないルールはない。軽く怯ませることができれば、コインをとれるかもしれない。腕の力でいえば満遍なく強化している善行の方が有利だ。
護符は消耗品で時間制限がある。
護符の効果が消える前に、効果に自分の体が追いつかなくなる前に、決めなければいけない。
だからこそ誘った。相手を罠にはめるために。
「カウンターを決めればいい・・・なんて考えてないか?」
しかしその策は相手に読まれていた。
当然。こちらにできる手は相手より少ない。それほどまでに異常なはやさとは相手の行動を制限するものなのだ。善行は少し落ち着くために深呼吸をする。
次の勝負・・・次の攻防ですべてが決まる。
相手を見て、次の動きの予想をたてる。冷静に。疲労を一度無視して、集中してかいている汗も気にならなくなるほど相手しか見ないで・・・。
「んじゃ終わりってことで」
速水が掲げた手にはすでにコインが握られていた。
「え・・・!?」
驚愕して目を見開く。
しかしそれは幻なんかではなく、きちんとしたコインであり、なによりもポケットの中のコインがなくなっていることが証拠となっていた。
「なん・・・・・」
時間切れだろう。
急に今までの何倍も大きい疲労感が体を襲う。立ってられなくなりその場に膝をついてようやく落ち着いた。汗は止まらないし、息も荒い。
しかし速水は汗1つかいていなかった。
「落ち込むことはない。俺は今現職だからな、でもお前は違う。この結果は当たり前だ」
「はい・・・」
そういわれてもどこか納得できない。
善行の中にはあの有名な白木の家系であることがまだどこかで支えになっていたのかもしれない。白木の生まれだから才能があるのではないか、と勘違いしてしまうほどには。
悔しいのか、自分は。
わかっていたことだろうこの結果は。
そもそも自分は陽山師にはならないと決めたのだ。
そう言い聞かせても返ってくる言葉はこれだけ。
『なんでならないのか。それはお前に才能がなかったから、そう気付いたからではないのか』
「そんなことはない・・・俺は普通の職について・・・そして・・・・・」
ギシリ。
歯をくいしばる。もうあきらめたはずなのに、どこかで自分の実力に期待していた、そんな自分が恥ずかしくたまらない。速水に言われた通り相手は現職で負けて当然なのだ。
だから・・・・・。
『もう諦めろ、白木善行。』
『負けて当然と思っている時点でお前は向いていない。』
深呼吸をする。
また自分を正当化する理由を見つけた。これでしばらくは・・・安定する・・・。
そう思ったときだった。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
2階から悪業の叫び声が響いたのは。
よろしくお願いします。