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第16話 救いの手

 一言で言えば闇だった。

 布団にくるまり、前を見るも闇。布団をとっぱらっても部屋はカーテンが閉められており闇が広がっている。どこにいっても何を見ても闇。それは悪業の精神状況とマッチしていた。


 思えば逆恨みのようなもので、へそを曲げたようなものだ。

 悪業はそれこそ善行に嫌われるようなことをたくさんしてきた。自分より辛い人間が近くにいるのにその人間の前で自分が一番辛いかのように振る舞ったり、その事実を知らされた今もこうして何もしていなかったり…救えない。本当に自分は救えない人間だとそう思う。


 さらにはクロに八つ当たりをしてしまった。ただ図星だったから、だからあそこまでのことを言ってしまった。ああして生き延びることができたのも、クロがその要因の一部を担っていたからのはずなのに。

 何もできなかったけれど。

 それでも何もできなかっただけで済んだのは、きっと。

 それは精神的な意味でもそうだった。なんやかんや明るい性格のクロに引っ張られていたのだろう。


 素直じゃない。

 本当に。

 どこまでもひねくれているのだきっと僕らは。


 悪業は布団の中で目をつぶる。

 クロはここからどこへ行ったのだろう。なんでクロに対して警戒しないどころかなんだか昔ながらの関係のように思ってしまうのはなぜなのか。何も分からない。

 クロの正体も結局分からないまま。


 もう自分にはきっと関係のないことだ。

 ここでいつものようにいればいい。誰からも、救いは来ない。そんな中で生きていくのがきっと自分にはお似合いだろうと漠然と考える。


 ダメにダメが重なっていくそんな人間。

 そんな人間を助けてくれた災厄。

 どちらが醜くて化け物なのかなんてそんなこと考えなくても分かるはずなのに。


 悪業は反省をする。

 そしてその反省がさらに自分を責めるスパイラルへと突入していくのだ。些細なことも気にしない性格であればそもそもこのような状況にはなっていない。

 反省する性格が今は裏目に出ていた。


 ここは闇。

 海底。

 ただ1人漂って何もしない。

 きっともう光は差さないまま…



「やっぱり悪化してる」



 光が差したような気がした。

 物理的にも。

 布団の中にいるからいまいち状況が掴めないが、きっとカーテンを開けられたのだろう。窓から日が差し込んでおり、それが布団の中にいてもまぶしく感じる。

 いつぶりの光だろうか。

 しかしそんなことも今はどうでもいい。

 今の声は。


「真中さん…?」


 布団の中でそう答える。

 もはや布団をかぶる必要もないのだが、なんだかわからない意地で布団の中から対応した。「なんで布団とらないの…」と真中も呆れていたが、すぐに話を戻す。


「なんでここに真中さんが…」

「なんでってあっくんが心配だからに決まってるでしょ」


 まるで当たり前のようにそう言う真中。

 その声音はいつも通りで。なんだかそのいつも通りさが悪業に安心を与える。


「方法的な意味?だったら悪意お姉ちゃんに鍵をもらったんだけど」


 そういう意味ではもちろんない。

 どこかの災厄も侵入経路について話そうと勘違いしていたが、知能レベルがどうやら一緒なのかもしれない。それは褒めているのか貶しているのかは分からないが。


 悪意は最近悪性との仕事が忙しいらしくなかなか家に帰ってこれないでいた。それで弟の様子が心配だったのだろう。そこでちょうどよく真中が悪意を訪れた、ということだと推測する。


「聞いたよ、善くんのこと」


 真中は直球にそう切り出した。

 びくっと悪業の体が動く。一番触れられたくないところだった。しかしあの出来事は悪業とクロぐらいしか知らないはず。ということであれば善行が黒木の屋敷を破壊したことを言っているのだろう。


