第14話 力野と技山
速水が戦う中で善行はずっと1つのことが気になっていた。
速水は本当にここで1人で来たのか。
ということである。
最初は善行と話し合うために単身で、他の2人を巻き込まないようにと来たのだろうと思っていた。しかし、そんな甘い考えではなかったのだ。
殴ってでも止める。
気絶させてでも連れ帰る。
それなのに単身で挑むだろうか。戦い慣れていないとはいえ、こちらは大災厄を憑依させている。封印はまだ完全に解かれていないが、護符から人間へと移動させたおかげでかなりの力で戦えている。
問題は戦い慣れていない善行だけなのだ。
(それなのに)
それなのに、速さに特化した速水1人でここに来るだろうか。先ほどは押され気味だったものの、向こうからのダメージも憑依により、ある程度受け流すことができている。
このままでは速水がいつか疲れて、こちらの勝ちになるのが普通だ。
善行は腕に纏った炎をビーム状ではなく、いくつかの玉に分裂させる。それを速水に向かって一気に発射した。点ではなく、面による攻撃。たくさんの玉による散弾銃。
どれか1つにでも当たればかなりの苦しみを与えるだろうその攻撃を。
速水はそこから動くことさえなく、防いでみせた。
まず最初にやったことは手に縄を持つことだった。
実はビームを躱した際に拾ったその縄。躱した先にあったものは、そう、縄による盾。
縄を思いっきり引っ張り、先ほど善行の真上から落ちてきた漁につかう網のようなものを手繰り寄せる。縄はこの網に繋がっていたものだ。
善行は知らないが、あの網を見て漁?と判断したのは間違いである。
あれは網でもなんでもなく、捕縛の縄を使った盾。
霊力によるほとんどの攻撃を防ぐことができる盾だった。
(なに…)
善行は驚いた。
あれを盾に使ったことはもちろん、あの網のことをすでに頭の中からどうでもいい些細なこと、と捨ててしまっていたことに。
放った炎の散弾銃は盾にぶつかっては消えていく。ビームならまだしも、あれでは一発一発が弱すぎるらしい。それでも威力はあるはずなのだが…。
あの網にはまた別の護符の縄が巻いてある。
善行があの網を見て技山の作ったものだな、と判断したのもその縄に縄が巻いてあるという器用でなければできないところを見たからだ。
あれはただ補強しただけかと思っていたが…。
(そうではなくて…別の縄であの網から出る霊力や気配を遮断していたのか…)
捕縛の護符はただ捕まえるものではない。
捕まえた対象の霊力や力などを抑えて捕縛から逃れられないようにする護符なのだ。だからこそあのように盾にも使えるし、攻撃を捕縛することで威力を減らすことだってできる。
その多様さを見つけたのが黒木と呼ばれているのだが…。
(自分の護符に自分の護符を使う…そんなもの聞いたことがない!)
善行は舌打ちしながらも、今度は足に力をためていく。
体からはぱちぱちと炎をが飛び散り、それを一気に開放した。疑似速度上昇の護符である。元々護符とは霊力をコントロールする補助。今の善行は複雑なものでなければ護符なしで行うことができる。
一瞬で距離を詰めた善行はその盾に向かって炎を纏った拳を思いっきりぶつけた。
大きな音と共に網が貫通し、その炎で燃え、消えていく。
そのまま速水に攻撃しようとし、そこで気付いた。もうすでに盾の後ろには誰もいない。視界の端に何かが動いたのを捉える。速水か。
善行はそれを追うように首を動かし、速水が動いた方を見る。
しかし、そこにいたのは速水じゃなかった。
「歯を食いしばっとけ、白いの」
力野未腕。
速水チームの1人であり、力技担当唯一の女子。その人物が膨張した拳を構えてこちらを見ていた。その顔には善行に文句でもあるのだろうか、あるのだろうな。とてもすごい目で見ている。
気になるのは体に縄を巻いていることだが…なるほど。自分に捕縛の縄を巻き付け、気付かれないように潜伏していたのか。そして不要になった今、それを捨てた。
だが、遅い。
その腕に込められた力は確かに相当なものだろう。その膨張した拳の威力も相当なものなのだろう。それでも当たらなければ意味がない。
距離をとって躱そうとしたところで。
体が動かない。
「…!?」
自分の体を見ると体のあちこちから縄が飛び出ている。その縄が善行の体に巻き付くように回転していき、がんじがらめに高速した。
咄嗟に炎で燃やそうとするも、火がでない。霊力もうまく練れない。よく見るとこの縄にはまた別の縄が巻かれており、かなり補強されていた。
縄なんて見ていない。
あの網だって燃やしたはずだ。いつの間に。
「いつの間に、じゃない。最初からだよ」
力野の近くには速水がいた。巻き込まれないように距離をとっている。
そこから善行の疑問に答えるようにぽつぽつと話し始める。それとも力野の攻撃準備が完了するまでの時間稼ぎか。
