第19話 黒と白の陽山師
「救いにきた、か…」
善行はその男の姿を見て、笑う。
黒木悪業。
黒い装束に身を包んだ漆黒の髪色を持つ少年。数日前まで引きこもっていた善行の幼馴染。こうして外に出て善行の前に立つということはきっと彼の中で何かが変わったのだろう。
だが、それでも。
ヒーローみたいだったあの頃からはほど遠い。
「本当に遅かったね。救うも何も俺は霊脈を破壊した。終わったんだ、もう。善意は助かり、めでたしめでたしというところかな」
「まだ、君が助かってない」
目を見開く。
それは驚きからだ。
この間ひどいこといったのにそれでも…という気持ちは0ではない。だが、すでに善行の中でそれは整理がついていることである。今更それを引け目に感じることはない。
驚いたのは。
「君は霊脈を守りに来たんじゃないのか…?」
霊脈を守る。
これが善行と敵対する理由だと思っていた。善行自身が気に食わないから、この間の仕返し…そのどれにも当てはまらない、善行を救うためにここに現れたという悪業。
「僕は陽山師じゃないからね。それにヒーローでもない。僕が守れるのは…目に見える範囲の人たちだけなんだ、今は君のことだよ、善くん」
「…この後、関東は地獄になる。災厄たちで溢れかえるはずだ。君は関東の人たちを守りにきたわけじゃない…?」
「そこは父さんたちに任せるよ」
「関東の中には真中さんだっているんだ!それでも君は!」
「僕の中では」
静かに。
悪業は答える。
「僕の中では君も、真中さんと同じぐらい大事なんだ」
きっと悪業の中では関東の人たちも大事なのだろう。そういう人間なのだこの男は。
それでも今は善行を救うと言い放てるのはそれだけ陽山師のことを、父のことを信じているのだろう。自分が駆けつけるまでなんとかしてくれるという信頼。
そして驕りではなく、自分の力すらも信じている今の悪業には。
「俺を救うっていうのは具体的にどうするつもりなんだい?霊脈は破壊した。もう終わった。善意が助かったことで俺は救われたんだ」
「全てが終わった…それで君はどうするの?」
「何もしないさ。陽山師に捕まって終わりだよ、あとは罪を償うだけだ」
「…僕は思うんだ、君が善意ちゃんを助けようとしたことは悪いことじゃないって。その方法は確かにあれかもしれないけど…それでもその方法しかなかったのならしょうがない…それにこれで真中さんも助かったはずだ、君がしてなくても僕が何かしていたかもしれない」
「なんで今真中さんが…?」
「その問題は後でなんとかするとして…クロとの話を聞いてたよ。君を救う第一歩だ」
悪業は構える。
黒の装束。
手には護符。
そして膨大な霊力。
なるほど、十分に陽山師だ。やっぱりどうあっても悪性の息子なのだな、と善行は思った。
「戦うつもりかい?」
「君が望むなら」
「もう戦う理由はない」
「でも君にはある」
君。
悪業が動く理由。その全ては他人のため。訂正。何も変わっていない。きっと芯は昔のままだ。
だからこそ。
今の悪業を超えることはきっと意味のあることだ。
「俺たち、ひどいな。これから大変なことが起きるかもしれないのに自分勝手なことばかり」
「でも僕らは陽山師じゃない」
善行が一度目を閉じる。
シロ。
シロ。
呼びかける。
これがきっと最後の戦いだ。君のことを憎いと思ったことはある。当たり前だ。今だって許せない。だとしても善意を救うためには君の力が必要だった。今もだ。
俺は弱いけど。
負けられないんだ。
『わかっています。私もあの黒は目障りですから』
目を開いた。
体中から青い炎が噴き出す。馴染んできた。この感覚にも。人ならざるものを使うこの感覚に。霊力では劣る。それでも災厄の使い方に関しては善行の方が上のはずだ。
勝機はきっとそこにある。
悪業も目を閉じていた。
手に持っているのは黒い護符。いきなり押しかけて来たときは驚いたものだが、今ではすっかりこの動く護符も見慣れてしまった。
『カッ!てめえようやく動き出したのかよ、おせえぜ何もかもが。いや、逆だ。なに勝手に出歩いてやがる。せっかく恩を売ろうとしてたのによ』
相変わらずのクロに悪業は苦笑する。
素直じゃない、なんて僕が言うのもおかしいか。
「知ってる。ごめん、遅くなって」
