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彼女の愛した英雄 ~銀翼のシルフィード~  作者: 相坂 恵生
第一章 千年王国の祭典
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常連の店 2 -女神の収穫亭- [修正版]


 天然の金塊群ナゲッツから引き返し、再度中央大広場オストアンデルひろばに到着した。

 イノシシを卸したおかげか奇異な視線は減り、トーガさんの表情もやわらかくなったように見える。

 そう。見える――だ。

 トーガさんは出会ったときのおだやかな笑顔のままであり、立ち振る舞いに大きな変化があったわけでもない。

 これは巨大なイノシシという悪目立ちする原因がなくなり、トーガさんが街並みに馴染んだからそう感じただけなのかもしれない。

 その程度のこと。

 でもこれが気のせいでないなら、とてもよろこばしいことだ。

 せっかくレウノアーネでの初の食事。

 リラックスして思い切り楽しんでもらいたい。

 なにせここは『世界の食が集まる場所』なのだから。



 王都には、北と西をぐるりと守るようにある三日月形の地中海クレセントドロップと南の中央地中海スピルパールがあり、どちらも広大で漁業が盛んだ。

 しかし大陸では川や湖で獲れる淡水魚が主流で、海水魚を扱う国はほとんどない。

 理由は外海に漁へ出たくとも海獣や海竜が無視できないほどの脅威だからだ。


『外海に船は浮かばず』


 そう言われるほど、外海漁の結末は常識的なものだった。

 そのおかげというのもおかしな話だが、海水魚は水の王国の特産物の1つとなっている。

 最近では交易国の影響も受けて、魚料理の質とバリエーションがさらに富んだ。


 これから案内するのは、そんな魚料理で王都指折りのレストランだ。

 もちろん肉料理でも自慢の品はたくさんある。

 店主のニコさんは王宮騎士団の部隊長という異色の経歴を持ち、その時代のツテを生かして良質な食材を得ているのだ。

 料理の腕前は文句なし。

 部隊長時代の経験談や英雄譚への情熱を語らせても一級品。


 レストラン案内は3日に1度とのことだから、次の案内までトーガさんたちが通う店になるかもしれない。

 個人的には最初の数日は王都のオススメを紹介して回りたいところだけれど、どうもトーガさんは約束にこだわりがあるようだ。

 ならば駆け出しの案内人ガイドとしてニコさんには事情の説明をし、トーガさんたちがやって来たときのお願い・・・をしておきたい。

 具体的に言えば店が満席のときや酔っ払いが絡んできたときなどの対応だ。

 トーガさんがケンカに巻き込まれてされるとは思えないけど、逆恨みなどの面倒事の回避に気を配っておいて損はないだろう。



 中央大広場オストアンデルひろばに面する『女神めがみ収穫亭しゅうかくてい』。

 テラス席のあるカフェ形式の店構えで、すでに天幕が張られて夏の日差しをやわらげる準備も万端だ。

 自然光を取り入れただけの店内へ2人を連れ入ると、明るい色合いのテーブルと椅子たちが出迎えた。

 ニコさんの姿はない。

 5年ほど前なら奥さんが元気に挨拶してくれるところだが、今は孫の世話で忙しいらしい。

 ふと元気いっぱいにプロポーズをしてくる幼子の姿がよみがえった。

 うん。お母さんもお婆ちゃんも休む暇はないだろう。

 もう一度視線を巡らせ、耳を澄ませると奥の方から作業する音が聞こえた。


「居た居た」


 最近は朝市の仕入れを息子に任せているとかで、厨房の奥で昼食用の仕込みをしているんだったか。

 ここは勝手知ったる常連客ということで。


「こちらの特等席へどうぞ! 私はちょっと、声 掛けてきますね」

「はい。お願いします」

「……します」


 トーガさんたちを案内し、さっそく挨拶へ向かう。

 カウンターから厨房へ乗り出して奥を覗き込んだ。


「ニコさん!」

