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第11話 白木善行

「これは霊印だ」


 善行は妹の善意の手にあった不思議な痣について叔父に聞くとこのような返答が返ってきた。正確に言えば、電話をした後すぐのこと。夜遅くまでかかる予定を切り上げて帰ってきた叔父が一番最初に言った言葉がこれだった。

 妹はもう寝ており、これらの話は聞かれていない。しかし声は抑えて妹の寝室から2部屋離れた部屋で善行と叔父は話しているのだった。


「霊印...?」


 善行はその言葉に聞き覚えがなかった。本来白木の生まれである善行は陽山師として知っていなければならない用語ではあったものの、とある事情から善行は陽山師の勉強を小さいころからやめている。

 その反応を見て、叔父は善行を慰めた。


「別にお前の勉強不足じゃないさ。そもそも霊印は毎回同じものにはならないんだ。今回は六芒星の形をしていたが、三角形ということもあったし、他にも例はたくさんある。陽山師でも普通の痣と見分けるのは難しい。遠目から見たら本当にただの痣なわけだしな」


 そんな慰めをきいても善行の顔色は優れない。

 善行は今、自分の力不足だとか勉強不足を気に病んでいるわけではない。速水との戦いで少し思い出してしまったが、それでももう陽山師に関しては過去のこと。顔が青ざめるほど思い悩むようなことではない。


 善行は単純に。

 そして一番大事なこと。


 妹は助かるのか。


 これについて聞きたかったのだ。

 その気持ちを知ってか知らずか叔父は口を開き、おもむろに話し始めた。


「善意が助かるかは五分五分だ」

「五分...!」


 予想よりも少ない数字。

 さっきもそして寝る直前もいつもと変わらず元気があった善意。そんな善意が助からない可能性があるだなんて考えられなかった。そして考えたくなかったのだ。

 母親と父親を亡くした今、残された家族は妹だけ。その妹さえも失ってしまえば...善行は...。


「そもそも霊印自体珍しいものだ。原因は災厄の放つ瘴気」

「瘴気!?それって...」

「ああ、大災厄並みの災厄だけが放つことができる...人間に害を与える瘴気だ。災厄がそこにいるだけで発生するものではあるが、ここまで人間に害を与えるのは大災厄レベルでなければ無理なんだ」


 瘴気とは気のようなもの。霊力とは別でその場にいるだけで災厄から発生する。普通は人間にも無害だが、大きなものになると命を奪うような状態にさせるものもある。

 そして一年前と少し前。大災厄が現れた時、多くの人間が発症して問題になったことがあったのだ。訓練を受けている陽山師はかかりにくいが、そうでなければ耐性がほぼないことになり、瘴気を吸い込んだ結果死に至ることもあるということだった。


 瘴気は気のようなものではあるが、無限に広がっていくわけではない。ある程度ばらまける距離というものが決まっている。すなわち、その瘴気を発生している災厄が近くにいることになる。


 しかし、善行はそんなことどうでもよかったのだ。

 災厄が近くにいようと、何をしようと妹は奪われたくない。妹を守るということには変わらない。


「どうすれば...助かるんだ...」


 善行に陽山師の知識はほとんどない。護符を持っているもののそれは簡単で弱いものばかりで、陽山師になれなかった今、所持を許されている理由は哀れみ。同情。

 何もない。

 この件で出来ることは何1つない。もうすでに戦力外通告されているようなものだ。善行は拳を握る。妹が、今残されている唯一の家族がこんな目にあっていてなぜ何もできないのか。自分で自分を責め続けた。


「手は1つだけあるにはある」

「!?そ、それは...」

「霊脈を壊すことだ」


 霊脈。

 人間に霊力を供給する土地のことを指す。主に山が霊脈になっていることが多く、ここの地域では霊山という山がその霊脈になっていた。

 陽山師の力の源であり、災厄からすれば邪魔にしかならないものである。


「霊印は災厄の瘴気がきっかけで起こるものだ。そして一度霊印が出てしまえばもう瘴気は関係ない。スタートに影響を及ぼすだけ。じゃあ、なぜ霊印が持続するか、それは霊力が関係している。瘴気によって現れた霊印はその宿主の霊力を食って持続するんだ」