『まあ、俺からしたら霊脈なんて邪魔なだけだからよ、別にいいんだが…今ならわかるぜ。あの白いの。ありゃやべえわ。今はまだそうでもないっぽいが…あれはヒトを「喰う」ぜ』
「…」
『母親の仇でもあるんだろ』
「なんでそれを…ってのは愚問だよね」
『気に食わねえが、今俺とお前は1つになったからな、襲撃の時はお前が拒否るからうまくいかなかったが…いい顔になったじゃねえか。ただ英雄の顔じゃねえ、後ろ向きな悲壮感もある今の顔が一番辛気臭くてお前に合ってる』
「そりゃどうも」
変わらないね。
お互い様だ。
最後にそうやり取りしてから目を開く。
体中から深紅の炎が噴き出る。肉体的にも霊力的にも強化された。これが災厄の憑依。
「善くん」
「あっくん」
拳を構える。
最初の一撃。
善行は青い炎を纏い、悪業は深紅の炎を纏わせる。善行は霊力が少ない。それを炎という災厄の力で補っている。悪業は憑依の経験が少ない。それを護符という肉体強化で補っている。
駆けた。
一瞬消えたかのようにみえた2つの人影は次の瞬間には真正面からぶつかっていた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」
「ああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
赤と青が激突する。
〇
勝ちたかった。
一度でも。
どんな形でもいい。
悪業にずっとずっと勝ちたかった。
昔からヒーローだった彼に追いつきたかった。
真中のことが好きだった。
真中は悪業が好きだった。
それに気付いてから尚更加速する。自分がもっと強ければあの時真中を、小学生の時に真中を上級生から救えたのは俺だったかもしれないのに。
醜い。
ほんとうに醜い。
でも、この気持ちは捨てれない。
醜くても、これが善行という男の核。
例え意味なんかなくても、それでも一度でも…。
〇
怖かった。
母が亡くなった。自分の不甲斐なさのせいで。父は悪業を責めなかった。まわりも悪業を責めなかった。だからこそ怖かった。心ではどう思っているのだろう。考え出すと止まらない。
謝り続けた。
声に出さず。
誰にも会わないことで。
外に出るのが怖かった。
それでも一番怖かったことは、母が亡くなったという哀しみが恐怖に塗りつぶされていくことだ。
真中に救われた。
善行に救われた。
2人はこんな状態になっても僕を見捨てないでくれた。あんなひどい態度をとっていたのにそれでも見限らず…。
だから今度は僕の番だ。
善意は助かった、真中も助かった。ではその2人を実質的に助けた善行は誰が救う?
もやもやを抱えたまま、陽山師に捕まり、罰を受けるのか?
違う。
そんなのは間違っている。
だからまず一個目だ。
もやもやを。
僕への思いを。
僕が受け止める。
〇
悪業は距離をとる。
炎を噴出力では向こうの方が上だ。力技で激突すればこちらが劣る。黒木の生まれらしく、絡め手で動かなければ。ホルダーから護符を取り出す。
2枚、投げつけた。
「捕縛、急急如律令!」
護符から縄が飛び出す。2本の縄が蛇のようにうなりながら善行へと向かっていく。
善行はそれを見て、特に動きもせず、手を払った。目の前に虫がいたから払いのけた、といった強さで。日常の動作で。それだけで縄が焼き切られる。
善行が次の動作にうつる前。
一瞬見えた悪業の姿。すでに違う護符を発動している。
これが膨大な霊力の護符の回転率。
だが。
(次も焼き切る!)
腕に炎を集める。
縄か、それとも衝撃波か。善行は頭の中で護符の種類を思い浮かべる。霊力の炎の出力が善行よりも小さい悪業は基本的に護符に頼るしかない。
元陽山師の卵である善行にも護符の知識はある。当たりをつければ対処することだってできるのだ。
だが、それがわからない悪業ではない。
お互いに誰よりも近くで見てきた。
わからないことなんてないぐらいに。
「…急急如律令」
悪業が呟いた。
なんだ。聞き取れなかった。縄か。いや、それにしてはなんだか、護符を地面に。その構え方は見たことがない。何が、来る。
その時だった。
異変は足元。
地面から。
「!」
飛びのけようとした時にはもう遅い。
地面から飛び出た何かがグルグルと足に巻き付いていく。縄よりもはやい。咄嗟に躱せなかった。軽く感じる痛み。これは棘…?
