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さくらのうた

「石崎君、一番に郡山課長から電話です」


 そんな声をかけられた我が課の石崎君は電話に出た。


 相手は営業部の課長である。


 課長と言っても歳は私よりも5最年下であり、その地位についてすでに5年の月日が流れている事を考えればかなりのやり手と理解できるだろう。


 ちなみに私より11歳も若い石崎君もチーフという肩書きを持っている。


 実質的には我が課の全てを仕切っていると言って良い。

 そんな事からも石崎君がどんなに切れ者か理解して頂けると思う。そして、私がいかになまくらであるかを言う事は避けたい。


 「18時半ですか!?無理ですよ。今はもう16時ですよ?いくら仕事が空いているとは言っても、やる事は沢山あるんですから」


 苦笑いしながら、いくつかの言葉を交わし、電話を切った。


 私は急ぎの仕事が入るのかと、山田君に尋ねた。


 「違いますよ、郡山課長の取引先で主催するライブイベントに、チケット代はタダでいいから行かないかというお誘いです」


 「また動員のお願いかwサクラなんて良くある話だな。よっぽどチケットが売れなかったんだろう。それで誰なんだよ、ライブをするのは?」


 「それはよく解らないんですよ。詳しい話は後で伝えるからって言ってましたけど」


 「それが分からないで行くのはきついなみんなそれぞれに趣味があるからな。それに合わないで二時間くらい拘束されるとなったらけっこう地獄だね」


 「どうやらジャズらしいんですけど。田所さん、行きたい?」


 すでに自分の仕事はほとんど片付け、お眠モードに突入していた田所さんは、旧に声をかけられたので、ビクっとしてから振り向くと、ジャズですか……と、あまり興味のない顔で答えた。


 田所さんが好きなのはビジュアル系である。


 仕事最中に話した中で知ったのだが、彼女が好きだというバンドを私は全く知らなかった。


 若い頃は良くライブに行ってムチャしてましたよ、今はだいぶ落ち着きましたけどと、若い田所さんが言っていた。


 落ち着いていない田所さんというのも想像できないが、きっと派手な衣装と服を着て、縦ノリしていた時代があったのだろう。それはそれで見てみたいと思う。


 「水前寺さんはどうします?行きたいですか?水前寺さんが聴く曲は幅広いから行きたいんじゃないですか?」


 山田君は私の帰り道にアパートを借りて一人暮らしをしており、毎日のように帰りは私の車で送ってあげているので、車の中で掛かっている曲を聴いているので私の好みを知っている。


 「初音ミクから、レディー・ガガまでという幅の広い水前寺さんなら楽しめるんじゃないですか?」


 「確かにジャズは嫌いではないが、サクラを動員しなきゃならないほどチケットが売れないと言うのが気に掛かるなぁ。まぁ、俺は今日はいいよ」


 「この人たちじゃないですか?」


 田所さんがネットで今日のライブ情報を検索して今日市内で行われるライブ情報が掲載されているサイトを発見した。


 「関ちひろ と愉快な郷田つよしとその仲間達って、聞いた事がないな?水前寺さんは知ってます?」


 「関ちひろは知ってるよ。俺が二十歳くらいの時に何曲はヒットを飛ばしているよ。俺はあんまり聞いていなかったのだけど、前に勤めていた会社で、関ちひろが好きな人がいたから覚えている。最近はあまり見かけないから何をしているのかと思っていたら、まだまだ地道に活動していたんだね。有名なのは『あなたに」という曲だね。売れ筋ランキング上位10曲の中に入っていたからね。まだCDが売れていた時代の話だよ」


 「私が生まれているか、生まれていないかの微妙な頃ですね」


 そう言った田所さんの言葉に軽い目眩を覚えながら、我が青春の日々を思い返してみたのだけども、特に印象のあるような事は思い当たらない。


 我ながら寂しい時代だったように思う。

 

