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短編の短編の短編

■だんごだんごだんごむしのこうびはどっぐすたいる


 「え?ゾウリムシじゃなくて?」


 「ゾウリムシじゃないですよー、ダンゴムシですよー。ウチのマンションの周りには両方いますよ?」


 何でその話になったのか、今となってはすっかり思い出せないのだけれど、すでに入社して三年目を迎え、社内に置ける立ち位置と、ポジションを手に入れた同僚の田所さんは自信に満ちた表情で、そう言った。


 「ダンゴムシの存在は知っているけど、子供の頃から一度も自分の生活している範囲では見たことはないよ。だってダンゴムシを見たことがないから、ゾウリムシを捕まえては体を無理矢理丸くして、ダンゴムシって言っていたくらいなんだから。たぶんこの街にはダンゴムシは生息していないんじゃないだろうか」


 私はそう言った。


 「いや、いますって。毎日見かけますもの。コロコロしていて可愛い奴なんですよ。じゃぁ、こんど捕まえて持ってきてあげますよ」


 「いや、いいから」


 ネットで検索してみると、やはり本来ならば私の澄む地域はダンゴムシの生息圏ではないのだけど、内地から引っ越しなどで付いてきたダンゴムシの繁殖が限られた地域で確認されているという。


 ゴキブリも同じである。


 「きっとOさんの住むマンションに、内地から引っ越してきた人がいたりして、それで田所さんの近所で局所的に繁殖したんだろうね」


 私がそう言うと、田所さんは納得したようで、


 「こんど捕まえてきますから」


 と笑ったのだった。




 「それで、昨日仕事から帰ってダンゴムシを捕まえようとして捜したんですけど、ぜんぜん捕まらないんですよ」


 翌日の朝一でおはようございますの挨拶と共に、ダンゴムシの話を始める田所さんであった。


 「いつもは沢山いるのに、捜し始めると見つからないなんて、まるでマーフィーの法則かと思いましたよ。それで仕方ないから少し大きめの石をひっくり返したりしてみたんですよ。そうしたらようやく見つけたんですけど、何かいつもと違うんです。よく見たら……交尾してたんですよ」


 田所さんは満面の笑みでそう言うと、スマホで撮影したダンゴムシの性交画像を見せてくれた。


 「犬とかと一緒ですよwワンワンスタイルですよw」


 「初心者に優しい後背位っていう奴だな」


 



■カツレツ

 

 職場での一日は朝礼から始まる。


 正確に言うならば、掃除とか、午前中に納め無ければならないものの準備とか、細かいことは色々とあるのだけれども、社員が集まる朝礼が、仕事の始まりと言っていいだろう。


 朝礼では、社員が持ち回りで朝礼用の冊子を読む。


 内容的には社会人としての心得とか、仕事を進める上での心構えとか、そういったことが一日一テーマで書かれている。


 読んでみれば、ごく当たり前のことであったり、そんなものは理想論だろと思ったりするわけなのだけれども、当然のように反論する社員はいない。


 なぜなら、さっさと朝礼を終わらして、作業に戻りたいからであり、反論したところでなんら有意義な結論と結末をもたらさないと言うことを理解しているからだ。


 正直言うなら、ここに書いていることを実戦できるのであるならば、そもそもこんな本を読む必要はないのだ、と思っている。


 流れ流れて辿り着いたのが、今の状況なのであり、そもそもそんな冊子を使って朝礼をするようになったのは、会社の業績がかなり悪化し始めた頃だった。


 さらに言うならば、以前勤めていた会社でも全く同じ冊子を使って、朝礼をしていたのだ。


 けれどもそこの会社でもその冊子を使い始めたのは、バブルが弾けて資金繰りが悪化し、社員のリストラや、経営陣の交代と言ったゴタゴタし始めた頃からで、意識改革とかなんとか言っていたが、結局は倒産してしまったのである。


 だからあまり良い印象を持ってないのである。


 会社の状況が悪いのであるならば、それに何らかの手を打つべきであり、打ったその手が「社員の意識を変える」という、根本的な解決方法でない事の方が問題であるように思う。


 やるべきは会社の経営をどうするかと言うことであり、社員同士のコミニュケーションを取るとか、挨拶をきちんとすると言うことは、最重要課題ではないはずである。


 なにはともあれ、会社がやると決めた以上は、やらないわけにもいかない。


 そして、私の何度目かの朗読当番の日がやってきたのである。


 自分としては割と読む方は下手ではないと思っているのだが、その日はいつもと調子が違った。


 「あいひゃつは、ひひょとの関係を繋ぐ基本的なひゅだんでしゅ」


 呂律が回らない。


 「わひゃひたちは、ひゃかいじんとして……」


 なんとか読み終わったけども、酷い有様だった。


 その日は朝からあまり人と話していなかったから、口が上手く廻らなかったからだろうか。


 「どうしたんですか、ぜんぜん口が廻っていなかったじゃないですか。小渕元総理が倒れる前にやっていた記者会見を思い出しましたよ。脳に異常でもあるんじゃないですか」


 そう話しかけてきたのは我が社最年少にして、確固たる自分のポジションを確立しつつある我が課の紅一点であり、付いたあだ名は「不機嫌姫」の田所さんであった。


 勤め始めてもはや三年の月日が流れており、初々しさも霞み始めて、一考に上がらない給料のせいか、ブラックと誰もが認める勤務時間の長さの為か、最近ではご機嫌斜めの日が多く、一部ではそんな彼女の態度を問題視する声もあると聞く。


