青春
青春時代というものは、その時代からそれなりの時間が経ってから、あの時は青春だったと思うものであると感じる。
振り返るものであり、過去のもので、そしてもう戻ることの出来ない、夜空に浮かぶ星の瞬きのように一瞬でしかないそんな日々。
甘酸っぱく、ほろ苦い、美化補正されたそんな時代。
誰にでもあり、そして一つとして誰かと同じものは無いのである。
そんな事を言っている私にも、そんな時代があったのかと聞かれれば、もちろんあったと言っておきたい。
正確に言うならば、 おそらく私はまだその青春時代というものの、途中過程であるために、自分自身ではその存在を認識できないのであると言っておく。
宇宙の深淵に住まう邪悪なる神々も青ざめるような、暗黒時代を生きてきたわけじゃないのだ。
私にもきっと輝かしい日々があり、思い出に涙することも出来るのだと思いたい。
「アホですか」
私の青春についての考察を、話半分で聞いていた我が社の期待の新人、田所さんは手を休めることもなくモニターに向かいながらそう言った。
「いいですか、現実という奴を見て下さい。どこの世界に40を目前にして青春について熱く語るおじさんがいますか?」
「ここにいる」
私は胸を張ってそう言った。
「心の病ですか?水前寺さんは私の人生のほとんど倍を生きているんですよ?病院に行った方が良いレベルです。バイオハザードって言う奴ですよ」
そう言われると身も蓋もなくて、M属性の私としては嬉しくなって、涙を浮かべるくらいだった。
田所さんはまだ二十歳で、実際のところはまだ専門学校に通っている学生さんだったが、三ヶ月前に就職活動で私の勤め先に何を血迷ったのか面接に来て、翌日から働き始めていた。
高卒で現場上がりの私とは全く別の生き物であると言って良く、パソコンを使った作業ではさすがに専門学校を出ているだけあって、ぜひ、土下座したいレベルである。
元々、女性社員がほぼいない職場であったので、職場に一輪の花が咲いたと言って良い。
まさに鬼百合のような人であったと言っておこう。
「自分がこの会社で働き始めたときには、田所さんはまだ生まれてなかったなんて歴史を感じるよ」
「孫でもおかしくないんですからね。そんなことより、そろそろ自分の仕事をして下さいよ、おじいちゃん」
「おじいちゃんは酷いな。まだ結婚もしていないのに。夢は40過ぎて16才くらいの嫁さんを貰うことなんだから」
「はいはい、お爺ちゃんは呆けちゃったんですね。惚けにも良い惚けと、悪い惚けがありますよ。病院に行って下さい。惚けは正しい治療で進行を遅らせることが出来ますからね。あと、犯罪なら警察に通報しますから」
「合意の上だったんだ!!俺は悪いことなんてなんもしちゃいねぇだ!!」
「相手が妄想なら問題はないんですけどね。頭の中から漏らすのは止めましょうよ」
そう言って、私の頭にポリバケツを被せた彼女を私はなかなか出来る奴だなと感心したのである。
「と言うことは、何ですか?私も水前寺さんの射程圏内なんですか?」
彼女はとても嫌そうな顔をして、私と目を合わせることもなく言った。
「いいや、それは無いよ。ほら、俺ってロリコンだから、下は胎児から上は14歳までと言う年齢制限があるんだよね。田所さんはナッシングと言うことで」
「おまわりさん、こいつです~」
こんな楽しい毎日の職場で働けるようになるとは思っていなかった。
これはもはや青春と言って良いのではないかと思うのだ。
寝る暇も、作業の時間も全く無く、ただひたすら物療と仕事に追われる日々が普通だったのだが、彼女一人が入社してきただけでずいぶん変わったと思う。
「俺さ、夢があるんだよね」
「夢は寝ているときに見て下さいね。お薬、きちんと呑んでます?」
「ポラギノールなら毎日。もう手放せないよね。一生使い続けるのさ」
「不治の病ですね。脳味噌が」
「医者にはもう長くないって言われたよ。あと256年くらいだって」
「憎まれっ子世にはばかりっていう奴ですね。何なら背中を押してあげましょうか?」
「若い娘さんにそんなことはさせられませんよ。イク時は自分でイキますから」
「……そうですか。それは素晴らしい自己完結です。個人的には後ろから刺されたりする方が向いているんじゃないかと思いますけど」
「いやぁ、そう言う趣味は無いんですよ。罵られたりするのは好きなんですけどね。痛いのはちょっと苦手だね」
「そこは、俺、タチだから、ネコじゃないんだよね、と返すのが正解です」
「それは考えたんだけど、普通すぎるかなと思って」
「そう言えば、水前寺さんって、露骨な猥褻話、いわゆる口伝セクシャルハラスメントって言いませんね。童貞なんですか?」
「魔法使いになると言うのも夢の一つだけど、露骨な話は下品じゃないか?俺はいつまでも誇り高くありたいと思う。官能小説では直接的な名称を使わないだろう?」
「知りませんよ、そんな事。早い話が童貞なんですね?」
「失礼な。素人童貞ではあるけれど。けどさ、俺はどうして結婚できないんだろうね。女性の目から見てどう思う?」
そんなことを田所さんに聞いてみた
「基本的に水前寺さんは結婚する気がないでしょう?出来ないと言うのはおいといて」
「何か、気に触るけど、まぁそれはあるよね。俺の俺による俺のための人生みたいな」
「基本的には、キモイ、汚い、金がないの3Kだからなんだと思いますけどね。あと、妄想癖」
「まあ、解ってはいたけれど、はっきり言われるのも気分が悪いよ」
「でも、それが現実ですからね」
彼女はそう言って、両手を叩いて笑った。
「昔は良く、水前寺君は優しい人ねとか言われたけど、優しさだけじゃ駄目なんだろうね」
「目が腐ってますよね、そう言った人。もしくは気を使われたんでしょうね。他に言いようがなかったとか。基本的に優しい人が駄目なんじゃなくて、優しくて駄目な人が駄目なんだと思いますよ。そう言う人って、自分にも優しい駄目人間ですから」
「厳しいなぁ。おじいちゃん、血圧上がっちゃったよ」
「いっそひと思いに……」
田所さんはそう言って、笑いながら私の首を絞めていた。
ちょっと洒落にならない閉め方だったので私は意識を失って、救急車で運ばれることになったというのはご愛敬と言うことで。
こんな日々を過ごすことが出来る私は幸せであると言えるだろう。
しかし、そんな幸せな日々を過ごしすぎたせいで、勤務態度の悪さの為にクビになったと言うことはご愛敬。