「霊力を...」

「ならば遮断すればいい。体の霊力を使い果たしてしまえばそれは持続できず、徐々に弱まっていき...そして消えるというわけだ。しかし、普通はできない。使い果たしても霊脈が供給するからだ」


 善行は考える。

 もし、自分に霊脈を。あの霊山を破壊することができれば妹は助かるのだろうか、と。あのでかい山を破壊する手段なんかもちろんないが、もし破壊することができたなら。

 いや...ダメだ。無謀すぎる。

 まず、陽山師がそれを阻むだろう。その時点で自分は処罰確定。なんなら処刑されて命を落とす可能性もある重罪。もちろん善行1人ではここの地域を守る悪業の父、悪性1人にさえ勝てない。

 そしてもう1つ。霊脈を壊すということは陽山師に力が供給されないということ。この地域の陽山師はいずれ絶え、そして災厄に明け渡すことになる。

 1つの地域ぐらい明け渡しても...そう善行は思ったが。


「善行。何を考えているのかなんとなくわかるが、それはやめておけ」


 叔父が釘を刺した。


「もし、善意を助けようとして霊脈を破壊すればここらへん一帯は災厄のものになる。もちろん、避難なんか間に合うはずもなく、陽山師も助けることができないまま、ここが災厄の拠点となるんだ」

「......」

「1つの地域だけ...では1つの地域も明け渡していない今、我々は災厄に圧勝できているか?」


 善行は何も言わない。

 わかっている。大災厄はもちろん、少し前にあった鯨の災厄に関してもギリギリ、悪性が参加してなんとか勝てたと聞いている。今でも人類はギリギリで勝てているだけなのだ。

 それがこの地域を拠点として明け渡すとどうなるか、考えるだけでも恐ろしい。ここで力をつけた災厄が何をするのか。そんなの火を見るより明らかだ。


「その行為は大量殺人と同じだよ」


 叔父は厳しく言い放った。

 もちろん、善行が嫌いなわけではない。叔父と叔母は自らが善行と善意の預かり手になると立候補したぐらい2人のことが好きなのだ。

 叔父も善意が危険な瀬戸際で、何かしてやりたいという思いを殺している。ここで自分が冷静にならなければいけない、そう分かっているからだ。


 善行を止めるという役目もまた、今冷静な叔父の役目であり、そして親代わりとして育ててきた叔父の役目であった。善行が顔を上げるとそこにはいつもの善行の姿があった。


「大丈夫。そもそも俺は弱いから、霊脈を壊す手段さえないって」

「いや、叔父として釘を刺しただけさ」


 その様子に叔父も安堵する。


「大丈夫だ、善行。なんとしても俺が他の手段を探し出してみせる。それまで待っていてくれ。お前には善意を励ますという役目がある。任せたぞ」

「当たり前。俺は兄だからね」


 そういって笑うと、叔父は部屋から出ていき「さーてと晩御飯食べるかなー」といつもの様子で食卓へと戻っていった。

 しばらくして善行は思わずため息をつく。


「隠すのがへたくそすぎ...叔父さん震えてたじゃないか」


 きっと善行と同じぐらい辛いのだろう。そして何もできない自分に腹が立っていたはずだ。それは現役の陽山師である分、善行よりも強く。

 霊印。それが妹をおかしくする原因。瘴気とかなんとか言われても善行にはよくわからない。そして、善行には何もできない。慣れていたことではあるが、どうすることもできないのだ。


 霊脈を破壊するために近付き、そのまわりにいる陽山師を排除。

 霊脈を破壊。


 関門はざっと考えて2個。だが、失敗すればただの無駄死に。処刑は免れないため破壊しても自分は死ぬ。自分の命が惜しいか。それはもう分からなかった。

 歯を食いしばる。

 きっとこんな時、悪業であれば。そんなことが頭を過る。


 悪業が真中を助けた日、公園での出来事。実は善行はあの場にいたのだ。真中を助けられるような位置に。それでも足は動かなくて、ずっと隠れていた。

 その時初めて自分は弱い人間なんだということがわかってしまったのだ。そんな自分とは違い、颯爽と現れて助けた悪業。もし、悪業と善行が逆であれば今、どうなっていたかという最悪な想像はかろうじてしたことがない。


