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第20話 黒と白の陽山師(2)

 真中中は病室で寝ていた。

 苦しかった。発熱…そして体の中を自分の知らない何かがかきわけて入ってくるような異物感。吐き気がした。もう眠ることもできなくて、気を失うことでようやく落ち着くことができる。

 苦しかった。

 でも、なぜか怖くなかった。

 真中は覚えていた。自分が寝ている間に悪業がかけてくれた言葉を。


「真中さん、任せて」


 きっと大丈夫だ。

 悪業が自分からそういう時はきっと大丈夫。苦しかったけど、辛いけどそれでも怖くはなかった。悪業が、善行がいる。真中は1人じゃない。

 悪業は真中を救ってくれる。

 善行はみんなを見守って助けてくれる。

 根拠はないけれど、またみんなで笑えるような未来が来る、そんな気がした。


「あれ…」


 いつもならまた気を失ってしまう頃合いなのに全くそんな気配がない。

 それどころかもう苦しくすらない。

 もしかして死ぬ間際で感覚みたいなものが消えた…?とも思ったけどさっきまで感じていた異物感や発熱が落ち着いているような…勘違いとかじゃない、気がする。治った…?


「あっくん…善くん…」


 また根拠もなしにあの2人がなんとかしてくれたのではないか、とそう思った。

 こうなると今度は一気に眠気が来る。

 うつらうつらとしていたのもすぐにまぶたが閉じていく。久しぶりの心地いい感覚だった。眠いから寝れるというこの感覚。

 起きたらあっくんのところ行かなきゃ…善くんとも話して…それで…またみんなで…。

 寝息をたてる。

 すーっ、すーっと言いながら静かに。


 霊脈がなくなり、この地区はもうすぐ地獄と化す。真中が入院していた病院の避難準備もすでにできていた。あとは混乱しないように患者優先で移動させていく。

 近くの地区の霊脈の効果がある地区へと逃げていく。そんな避難行為が始まる、直前の出来事だった。

 真中の病室の窓に何かがはりついている。

 見えざる者でありながら、その霊力は見えない人にも見えてしまうほどの。

 小さく。静かにその者は口を動かした。


 み・つ・け・た


 今までが悲劇なのだとしたらここから先は惨劇。

 取返しのつかない地獄の始まりだ。







「霊脈の方は僕がなんとかする」


 バトルが終わってすぐのことだった。

 規模の大きい喧嘩が終わり、さてこれからどうするか、といったときに悪業が放った言葉がこれである。思わず善行は「はい?」と聞き返していた。

 霊脈はもう善行が壊した。

 これは取返しのつかないことで、それこそこの地区の人たちを危険にさらしたとして処罰されるレベルのことである。それがなんとかする、という一言で片づけられるものなのだろうか。


「霊脈って要するに霊力の放出を行うところ、でしょ。だったらなんとかできるかもしれない」

「で、でも…これは俺が招いたことだから、俺が」


 悪業は首を振る。

 口元に浮かんでいるのは笑みだった。


「大丈夫。善くんは休んでて。さっき言ったよね、真中さんも救われたって。真中さんも霊印が体に浮かんでいたんだ」

「え…!」


 いや、想像できなかったことではない。

 霊力による耐性がなければ誰であろうとかかる可能性のあるものだ。真中は特に訓練などしていない普通の人間である。それこそそれなりに訓練を受けていた善意がかかるぐらいだ、可能性はある。


「もし善くんが霊脈を壊さなかったら、僕が壊してたかもしれない。陽山師はあくまで小を切り捨てて大を生かす考えだ。父さんたちには任せられない。善くんはこのことを罪って言ってたけど…、これは罪なんかじゃない。君は人を救ったんだ」


 悪業は優しく話しかける。


「俺が…救った…?」

「うん、霊印が浮かんだ人たちを救ったのは…今善意ちゃんと真中さんを救ったのは君だよ、善くん」


 憧れていた。

 あの時、真中を救えていたなら。

 もっと自分が強くあったのなら。今でも後悔することがある。自分は弱かった。誰も救えないまま、今もこうして罪を犯して死ぬのだと、そう思っていた。

 涙がこぼれる。ボロボロと。次から次へと。

 そうか…。


「そうか…俺は…人を…救えたのか…」


 憧れていたヒーローに。

 大好きな幼馴染にそう言われて。

 善行は報われた気持ちになった。これ以上ない賛辞の言葉。


 ずっと1人だったんだ。目に映るものは全て敵で。もう自分は犯罪者で…情けなんてかけられない、そんな孤独な戦いだと思っていた。

 けど、違った。

 幼馴染は、悪業は善行を敵として見ていなかった。あんなにひどいこともを言ったのに。それでも見捨てずに善行の前に立ちふさがってくれた。意味のない、ただただ善行の自己満足である戦いに付き合ってくれた。悪業は善行をきちんと見てくれていたのだ。


