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第1話 黒木と白木

「わかった。君のことを助けてあげるよ!」


 そう言われた記憶はまだ新しいように感じる。それぐらいに鮮烈な衝撃。彼は私のヒーローだった。







 夕焼け。

 時刻は6時を少し回ったところ。夏が訪れようとしているのか気温は高く、また、日が長くなっているのかこの時間でも外は明るかった。

 部活を終えた学生たちだろうか。あちらこちらに制服を着た人物が歩いている。近くに学校があり、お店も豊富なこの場所は自然と学生たちが寄り道をするために集まる場所となっていた。


 広い道路は歩行者天国、すなわち車の通らない場所となっており、その道の両脇にはお店が並んでいる。寄り道に最適な食べ物を扱うものから、洋服屋、本屋、ゲーム屋、学生たちに必要なものはもちろん、一般のお客が必要なものまで揃っているショッピング通りだった。

 そんな通りを学生服を着た男女が歩いている。2人で話しながら歩く様はカップルか仲のよい友達か・・・それともこれからそうなるのか、といった予感を感じさせるほどである。


 男女2人はいたって普通の学生だ。学校指定のブレザーを改造せずそのまま着ている。本当に学校終わりにこのショッピング通りに来て、買い物をしている。ただ異質なのは男の方だった。

 髪色。

 髪の色が真っ白だった。

 脱色した感じではない。自然と白くなったようなその色。しかしお年寄りの白髪とはまた違う。まるで生まれたときからその色だったと思わせるような、そんな当たり前だと思わせるような何かがそこにあった。


 だからだろうか。その異質な髪色に他の歩行者は一度目を向けるものの、すぐに目をそらしてまた歩き始める。別におかしいところなどなかったかのように。あまりにもしっくりくる光景に、その異質に慣れてしまったかのように。

 少女は前髪を切り揃えて後ろをおさげにしており、髪色も少し茶色がかっているだけ。そんな普通の少女が隣を歩いているから尚更目立つのだろう。必ず傍を通る人は少年の髪を一瞥していた。


 しかし、この感じに慣れているのは見る側だけではなく、見られる側もまた同じだった。

 白髪の少年、恐らく高校生ぐらいであろう少年はあたりを少し見まわし、小さくため息をついた。

 それに気づいたその隣を歩いていた少女、見た目は中学生だが少年と同じ制服から高校生であろうことが読み取れる少女が少年に声をかける。


「もうここらへんの人たちは善くんの髪色、見慣れてるものだと思ってたけど・・・」

「心配してくれてありがとう。でも大丈夫だよ。俺もこの感じには慣れたから」


 そう言いつつもやはり人の目は気になるのか少し疲れた笑顔を見せる少年。

 自分の髪色が異質なことぐらいわかってる。あとはこの髪色とどう付き合っていくか。それが問題なのだ。自分自身の大事な問題。


「今は買い物に集中しないとね」


 少年は少女を心配させないように別に話題に持っていこうとする。それを知ってか知らずか少女もまた買い物の話題をし始めた。


「そうだね、あっくん喜んでくれるといいな」

「その前に今日という日を覚えてくれているかが問題だけどね」


 少年は笑う。

 2人は今日、ここに共通の友人への贈り物を買いに来ていた。見ているお店は洋菓子屋。店内に入るとウィンドウの中には様々な種類のケーキが並んでおり、ショートケーキからフルーツのたくさんのったもの、さらには見たことのないケーキまであった。