「善意ちゃん、霊印が出てそれを直すために霊脈を破壊したかった…ほんと善くんらしいよね」


 悲しそうに真中は笑う。

 違った。あの時のことじゃない。いや、そんなことよりも。

 そのことは悪業は初耳だった。なんで黒木の屋敷を破壊したのか、悪業に言った言葉は本心なのか、そればかりを考えていて善行のことなんて微塵も考えていなかったのだ。

 霊脈を破壊…霊印…悪業は気付く。霊印とは大災厄のころに多くの命を奪ったものだ。本来陽山師にはなりにくいはずのものではあるが、善意はまだ陽山師の見習い。まだ抗体ができていなかったのだろう。


 少しだけ疑問がある。

 見習いとはいえ、善行にまわらなかった分の霊力が全ていっている善意が霊印にかかるだろうか、という疑問。そういえば全ての霊力がいっているにしては、霊力が弱かった気も…もう昔のことだからか、思い出せない。


 真中もある程度の陽山師の知識はある。

 関係者以外には話せないようなことではあるものの、真中は極度に憑依されやすい体質のため、昔から陽山師と関わりがあったのだ。それでも知らなくていいことまで知っている気もするが。


「善くんはいつも優しくて…困っている人がいたら見捨てられない…それが身内ともなるとこれぐらい大きく動いちゃうのも分かる気がする」

「……」

「正直ね、私、善くんが変わってないってわかってほっとしたんだ」


 そう言いながらその場に座ったのだろう。

 悪業の方を向いて話している感覚が布団の中からでもわかる。


「善くんは昔から誰にでも優しかった…でもやっぱり知っている人のためなら本当に無茶しちゃう、そんなところが昔から同じ」


 それは真中さん、君もだけどね…と布団の中から呆れながら思う。


「私はきっとみんなに変わってほしくなかった。善くんにもあっくんにも、いつまでも3人で遊んで笑えるようにって…だから変わってしまうのが、変わられてしまうのが怖かったんだ」


 それはきっと悪業も同じだ。

 自分が一番変わってしまったからこそ、他の人間には変わってほしくなかった。いつか自分が戻った時にすぐ馴染めるように、だなんて自分勝手な理由だったかもしれないけれど。

 善行も同じだったのだろう。

 ああして悪業の元にわざわざ来て、真中と一緒に話して帰る。普通ならばそんな面倒なことすぐにやめてしまうだろう。


 人間は変わるものだ。

 変わらない人間なんていないとさえ言える。

 成長したり、大人になったり、いつまでも小さいままではいられない。壁を越える度に少しずつ擦り切れていったり、まだ知らない知識を得たり…。人生は変化がつきものなのだ。


 だからきっと変わってしまった。

 図々しくも悪業は善行にそのような考えを抱いていた。あの頃の優しい善行はもういなくて、いるのは厳しい、泣きそうな顔をした善行だけ。

 真中だってきっと絶対にどこか変わってしまっている。


「変わらない人間なんていない…変われないように生きていくなんてできないんだ…」


 悪業は小さくそう呟いた。

 自分も変わってしまった。悪性も人が変わったように仕事に熱中し始めた。悪意も忙しくなって家を空けることが多くなった。速水力野技山は黒木の出ではないのにああして重要な任務をこなせるようになった。