 私に対する態度は入社以来変わらないのだけど。


 「自分でもビックリだよ。こんなにカツレツが悪いとは自分でも思ってなかったよ」


 「なんか美味しそうですけど、私は切ってあるトンカツの方が好きですよ」


 「滑舌ね」


 「普段人と話す機会が少なすぎるんですよ。もっと会話をしなくちゃ駄目ですよ」


 「田所さんとは普通に話しているけどね」


 「私もだいたいなに言っているか聞き取ることはできませんけど、付き合いで返事しているだけですからね。事務的に」


 「泣きそうだよ」


 「泣く時はひゃっひゃっひゃっとかみたいな感じで泣くんですかね。それはそれでキモイですけど」


 「泣く時にひゃっひゃっひゃっって泣くヤツはいないと思うけれど。どんな妖怪だよ、それ」


 「一反木綿?」


 「ゲゲゲの鬼太郎世代として言うならば、イメージが湧かないよ。せめて子泣き爺にしてくれないか」


 子泣き爺だってひゃっひゃっひゃっとは泣かないとは思うけど。


 「そう言えば、子泣き爺って滑舌が悪そうなイメージがありますよね。子泣き爺でチュー、バブーとか言いそうです」


 「バブーって、イクラちゃんかよ。最近の子泣き爺は知らないよ。俺が知っているのは、せいぜい夢子ちゃんが出ていたシリーズまでだ。ネコ娘が萌え系キャラになったシリーズは見たことがないし」


 「ああ、大泉洋がネズミ男のヤツですか」


 「実写じゃないか。それは見たこと無いよ。俺がよく見ていたのはゲゲゲ鬼太郎の一期と二期だ。鬼太郎に憧れた俺は、親に下駄をねだって買ってもらって、毎日履いていたくらいだ」


 「子供の頃が合ったなんてビックリですよ。今の姿から子供の頃なんて想像できませんね」


 誰だって子供の頃はあるだろう。


 そんなことを言う田所さんだって、子供の頃はあったのだ。


 「私は中学生くらいですけど、中二病を拗らせていましたね」


 「拗らせてたんだ」


 「BL関係の同人誌を買いあさり、友とそれについて熱い議論を交わしたりしてましたね。今はすっかり卒業しましたけど」


 「まあ、麻疹みたいなものなんだろうけれども」


 「今は枯れたおっさんが、女王様にオカマ掘られてヒィヒィ言っているのとかが好みですね」


 「いや、悪化してるし」



■ 異動


 デスクトッププリプレスオペレーターとして、二年前の秋からそれまでの印刷工としての日々に別れを告げ、手はインクで汚れることなく、高温、高湿度の中での肉体労働とは正反対の、パソコン画面上とデジタル出力機の操作を生業とする、今的な職場で過ごしてきたのだけれど、この度、会社の都合上でまた異動することになり、その場所は元いた印刷工場である。


 印刷工場の高齢化が進み、上は76(会長)を筆頭に平均年齢が50歳の現場であると言うこともあり、肉体的な限界の声も聞こえ始め、実際に体調を頻繁に崩し、休むことが多い人が出るようになったので、現場経験のある「若者」として、投入されるに至ったのである。


 もちろん最年少である。


 「お別れですね。ここはなんの問題もないので、印刷で頑張って下さい」


 そんな事を作業中の画面から目を離さず、切れたナイフの如き冷たい口調で言うのは、私がデスクトッププリプレスオペレーターとして新たなる人生を始めた頃に、ちょうど専門学校卒業予定で入社してきた我が課の紅一点、田所さんであった。


 「水前寺さんがいなくなっても、何も問題はありませんよ。むしろ作業が捗るくらいです。営業から異動してきたMさんもいますから、戦力的にマイナスになることなんてありませんよ」


 「哀しいくらいに、思いやりも愛情も何もないよね、田所さんは。心に何も思うことが無くたって、ここは一つ、寂しいですよとか言っておこうよ。それが大人のマナーっていうやつだろう。俺が何かしたとでもいうのかい?」


 「何もしなかったんですよ。そこが問題なんですよ。新しいことを覚えようとはせず、現状に満足し、向上心の欠片もない。それじゃあ。社会人として駄目なんですよ」


 そう言う彼女の視線の先を見てみると、てっきり作業をしていると思っていたらインターネットを見ていたようで、そのサイトのキャッチコピーは、


 「ブラックで自分の可能性を埋もれさせない。できる女性のための就職情報」


 みたいなことが掲載されていた。


 「いいかい?上を見たところできりがないし、ここより下は無いと思うかも知れないけれど、以外と底は底なしで、藻掻けば藻掻くほど泥沼にはまることも多いんだよ。過去に一緒に働いていて、辞めていった人たちの中でその後に生活が良くなったと言う人の話は聞いたことがないけどなぁ」


