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彼女の愛した英雄 ~銀翼のシルフィード~  作者: 相坂 恵生
第一章 千年王国の祭典
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王都レウノアーネ 4 -水の都と英雄譚演劇 2- [修正版]


 石畳もそうだが、さっきの石像も視界に広がる街並みも白い。

 それはあちこちに整備されたおだやかな川――水路をより清廉な印象にし、水の王国のみやこの名に恥じない美しさを感じさせた。


 石像のアーチを抜けて水路を覗きこむと、水掘りに注ぐだけある透明さで川魚が泳いでいた。

 隣でシューが興味深そうにしている。

 街の中の水路は多く、それに見合うだけの石橋と舟があった。

 他の都市と違って馬車以外の荷運びの手段が取られているのだろう。

 こうした普段は美しく彩る交通手段が、一度ひとたび戦場となれば敵に牙を剥く――よくできた街だと感心する。


 辺りを見回すと、早朝にもかかわらずすでに仕事を始めているレウノアーネ民は多い。

 宿場町は巡回などの警備や害獣猟の準備を始めた冒険者、それを相手に朝食や携帯食を提供する店が開かれていた。

 王都では畑や地中海に出掛ける者や、多種多様な店の準備に追われる者がいる。

 そのほとんどが担いだイノシシを目にする度に唖然とした表情で立ち止まっていた。

 今回の獲物はイノシシにしては少しばかり大きい。

 注目を集めてしまうのは仕方のないことだ。


 ふと、鼻先をかすめた匂いに視線を巡らせる。

 甘い匂いだった。

 これも城壁の内外との特徴的な違いだ。

 匂いというのは一度つくと落ちにくく、甘いものは非常に目立つ。

 警備はともかくとして、狩猟でそんな匂いをさせていては仕事にならない。

 まさに需要と供給だ。

 視線を戻すと、案の定胃袋を刺激されたシューがこちらをチラチラを見上げていた。

 途中で歩いて食べられる物があれば買い与えよう。

 フードの上から頭をなでると、両の手で握りこぶしをつくって見せた。

 意図は察してくれたようだ。


「それにしても、宿場町も賑やかでしたが街中まちなかはもっとですね」

「今年は節目の建国千年祭ですからね。露店も活発化が日に日に進んで、見ているだけで元気になります」

「建国祭はまだ先なのに?」

「はい。各都市からの出張店などの準備が始まっていますし、この機会に名を売ろうという新興商人や冒険者が集まってきます」

「ほう。冒険者まで?」

「旅行者の安全性を高める外周警備は、冒険者組合ぼうけんしゃギルドを通した仕事ですし。

 仕留めた害獣の大きさを足がかりに、行商人の専属護衛を勝ち取ろうという冒険者は少なくありません」

「なるほど」

「それに――人でごった返す混乱に紛れて、悪事を働こうとする人間はどうしても現れます。

 外壁の内側の警備は王国お抱えの兵士の仕事ではありますが……。

 当時 顔の知られていなかった凄腕の盗賊を捕縛して、国王陛下から騎士候きしこうを授与された冒険者がいました」


 騎士候といえば一代限りの名誉爵位ではあるが、警備兵からは敬意を持って接され、有事の際にはそれなりの発言力を持つ。


「それでは若い冒険者が夢を見るのも仕方がないですね」

「ギルバートさんは……って、その騎士候を得た冒険者の方なんですが、元々腕の立つ名の知られた壮年の方で、噂は都合のいい部分だけが伝わったみたいです」


 ウルールの話によるとそのギルバートは冒険者組合ではB級チームを率いるリーダー剣士で、騎士候はその代表として受けたようだ。

 B級冒険者と言えば一流と呼ばれる実力者。

 王都にはたった16チームしかなく、見過ごせない希少性だ。

 貴族にとってはさぞやツバつけておきたい存在だったことだろう。

 事の真相を想像するに、騎士候授与の功績は建前で最初から目をつけていたのだ。

 そして多くの貴族や豪商を出し抜いた国王はやり手と言えた。


「なるほど」


 噂話というのは得てして情報が抜けている。

 意図的であれ偶然であれなにかが欠けると、唐突に現れた好機を掴んだ成功物語サクセスストーリーに姿を変える。

 若者はこういう都合のいい物語を好む。

 夢が見たいのだ。


「あ、ほら。あれを見てください」


 ウルールが指差したのは、中央広場の東側だった。


「あれはなにをやっているんです?」

「さすがに早朝なので本格的な作業はしていませんが、建国祭のメインイベントの準備です」