 さすがにホールケーキは買えないので見ているのはカットされたショートケーキ系統のウィンドウだ。


「確かあっくんって甘すぎるものが苦手だったよね・・・」

真中まなかさん、よく覚えているね。あっくんの苦手なもの」

「うん、あっくんに限らず、善くんのも覚えてるよ。だって私たち幼馴染でしょ」


 真中と呼ばれた少女は笑う。

 その笑顔を見て善くんと呼ばれた少年も笑った。

 言ってしまえばこの少年と少女の関係はカップルでもただの友達でもない。昔からずっと一緒だった幼馴染なのだ。そしてその幼馴染はもう1人いる。

 あっくんと呼ばれたそのもう1人へのプレゼントを2人で買いにこのショッピング通りへと来たのだった。


「確かこのチョコケーキはそんなに甘くなかったはず。俺が前に食べたときはね」

「ならあっくんの分はこれにしよっか」


 その後、自分たちの分も早々に決め、洋菓子屋の外に出た。20分ぐらいはいたはずだが、まだ外は明るく、通りには学生たちであふれていた。

 部活終わりの生徒がこれからどんどん増え、この通りの盛り上がりはこれからだろうことがわかる。


 少年と少女の2人はそんな通りを抜け、少し人気のない道へと進んでいく。先ほどまであたりに広がっていたお店の並びはすでになく、マンションや一軒家などが並ぶ住宅街へと進んでいく。

 たまにすれ違う恐らくここらへんに住む人に会釈をしながら歩いていく。その度にガシャガシャと手に持つケーキの袋が揺れていた。


「懐かしいねここらへん」


 少女はほほ笑んだ。

 それに少年は頷いて応える。


「そこの公園だったよね、俺たちが会ったの」


 何年前の話か。

 もう確実に十年以上前の出来事。その出来事に2人は思いを馳せていた。

 その公園は小さく、遊具も少ない。あるのは滑り台とブランコ、鉄棒が1つ。あとは何もない広場が1つあり、名も知らぬ子どもたちがそこで追いかけっこをして遊んでいる。


 もう自分たちはあそこで遊ぶような年齢ではないことと、自分たちの知らない子供があの公園で遊んでいることの寂しさを覚えながらもまた歩み始める。

 あの公園が見えたということは目的地までもう少しだ。


 同じような一軒家が並ぶここらへんは一度来たことがないと迷ってしまうだろうことがわかる。小さいころからこのあたりに住んでいる2人にとっては庭みたいなものだが。

 迷わず、堂々とした歩みで先に進んでいく。


 するとレンガ作りのような一軒家が目に入る。

 2人はそのまま歩いていき、その家の敷地内へと入っていった。インターホンを押すとあまり聞きなれない声が中から聞こえてきた。

 ガチャリと鍵が開き、ドアが開く。


「んお、なんだお前らか」


 中から出てきたのは同じく高校生ぐらいの男だった。しかし来ている服は高校生とは思えないものである。袴。端的に言えばそうなるのだが、真っ黒なそれは袴というには禍々しすぎる。さらに体にフィットするような作りで手や足などは動きやすいようにヒモか何かでくくっている。


「速水さん」


 白髪の少年はその男をそう呼んだ。

 少女の方も面識はあるのか特に緊張した様子はない。


「またあっくんの家で食べてるんですか?」

「なんだ、白木の坊主。まるで俺がこの家で飯を食うことに文句があるみたいだが」

「いえ、普通に自分の家で食べればいいのに・・・と」

「俺は自炊できないんだっつの。金は払ってるから許してくれ」


 速水という男は飄々とそう答えた。白髪の少年も小さくため息をついたものの本気で呆れているわけではなさそうだ。毎回する挨拶、軽口のようなものである。


「でも悪意お姉ちゃんが大変じゃないですか。速水さんたちしかも3人セットだから残り2人も来てるんですよね」

「真中ちゃんは今日も小さくて可愛いね」

「あなたの1歳下ですけど・・・」

「は~、もう17歳か。高校2年生だもんなあ」


 速水は少し考えるそぶりをする。「いや、だから1歳しか違わないのになんでそんな親戚のおじさんみたいな・・・」をごちゃごちゃ言う少女を速水は手で制した。

 このままだと自分たちにとって都合の悪い話題になると判断したのだろう。


「玄関で立ち話もなんだしあがっていきなよ。うちの坊主に用があるんだろ」


 確かに元々用があったのはこの男にではない。

 まだ何か言いたげだった少女はそれをなんとか飲み込み、お邪魔しますといって家の中に入っていく。少年もその様子を苦笑いで見ながら家の中に入る。


 玄関で靴を脱ぐとすぐとなりにリビングへのドアと二階へあがる階段があった。まずは挨拶からだと判断し、2人はリビングへと入っていく。

 とても掃除の行き届いた綺麗なリビングだった。大きなテレビにふかふかそうなソファ。奥には食卓と綺麗なキッチン。理想の家と言ってもおかしくはないが、これでもすでに築10年以上の家だ。