これは…茨だ。
『茨の悪夢』。
黒木悪夢に配られるオリジナルの護符だった。
「なぜ…これを君が…」
善行は考える。
悪業は陽山師ではない。護符はそもそも配られていない。今持っているのも昔にもらったままのものがまだ残っていたのだろう。本来ならばそれも返さなければならないのだが、悪業のやめ方は唐突に、そして変わったものだったからそのままだったのだ。
じゃあ、この茨は…まさか…。
護符とは霊力を誘導するもの。縄を出す護符は縄を出す護符、というものではなく、霊力に作用して縄を作りやすくする護符というのが正しい。
悪業は適当な護符をその作用を無視して、無理矢理茨の悪夢を作り出したのだ。
霊力が強いと陽山師が強いという理由、その1つにどんな護符でもある程度扱えるようになる、というものがある。悪業はそれを専用護符を作り出すという形で見せつけた。
「ぐっ…」
霊力が吸われ続ける。
炎の強さが一瞬減った。それを見逃さない悪業ではない。
速度の護符を使い、一気に距離を詰めた。腕力強化、そして赤い炎を身にまとい、拳を乱打する。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
それに応えるように善行も拳をぶつけていく。茨のせいか少しずつ押されていく。善行はここであえて拳の炎を消した。もちろんその状態で悪業の拳を受けることはできない。
悪業の拳が顔にヒットする。少し吹き飛んだ。だが、口の中の血を吐き出し、すぐに向き直る。ここで悪業は気付いた。すでに茨から抜け出ていることに。
拳に回していた炎を脚に回し、茨を焼きながら、悪業の拳の衝撃で吹き飛ぶことで茨から脱出していたのだ。これで徐々に霊力は回復していくはず。
また近距離の殴り合いに持ち込む。この状態ならば善行の方が有利なはずだ。距離をとられるとまた茨を発動されてしまうかもしれない。
そう考えてのことだった。
それなのに。
(押されている…?)
いや、勢いはこちらの方がある。
実際何度も拳が当たっている。それでも相手は全く動じない。まるでダメージが入っていないみたいだ。拳が当たる回数はこちらの方が圧倒的なのに、一撃の重みが違い過ぎる。
『悪戦苦闘』。
ダメージを負えば負うほどに受けるダメージが減り、霊力が増していく護符。黒木悪戦専用の護符だったはずだが、悪業はそれを使用していた。
善行は一度距離をとる。
ならば軽減できないようなダメージを与えればいい。炎を指先に集める。一点集中。青い炎で出来た弾丸を悪業に打ち込んだ。小さいながらも貫通し、ダメージを与えられる。
悪業はそれに気付いたものの、避けられない。
肩を撃ち抜かれた。
血が噴き出る。霊力で咄嗟に止血。だが、痛みまではごまかせない。
(今…!)
押し切るために距離を詰める。
だが、足が動かない。茨だ。でもいつの間に。茨だけじゃない。縄も発動している。さっきとは数が違う。いつの間に。ずっと殴り合っていたはず。発動できた時なんて…。
あたりを見て気付いた。
護符。
護符。
護符護符護符護符護符護符護符護符護符護符護符護符護符護符護符護符護符護符護符護符護符護符護符護符護符護符護符護符護符護符護符護符護符。
あたり一面に散っている護符。
そして『悪質な契約』。黒木悪質が使っていた専用護符。相手から霊力を奪い取り、それをまわりに配るといったもの。それを使って殴り合いの時に奪った霊力をあたりの護符に流していたのだ。
これだけの数を適格に。
「はは…」
こぼれたのは笑い。
涙ではなかった。
「やっぱりすごいや、あっくん」
これが追い続けていた男の姿。
たくさんの理由があったが、善行も不甲斐ない悪業を見たくなかったのかもしれない。自分の追い続けていた男はこんなものではない、とそう思いたかったのかもしれない。
同い年の高校生に無責任に押し付けていただけなのかもしれない。
でも確信した。
やっぱり。
俺は。
「俺は!君に負けたくない!」
今の君に。
かっこよくて強い君だからこそ。
「俺はあっくんに勝ちたい!!」
悪業はその言葉をきいた。
どちらかといえば追いかけているのは悪業の方だった、と思っている。いつもなんでもできる強い善行。怖いところもあるけど優しくて元気な真中。2人の背中を追いかけて、追いかけるのが辛くなってふさぎこんでいた。善行はそうならず、悪業を追いかけ続けていたのだ。
お互いにお互いを追いかけていたからこそわかる。
この気持ちが。
(ありがとう…善くん…)
こんな僕のことを追いかけてくれて。
勝ちたいと言ってくれて。
だから、へたくそでも弱くても今、君の前ではヒーローに。
「こいッ!!!!!!」
善行が体中から炎を噴き出す。
先ほどまでの比ではない。縄はもちろん茨さえも焼き切られていく。いくら憑依させている状態といってもこれだけの炎を使えばしばらく霊力は戻らない。
それを今使った、ということは。
善行は霊力を使わない一撃を放つつもりなのだ。そして、その一撃で決めるつもりなのだ。
霊力に関係せず、使える一撃。屋敷襲撃の時に1度、霊脈を壊した時に1度、そして最後の1回。一生で3度しか撃てない大災厄の必殺技。
「絶ッ!!!!!!炎ッ!!!!!!!!!!!!」
手のひらから炎が放たれる。
今までの炎とは違い、ビームのような形状をしたそれは全てを焼き払う一撃。
悪業は目を閉じる。
(父さん…)
母が亡くなって、悲しむ暇もなく、仕事に明け暮れている自分の父を思い出す。
今もどう接すればいいのかはわからない。
ただ、また話してみよう、そういう勇気はもらえた。
(力を貸して!)
