第22話 黒と白の陽山師(4)
「シロ!!…真中さん…?」
戦場にたどり着いた善行が最初に見たものは巨大な狐、いや、狼のような動物だった。綺麗で、思わず目を奪われる。一瞬でシロだとわかった。あまりにも綺麗すぎるその見た目はあまりにも現実離れしていて、残酷だった。肌で感じる霊力がすでに痛い。思わず圧される。
これが…俺に憑依していた大災厄…。
改めて驚く。こんなの…こんなもの人間の手に余る。きっと善行は大災厄の力の半分も引き出せていなかったのだろう。こうしてみて初めてわかった。
そしてもう1つ、シロの内部にいる真中中の姿だった。
『善行、よく気付きましたね。出来損ないのあなたならば私の残滓にずっと気付かないものだとばかり思っていましたが』
「真中さん…どうして…」
『この娘の体を借りているだけです。なるほど、この娘の体質は素晴らしい。まだ封印解除が不完全とはいえ現実世界に影響を与える一撃だって放てる…いい道具だ』
『かっ!へたくそな挑発だな』
クロが笑い飛ばす。どうやら言い合いで時間を稼いでくれているみたいだ。
その隙に善行が見たのは地面に倒れている陽山師の数々だった。瀕死状態…の人はいないんだろうか。わからない。外傷はないみたいだが、災厄相手に外傷を負うことは珍しい。気になるのは中身だ。
霊力、はないか。霊脈が壊れいるわけだし。霊印の心配はない。だからこそ、なんで倒れているのか、それが分からなくて怖い。
よく見てみると倒れていない陽山師もいるみたいだ。
「悪性…さん」
善行は呟く。
その呟きに呼応するように悪性もこちらを見た。速さの護符を使っているのか、人間にだせるスピードではないスピードで善行の近くに移動する。
思わず後ろに飛びずさる。少し前まで友人の父親という関係であったが、今は違う。善行は霊脈を破壊した本人で、悪性は霊脈を守る陽山師。対立関係にあるのだ。
「なるほどな…」
しかし悪性は善行に攻撃するわけでもなく、静かに善行とその手に持つ黒い護符を見ていた。
善行が思いついたようにその黒い護符を差し出す。
「こ、これ…その…シロを…白の禍津を倒すために…その…ま、真中さんを救うためにも…」
しどろもどろだった。
それでも悪性には伝わったのか、静かに頷く。
「君がそれを持っているっていうことは、なるほど、息子が世話になったな」
そういって笑ったのだった。
違う。
違うんだ。
世話になったのはむしろこちらの方で。
俺は、あっくんに救われて…。
だから責められるのも俺で。
俺のせいでこんなことになって。
たくさんの人が危険な目にあって。
今も、たくさんの陽山師が苦しんでいる。
「俺は…!俺のせいで…!」
「ああ、確かにお前のせいかもな」
悪性の隣にいつの間にかいた速水が口を挟める。
「でもお前のおかげで救われた命もある。それは俺ら陽山師には救えなかった命だ。この大災厄に関してはお前がいようがいまいが変わらずこうなったろうしな。そりゃ反省はするべきだが、誇っていいところもある。それにお前が今ここでやりたいのは謝罪か?」
ちらりと速水はシロを見た。
そうだ。思わず、許してもらいたくて、責めてもらいたくて言い訳ばかり、真実ばかり自分のことばかり発してしまっていたが、今ここですべきなのは弁明じゃない。
倒すべき、相手がいるんだ。
救いたい相手がいるんだ。
そして倒すためにはきっと善行だけじゃ不可能だろう。この護符でシロに触れる。一見簡単そうに聞こえるかもしれないが、近づくだけでも一苦労、触れるだけでも一苦労。
だから。
「陽山師のみなさん、俺に、協力してください」
善行はそう言った。
悪性はいつものように無反応ではあるが、速水はにやりと嬉しそうに笑っている。
「陽山師のみなさん、なんて随分よそよそしいじゃねえか。お前も陽山師だってのによ」
「え?」
速水の一言に思わず聞き返してしまう。
こんなことをしている場合ではないとわかっていても、今の一言は聞き逃せなかった。
「いや、お前はやめたつもりでいるかもしれねえけどまだ名簿にお前の名前あるし。それに悪業のやつも陽山師じゃないなんて言ってたけどあいつもまだ名簿に残ってんだよな」
初めて知った。
自分がもう陽山師として使いものにならない段階でやめさせられたものだとばかり思っていたのだ。確かに陽山師では戦う戦闘職以外にも事務職などがあるが、元々戦闘員として所属していたため、てっきり戦闘できなくなった時点でやめさせられたとばかり思っていた。
そうか…。
まだ俺は陽山師だったのか。
「てか、お前と一緒に悪業も来ると思ってたが、あいつは?」
「えっと霊脈をなんとかするとか言ってました、具体的な方法は知りませんが…」
「ふーん…」
