別れの曲
勤め先で二人ほど退社する事になり、花見をかねて(居酒屋店内に桜など無いけど)送別会が行われた。
満腹感とほろ酔いで気分がよくなってきた頃、そろそろお時間と言う事で、辞める二人がそれぞれに挨拶の言葉。
立つ鳥、後を濁さずである。
恨み辛みといろいろとあるだろうが、そんな事はいっさい言わずに、これまでの苦役列車から解放されたという笑顔で挨拶をしている。
社長が、次の仕事が見つからなかったらアルバイトで雇ってやるから、その時は会社に来いと言っているが、誰が来るものかとは言わずに笑顔で流す。
持つ者だけが見せる余裕である。
お開きとなり、店を出る事になり、私は一緒の部署で紅一点であり、席を隣にして働いていて辞めていく、田所さんに声をかける。
「次の仕事はもうみつかったの?」
「全く何もしてないんですよ。この一ヶ月の有休消化も暇で暇で。いつもお昼まで寝てましたよ」
「親はなんて言ってんの?」
「別に何も言いませんよ。実家暮らしで女の子ですからね」
「まぁ、いいんじゃないの。今まで忙しかったんだから、しばらくゆっくりすれば良いんだよ」
「えぇ、そのつもりなんです」
そう言うと田所さんは他の人に話しかけられ、同じ様な話しをしている。
店を出て外に出ると、他の社員は姿を消している。
残っているのは私の他に田所さんと、共に同じ部署で働いた二人ほどであった。
ちなみにその二人は次に辞める二人である。
夏が終わる頃にはその二人も会社からいなくなっているだろう。
最期に残るのは私だけであるのだけれど、年齢的にすでに潰しの利かない私は仕方がない。
船乗りは、船と共に沈むのである。
「この先、同じ商売をやってくの?」
「それはないですね。もうドブ底みたいな業界に戻る事はありませんよ」
田所さんはそう言いきった。
「ユーチューバーなんていいんじゃない?最近の小学生の将来なりたい職業のナンバーワンがユーチューバーだそうだ」
「水前寺さんはもういつもそんな夢みたいな事ばかり言う。もっと現実的に考えて、堅実に生きないと。夢でお腹は膨れないんですよ?」
「獏は夢を食って生きるんだぜ?」
私はドヤ顔でそう言った。
「いつから獏になったんですか」
田所さんのいいツッコミを頂きました。
「じゃあ、わたし地下鉄こっちなんで」
田所さんがそう言って手を振りつつ人混みの中に消えていく。
私はもうきっと、二度と会う事はないんだろうなと思うと、むかし見た「さびしんぼう」という映画の中で流れていたショパンのピアノ曲である「別れの曲」が頭の中を流れていた。




