第21話 黒と白の陽山師(3)
悪業は思い出していた。
今までのことを。
真中を助けた。あれはちょうどハマってたアニメのキャラの真似をしていただけなんだけど、結果としてそれは悪業がヒーローみたいだったと呼ばれるきっかけであった。
父さんは何も言わなかったけれど、母さんは怒りながらも褒めてくれた。もうそんな危ないことをしてはいけない、けどよくやった、と。
嬉しかった。目指すヒーローに近づいた気がした。
それからはよく3人で遊ぶようになった。
何をするにはずっと一緒でクラスも同じだったからか、四六時中一緒にいた。
中学でクラスが変わった時は心細くてしょうがなかった。みんなバラバラになって部活動もバラバラで、もう一緒に何かすることはないんだろうな、と思っていた。それでも。
『あっくんみっけ』
『今日は何して遊ぶ?』
悪業のところに毎日来てくれて、忙しいのに時間を作ってくれて、離れ離れにならないように気を遣ってくれた。一緒に遊ぶとぽろぽろとみんなの本音が出て、寂しいのは自分だけじゃないとわかった。
部活が忙しすぎる、委員会をやめたい、そうすればみんなと今以上に遊べる。
でもお互いにお互いの邪魔をしたくなかったから、それ以上は何も言わなかった。
『はっはーん、そりゃ嫉妬だね』
母さんは意地悪く笑った。
『あれでしょ、善行くんとあたりちゃんが他の人にとられてるみたいで面白くないんでしょ。悪業は帰宅部だもんねえ。面白いことになってるじゃない』
本当にうれしそうにそういうのだ。
意地悪をされた、とずっと思っていたが、あれは母親として息子が友達とうまくやっているということに安心したのだろう。少なくとも嫉妬するぐらいには大好きなのだと。
そして高校1年生で母親を亡くした。
そこからは引きこもりの日々だった。
それでもあの2人は時間を見つけて家に来てくれてどれだけ冷たく対応しても、何度でも来てくれて…それからは本当に色々あった。
うるさい護符と出会ってやかましい日々だった。
善行と対立して喧嘩もした。
そして…真中に救われた。
本当にたくさんあった。何物にも替えがたい大切な日々だった。
「そうだな、戻ったらみんなでまた遊びたいな」
悪業は山を登りながら考える。
「夏は海にいったりとか…秋は紅葉狩りをして…冬は雪遊び…、その前に僕は学校復帰しなきゃ、1年生ずっと休んでたし、もう一回1年生のやり直しだ。少し不安だけど…」
やりたいこと、やるべきことを連ねていく。
でも、それはできない。
もう、できないのだ。
霊脈になる、ということは霊力そのものになる、ということ。生死はなく、ただひたすらに霊力を放出する存在になる。死ぬことも生きることもなく、ひたすらに放出するだけ。
もう人間には戻れない。
霊脈になるということはそういうことだ。
悪業の膨大な霊力とこの霊山の地形の力が合わされば、悪業は霊脈そのものになることができるだろう。そうすればこの関東を地獄に変えなくて済む。
「ごめん、善くん、約束守れそうにないや」
涙がこぼれる。
怖くない、といえば嘘になる。生きているわけでも死ぬわけでもない。それは一体どれほどの地獄なのだろう。ああ、それでも、ダメだ。拳を強く握りしめる。
僕は、僕より大事なものができすぎた。
準備を開始する。
力を腕に、全身に、霊力で満たしていく。無尽蔵に生成できる霊力。これが災厄の体。見た目も人間と変わらないし、やっぱり案外便利かもしれない、なんて、強がってみる。
善行には見えていたけれど霊力の弱い人間にはもう悪業の姿は見えないだろう。まだ見ぬクラスメイトのうち何人が悪業の姿を見ることができるだろうか。
ふと、思い出す。
(クロ、怒ってたな…)
悪業の作戦に気付いたクロは悪業を災厄そのものにすることに反対した。ただ、あの時災厄そのものになっていなければ悪業は善行の攻撃で死ぬ、かもしくは深手を負っていただろう。
我ながらずるいことをした。