「悪意お姉ちゃんお邪魔します」

「あら、あたりちゃん」


 キッチンにいた人物はこちらを見た。黒髪というにはあまりにもどす黒い。漆黒と言ってもいいぐらいのその髪色はまた染めたわけでもなく、生まれつきのものだった。

 その髪を長く伸ばしている。髪の一部が胸にかかっており、豊満な胸のラインを強調していた。まさに大人のお姉さんといった感じだった。


「お邪魔します、悪意さん」

「いらっしゃい、善くんも。昔みたいに悪意お姉ちゃんと呼んでくれてもいいのよ」

「さ、さすがにそれは・・・」

「善くんなんか中学入ったぐらいから余所余所しいよね、私のことも真中さんって苗字で呼ぶようになっちゃったしさ」

「恥ずかしいのよ、ね」

「ははは・・・・・」


 笑うしかない。

 悪意と呼ばれた女性をさん付けで呼ぶようになったのは単に恥ずかしいからだが、真中と呼ばれた少女を苗字で呼ぶようになったのは思春期の男らしいたくさんの葛藤があったのだ。

 もちろん、それが伝わるはずもなく、いつもよそよそしいと怒られてしまうのである。


「お姉ちゃんなんて言葉は呼べるうちに呼んでおきなさい。もうワタシたちみたいになったらその名では呼べないですからね・・・」


 食卓の椅子に座り、茶碗を持ちながら男がそう話す。がたいのいい男だった。というより少し太っていると言ってもいいかもしれない。その太めの腕は茶碗と箸をしっかりと掴んでおり、セリフを言い終えるとすぐにまた食べ始めた。ガツガツという言葉が似合う食べ方だ。


技山ぎやまさん」


 少年がその男の名前を呼ぶと男はまた食べるのをやめ、「白木のぼっちゃん」と少年に挨拶した。どうやら食べながら話してはいけないというマナーを守っているようだ。


「つーか、それはあんたが悪意さんと同じ年齢だからでしょーが」


 その真正面に座っていた少女が不機嫌そうに口を開いた。

 長めの髪を雑にくくったようなポニーテールをしており、不機嫌そうにしていながらも手には茶碗と箸をしっかりと握っている。


力野りきのちゃん」


 今度は少女がそう呼んだ。不機嫌そうだったその顔を笑顔にして「真中ちゃんお久しぶり~」と実に年齢らしい挨拶をする。技山は悪意と同じく22歳であるのに対し、力野は少年や少女と同じ17歳だった。

 そういう意味では少年少女を共通しているが、異質なところはその服装である。


 真っ黒な袴。

 技山も力野も速水と同じく黒い袴を動きやすくしたような衣装に身を包んでいる。よくよく見れば肌が出ているところは多くなく、その衣装はまるで体を守ろうとしているかのような印象を受ける。

 しかし力野の服装は下が短いスカートの下にスパッツとなっているらしく太ももなどの脚部分が全て見えているような形となっていた。

 技山のも速水のと比べて腕まわりがより念入りにその衣装に包まれているようだ。人によって形が違うらしい。


「お前ら、食ってから話せ」


 そこに後からリビングに入ってきた速水が注意する。


「いや、速水さんも食事中だったのにインターホン鳴ったや否やすぐに玄関に走っていったでしょ。あれ行儀悪いですよマジで」

「速水さん、ワタシは口に食べ物が入っている状態で話していないのでセーフですよ」


 反省の色が見えない2人に速水は呆れたように肩を竦めた。


「なんかしょうがないなってノリ出してますけど・・・」


 少女は口を開く。


「なんでそもそも3人ともあっくんの家で御飯食べてるんですか」


 本当に呆れているだろう少女はそう3人に尋ねた。

 3人は顔を見合わせて、速水が「さっきも言ったろう」と静かに言う。


「自炊ができないから」

「金がないから」

「悪意さんの御飯がおいしいから」

「コンビネーションは相変わらずいいみたいですね・・・」


 少女はもう諦めて悪意の方を向く。

 しかし悪意も悪意で「人が多い方が賑やかで楽しいでしょ」と笑って見せるのである。悪意のことを心配してのことだったため、そういわれてしまった少女は口を閉じるしかない。