 いい悪いはあっても人は必ず変化するのだ。

 変わってほしくないなんてそれはきっと図々しくて無謀な願い。


「うん、そうだよ。きっと人は変わるしかない」


 そんな悪業のつぶやきに、しかし真中は笑ってそう答えた。


「あっくんも変わって、善くんもきっとどこか変わってる、そして私だってきっと」


 真中は思い出す。

 昔のことだった。上級生にくってかかった自分を助けてくれたのは悪業だった。困っている自分に手を差し伸べて、真中を救ってくれた。

 今考えれば小さいことかもしれない。悪業にはそのころから陽山師として鍛えられていたらしく、それが人を見捨てられない性格にしたのかもしれない。

 でも、悪業に助けられたこと自体がうれしかったんだ。

 そして真中は悪業を好きになって、今もこうして話していることが嬉しくて仕方ない。


 どこまでいっても恋をしていて。

 でもそれはきっと変化だ。昔はなかった。今にしかない変化。だから変わることは決して悪いことなんかじゃない。変わってもその人の本質は変わらない。そう思える。

 だって真中は恋をしていても変わらずに真中なのだから。


「もう私はあっくんに救われた頃の私じゃない」


 真中は小さい手を悪業へと差し伸べた。




「君を救いに来た」




 にっこりと笑ってそう言った。

 悪業は目を見開く。覚えていた。さすがに真中のように日にちまでは覚えていなかったが、それでもそのセリフは覚えている。

 そのころ流行っていたアニメかなんかの決めセリフだっただろうか。それを恰好つけて言っただけの恥ずかしい過去。真中にとってはそんな過去が大切でたまらない。


「次は私があっくんを救う番。私はあっくんを救えるぐらいの女の子に変わったんだから」

「あたりちゃん…」


 思わず昔の呼び名が出てしまう。

 それに気付かないほどに衝撃を受けていた。今、頬を伝っているのは涙、なのだろうか。ずっと1人でもう戻れないと、もうずっとこの闇にいるのだとそう思っていた。


 クロにも愛想をつかされ、善行にも嫌われ、父親にも顔を合わせられず、母親を殺した。もう救いなんてない。そんな人生だってずっとずっと思い込んできたんだ。

 最低な人生だから。

 どれもこれもがしょうがない。

 そう思い込んでいるだけで実際は普通の、楽しい人生にあこがれがあった。外を歩く学生がどんなに羨ましかったか。


「あっくんは心配しないで。もう私がいるから。善くんと何があったのかは分からない。でもあなたは1人じゃないよ」


 辛かった。

 当たり前のように外を歩けないことが。

 辛かった。

 誰からも恨まれているんじゃないか、と思うことが。

 辛かった。

 母親が死んだことよりもその結果自分が恨まれるんじゃないか、という恐怖が勝ってしまうことが。


「僕は…」


 布団を被っていても泣いていることがバレてしまうような震えた声だった。

 言葉が出ない。

 悪業はきっとそうやって言ってくれる人を待っていた。自分1人ではどうしようもできないこの状況から救い上げてくれる人のことを。

 1人じゃなくても2人なら。後押ししてくれるなら。


 布団の下からゆっくりと手を伸ばす。

 それは傍から見ればとてもシュールな光景ではあったものの、今の顔を見られたくない悪業はこの布団をとることができない。

 ゆっくりと手を伸ばして、真中の手に触れたときのことだった。


 ゴトン。

 何か重いものが倒れたような音がする。慌てて布団をとると目の前には前から倒れてしまっている真中の姿があった。息はしているようだが、気を失っているらしい。

 苦しそうに呻いている真中の姿は普段からは想像できないほどに元気がなかった。


「ど、どうして…」


 悪業は慌てて真中に近寄る。

 おでこを触ってみるととてつもなく熱かった。熱がでている。


「それだけじゃない」


 霊力が安定していない。

 これは霊力の暴走と似ている。それこそあの霊印が発症して苦しんでいるようなあの暴走。あれと同じぐらいの苦しみをこの女の子は耐えていたのか。

 高熱を出しても自分のことを考えず、悪業のことを心配してここまで無理して来たのだろう。布団を被っていたせいで気付かなかった。


「どうしてそんなに僕のことを…」


 とりあえず、霊力を安定させるために治療の護符を何枚か使う。

 少しはマシになったみたいだが、またすぐに霊力が暴走するだろう。陽山師でもない霊力コントロールの方法を知らない一般人の霊力の暴走はとても危険だ。


 ふと、気付いた。

 真中の手を取り、よく見てみるとそこにあったのは。


「六芒星の痣…」


 霊印。

 それがまさに真中の体を蝕んでいる。

よろしくお願いします。

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