きっとこれが善行最後の一撃。
悪業は手元から三枚の護符を取り出す。
「捕縛!」
まずは見えない霊力で出来た縄が絶炎を捕縛する。
さすがに凄まじい威力だ。なかなか捕縛が成功しない。いや、完璧に成功する必要はない、そう思い直す。躱せなくてもいい。少しだけずらすことができればそれでいい。
「流!」
2枚目。
捕縛した絶炎を受け流す。
今回はそれがうまくできる保証はない。試すのは初めてのことだ。ぶっつけ本番。
「回避!」
3枚目の護符。
これで自分自身も僅かにずれる。本来であれば攻撃が届かないところへ最小限の移動をするものではあるが、今は少しずれただけでも行幸だろう。
これが黒木悪性の専用護符。
タイミングが少しでもずれると成功しないと言われる悪性本人にしか扱えないコンビネーション。
(僕にも使えるはずだ…!)
ヒーローでもなく。
陽山師でもなく。
黒木悪業としてここに立っているのなら。
(僕は黒木悪性の息子だ…!)
絶炎がわずかに曲がる。
だが、まだ足りない。無傷でいるにはもっと曲げなければ躱しきれない、はずなのだが。悪業はこれでいいとばかりに絶炎を見据える。
小さく呟いた。
クロ。
頼む。
絶炎が悪業の手前の地面に落ちると同時に大きな爆発が広がる、ことはなかった。霊力状態での攻撃。これでまわりに影響を与えることなく、攻撃できる。
霊力の余波で空間が霞んだ。善行は必死に前を見る。これが全力の一撃。これを防がれていたのなら、これを受けてまだ立っているのなら、完全に善行の負けだ。
なぜなら、悪業は絶炎を使わなかったから。
(絶炎には絶炎を…黒の禍津が憑依しているあっくんにも使えるはず…そして残り回数としてはあっくんの方が多い…絶炎のぶつかり合いでは俺が負ける…)
回数制限のある絶炎。ならば相手より多くの回数を使えた方が強いに決まっている。そうすれば悪業の負けはない。そのはずなのにあえて、なのだろうか。悪業は絶炎を使わなかった。
勝負を受けたのだろう。
ここで絶炎を使わずに防ぎきられていたら、善行の完敗だ。
悪業は立っているのか、それとも…。
霞が晴れてくる。
そこには。
「…」
悪業が立っていた。
善行はその場でへたり込む。
はあ~と長い溜息をついた後、空を見上げた。
「まさか、絶炎を使わないで俺の絶炎を防ぐとはね」
思わず笑みがこぼれる。
重なった。
あの時の面影が。
『君を救いにきた!』
小さいころ、真中を助けたあの時の悪業の面影が、絶炎を防いで立っている悪業に重なった。
ああ、そうか。
やっぱり君はヒーローだ。俺と、真中さんのヒーローだったんだ。
今も昔も。
殴った相手をしっかりとその目で見て、痛そうに拳を握る臆病なヒーロー。
「負けた!!!!!!!!!」
善行は叫ぶ。
こんなに清々しい気持ちはいつぶりだろうか。
「参った。君の勝ちだ、俺らのヒーロー」
「ヒーローでありたかったけど…僕には無理だった。僕は、君と真中さんの…幼馴染だよ」
憑き物が落ちたように悪業は笑った。
宜しくお願いします。




