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第9話 速技力

 大災厄。

 一目見ただけでわかる。体は小さく、不完全。まだ封印から解かれたばかりなのだろうか。いや、というよりも…。速水はそういう印象とは別の何かを感じていた。

 そう、封印から解かれたというよりも、身体の一部を切り取って…まさに体の一部だ。そんな感じがする、と瞬時に判断していた。


「悪業」


 言い放つ、と言ってもいいほどに冷たい声。

 それはきっとあえて突き放すようにしたのだろう。


「お前はいますぐ逃げろ。それぐらいの時間は稼いでいられる」


 理由はわかるだろう。簡単だ。

 悪業は戦えない。無力だ。お荷物なのである。もちろん、悪業を気にせず戦うこともできるだろうが、それはすなわち悪業の死を意味する。今、悪業は1人では何もできない。

 

 そして。

 戦えたとしても。


「…」


 体の震えはもはや止まらず、動くことすらままならない。

 戦えたとしてもこれでは結局足手まといにしかならないだろう。


「黒の禍津、聞こえているだろう。悪業を頼む」


 速水はそういうと力野と技山を見る。

 静かに頷いた。携帯を操作し、ここに大災厄がいることを黒木の人たちに送信。これで手があいているものがいたらこちらに駆けつけてくれるだろう。

 護符を触る。

 足りる足りないとかの問題ではない。きっとこいつには何枚護符があろうと変わらないのだろう。


「捕縛、急急如律令」


 技山が護符を投げつける。霊力でできた縄が大災厄に絡みついていく。これが技山の最も得意な護符だった。技の技山と呼ばれるように捕縛系の護符で相手を足止めする、そしていければそのまま倒せる。この3人の中で唯一個人としても活動できる実力があるのだ。


「走れ!悪業!」


 きっとこの隙しかない。いや、隙ですらないこの僅かな時間に逃がすしか。しかし、悪業の足は動かない。震えてそれどころではないのだ。速水はそれでもなんとかしようと時間を稼ごうとするが。


『死なせねえよ、いくぞ!』


 黒い護符が悪業の腕に巻き付き、そのまま引っ張っていった…ように見えた。護符が勝手に動くところなど見たこともないが、あれが恐らく黒の禍津。どうやら悪業を逃がしてくれるようだ。ダメ元で言ってみたが、助かった、と速水は思う。

 その流れにのれてきたのか、動かなかった足も次第に動くようになり、悪業はこの場から走り去っていった。その様子を見届けて、大災厄へと向き直る。


「今の間に一歩も動かないとは…相当なめられてるみたいだな」


 大災厄に巻き付いていた縄はもうない。

 とっくに自由の身だというのに大災厄はその場から一歩も動いていなかった。じっと速水たちを見つめている。


「いや…これは逃がしてくれたっつーよりも…この装束に反応しているのか?」


 速水たちが来ているのは黒木の陽山師ならば全員が持っている装束。袴を動きやすく改造したかのようなその黒い服をじっと見ている。きっとこれは黒木の陽山師を狙ったものなのだろう。

 逆に言えばこの装束にしか反応できていないということになる。

 やはり、こいつ自身が大災厄なのではない、分身のようなものなのだろうか。おぞましさはあるものの、あの時のような強い霊力は感じられない。


「速水さん、どうします?」

「ワタシたちにできることなんて限られてますからねえ、やることはもう決まっているようなものですが」


 そう、この3人。できることには限りがある。

 1人1人が1つだけに特化しているため、人より多くのことはできない。だからこそ、迷いがなかった。できることは1つだけ。選択肢が減ることは必ずしも悪いことではない。

 3人は護符を手に、いつものように戦闘を始める。


「速度、急急如律令」


 速水は1つギアをあげた。

 それでも十分に速い、大災厄に近づきすぎず、離れすぎない距離を保ちつつ、あたりを走り回る。隙があれば護符をぶちこもう、そんな単純な作戦を実行するためにフェイントをかけたりしてみるも…。


(こいつ全然動じない…)


 目はひたすらに速水の方を向いている。フェイントにもひっかからず、ただただひたすら速水だけを。それでも何もしかけてこない大災厄を不思議に思いながらもまたフェイントをかけようとするが…。