 ライブハウスの前に僕と田所さんが立っていたのは19時を少し回った頃だった。


 結局、石崎君は用事が出来てしまい、行けるのは田所さんだけになり、一人で行かせるのも何だと言う事で、僕が同行する事になったのである。


 「どうせ暇なんだし」


 と言うのが、社員一同の共通した僕に対する印象であったと言う事を付け加えておく。


 「水前寺さん、行きますよ」


 ライブやコンサートというものに全く行った事のない僕の手を取り、田所さんは何度も来た事があるという地元では老舗のライブハウスの中を進む。


 「ドリンクが本来ならば一杯付いてくるんですが、私たちは人数熱めでしかないので、呑みたい人は自腹みたいです。どうしますか?水前寺さんは何か呑みますか?」


 「ビール!!ビール!!ビール!!ビール!!」


 と言いながらも、せめてこのくらいはと思い、ビールを二杯頼んで、一つを田所さんに渡した。


 「ゴチになります」


 田所さんはそう言って受け取ると軽く口に付けた。


 「もう呑むのかよ?」


 「景気づけですよ。ご覧なさい、まだ席についているのは私たち二人だけです。これで始まったらかなり厳しい状況ですよ?」


 会場は中央にある円形のステージの周りを、向かい合った客席が取り囲んでいるという状況である。


 私たちは最前列に座っているのであった。


 「困っちゃうよな。私のどの曲が好きですか?と聞かれたりしたら、なんて答えればいいんだろうな?解りませんとか言うのも人としてどうかと思う」


 「よくよく考えてみれば、二十年も前にちょっとヒット曲を出した事のある人のライブに来る人なんて、最低でも水前寺さんくらいの年齢の人ですよね?しかもジャズだし。わたし何かは若すぎて逆に浮いちゃうんじゃ無いんですかね?」


 「関ちひろが、その若さに嫉妬とか?」


 「それはないでしょうけど、軽くイジられることくらいはあるかもしれません」


 そんな僕たちの心配は余所に、少し遅れた開演の頃には会場は客で満席となり、サクラで来る必要などは無かったのではないかと思われた。


 全員サクラであったのならば、それはそれで面白いとは思うけど。

 

 ライブが終わって会場を出た頃にはすでに22時を回っていた。


 「盛り上がりましたね。予想以上に面白かったです」


 「トークが面白かったな。公演時間の半分はトークだったし」


 「郷田つよしの新曲『かたつむり』がわけわかんなかったですね」


 「ぼくはかたつむり ちっちゃな一軒家持ち〜だからな。けど、途中で解ったけど、あの人って僕の好きなバンドの元リーダーだったよ。いつのまにか四人から三人に減ってたと思ったら、音楽性の違いでリーダー一人が脱退していたんだな。売れ始めるのはリーダーが脱退してから何だけど」


 「そんな事より、お腹空きましたね〜お寿司が食べたいです。中華も良いと思います。何なら焼肉でもいいんじゃないかと思います」


 田所さんはそう言いながら、可愛げに首を傾げてみせた。


 「……お腹が空いたというのには確かに同意するけれど、そのおねだり口調はどういう意味なんだろうか?僕は男として何かを求められているのだろうか?」


 「いい歌と、いい演奏を聴いた事だし、ここは水前寺さんの男前なところを見せてもらおうかなと……あぁ、あそこに牛一頭買いという看板が掛かった焼き肉屋さんがありますよ?」


 「僕には意味が分からないよ。なぜ疑問系なんだろう?……わかった。あそこにキン肉マンもオススメしていた牛丼屋さんがあるだろう?そこで手を打とうじゃないか。あの焼肉屋では僕は破産してしまう。弁護士を呼んで欲しいくらいだ」


 田所さんは軽く舌打ちをした。


 「今なんか舌打ちしなかった?」


 「そんな事は無いですよ。よくよく考えてみれば、わたしは牛丼というものを食べた事がないですね。家族で外食に行くときはナイフとフォークを使うお店でしたし」


 「そんなら僕に奢ってよ!!」


 「ま、今日は牛丼で手を打っておきましょうか」


 田所さんはそう言うと足早に牛丼屋に向かって歩き出した。


 先ほどライブで、アンコールが掛かったときに関ちひろが歌った「さくらのうた」という、昔ちょっと売れた曲を鼻歌で歌いながら。


 冬の寒さも薄れ始め、春の空気が漂い始めた夜の街を僕は田所さんの後を追った。

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