「ごめん…あっくん…俺、君にひどいことを…」

「ううん、気にしてない、ていうと嘘になるけど。元から善くん遠慮がちだし、あれぐらい素直な時があってもいいかも」


 なんてね、と悪業は笑う。

 今まで引きこもっていた、自分の殻に閉じこもっていたとは思えないほどの笑顔。

 それを見て泣きながらも善行はつられて笑う。


「俺はさっき黒の禍津を変えた、ってあっくんに言ったけど…逆でもあってみたいだね」


 快活、とまではいかないまでもその無邪気な笑顔は無邪気すぎる悪業の中の住人、クロに引きずられているような感覚だった。

 『俺がこんな気持ちわりい笑顔するかよ』とクロは拗ねていたものの、善行はその2人を見て、いいコンビだな、とそう素直に思った。


(いや、でもクロは俺自身だし…なんか自画自賛してるみたいでいやなんだけど…)


 そう考えて自分の中の住人、シロに目を向ける。

 シロとももっと違う出会い方をしていれば、悪業とクロのように笑いあえる未来もあったのだろうか。そう、考えてしまう。出会い方…もしシロが自分の両親を、悪業の両親を殺していなかったら。

 無意味な仮定だ。

 それでも、利害が一致していたとはいえ、ここまで付き合ってくれたシロ。自分の母親と父親、そして悪業の母親の仇。どうしようもなくて組んでいただけのタッグ。


「シロ、君は今どういう気持ち?」


 落ち込んでいるだろうか。

 俺のせいで負けた、と思っているだろうか。

 善行はそう思いながらも、どんな返答が返ってきたとしても受け止めるつもりでいた。一時的にとはいえ、シロと善行は一体化していた。シロは善行であり、善行はシロだった。

 失敗も成功も半分こ。

 きっと敗者である俺らは失敗を山分けする義務がある。

 そんなことを考えてきいた質問への返答はなかった。


「シロ…?」


 不審に思い、もう一度話しかけてみるも声はない。

 不機嫌になっているのか、拗ねているのか。やっぱり俺のせいでクロに負けたと思っているのか。それらを考える前にあることに気付いた。いや、気付いたというには遅すぎる。


「シロがいない…」


 感覚はある。

 だが、これは残滓だ。20%程度の残滓が残されているだけ。残りの80%がいない。疲れ切っていて、安心しきっていてわからなかった。

 わからなかった、というより、今の善行がシロがいなくなったと気付かないギリギリの残滓を残していったとみるべきか。

 その瞬間。

 遠くで何かが崩れる様な音がきこえた。かなり大きな音だ。爆発…のような何かで何かが壊れていくような…そんな音が…。


「まさか…」


 悪業は青ざめる。

 あの方向は。

 音がしたあの方向にあるものは。


「病院だ…」


 真中と善意が入院しているはずの病院だった。







 稀にいる憑依されやすい体質の者。

 霊感があるなしに関わらず、なぜかそういうこの世のものではない者たちを呼び寄せてしまう体質。それは年齢を重ねるごとに弱くなるものであり、今すぐに治せるものではない。

 その体質を抑えることはできず、できることはその体質ではない、と護符の力で誤魔化すことだけだった。そしてもう1つ。憑依されやすい、ということは憑依するものが体に馴染みやすいということ。

 それはすなわち、憑依したものが100%の力を出せるということでもある。

 人間には必ずある抵抗力というものが極端に少ないのだ。

 中でも真中中は、その抵抗力がほぼ0だった。


「なるほどな」


 悪性は一言呟く。

 白の禍津がああして分散していたのは真中のような憑依しやすい人間を探していたからだろう。封印がまだ解かれていない今、この世に影響を与えるにはこの世のものに憑依し、その者を経由して攻撃することが手っ取り早い。

 そして今、真中を通して顕現した白の禍津はすでに完全復活と同程度の力を備えていた。


「悪性さん、どうやらもうすでに病人の避難は終わっているみたいです」

「ご苦労だった、速水」


 悪性は護符を握る。

 病院は崩れ、大きな白く、美しい狐のような狼のような大災厄が顕現している。思い出していた当時のことを。守れなかった自分の妻のことを。

 霊脈はなく、霊力の補充はできない。

 満身創痍の背水の陣。

 それでも陽山師は諦めない。彼らが守るべきものを守るために。


「息子をありがとう。今度は我々が君を助ける」


 悪性は静かに真中にそう言った。

 禍津の中に取り込まれているだろう真中に。


「きっと大丈夫ですよ。あいつは来ます」


 対白の禍津兵器。

 それを携えて。


「我々がやることは時間稼ぎ、だな」


 悪性は少しだけ笑った。







「白の禍津…!」

「シロ…!」


 少し離れた場所から悪業と善行はその様子を見ていた。戦っている陽山師は悪性と悪夢率いる部隊か。恐らく他の部隊は間に合っていないか、それとも自分たちの地区で忙しいのか。