速水は少しだけ考え込む仕草をしたあと「まあいいか」とばかりに両手をひらひらをさせた。やはり速水にも思い浮かばないのかもしれない、霊脈を戻す方法。それができるといった悪業は一体どのような方法でそれをもとに戻すつもりなのだろうか。
「ま、こりゃお前らに託されたわけだな、この地区の命運は。頼んだぜ、黒と白の陽山師」
久々に呼ばれた。
そうだ、俺も陽山師だったのだ。
「クロ」
『行くぜ、善行』
善行は駆けだす。
シロはそれに気付いた。体から青い炎を発する。すごい、あれが本物の災厄の炎。善行が憑依したときに使っていたものより威力も何もかもが桁違いだ。
それらの炎を後方から飛んできた縄が絡めとる。陽山師の援護だろう。恐らく黒木の陽山師だ。
シロはさらに炎をためる。
炎をビーム状に吐き出した。
縄が弾かれていく。
白い装束の陽山師が善行の前に現れる。護符を発動し、その攻撃を生身で受け止めた。黒木の陽山師が絡めて得意の後方支援ならば、白木の陽山師は肉体強化の前線主力。
「いまのうちに行ってください!善行さん!」
受け止めた陽山師が叫ぶ。
その顔には見覚えがあった。昔から白木にいる人で善行も何度も話したことがある同い年の少年。善行が陽山師をやめてもその分まで頑張ろうと鍛錬を怠らなかった陽山師だった。
善行はありがとう、と伝えるとまた走り出す。
クロをシロにぶつける作戦にはおおまかにわけて2つの関門があった。
1つはクロがシロにぶつけられてもいいと思うようになること。意志を持った災厄であり、基本的に人間なんてどうでもいいと思っている災厄だ。
そんなクロが人間のためにシロと戦ってくれ、と伝えても了承してくれないだろう。そこの説得で時間がかかると思っていた。
2つはクロの護符を発動することができるのはクロの波長に近いものだけ、ということだ。もし、承諾を得てもクロを使える人間がいなければ意味がない。
今回は奇跡的にその2つが突破できた。
願ってもいない展開である。あとは生身同然の善行をシロの元に連れていけばいいだけ。
シロは今度自分の尾を思いっきりふりかぶり、それを善行めがけて振り払った。
尾が善行に接近する。それを防いだのは巨大な腕だった。
「いけえ!真中ちゃんを救うんだろうが!」
力野。
もう残っている霊力が少ないのか、尾を弾くと同時に腕も弾かれ、その場に倒れ込んでしまう。強化系はただでさえ体に負担がかかるのだ、それを霊力のない状態でやるというのは非常に危険である。
それでも、力野は動いた。
善行、真中、悪業、3人のために。
シロは距離をとろうとする。恐らく近づかれると危険だということを察知したのだろう。だが、体が思うように動かない。
「棘はお好きでしょうか」
「ワタシたちの部隊からは逃げられませんよ」
北海道支部、黒木悪夢が率いる茨部隊と技山率いる足止め部隊。
縄と茨が何重にも重なり、相手の自由を奪っている。
これも今だけだ。数秒後に破られ、そして霊力のない技山と悪夢はこれ以上護符を使うことができない。だから、1秒も無駄にはできないのだ。
善行は走る。駆ける。少しでも。一歩でもはやく届くように。
シロは大きく口を開けた。
それだけでわかる。
善行は足が竦んだ。ギリギリ前へと進めたものの、今にも止まりそうだ。
シロがしようとしていること。それは。
「絶…炎…」
最大の攻撃。
それが善行を襲う。
自分で使ったことがあるからわかる。あの攻撃に直撃してしまうと命はない。不完全な善行の絶炎でさえあの威力だったのだ。今のこのシロとなるとそれ以上の威力になるだろう。
近づけない…。
この期に及んで…俺はまだ死ぬことが怖いのか…。
足を殴りつける。動け。少しだけでいい。動いてくれ。
「恐怖を捨てる必要はない」
善行の目の前に3つの護符が舞った。
「それが人間として当然のことだからだ」
黒木の当主が発動する。
「そうとわかって言わせてもらおう。走れ。あの攻撃は必ず防ぐ」
捕縛。
一枚目の縄が射出される。それとほぼ同時にシロの口からビーム状の炎が飛び出した。その炎そのものに縄がぐるぐると巻き付いていく。本来ならばそのような縄、すぐに燃えて消えてしまうのだが、悪性の縄は一向に焼ける気配がない。
そうだ、これは覚えがある。
悪業が善行との戦いで使った護符のコンボ。成程、父親の技だったというわけか。
善行はまた走り出す。
悪業のあのコンボに善行の絶炎は防がれた。ならば、今度も、絶対に大丈夫だ。
信頼。
それだけでただひたすらに走っていく。
「流」
縄の巻き付いた炎が少しだけ善行の範囲からそれた。
これだけでは延焼により、ダメージを負うかもしれない。
「回避」
そのための回避。
絶炎の範囲から外れるように、そして少しでも近づけるようにシロに向かって善行を移動させる。
これによって絶炎回避が成功した。
やった!