「おう、ウルールの嬢ちゃん。今朝も元気だね」

「はい。おはようございます」

「ああ、おはようさん」


 こちらの行動はお見通しだと言わんばかりに、彼は作業を止めて待っていた。

 隙のない立ち姿で、薄地で膝丈のコックコートを見にまとった中肉中背の男。

 髪を後ろに縛った面長には、かつて戦士であったことを感じさせる鋭く細い目があった。

 ニコ・セーガル。

 今年で5歳の孫にメロメロな、女神の収穫亭の店主である。


「お客さんを案内してきました」

「うん? こんな朝早くにかい?」

「はい。こんな朝早くにです」


 不思議そうに片眉を吊り上げるニコさんの反応は正しい。

 確かに日はだいぶ昇り始めているが、まだまだ早起き業種にとっての朝の領域だ。

 早朝に出発する冒険者相手の屋台とは違い、ニコさんの経営するレストランの客層からするとかなり早い。

 チラリと視線を向けると、ニコさんがそれを追ってトーガさんたちを見つけた。

 2人が座るのは厨房と大広場が視界に入る特等席。

 トーガさんとシューちゃんは、一緒になって店の内外を指差したりと反応は上々だった。

 ボクが普段好んで座るカウンターでないところから、重要なお客様だというのは伝わっただろう。

 ニコさんはひとつ頷いた。


「予約もなく連れて来るなんて珍しいね」

「明け方にご縁が出来た恩人でして」

「恩人?」

「ちょっと油断してしまって……イノシシに」

「オイオイ危ないな。嬢ちゃんになにかあったら、王都は灯が消えたみたいになっちまうだろう?」

「そんな大げさな……」

「大げさなもんか。嬢ちゃんのオフクロさんやお師匠さんは塞ぎこむだろうし、うちのオーリンだって……うん?」

「どうかしました?」


 腕を組んでやんわりと説教を始めたニコさんだったが、合点がいかないと大きく首をかしげた。


「いつも連れてるでっかいの・・・・・はどうしたんだい?」

「あー、あのコはお留守番でした」


 それを聞くとニコさんはやれやれと大きなため息をついて見せた。

 護衛が留守番なんて聞いたこともない、と呆れているのだ。


「それで。怪我はないのかい?」

「あの方たちのおかげで」

「ならよかったよ」


 まだまだ言いたいことはありそうだったけど、ボクの後ろの”恩人たち”が視界に入るからだろう。

 こちらに続きを話せとひとつ頷いた。


「それで。恩返しに『王都で1番・・美味しいお店を紹介してほしい』と言われたのでここに案内しました」

「ほほう。それはご期待に応えなきゃならないな」


 細い目をさらに細めるニコさんが口角をぎゅっと上げた。

 こちらの事情と希望は伝わったようだ。


「しばらく王都に滞在されるとのことですから、ほんのちょっぴり気を回して頂けるとうれしいです」

「うちで面倒に巻き込まれない程度には気を使おう」

「ありがとうございます」


 女神の収穫亭は朝、昼、夜で客層が違う。

 特に夕食時からは兵士や冒険者が増える。

 そこに工房組合の鍛冶師たちもやってくるのだから、それはもう腕っ節に自信のある者がほとんどだ。

 そんな人たちでもこの店に迷惑を掛けようだなどという命知らずはいないが、お酒で勢いづいてしまうなんてことはままあるのだ。


「それは構わんが、必要があるかね?」


 言外に「強いのだろう?」という意味が含まれていた。

 一目見てわかるものなのだろうか?

 2人は広場の方を指差しながら話していた。

 今この瞬間を切り取ったら、ボクの目には旅暮らしをする親子にしか見えない。

 やはり見る人が見ると強そうに感じるのかもしれない。


「恩人には報いたい。水の王国民の心意気ですよニコさん」

「ハッハー、一本取られたな。善処しよう!」

「ありがとうございます」



 ニコさんの快諾に1つの目的がクリアされ、自然と笑みがこぼれた。




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