「メインイベント?」

「興行組が舞台を作っています」

「ああ、英雄譚演劇の――」

「はい! 大英雄オストアンデルの《大森林創生と建国》の英雄譚演劇です!」


 答えをひったくって、ウルールは興奮を全身で表わした。

 広場の入り口で腕を広げ、今にもくるくると回りながら踊り出しそうそうだった。

 彼女も英雄譚が大好きなようだ。


 オストアンデルと言えば、英雄譚で最初に挙がる英傑だ。

 漆黒しっこくよろいを身にまとい、常人には決して扱えぬであろう一振りの黒い大剣を自在に操り、圧倒的な力で強大な敵を捻じ伏せる。

 その剣圧は大地を砕いて海を割り、跳躍すれば空をも駆ける。

 世界を喰らう怪物から救いだした炎の魔法詠唱者マジックキャスターの美女を抱きかかえ、古代竜をも打倒した男。

 誰もが一度は彼になりきって冒険を夢想する、英雄中の英雄だ。


「今年も『豊穣の女神』を演じるのは、大女優セリスですから、ぜひ観てください!」

「ジェーネクラモール劇場の、看板女優でしたか?」

「そうなんです! 3年前に彗星のごとく現れた天才女優!」


 どうやらウルールはその女優の大ファンらしく、

「彼女の逸話は数知れず」という前置きから始まった話は、妙な熱を帯びていた。


 水の王国の一級宿屋にふたつの丸屋根のものがあり、それはセリスの豊満な乳房を模して改修されたのだとか。

 彼女との恋が終わると自殺を図った男が6人も居て、その内の4人は貴族であったとか。


 シューも興味があるようで、ウルールの話に握り拳をつくって何度も頷いていた。


 中央広場を抜けようとする頃、道の真ん中に大きな石像が建っていた。

 台座を含めて8メートルはあるであろうそれは、鞘に納めた大剣を杖代わりに両手を預け、甲冑姿で外壁を睨んでいる。

 馬車が四台は並んで進める道とは言えど、さすがに邪魔になるだろう場所だ。

 なぜこの場所にと口を開きかけると、


「これは大英雄オストアンデルの石像です!」


 ウルールは誇らしげに言った。

 納得だった。


 レウノアーネ民がどれほど英雄譚に誇りを持っているのかがうかがえる石像だ。

 位置などの利便性は最初から頭の外にあるのだ。

 日頃から目にするであろう場所にありながら、建物から出てくる者は必ずと言っていいほど一度は石像を見上げていた。

 年配の夫婦などは石像に祈っている。

 こちらが広場を見回したり立ち止まったりする度に、周囲の目はイノシシを追って踊っていたが――。


「跳ね橋の砦を抜けたすぐ正面にも2体の石像がありましたね。杖を交差して入国者を迎えるようにアーチを組んでいる」

「あー……ええ、はい」


 オストアンデルやセリスの話題とは比べ物にならないほどに、ウルールの反応が鈍くなった。

 ようやく火の着いた焚き木に冷水を引っ掛けられたような変化に首をかしげてしまう。

 しかもなんだか身体を小さくして、隠れられるなら隠れてしまおうという考えが見て取れるほどに目が泳いでいた。

 つい先ほどの出来事を振り返ってみると、ウルールは二体の石像の説明を避けるように足早な案内をしているように感じられた。

 朝食までの道のりじかんを考えて急いでいたのかと思っていたが、この反応を見るとシコリのような異物感となる。


「……だれ?」


 ウルールに回り込むようにしてシューが尋ねていた。

 逃がさないぞと言わんばかりに顔を覗き込んでいる。

 何度か背ける視線に合わせてシューが動くと、ウルールは観念したのか小さな声で答えた。


「えっと。……英雄ヒーネと、森の大司祭メネデール様です」

「水の王国史に深く関わる英雄の二人ですね」

「……そう、ですね」

「なぜ話し辛そうにしているんですか?」

「まあ、その。メネデール様は、ご健在の英雄でして……ご自分の英雄譚を、嫌っておられまして……その」

「ああ、なるほど……」


 英雄メネデールはウルールと同じく『エルフィン』だ。

 しかも彼女の名は、メネデール・イスナ・エルフィン。

 イスナは新興エルフの族長の血統である。

 南の大森林のエルフである彼女からすると、雲の上の存在であるメネデールが「その話題はするな」と言えば、禁忌だ。

 ウルールから水の王国第三英雄史、ヒーネとメネデールの《世界樹復活》に関する情報は諦めた方が良いだろうと納得した。




 名前って大事。


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