 もし、悪業であれば善意を救えたのだろうか。

 助けを求めれば助けてくれるだろうか。

 いや...今の悪業ではだめだ。助けを求めるなら悪性...そのあたりの人たちには叔父が連絡するだろう。やはりやることなんて何もない。


『そうとは限りません』


 綺麗な女性の声だった。

 凛としていながら、女性らしさのある声。しかし女性の姿は見当たらない。というかここは善行の部屋。叔父が出て行って叔母がまだ仕事中の今、家には善意しか女の子がいない。

 あたりを見渡してみるも何も見当たらず、幻聴かなんかかと思った時だった。


 机に見覚えのない護符があった。

 真っ白で透き通るような色。もはや透明とさえ言えるであろう澄んだ白だった。不思議な色。さきほど速水とゲームをした時に護符を使ったので残りを整理していたのだが、その時にはこんな護符なかったはずだ。

 ありえないそう思いつつもその護符を手に取ってみる。


『ようやく気付いてくれましたね』


 護符が話した。

 聞こえてきたのは先ほどの綺麗な声だ。


「な...どうして...」

『先ほど、護符を使って戦っていたときに入り込んでみました。それにこの紙という形状ならばこの家に入り込める隙間なんてたくさんあります』

「そういうことを聞いたんじゃないんだけど...」


 聞いたことと少しずれたことを答える護符。

 なんで護符が、という疑問はすぐに消えることとなる。護符が自己紹介を始めたのだ。


『私は災厄シロ。訳あってこの護符に封じられている災厄です』

「災厄...!」


 すぐに臨戦態勢に入る。

 今すぐに叔父を呼べば間に合うだろうか。自分では何もできないかもしれないが、今も近くの部屋では妹が寝ているはずだ。もうこれ以上、悪い状況にはしたくない。

 近くにあった護符を手に取り、そして護符に話しかける。


「あなたを今すぐ白木に渡します」

『その方がいいでしょう』


 返ってきた言葉は予想外のものだった。


『災厄は存在しながらにして害。私もそのような性質はうんざりだと、自らこうして封じられました。私を明け渡した方がよいのは確実。それはもはやわかりきったことです』

「じゃ、じゃあ...」

『あなたには助けたい人がいるのでしょう』


 唐突だった。

 しかし今の善行にこれ以上効果のある文言はない。一瞬驚いたものの、「うん...」と力なくうなずいた。さっきから机の上にいたということは先ほどの話も聞かれていたのだろう。


「善意を助けなければいけない」

『私ならばあなたに霊脈を破壊する力を与えることができます』

「......」

『罠だ、とそう思っているのですね』


 その通りだった。

 こうして善行に霊脈を破壊させ、災厄たちの拠点を作る。人の気持ちを利用したえげつない、それでも確実な罠の張り方である。


『もし、罠だとしてもあなたにはこれにのっかるしか、助ける手段がないのではないでしょうか』

「でも...」


 もしかしたら叔父が何かを見つけてくれるかもしれない。その言葉は飲み込んだ。大昔からある霊印。それなのに今でもなお、解決の方法が霊脈の破壊しかない。それは叔父がここ数日調べただけで新たに見つかるものなのだろうか。

 善意はいつまでもつのか、確実に1年だってもたない。1月ももつかはわからないのだ。


「俺は...」

『迷う時間すら惜しい、そうですよね』


 その時、ドアがゆっくりと開いた。

 そこにいたのはパジャマ姿の善意だ。どうやら目が覚めてしまったらしく、枕を抱きながらこちらを見ている。善行はすぐに笑みを浮かべ「どうした」と優しく問う。


「もしかして起こしちゃった?」

「ううん、ただなんか不安になっちゃって...」


 不安。

 その言葉に思わず善行の顔が引きつる。


「不安なんて何もないだろう?叔父さんもその痣は問題ないって言ってたし」

「でも叔父さん一瞬怖い顔してたし...お兄ちゃんも...」


 そこで気付いた。

 浮かべていたはずの笑みは消え、善行の顔には何も浮かんでいないことに。笑みも悲しみも何もない。恐ろしいほどの無の感情。笑っていたと思っていたのだが、思った以上にダメージを受けていたらしい。