 ゾクリ。

 嫌な予感が速水に走る。


「捕縛、急急如律令!」


 後方からの支援。

 またしても護符から出た縄が大災厄を襲う。ただし先ほどとは違う。今回投げられた護符は5枚だ。一枚の護符から5本の縄が出る。すなわち合計25本の縄を操るわけだ。

 本来ならば2本の縄を操るだけでも難しい。ある程度の訓練はするものの、それは右手と左手で別のことをするようなものだ。


 それを技山は25本同時に操っている。

 黒木の名を冠す、本家の中でもここまでできるものはとても少ない。

 その縄がどんどん巻き付いていき、動きを止める。だが。


「!?」


 驚かざるを得ない。

 それでもこの災厄はこちらから目を離さない。隙が無い。隙を作ったはずなのに、それでも隙が無い。ひたすらにこちらを仕留めようとしているのか。

 ただ、そのおかげで速水はなんとか距離をとることができた。


 小さく、まだ弱い。

 そもそも実体化できない状態で人間に攻撃することはできない。ここには憑依できるような人間もいないみたいだし。この戦い、勝つことはなくとも負けることもない、そのように考えていたのだが。

 きっとそれは正しい。

 先ほどからこの分身は攻撃をするでもなく、ただ見てるだけ。それだけなのに。


「参ったな…」


 速水の手や足が震えていた。

 かいているのは冷や汗か。


 霊力の乱れ、というものがある。

 過去に大災厄が現れた時に起こりやすい症状で、陽山師のようにコントロールするような訓練を受けていなければその乱れがそのまま死へと繋がるのだ。

 霊力は普段使われていない。だからこそ、その乱れと言っても軽視される傾向にあるのだが、大災厄の出現により乱れた霊力は牙を剥く。


 災厄の霊力は人とは少し違うのだ。人は自然から取り込み、自分では生成できないが、災厄は自分で霊力を生成する。似てはいるが、その霊力は人間の体に馴染まず、拒否反応を示す。

 体を満遍なく流れていく霊力がぐちゃぐちゃになり、逆流や体の一部を流れる霊力が過多になると風邪のような症状の末に死んでしまう。


 すなわち、実体化できない災厄が唯一人間に与えることのできる害、それが霊力の乱れ。

 通常の災厄程度ではどうもならないが、大災厄となればまた違う。


 なんて理由をつけてみたものの。

 きっとまだこの災厄はそんなことができるほど回復していないはずだ。この霊力の感じ、それでも普通の災厄よりも強め、というのが驚きではあるものの、この程度ならそんなことはできない。


(そうだな…これはきっと単純に)


 速水は静かに認めた。

 これは俺がびびってるだけだ。勝手に。相手を見ただけで戦うのが恐ろしくなる。ただそれだけのこと。それだけのことが心に響いてくる。


「技山!」

「捕縛、急急如律令!」


 技山の投げた護符からいくつもの縄が現れ、それが編み物のように編まれていく。できあがったものは縄で出来た盾。四角く集まった縄にも捕縛、すなわち霊力をとどめておく力が宿っており、霊力攻撃ならばまず防げる代物だ。

 速水は素早く、技山に近づき、「もっと離れてろ」と伝えた。盾を構えながらまだ縛られている災厄に向かって少しずつ歩き出す。


 技山が後方に下がったことを確認し、相手から攻撃をしてこないことに気付き、自分も盾の後ろから出ていく。

 速水がやることは単純だ。

 びびってようがなんだろうがやるしかない。自分の足を思いっきり叩き、気合を入れて災厄の近くをぐるぐる動き出す。囮だ。


 基本技山は後方支援だ。そのため後ろから縄を飛ばす係であり、動きは最小限。戦いによってはその場から動かないことさえある。

 それがこの体型の秘密でもあるのだが。だから自然と動くのは速水の担当になっていた。


 速水はさらにもう1つギアをあげて、一瞬で距離を詰める。相手はまだビームを出した直後だからか、それとも速水の速度についてこれなかったからか、こちらに顔を向けることさえしない。

 横から近づいていた速水は念を入れてステップ。大災厄の真後ろへと移動する。


「はああああああっ!」


 霊力を込めた拳で禍津を殴りつける。厳密に言えば殴っているわけではなく、直前で拳を止め、自分の霊力を打ち込んでいるわけなのだが。

 強力な災厄の霊力が人間に害なように、人間の霊力もまた災厄には害である。しかし、基本的には自然から取り込んだ霊力をそのまま使っているため、ダメージを与えるような害にはならず、霊力を取り込む過程で害はなくなってしまう。