善行は心の中で叫ぶ。これで、もう…。
『では2発目だ』
「え…」
シロはもう一度口にパワーをため始めた。
またすぐに使えるものなのか、絶炎…。善行は一生で3度しか使えないという制約を受けていた。そうしなければ体がもたず、それこそ死ぬことだってあるからだ。
人間という霊力の巡りの上限が低い体で行う限りそれはどれだけ霊力が強くても変わらない。
では無限に霊力を生成でき、絶炎にも対抗できるような体を持っていたら…。
そして中にいる真中の体は無事、なのだろうか。こうした絶炎の連発に耐えられるのだろうか。
「やめろ…」
陽山師たちの霊力はすでになく、もう攻撃を防ぐ術はない。
絶望的状況。
だが、やまない雨がないように。
救えないものもなく。
打開できる絶望を。
海の底から掬い上げるように。
救いは必ず来る。
〇
山と一体化していく感覚。
霊力として溶け込んでいく。
もうすでに意識はない。
それでも、その体は目的を実行するために動いている。
彼は目の前に見えるものしか救えないといった。
陽山師でもない。
ヒーローでもない。
ただヒーローに憧れているだけだ、と。
ただの幼馴染だ、と。
しかし、変わる。
霊脈の復活により、霊力が回復し、強まっていた災厄の存在も消えていく。
この瞬間、黒木悪業はきっと、大勢の人間を救ったヒーローとなった。
〇
「霊脈が戻っている…!?」
異変に気付いたのは速水だ。
もうすでに使い果たしたはずの霊力が自分の体内に満ちていくこの感覚。確実に霊脈が戻っている。これならばもう一度善行を援護することが可能である。
どうやって戻したのかはわからないが、悪業がやってくれたということだろう。
だが、悪性の顔は厳しいものだった。眉を寄せ、しかめっ面のまま霊山を見ている。悪性は感情を表に出すようなタイプではない。霊山が戻ったことに驚くこともしないし、喜びもしないだろう。
だが。
あれは怒りだ。
なぜ…と考える前に速水はその考えに至った。
「あの…バカ野郎…!」
この体に満ちていく霊力のベースは懐かしく、またつい最近も感じたような感覚。
黒木悪業の霊力だ。
善行はまだこのことに気付いていない。それどころではないのだろう。そしてまた、速水たちもそれどころではない。今、目の前の白の禍津を倒せなければ悪業の想いも無駄になる。
「クソがァ!」
速水は戻った霊力で身体強化。
向かってくる炎、尾、手、それぞれを蹴りで撃ち落としていく。技山の縄を脚につけ、そのまま技山が分投げた。高く飛んだ速水はそのままシロの顎に思いっきり蹴りを入れた。
顔の向きがずれる。
発動しそうになっていた絶炎の軌道がずれていく。パチリ。一発目に放った絶炎はすでにあたり一面を炎だらけにしていた。パチリ。炎が弾ける。
「いけェ!善行!!」
その声に後押しされるように善行は走り出す。2発目の絶炎もかわし、小さな攻撃は後ろの陽山師たちが撃ち落としていく。
みんなで作った隙を無駄にしないように、走り続け、そして、ようやく、目の前に。
頼む。
クロ。
クロは思う。
こうして頼まれたのは2回目か。1回目は胸糞悪かったぜあの野郎。それに比べたら2回目はまァマシだ。終わらせてやろう。俺の手で。俺の存在理由で。
黒い護符がシロに触れた瞬間、護符が光り出す。黒く、赤い炎が噴き出し、顕現する。
『気分は最悪だが、てめえはどうだ。白いの』
シロと同じぐらいの大きさだった。
見た目も瓜二つ、狐のような狼のような見た目である。ただ、大きく違うのはその色だ。漆黒。何ものも飲み込んでしまうような漆黒。見ているだけで吸い込まれそうなその黒はシロとは別のベクトルでとても美しいものだった。
赤い炎を吐いて大きく伸びをした。
『見れば見るほどそっくりだよなあ、俺たち。まるで白いの、お前に元々ぶつけるつもりだったんじゃねえかってぐらい正反対で、似ている』
『本当ですね。あなたは大災厄向けに作られた大災厄。それなのにまるで私を防ぐためだけに作られたような見た目です』
それで、とシロは区切った。