災厄にするしかない状態を作り出して、クロにお願いしたのだ。その時のクロの怒りようったらなかった。少しだけ怖かったけど、嬉しかった。
クロは最後まで悪業を人間のまま帰そうとしてくれていたのだ。自分をもっと大切にしろ、っていう説教なんていつぶりに受けただろう。母さんに昔言われたっけ。
(白の禍津は頼んだよ、善くん、クロ)
悪業は霊力の放出と霊山への一体化を開始した。
〇
善行は走っていた。
目指すのは病院のあった場所。シロがいるところだ。そこには陽山師もいる。善行の扱いは今、犯罪者同然。出ていけばその場で捕まるかもしれない。
それでもひたすらに目指していた。この地区を救うために。悪業との約束を守るために。
走りにくい山道。枝や飛びでた根や草葉が善行の足を絡めとる。
『お前』
「な、なに…」
善行は全速力で走っているからかしゃべることも厳しそうだ。これ以上憑依できる霊力もないうえに憑依しすぎると飲まれてしまう。もう人間には二度と戻れなくなってしまうのである。
善行にこれ以上憑依するのは危険だ。
そう判断してクロは善行に憑依しなかったのだが…。
『もっとはやく走れないのか?』
「無茶…言わないでくれ…」
疲れ切っている中に全速力。
これでもすでに限界はこえている。
クロは災厄だからよくわからないのかもしれないが、これが人間の限界なのだ。走れば疲れ、怪我で死ぬ。それこそが人間の弱さでもあり、強さでもある、とクロは思っている。
(かっ!人間ねえ…誰よりも人間らしい弱さを持つ奴が人間やめてちゃ世話ねえな)
クロは心の中でそう思う。
バカだバカだと思っていたがあそこまでバカだったとは。おまけに善行にこのことを伝えるな、ときたもんだ。どこまで自己犠牲の精神なのか、呆れてしまう。ついていけねえ、やってけねえ。
『んで、白いの相手にどう戦うんだ』
「そ、それは…」
『策なしかよ』
何もなしにお前はあの約束をしたのか、ああ、似てるな、悪業と善行は似ている。細かいことを考えず、それなのになんとかする気でいる。
クロはそもそもその善行から出来上がっているものなので、それこそ善行とのシンクロ率は悪業以上のもののはずだが、そこから目を逸らしているのか自分のことを棚にあげている。
『俺を使え』
「え…?」
『だから俺を使えって言ってんだ。憑依させろって意味じゃねえ。この護符を白いのにぶつけろ。それこそがこの護符の封印解除条件でもあるんだからな』
「クロ…君は…」
対大災厄用人工災厄。
白の禍津に対抗して、というわけではないが、大災厄に対抗するために人工的に作られた災厄。
「任せていいの?」
『俺も勝てるかはわからねえ。だが、お前に任せるよりは可能性が高いだろうよ』
戦力外通告に少し落ち込む善行。
そんな善行にクロは声をかける。
『戦場についたら俺を出せ。見せびらかせ。それでもお前はすぐに捕まることはねえだろうからな』
悪性の作戦。
それはクロを使った大災厄討伐だった。霊脈が崩され、霊力を補充できない今では自分で霊力を補充できる災厄そのもののクロか災厄の霊力を変換できる悪質ぐらいのものだろう。
もちろん、悪質だけでなんとかできるわけもなく、求められているのはクロだった。
『俺は脱走した所謂脱獄犯みてえなもんだからな。それを連れてきたのがお前だってわかれば少しはマシだろうよ。消した霊脈もあいつが戻すつってたし』
クロは善行のことをも気にかけているみたいだった、とても不器用な方法だけど。
その不器用さに自分と似てる何かを見出す。
なんだか、自分と話しているみたいだ、とか自分の兄弟みたいだ、とか言いたいことはあったけど恥ずかしくてあえてそれらを飲み込む。
代わりに。
「脱獄犯なんて言葉よく知ってるね」
照れ隠しにそう言った。
『ああ、覚えちまったよ。あいつに見せてもらった景色の1つだからな』
テレビって知ってるか?
クロは楽しそうにそう切り出した。