 だからこそ護符を使い、きちんと攻撃になるように調整しているのだ。

 今回の速水の攻撃は護符を通したものではなく、護符を使ったとしても速さ一点特化のため、そこまでのダメージにはならない。では、速水は命がけで何をしたのか。


「これは技山にしかできない『技』だ」


 先ほど速水が一撃打ち込んだ場所が青白く光り出す。その光は一本の糸のように伸びており、まるで犬のリードのように大災厄の首に。そしてもう片方は技山が持っていた。

 速水が打ち込んだのは自分の霊力なんかではなく、技山の霊力を込めた護符であった。


「捕まえました」


 そう技山が言うと同時にその青白い光が縄へと変貌していく。そして首だけではなく、体のあちこちに巻き付いていき、大災厄の全てを覆う量の縄が気付けば巻き付いていた。

 護符に霊力を込めて護符を発動させるのではなく、霊力をそのまま護符に変化させる。これが全陽山師の中で技山のみが使える技だ。


 これをすることで縄という形式を無視して、相手を縛ることができる。縄という形は便利でありながら、視覚化すると災厄に警戒心を抱かせてしまう。相手を捕らえるためのものなのであるから当然ではあるものの、そうなると縄を操ったとしても躱されてしまう。そのリスクを極限まで減らせるのがこの技だった。これでこの災厄の出す殺気のようなものまで抑えることができる。


「殺気を封じ込める、だなんてことさせられるとはなかなかに癪ですが」


 これで速水と技山の出番は終わり。

 なわばあとはきめるだけ。その役目は。


「腕力上昇、急急如律令」


 拳を構えた力野が茂みの中にいた。

 バレないように身を隠し、すでに腕力上昇の護符は5枚使用している。ギリギリと握った拳からは音が聴こえた。これで終わりではない。力に特化した力野の一撃は。


「伸縮、急急如律令。巨大化、急急如律令」


 力野のオリジナル護符。

 力野は腕力を強くするだけではなく、その腕を伸縮自在に伸ばしたり、拳を巨大化することができる。メカニズムとしては体に流れる霊力をコントロールするというものではあるのだが、それができるのはこれらの体をいじる護符に特化した力野だけだった。