「私...死んじゃうのかな」

「そんなこと...あるわけないだろ、もし悪い病気でも俺が助けてやる」

「...ダメ...お兄ちゃんすぐ無理をするから…心配してくれるのは嬉しいけど...お兄ちゃんも心配だから」


 そういって少し意地悪く笑う善意。

 死んじゃうのかな...その問いが善行の中で何度も響く。泣きそうだった顔はもうなく、今はけらけらと笑っているが、それはきっと強がりだ。

 兄に心配をかけまいと、無理をする兄に無理させまいと、善意は無理をしているのである。


 そしてそれに気付かない善行ではない。

 きっとどれも本当なんだ。泣きそうなぐらい不安なのも、善行のことが心配なのも全部。この妹はこんな時にも自分ではなく兄の心配をしているのだ。

 善行は拳を強く握る。血が滲むほどに強く。


「無理はしない程度に頑張るよ、明日も学校なんだろう?もう寝なきゃね」

「うん、おやすみお兄ちゃん」


 最後に妹を部屋まで送り届けて、また先ほどの部屋へと戻る。

 握った拳は今もなお、握られたままで、そこからは善行の気持ちがあふれ出しているかのように血が流れていた。善行の顔にあるものは無ではない。決意だ。


「シロ」

『おかえりなさい。どうしましたか』

「霊脈を破壊する」


 こうして善行はたった1人の妹のために、全てを敵に回す覚悟で行動に移すことになる。






「......」


 真っ暗闇。

 何もないわけではない。しかしそのほとんどが荒らされており、部屋はぐちゃぐちゃだ。その部屋の真ん中に大きな布団があり、もぞもぞと布団が蠢いている。

 カーテンは閉められており、光が一切ない、そんな部屋になっていた。


 ここは悪業の部屋。

 あの後、寝て起きたらそこは病院のベッドの上だった。最初はなんのことやらわからなかったが、次第に思い出していくと共に声が出なくなり、そしてそのまま逃げだしてすぐに部屋へ。それから病院へ戻れというメッセージを無視しながら日々寝て過ごしていた。


 いつ、食事をしただろうか。

 いつ立ち上がっただろうか。

 悪業は考える。


 結局は自分の考えた通りだった。自分は恨みを買っていて、情けない姿にイライラしている人物がいる。そんなのわかりきっていたことだ。本当に長いこと引きこもっていた。少しあたりが強い程度のことは我慢するつもりだった。でもそれが仲の良い幼馴染がそう思っていただなんて。


 真中さんなら。

 善くんなら。


 そんな便利な言葉を何度も使うことがあった。みんなが見捨てても彼らがいる。僕は1人じゃない。そうやって情けない安心感を得ていた結果がこれだ。

 悪業は思い出して、泣きそうになる。


 それでもそんなことよりも、悪業を殺すと言った、その一言が一番ショックだった。

 その殺すは目的のためなのか、それとも悪業が憎いのか。そんな違いに意味はない。事実そのものが悪業にダメージを与えていた。


 今日も変わらず悪業は思考の海に沈んでいく。

 そして何も考えなくなり、眠りにつく。それの繰り返しだった。


 ピピピと電話が鳴る。

 もうしばらく使っていなかった携帯の鳴る音だった。手すら伸ばさない悪業の代わりにクロが携帯の画面を見る。


『おい、悪業。真中とかいうやつから連絡が来てるぞ』


 反応はない。

 あの後からずっとこうだった。話すこともせず、こうして布団に潜り込んでは何もせずに過ぎていく。あれから真中が訪ねたりもしたらしいが、一度も会っていないらしい。というか悪業が追い返しているのだが。


 姉の悪意がいればそうではなかったのかもしれないが、今は何やら忙しいらしい。父の悪性と共にここ何日も家に帰ってきてはいない。

 恐らく、考えられることはここにいるクロのことか、それとも善行が連れていた災厄のことだろう。あの災厄、善行が言うにはその分身しか見ていないが、その分身もとてつもない霊力を持っていた。