 「それが努力した結果であるならば、まだ理解もできますよ。だけど何もしないで泥沼の底で漂っているだけというのは駄目ですよ」


 「努力といのはひとそれぞれに、努力できる総量の違いがあって、もの凄く努力できる人からすれば、ほんの少しの努力しかできないのに力尽きてしまう人を見た時に、その人は努力してないと見えるかも知れない。だけどその人は、その人ができる最大限の努力をした結果なんだよ。蛙だって、アメンボだってって言うだろう?」


 「蛙やアメンボに努力するという思考はないと思いますけれど、それについてはもはや水掛け論の戯れ言ですね。考え方の一致は無理でしょう」


 「なんとかなるさ」


 「どこかのドラマのタイトルみたいなのを出さないで下さい。むしろその考え方の結果が今の現状であると言えるじゃないですか」


 「けどさ、その俺とほとんど同じ状況の職場で働いている事をどう思う?」


 「……盲点ですね」


 「そう言えば、俺も田所さんと同じ年齢の頃は同じように考えていたよ。俺はここで羽根を休めているだけなんだ。そのうちここから飛び立って、自分がいるべき場所に行くんだって思ってたよ」


 「……地獄絵図ですね」


 「人はこれを負の連鎖と呼ぶ」


 「私を巻き込まないで下さい」




■ 人間強度


 「最近自分は大人になったと思うことがあるけれど、けどそれは人としてどうなのだろうと思うことがある。人として残念な事になって来ているのではないかと。それは人間強度の低下では無いだろうか」


 そんな話を良くする。


 何かを得るために何かを失い、むしろ失うものが多い気がするのは私だけではないように思う。


 「だから、私は大人になんてならないのさ」


 本心と裏腹に、そんな宣言をする私に対し、同僚であって、後輩であり、上司でもある石崎君は言う。


 「本末転倒とはまさにその事ですね。アンタにぴったりな言葉ですよ。むしろ辞世の句と言っても差し支えないレベルです」


 横にいる我が課の紅一点、新人と呼べる時期は過ぎ、すでに重鎮と呼べるレベルに育った田所さんも言う。


 「人生とは立ち向かってこそ人生です、人は立って生きるのですよ。だから人生なのです。逃げても良い場面で逃げることまで否定しませんが、逃げ回るだけでは何も解決しないのです」


 「逃げ回る時だって立って逃げるさ。かっての過去の経験と積み重ねで、そこに自分の勝機があるかどうかなんてすぐにわかるものだ。それに私は解決するつもりなど毛頭無いから、全ての問題は先送りにしてやるさ」


 私がそう言うと二人は深いため息をつき言った。


 「まあ、良いですけどね。もう異動するわけですし」


 「グッドバイ、サヨナラです」


 こうして私は新たなる部署へと異動することになったのである。


 異動していきなり、午前様の日々。


 それが二週間も続くと、他に時間を割く余裕が無くなっていく。


 元の部署がどうなっているかなどと言う事も知らなかったのである。


 「どうした、石崎君?」


 休憩室で黄昏れていたI君に声をかけた。


 そもそも休憩室で一服する事すらなかなかできなくなっていた私にとっては久しぶりの休憩室であった。


 「田所さんが営業の課長と揉めたんですよ」


 「何で?」


 「客からのデータの入りがきちんと予定の時間に入ってこなくて、それで何度も問い合わせをいてたんだけども、その時の営業課長の対応が適当だったんで、田所さんの態度も悪くなって、その態度に営業課長が切れたという。田所さん、態度悪いとか言われてましたよ」


 「たしかに悪いからな。でも、田所さんの言い分としては営業課長の対応が酷いからと言うことになるんだろうね」


 「言われた後に壁をパンチしてましたからね。会社の壁に穴を開けたのは社長と僕と田所さんの三人になっちゃいます」


 「ものに当たるのってどうかと思うよ。ちなみに俺が異動した先の課長は安全靴の鉄板が入った部分で俺の尻を蹴り上げるけどね」


 「虐待か!!」


 「セーラー服姿の女子高生に蹴られるならともかく、40代半ばのおじさんに蹴られて興奮する性癖はさすがに持っていないんだよ」


 「興奮するかはともかく、それ以来、田所さんの機嫌が悪いんですよ。怖いんですよ。明日にでも辞表を持ってこられたら困ってしまいます」


 「人間性はともかく、田所さんは仕事ができるからね」


 「手が早いんですよ。早すぎて仕事が終わってしまって、何もしていないように見えてしまう部分がありますから、あまり会社の評価は高くないと言う」


 「仕方ないよ。バイトで働いている方が給料良いくらいなんだから。文句を言うのは筋違いだよな」


 「手取はきっと12万くらいですよ」


 「ありえないよな。その倍もらってもおかしくない仕事をしているのに」


 「ただ、辞められると僕が困るわけです。負担が増えるし」


 「生かさず、殺さずがモットーなのに、それすら会社は理解していないと言う」


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