 実際特化した力野でもかなり負担がかかる護符ではあるものの、使うことを躊躇することはまずない。なぜなら力野にはこれしかできないのだから。


「くらえッ!」


 思いっきり拳を振りかぶって、そのままボールを投げるかのようなフォームで拳を繰り出す。巨大化した拳が、伸びる腕によってぐんぐんと前に進んでいき、そして。


『…』


 縄によって動けなくなっていた災厄を縄ごとぶち抜く。

 縄はすでに大災厄を縛っており、外から来る拳を邪魔するような効力はない。力野の拳も護符で強化されたものであるから、直接災厄に触れたとしても害はない。

 案ずるべきは今ので倒せたのかどうか。

 手は抜いていない。

 使うべき護符は全て使った。

 例え攻撃してこないとはいえ、放置していい災厄ではない。


 拳はそのまま地面に突き刺さり、大きな音と共に軽い土煙が浮かぶ。

 力野は拳をそのままにした状態でゆっくりとその刺さった箇所に歩いていった。技山も速水も油断はしていない。いつでも飛び出せるように準備をしている。

 それでも力野がその刺さった箇所を見に行くのは単純に彼女が一番防御力の高い人間であるからだ。女の子なのに。


 拳は元の大きさに戻り、腕が元あった場所へと戻っていく。

 そして露わになる、拳が捉えたもの。


「え…と…」


 そこには何もなかった。

 えぐれた地面には何もなく、ただそこにあるのは地面。


「消えたの…かな…」


 よくわからない。

 元々実体化していなかったはず…ならば倒したのではなく、ただ姿を消しただけの可能性もある。でも、どうやって。縄に縛られ隙なんてなかったはずなのに。

 殴った感覚はあった。

 でもこう…。なんていうか。


「倒した感じがしねえな」


 力野の元に速水と技山が近づいてくる。


「なんていうか、こういうでかい敵を倒したら達成感みたいなものを感じてもいいとは思うんですけどね」


 倒した感じがしない。

 達成感がない。

 これで、このようなもので終わりとは考えられない。


「とにかく、黒の屋敷に行こう。あっちはまだ戦闘中なんだろ」

「ええ、この合間に全てが終わっていなければ、の話ですが」


 不吉なことを言う技山の頭を力野が叩いて、その場を後にした。






「クロ、僕を死なせないってどうやって...?」


 あの3人が戦っている最中。

 すでに走れるほどに震えが止まっていた悪業は速度の護符をつけて自分で走っていた。とはいえ、先導しているのはいまだにクロである。

 腕を引かれる悪業はどうしても不安になってとても情けないことを聞いてしまった。しかし、今はそれが本当に文字通り死活問題だった。


 大災厄の復活。

 もし本当ならばここから逃げ切れるのも命がけである。


『憑依だよ。俺がてめーに憑依すれば俺の霊力とお前の霊力で霊力増加。いろんな護符が使えるぜ。そしてさらに俺の能力でな...』

「能力...?」

『炎だよ。炎。それが使えるようになる』

「炎...」


 悪業に炎のいい思い出はない。

 絶炎。あの大災厄が母を奪った技だ。それでも、なんだか前ほど不安は感じなくなっていた。単純にクロがあの時の大災厄じゃないとわかったからだろう。

 実はずっと気になっていた。

 一瞬護符から見えた狼のような狐のような口。あれは昔見た大災厄の記憶と一致している。それに禍津という名前。もしかしたら…と考えていたのだが。


(あそこにいたのが大災厄ならクロは違うってことだよね…)


 これは信頼していたクロが大災厄ならばショックだ、とかいう話ではない。単純に自分の身を考えた時にクロが大災厄では、真っ先に死ぬのが悪業だから、という話である。

 昔ははやく死にたい、だなんて考えていたけれど、こうしていざとなれば生きたくなるなんて。どこまでも卑怯な人間だ、と自分で思った。


 とにかく今は余計なことを考えてちゃだめだ。もう守ってくれる人はいない。あとは自分のために頑張るのみ。クロの護符を久しぶりにつけていた護符ホルダーの中に入れ、ひたすらに走り続ける。


『ほらな、かっこいいだろ』

「え、なにが…ってわーーーーーーーーーーーーーーー!!!」


 気付けば悪業の腕から火が出ている。

 一瞬にして憑依して悪業が考えてる間に好き勝手やっていたのだろう。


「水!水!」

『バカ!これはお前の霊力で出来た炎だぞ!お前以外ならまだしもお前が燃えるわけねえだろ!!』

「僕以外は燃えるんじゃないか!!」


 ここ森だよ!

 大声で騒ぐ悪業に対してクロはどこ吹く風。無視を決め込んでいた。なんとか火の出し入れの仕方がわかった悪業は腕から炎を消してクロの護符に向かって叫んだ。


「なに勝手なことしてるのさ!」


 反応はない。


『お前に憑依してんだからそこにいるわけねえだろ。いやーしかし、あんな護符と比べてお前の中は住み心地がいいな。霊力だってあるし、お前の作った霊力だからちょいと気持ち悪いが』

「気持ち悪い…ね…僕も同じ気持ちだよ」


 憑依は護符に封じ込めるのと同じ要領で人間に封じ込めたものだ。護符から人間への移動だって可能であるし、封印のために作られた護符と人間では霊力の巡っている人間の方が力がでやすいに決まっている。ここらへんが災厄が憑依する理由の1つである。


『まあ、ほら敵に見つかったらやべえだろ。憑依しとけしとけ』

「そんな簡単に…」


 とはいえ事実だ。

 ならしょうがないか、と諦めて憑依を許す。しかし悪業もクロも気付いてなかった。初めての憑依にも関わらず、スムーズに憑依ができたことの異常さ、そして一瞬にして炎をコントロールすることができた悪業の異常さに。


 騒ぎながらも進んでいくと同じような木が並んでいる場所から開けた場所へと出る。もちろん人工的な空間だ。恐らく、木を切り倒してこの広場を作ったのだろう。

 

「って広場…?」


 嫌な予感がする。

 その広場は確か黒木の屋敷のある場所で。

 今はその場所から逃げていたはずのなのに。

 そして森を抜けると。


「あ...」


 そこには。

 倒壊した黒木の屋敷の残骸とそのまわりに倒れるたくさんの人間の姿があった。

よろしくお願いします。

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