「最初の顔への攻撃、そしてそのあとの乱打。全て手には技山の護符を持っていてそれをお前に触れさせていた。技山の霊力をお前にくっつけていたってことだな」
気付けば少し離れたところに技山指揮もいる。
それでも善行には何が起きたのか理解できない。
わざわざ知らせる必要はない、と思ったのかそれ以上話すつもりはないらしい。
善行は知らないことだが、技山は霊力を込めて護符を使うのではなく、自分の霊力から護符につなげることが可能なのだ。分身との戦いでは見せたものの、どうやら分身の情報は本体に行っていないらしい。
「白いの」
発する言葉は力野のものだ。
明らかに怒っている。
「真中ちゃんが心配してた。真中ちゃんはこのことを知らないけど…それでも連絡のつかなくなった白いのと黒いののことずっと心配してたよ」
その怒りはきっと自分のためのものじゃなく。
人の。
真中中のための怒りだ。
「悲しそうに、それでも笑ってまわりに心配かけないようにしてた。それを見た時から決めてたんだ。白いのも黒いのもどっちも必ずぶん殴るって」
そして。
「必ず真中ちゃんのところに連れてって謝らせてやるって」
きっとそれが今の力野の動く理由。
今までははやくいろんな任務に参加してすごい陽山師になりたいだなんて動いていた彼女が。今はそのためなんかじゃなく、自分の友達のために動いている。
「この拳をただの拳と思うなよ。いつもより確実に痛いはずだ、てめえにとっては!」
思いっきり振りかぶりそれを一直線に縛られて動けない善行に向かってぶちあてた。
あたりに響くぐらい大きな音。
それは拳に善行が当たった音でもあり、善行が何十メートル先へと吹き飛ばされた音でもあった。草木を裂き、地面を抉り、飛ばされた善行の勢いは止まらない。
近くにあった岩にぶつかってようやくその勢いは止まっている。
「がはッ…」
肺から空気が飛び出す。
衝撃により、うまく呼吸ができない。それでも五体満足、怪我はしているものの、骨などは折れていないみたいだ。手加減してくれたのか、それともこれがシロの力なのか。
『回復に霊力を回します』
そんなシロの言葉にもなかなか返事ができない。
なんとか呼吸が落ち着いてきたものの、自分の体にはまだ縄が巻き付いていた。あの衝撃を受け止めるとはさすが技山の捕縛ということか。
束の間の休みも終わり。
縄を引っ張られてずるずるずるずるとまた先ほどの場所へと戻っていく。
「まるで拷問だな…」
これがあの3人の本来のやり口。
速水で起点を作り、技山で捕縛、あとはひたすら力野で殴り続ける。気絶させてでも連れて帰る、とは冗談でないらしい。
引きずられながらも思わず頭を抱えそうになる。捕縛されているのでできないが。
しかし、やはりこの3人、均等な役割ではないらしい。
基本的にはどの人間も欠かせないみたいではあるものの、やはり要となっているのは技山だ。この捕縛さえなければ残りの2人はうまうこと倒せるような気がする。
(一か八か…いや、技山さんのあの体型ならもっとある…)
本当はここで使いたくなかったけど。
そう思いながらも引きずられていく。その目は敗北者のそれではなく。むしろ相手を憂うような目で。この選択はきっと冷静ならばしなかったであろう選択で。
今の善行はそれさえもわからない状態だった。
しばらくひきずられていくとそこにはまだ3人がいた。
敵、と認識しているものの、善行のことが心配だったのだろう。善行の姿を見ると安心したように静かにため息をついた。
「この馬鹿、加減をしらねえからひやひやしたぜ」
速水は肩を竦めている。
「憑依されると頑丈になるもんだな」なんてのんきなことを言いながら、こちらを見ていた。善行はそれを一瞥すると、すぐに目を閉じる。
3度しか使えぬ大技。
対人攻撃ではなく。
対物攻撃であるからこその隙の多さ。
本来は霊脈を破壊するためのものであるそれを。
善行は。
災厄となりつつある人間はヒトに向ける。
一番問題なのはそれを当たり前と思っている善行自身。
自分が災厄に影響されているという自覚のない、その行動。
「あん?どした手を伸ばそうとして…」
さすがは速水といったところか。
縛られて動けない善行は手を伸ばすことができず、手の平を技山に向けることしかできない。そんな些細なことを速水は見逃さなかった。とはいえ、さすがに善行が今から技山を確実に殺す一撃を放とうとしていることはわからないみたいだが。
それもここまで。
善行の手にすさまじい霊力が集まっていく。
「な、なに!?」
力野もその異常さに気付いたようだ。
力野だけではない、速水も、遠く離れている技山も。
「ちっ…技山!!避けろッ!!」
速水は狙いに気付いたみたいだ。
手に集まった霊力は凄まじく。縄が巻き付いているにも関わらず、その力は増していく。この一撃は霊力に縛られず、大災厄であるならば何があろうと放てる反則級の一撃。