『どうするつもりでしょうか。陽山師たちに攻撃は防がれているものの、私自信もダメージがない。そのうち疲労がたまっていくのはあなたたちです。そして私の封印ももうじき解ける』
『だからよ、お前も道連れだ』
初めてシロが驚いたような顔をした、気がする。
善行はまるで他人事のようにそう思った。
『なるほど、私と正反対のあなたが私と相殺され、お互いに消える。確かに手段としては真っ当ですね。封印がダメなら消滅させる…なるほど』
『元々人工災厄なんて非人道的なもん、放っておけるわけがねえ。これが正攻法だぜ。俺もお前も消える。それで全てが元通りだ』
『1つ、聞いていいですか』
白の禍津は黒の禍津に向かってこう問うた。
『あなたは人工とはいえ災厄。あなたが消えてもいい、そう自分で思えるほどになったのはなぜでしょうか。どうしてこの人間たちを助けたいと思ったのでしょうか』
それはどこか切実な感じがした。
本当にわからないことを聞くような、なんでこうなるのかが分からないということを教えてもらう生徒のような、そんな純粋な問い。
クロはあー…と言いにくそうにしながら前足で頭をかいた。
『自分が消えてもいい、そう思えるもんを見つけちまった。俺ァよ、こう見えて感情移入しやすいタイプなんだよ。思わず肩入れしちまう人間を見つけちまったんだ。それが全ての終わりよ』
『そう…ですか…』
『お前が納得できるまで待ってやる、なんて言わねえよ。時間がねえからな。永遠に悩んでろ。宿題だ』
クロはにやりと笑う。
膨大な量の霊力を発し、前足を伸ばした。それがシロに触れる。綺麗だった。黒と白と赤と青が混ざり合って綺麗な光を発している。
これがお互いがお互いを拒絶している反応だとは思えないぐらい神聖なもののように感じた。
『私がやられても第2第3の私が、なんて負け惜しみを言うつもりはありませんが、私如き、通過点です。ここであなたを失った人間たちはこの先生きることができるでしょうか』
『心配なのか?なわけねえよなあ。ま、なんとかやるんじゃねえの。俺はもう関係ねえ。ここで消えるだけだ。あとは人間に任せてみようぜ。俺たちは隠居だ隠居』
2つの大災厄が混ざり合っていく。
『善行、悪かったな。お前の霊力使っちまって。もしかしたらお前に霊力を戻す方法があったのかもしれねえのに。だが、こいつを消すという目的はちゃんと達成するからよ』
それと、えっとなんだ。
クロは言いよどむ。
クロは性格的にずばずばと物を言うタイプだと思っていたが、なんだかはっきりしない。それでも、狼のように吼えた後、覚悟を決めたのか口を開いた。
『悪業、聞こえてるか。聞こえなくても聞け。お前と過ごした日々、悪くなかったぜ。ちゃんと成し遂げたじゃねえか、ヒーローをよ。おめでとさん。そんで、さよならだ』
人間たちはそれをただ見守ることしかできなかった。
動くこともできない。消えるというクロの言葉を聞き、それを止めようとしているのに体が動かない。相殺?お互いに消滅?それがクロの選んだ道、なのだろうか。
消えていく。
2つの大災厄が。
ちらりとシロが善行の方を向く。だが、シロが口を開くその前に光となって2つの大災厄が消えた。
何を伝えたかったんだろう。
シロのいた位置に何かがいる、真中だ。善行はまだ頭がついていかない中、絶炎による延焼の被害がない安全な場所へ移動させようとして近づく。
「真中さん…」
汗が浮かんでいる。
霊印から解放された次の瞬間には大災厄に媒体として使われたのだ。身体の疲労はとんでもないものだろう。これから霊力の検査をして無事かどうか確かめなければいけない。
善行が真中に手を伸ばすと「うう…」と小さく唸って真中が目を覚ました。
「善くん…?」
「真中さん、体調はどう?」
「うん、疲れただけ…そっか、善くんが助けてくれたんだ。あんまり覚えてないけど…何かよくないものに憑かれた感じがして…もらったお守りでも防げなくて…それで…」
「俺だけじゃない、あっくんも君を助けるためにいろいろと…」
「やっぱり…『2人とも』、私のヒーローだ」
にっこりと笑ってまた眠りに入る。
善行はなぜだか涙が止まらなかった。
宜しくお願いします。




