王都レウノアーネ 3 -水の都と英雄譚演劇 1- [修正版]
――トーガ視点。
「やはり王都も外壁の中は石畳なんですね」
「……らくちん」
第三城壁の南門を潜り抜け、石畳を進みながらシューと感想を述べ合っていた。
なによりも目を引くのが、水掘りだ。
城門の中に湖とも言い表わせる巨大な水掘りがあり、正面に1つ、西と東に1つずつ石橋が伸びている。
おそらくあの橋の根元には、ここと同じように西門と東門があるのだろう。
水掘りを覗けば、底が透けて見えるのに深いのがわかった。
水深は何メートルに及ぶのか。
甲冑を身につけた兵士が落ちれば、見る見るうちに小さくなって溺死体が出来あがるだろう。
振り返るとそびえ立つ城壁の圧倒的存在感。
苦労して外壁を突破出来たと思ったら、この水掘りが立ちはだかるわけだ。
取れる選択肢は2つ。
石橋を進むか。
ボートに乗って進むか。
しかしどちらも対岸から雨のような矢が降り注ぐのは容易に想像できる。
攻め手側には弓兵が力を発揮できるような矢避けになる障害物はなく、防衛側には橋を囲むように突き出した堅固な砦。
当然矢を撃ち込む狭間はあるだろうし、潤沢な矢が常備されているはずだ。
石造りの立派な橋とはいえ外壁を包囲するような軍勢が一気に攻め入るには狭く、最後の部分が跳ね橋になっているので強行突破は現実的ではない。
外から持ち込める舟の大きさなどたかが知れているし、水掘りに舟止めの仕掛けが用意されている可能性は高い。
そうなれば火矢や投石機のいい的だ。
多くの犠牲を払って攻略した外壁の内側でこの防衛力を目の当たりにする兵士の気持ちを考えると、不憫としか言いようがない。
城が建ち、城壁が建ち、人が集って町を拡大してゆくうちに、外にあった水掘りが城壁の中に収まって、より鉄壁の守りになったわけだ。
1000年という時間がヒトにこれを築き上げさせたのだと思うと感慨深い。
さらに数百年が経てば、先ほどの宿場町が王都の一部にならないと言い切れないのもおもしろい。
伝え聞いた話によると城に近付くにつれて地価は高くなり、外壁寄りの区画には自然と冒険者向けの店が並ぶのだとか。
おそらくそういう店は、都市の拡張に合わせた移転をして、差額で店構えを大きくするのだろう。
本当にうまく出来ている。
「そうですね。王都を始めとして、水の王国の主要6都市の城壁内は石畳が敷かれています。
街道にも――と話は持ち上がったんですが、さすがに予算が膨大すぎて整備に留まっています」
ウルールは少し困ったような顔で補足した。
どうやら街道のさらなる強化を訴える人間は少なくないようだ。
仕方のないことだと思う。
大陸で幅を利かせるヒト族は、その欲望によって大きな発展をしてきたのは事実なのだ。
弱いからこそ群れ、強者に対抗する武器を積極的に生み出し、飢えを満たすために農耕の技術を確立した。
大量生産という発想は長命な種族にはなかったし、その取引きを支える『貨幣』という発明の差は大きかった。
短命であるからこそ行動的で、多くの結果を出したとも言える。
だからこそこのような都市を生み出したのが、大陸に於いてヒト種族だけなのだ。
これを真似る種族もいる。
廃鉱や森の一角で砦を築くゴブリンや、北の大森林の奥で城を築いたオークだ。
知恵や多様性のなさから遅々とではあるが発展を見せている。
しかしそれが長く続くことはない。
ヒトの横やりだ。
ゴブリンとオークのほとんどはヒトが得意とする農耕や漁業という生産的なものが苦手で、狩猟と強奪を得意とした。
そして彼らが強奪の標的としたのは、ヒトが営む村落や通り掛かりの旅人だった。
当然そうなれば手を取り合うことはできない。
国は兵士を出すし、冒険者組合には討伐依頼が貼り出される。
共生の道を歩む条件は、共通のルールが守れる相手だけなのだ。
エルフにダークエルフ、ドワーフや獣人などがその代表と言える。
ヴァスティタは南の大森林のエルフ――エルフィンとの協力関係にあった。
目の前で表情をくるくると変えて行く先を促す少女、ウルールが属する一族だ。
「水の王国の街道の地質はとても固いですし、荷馬車を走らせる強度としては申し分ありません」
「そうですよねぇ……」
思うところがあるのか、同意するウルールの右手は頭を支えていた。
帝国や教国の街道に比べれば雲泥の差であり、獣人王国は熱帯雨林のけもの道。
砂漠の国などは広大な荒れ地か砂があるだけで道がない。
ヴァスティタの街道だと精々雨の日の水たまりが煩わしいくらいだろう。
贅沢な要望と言える。
むしろ現在普及している荷馬車の木製車輪を改良する方がずっといい。
視線を少し持ち上げる。
3歩先を行くウルールの向こうには橋の終わりが見え、大きな建造物が出迎えた。
開放されている跳ね橋と砦。
重厚で年季の入ったこれもなかなかに見ごたえはあるが、気になったのはさらに向こうの2つの石像だ。
遠目に見てもかなりの大きさだった。
先導するウルールが手を振ると、2人の兵士が敬礼してすんなりと通してくれる。
検問を含めた防衛は、外壁で事足りるからだろう。
ここに居るのは跳ね橋の砦の警備が目的か。
足音の反響する薄暗い砦のトンネルを抜けると、視界が一気に広がり、石像の全貌が明らかになる。
台座を含めて6メートルくらいはあるだろうか。
ヒトとエルフの魔法詠唱者が杖を交差させてアーチを組んでいた。
この都市を象徴するもののひとつだろう。
尋ねてみようかとウルールを探すと、少し先で元気に手を振っていた。
私たちが早く食事にありつけるよう急いでくれているらしい。
「シュー。おなかが空いているだろう? 少し歩みを早めようか」
「……ん」
『狭間』は城の防衛構造の1つで、矢を撃つために小さく開けられた孔。
他にも『石落とし』というものもあり、共通して人が通れない程度の大きさになっています。
熱した油を撒いての火傷や、場合によっては糞尿を落とすなどして敵の戦意を削る目的で使用したりもしました。