あまりの霊力消費量と負担により、3度しか使えぬその技の名は。
「絶…」
『善行!』
それを言う前に。
体の中から声が響いた。落ち着いた綺麗な声。そんな声はいつもと違い、大きく張られている。とはいえそれでも美しさは全く消えない。
惜しむべきことはこの声が、この美しい声は善行にしか聞こえないということである。
その声と共にカチリ、と何かスイッチが入ったかのような感覚。
『あなたは白木の屋敷を襲撃した際にすでに一度その技を使っています。いえ、そうでなくとも、その技をただの1人の人間に向けて使うなど無意味でしょう。あなたはそれを使わなくても人1人ぐらい、いえ、それ以上に消すことができるはずです』
「そう…だった…」
冷静になる。
縛られ、思いっきり殴られた拍子に何かどこかおかしくなっていたのか。冷静さが欠けていた。しかし、その冷静さとは別に災厄、シロがどんどん体に馴染んでいくのを感じる。
今までは護符に封印されているよりはマシ、程度に善行の体を使っていた。それが今の2度目の対物攻撃を行おうとしたときにだろうか、より霊力が馴染みだし、今では、もう。
そして、一番の障害だった善行の無意識による拒絶。
自分が人間でいたい。
人を殺せない。
そんな人としてあたりまえの拒絶が、人を消す気で攻撃しようとした瞬間に消え失せたのだ。
「善行…?」
速水が心配そうに善行を見る。
それでも距離をとっているあたり抜け目がないと言うべきか。
善行は自分に巻き付いている縄を見た。
実は捕縛の護符は災厄よりも実体を持つ人間などの物体の方が効きやすい。実体のない災厄に対しては霊力を抑えることで捕縛するが、人間など実体には霊力を抑える上に物理的に縄で縛りつけているという2重の捕縛効果があるからだ。
実体のない災厄には効かない2つ目の捕縛の意味。
善行はそれ故にこの縄をほどくことができない、正確にいえば殴られて戻されてとほどく時間が全くないといったところだが。
「…」
軽く力を込める。
それだけで縄が青い炎により燃え始め、捕縛から逃れた。一瞬。一瞬の出来事だった。まるで人間からも脱却してしまったのではないか、と。そう思わせるほどの。
(いや、まだ人間だ…!)
こんな時でも速水は善行を助けようとしていた。
これ以上踏み込んではだめだ。これ以上行かせるわけにはいかない。陽山師としても、善行の昔からの知り合いとしても速水はさがるわけにはいかないのだ。
いつものように護符を出し、再び挑もうとしたはずだった。
「…」
善行が速水を見る。
それだけでわかった。善行は本当に向かってくる人間を殺すつもりだ。このまま挑めば自分は確実に死ぬ、と。
「行こうシロ。もう戦う気がなくなったみたいだ」
『消さなくてよいのですか』
「俺の目的は霊脈の破壊だからね。人を殺す必要なんてないんだ」
矛盾。
人を殺せるようになった男の殺さないセリフ。
それはひどく不気味だった。自分の中でも安定していないような、ちょっとしたことで何かが爆発しそうな、そんな感じがする。
「2日、2日待ちます。それ以上は恐らく陽山師が動き出してしまう。だから2日まで。その間に伝えてください。待っている、と」
誰に伝えればいいのか。
それは言わなかった。でも、なんとなく速水にはわかる。善行はきっと霊脈の破壊と同じぐらい大事な別の目的があって、それは今シロの手助けがある状態でしか叶わない。霊脈の破壊後ではこの白の禍津が善行の目的を手伝ってくれるかはわからない。
だからこうして2日待つ、とバカ正直に伝えたのだろう。
恐らく、霊脈を破壊するために必要な準備時間でもあるのだろうが。
「一応襲撃の時には伝えといたが、悪性さんはどうすんだろうかね」
速水は小さく呟いて。
そのまま山を登る善行を見ながら、小さなため息をもらした。
〇
真中中は唸っていた。
この間、スーパーで会ったときには元気そうだったはずなのに、今度はもう電話すら出ない。悪意の話によると生きてはいる、とのことだったが最近悪意も家に帰っていないらしく、お互い心配事を吐き出して終わってしまった。
生きてはいる。
その報告をきいて安堵した。
それさえも不安だったのだ。
何があったのかなんてわからない。もしかしたら自分とは本当に全く関係ないことかもしれない。それでも放っておくことなんてできないのだ。
(それに…)
善行とも連絡がとれないのだ。
学校にもしばらく来ていないみたいだし。今までこんなことはなかった。善行の家に電話しても誰も出ない。何やら善意が入院したとのことらしく、それでみんな忙しいのかもしれない。
だとしても一法ぐらいあってもいいようなものだが。
「うあー」
唸っても意味がない。
そうはわかっているものの、これは止められないのだ。
「おばさん…」
思いを馳せるは過去。
それはまだ黒木善人、悪業の母が生きていた時の記憶。
よろしくお願いします。