 悪業は恐ろしかった。

 善行だけではなく、真中にも嫌われているのではないか、ということが。その真実に目を向けることが。そしてそれを考えることさえも。


『おい、なんかしゃべったらどーだよ。俺はもう暇してんだよ。というかお前こいつに連絡返さなくていいのか?』


 クロの言葉に反応する様子はない。

 ちっ、と舌打ちしてクロは言う。


『情けねーやつ』


 そんな部屋とは場違いな声が響く。

 とはいえ、響いているのは悪業の中、でだ。クロは今日も護符の姿で封印されている。

 クロは護符から悪業の様子を見て呆れていた。


『殺すって言われたんならお前も殺せばいいだろうが。あの時、なんで躊躇した。もう少しで死ぬのはお前だったんだぞ』

「......」


 あれから数日後。

 クロのこのセリフは何回発されただろうか。そしてそれに沈黙で返す悪業も。こんなやり取りともいえぬやり取りを何回も繰り返していた。

 悪業は布団にくるまって顔も見せようとしない。


 ショックと久々に動いた疲労で倒れた後、てっきり回収されていると思ったクロは悪業の手元に残っていた。クロの護符は色が黒いということ以外は普通の護符と同じ。他の護符と混ざってしまえばちょっと色の変わった護符程度でまさか中に入ってるのが災厄だとは思われまい。

 と、クロは考えているのだが。

 単純に悪業の手当てをしたのが下っ端だったのだろう。悪性クラスには隠すことさえできないはずだ。


『おい、いつまでそうしてるつもりだ。いい加減布団から出ろよ』

「......」

『お前がそこにいて何か解決するか?』

「......」

『ほんと情けねーやつ』


 いつものように呆れて言う。

 ここでいつもは返答のないはずの悪業。しかし、このときはなぜか違った。


「情けない...そんなの...僕の気持ちなんてクロに分かるはずないだろう...」


 弱弱しいが強い意志が感じられる声。

 数日しゃべっていなかったからか、悪業の声は少ししわがれていた。


『あ?そりゃあ俺はお前じゃねえからな、こうして情けなくうずくまっている理由なんて知らねえよ』

「...そうじゃない。君には分からないだろう...友達に裏切られる気持ちが...」

『裏切りっつーには図々しい気もするがな』


 クロは冷たく言い放つ。

 それに悪業は返せなかった。


『んで、その友達に裏切られたお前はこうして布団に隠れて何がしたい?何もしたくねえならしたくねえで普通に過ごせばいいだろうが。元からお前は陽山師じゃないんだろ』

「......」

『こうして分かりやすい形で落ち込んでいれば誰かに気にかけてもらえるとでも思ってんのか?甘えてんじゃねえぞ。てめーのことは結局てめーでなんとかしなきゃならねえ。助けっつーのは補助であって主ではねえんだよ』

「クロには...災厄であるクロには分からないよ...」

『何度目だ。それ。お前がしゃべらないんじゃあわかるわけねえだろうが。相談されても俺の答えはただ1つ、相手に殺される前に殺せ。関わりたくないなら普通に過ごせ。それだけだ。弱いてめーにはそれさえもできないのかもしれないけどな』

「クロには!!!!!」


 大声。

 どれだけ久しぶりにこんな声を出しただろうか。そんな思考より先に感情が爆発する。


「君には分からない!君は災厄だ!人間じゃない!僕たちとは違う化け物だ...!だからそんなことが言えるんだ!何かあったらすぐ殺せ、そんなの人間の思考じゃない...化け物に人間の僕の気持ちが分かってたまるかよ!」

『かっ!何言い出すかと思えば泣き言じゃねえか。わかってもらえないから異端呼ばわり。そりゃまあ、本当に人間らしい思考だな。化け物の俺にはそんな醜い思考考えつかないぜ』


 クロは器用に護符で窓を開けた。

 外はお昼なのかとても明るく、外には談笑している人物だって見える。


『もううんざりだ。お前の面倒なんかこれ以上見てられねえ。じゃあな、ここで永遠に自分の気持ち第一に優雅なひと時でもおくってくれ』


 そういうと窓の外へと飛び出していく。

 もちろん、悪業も止めない。そもそもクロはいなくて普通。クロを引き渡さないという契約はしたものの、それはクロが勝手にどこかへ行くのを引きとめる契約ではない。

 こうしていとも簡単に、いや、元から繋がってすらいない関係は切れることとなった。


 そして悪業は、本当に1人となった。


宜しくお願いします。

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