「君たちも相変わらず真面目みたいだねえ・・・んであいつに会いに来たんだろ」


 速水がそういうと悪意はキッチンからこちらへと向かい・・・。


「いつもありがとう、2人共」


 2人の手を優しく握ったのであった。

 いつものことではあるが、どうにも照れくさい。少年は「友達に会いにきただけですから、そんなお礼なんて言わないでください」と言って少女を2人、リビングから出ていくことにした。


 リビングを出るとその目の前には階段がある。

 2階へと続く階段。その上の部屋に幼馴染の少年がいるのだ。2人は階段をのぼり始める。


「さっき善くんちょっと怒ってたでしょ」

「・・・・・・・・・うん。友達のところに遊びに来ただけ・・・それなのにあそこまで大げさなお礼を言われるなんておかしいよ・・・」

「でも・・・」

「わかってる。悪意さんの気持ちもちゃんとわかってるから」


 わかっているからこそ強く言えない。

 なぜ悪意が2人にお礼を言ったのか。その理由が分からないほど短い付き合いではない。それでも少年はその態度が苦手だった。

 だって自分たちはただ友人に会いに来ただけなのだ。そこまで大げさなことをされるとまるで・・・まるで・・・・・。


「感謝されるためにここを訪れているみたいじゃないか・・・!」


 ボランティアとか同情してとかそんな理由でここに訪れているわけではない。ただ幼馴染と遊びたい、一緒に過ごしたいからここにきているのだ。

 何かそれに対して見返りがあるとその行為自体が濁ってしまうようで・・・けれど、そう考えている自分こそが一番濁っているのではないか、と考えてしまうこともある。


「今は忘れよ。私たちは遊びにきたんでしょ」

「・・・・・・うん、その通りだ」


 ある一室の前に立つ。

 この部屋が幼馴染の部屋だ。いつものようにノックをするも、中から声は聞こえない。入室許可は悪意からもらっている。というよりも・・・・・・。


「あっくーん!遊びに来たよー!」


 少女が我慢できずにドアを開け放つから許可も何もないのであった。同じ思春期の男である白髪の少年は苦笑いでそれを見守っている。急に部屋に入る行為はその年ごろの男からすれば忌むべきものなのだが、部屋の中から批判などは聞こえない。


 部屋はひどい有様だった。リビングとは違い、掃除をしていないのかあちらこちらにゴミがあり、散らかしっぱなし。机の上には飲みかけのペットボトルがいくつもあり、ゲーム機が床に置いてある。

 壁には制服、少年や少女と同じ制服がかけてあるが、長いこと着ていないみたいだ。すでに外は暗くなりつつある中、電気もつけずにテレビを見ている人物がいる。


 引きこもり。その単語がふさわしいだろう。


「・・・・・・・・」


 今気付いたかのようにゆっくり振り向いた少年は漆黒の髪色に生気のなさそうな顔。服はジャージをきてお菓子を食べながらテレビを見ている。

 どうやら寝れるスペースがあればいいらしく、まわりの散らかしっぷりには特に何も思っていないようだ。


「こんばんは」


 白髪の少年が挨拶をする。いつものことであり、部屋もいつもの有様。そんないつも通りのことがきっかけで話が動き出す。

 白髪の少年、白木善行しろきぜんこう

 普通の少女、真中中まなかあたり

 そして黒髪の少年、黒木悪業くろきあくぎょう

 そんな3人の物語。

 

よろしくお願いします。

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