 霊脈がないということは霊力の補充ができないということだ。護符を使う度に減っていく霊力を補充することができないのは陽山師にとって絶望的である。


『やっぱ本性現しやがったか、ま、わかってはいたぜ。あいつはそういうやつだ』

「…」


 善行は静かにその光景を見る。

 悪業はちらりと善行を見た。善行の今のシロに対する気持ちは何が正しいのだろう。親の仇だと思って今も憎んでいるのか、それとも今まで戦ってきた相方として少しだけ気持ちが動いてしまっているのだろうか。善行はまだ静かにその光景を見ていた。


「シロを倒そう」


 善行は呟く。


「善くん、いいの?」

『いいのもなにもあるか。そいつの親はあれに殺されたんだろうが。当然の考えだ』

「クロは黙ってて!」


 相変わらずなんかそういう機微に疎いんだからこの黒いのは…と悪業は呟く。

 善行はそのやり取りを見てまた思う。

 出会い方が違えば、あいつが善行の親を殺していなければ、今のクロと悪業のような関係になれていたのだろうか、と。


「いいや」


 そんな仮定に意味はない。そうだ。

 当たり前だ。

 だって現実はあいつは親を殺していて、そしてこの2人にはわからないことだが、真中に憑依している状態だ。もし違ったなら、なんてそんな仮定は意味がない。

 考える必要のないことは考えない。ただ、いまあるものを見るだけだ。

 あいつは俺らから親を奪った憎き大災厄。


「あっくんは霊脈をなんとかできるって言ってたよね」

「う、うん、たぶん…」


 改めて言われると自信がないのか口ごもる。

 こういうところは変わってねーのな、とクロにバカにされながらも、できないと否定しないだけ悪業は変わったと善行は思った。


「シロは俺がなんとかする」


 作戦はない。

 自分がかけつけたところで何ができるかわからない。それでも悪業が頑張るのなら自分も何かしなくてはいけない。そう思っただけだ。

 不意にぴょんと善行の頭に何かが乗る。それは黒い護符だった。


『だったら俺はこっちについてくぜ。つか、てめえもどうせ1人の方がやりやすいとかそんなんだろ、クソ野郎が』

「うん、ありがとう、クロ」


 善行には分からない会話をして笑う悪業。

 クロは心底つまらなさそうに舌打ちをする。

 なんだか険悪なムードなんだけど…仲がよさそうに見えたのは錯覚…?


「いいのかい?俺にクロを渡して」

「僕は1人でなんとかできる。それに、クロは元々善くんのでしょ」


 善行はそのことを悪業が知っていたことに驚く。


「善くん、その…ごめん…君の未来を…」

「あっくんが謝ることじゃない。俺の両親が決めたことでもあるしね。それに…今まさにこの護符が、クロが活躍できそうなときなんだ。活躍できそうな瞬間、それがあるだけでも報われるよ」


 善行は優しく、黒い護符を握った。


「あっくん、シロの方は俺に任せて。全てが終わったらまた3人で遊ぼう」

「3人、じゃおさまらないかもね。速水さんとかのグループも混ざりたがるし、姉さんも心配してるから離してくれなさそうだし…」

「ならみんなで遊ぼう。もう外は怖くないだろ?」

「怖いよ、でも君たちと一緒なら」


 がっしりと握手をする。

 約束だ。

 お互いに笑いあって、善行はクロを持って走り去る。ここからはそれぞれの戦いだ。それでも行く先は目指す先は同じ。1つの結末に向けてただひたすら走るのみ。


 善行が走り去ってから悪業はバトル以降一回も善行に見せなかった片腕を見る。

 善行の絶炎をうけて防ぎきれなかった分が全てこの腕にいってしまった結果、腕がぐちゃぐちゃにひねり曲がっていた。これを見せなかったのは善行に心配させないためでもある、が。

 悪業がその腕に力を入れると、軽く光り、いつの間にか傷が治っていた。あれだけぐちゃぐちゃだった腕はすでに元通り。


「災厄の体も案外便利だ」


 自嘲気味に呟く。

 善行の戦いのときにクロに頼んだことがあった。絶炎を受ける前、クロに頼んだこと。それは憑依率を上げてくれ、というもの。

 憑依には危険がある。その1つが憑依しすぎると人間に戻れなくなる、ということだった。災厄に寄ってしまう。善行はギリギリだったものの、悪業の憑依率はあの瞬間100%を超えていた。

 もう悪業は人間じゃない。

 そして人間じゃないのなら、災厄ならば、その体は自ら霊力を発することができる。


(僕の霊力は膨大みたいだし…)


 悪業の作戦はただ1つ。

 自分が霊脈になることだった。

宜しくお願いします。

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