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とある乙女の鎮魂歌


 白い部屋。

 天井から垂れさがるようにしてボクを囲む透けたカーテン。

 その向こうには家族がいる。

 力を失った目のせいでもうほとんど見えないけれど、ぼんやり映る影のどれが誰で、どんな表情をしているのかはわかる。

 ちょっとした仕草が、記憶の中の家族と重なるからだ。

 あとどれくらいそれを見ることが叶うのかにも気付いていて、だからこそ視界に割り込む呼吸器から伸びた管がひどく煩わしかった。


 カーテンを潜り抜けた両親が、ボクの細くなった腕をいたわるように撫でさする。

 祈るように、すがるように手を握られた。


 そんなふうにしてもダメだよお母さん。

 身体能力の優劣なんて生き物である以上誰にでもあるし、たまたまボクが弱かっただけなんだ。

 他の人より寿命は短かったけれど、ちょうど20歳まで生きられた。

 幸運なことさ。

 事故や事件なんかでもっと短く、突然に亡くなることだってあるんだから――。

 それにその分たくさん面倒をかけたし、たくさんわがままも叶えてもらった。

 2年きりだけど1つ違いの弟も出来たしね。


 ああ、そうだ。

 一度だけその弟となった彼に、形容しがたい感情をぶちまけたことがあった。

 何もかもを吐き出して、爪を立てて、力の限り叫んで、泣きじゃくるボクを、ただただ静かに頭をなでて受け入れてくれた。

 目つきは悪いし、ぶっきらぼうだし、一言二言多いけど、根っこのところでやさしいんだ。

 そんな彼のやさしさに付け込んで、朗読をねだってはお気に入りのハードカバーの本を何度押しつけたことか。

 彼は眉根を寄せてしばらく、その真っ白な中身・・・・・・とにらめっこをしてから、嫌々そうに口を開くんだ。

 ボクはその瞬間がなによりも好きだった。



 彼の即興朗読で印象的だったのは2つ。



 1つは、天使が見える病弱な女の子と、自分が見えないと信じている灰色の羽を持った天使の話。

 窓辺で女の子が一生懸命に自分を見守る灰色の天使に話しかけているのに、お星様に話しかけていると勘違いしてしまう。

 女の子は神父様に相談したりスケッチをしたりして、色々なアクションを取るけど空回りし続ける。

 そして病状の悪化がわかり、両親が開いた女の子のスケッチブックを見て自分が描かれているのに気付くんだよね。

 ああ、彼女は不吉な羽色をした自分に話しかけていたんだって――。


 暗く落ち込む自分のために、投げかけてくれたいくつもの言葉。

 そのひとつひとつを思い出して、胸の奥からあふれる何かに突き動かされる。

 だから天使は叫ぶんだ。


「キミの気持ちは伝わった」って。


 見えなくて、触れなくて、声も届かない天使の仕事に絶望していたけれど、彼女のために笑うんだ。

 女の子はそれを見て、満足して息を引き取る。


 確か『人生の充実は長短ではなく、目標に向かって生きること』って言いたかったんだっけ?

 他にも『見返りばかりを求めて腐るな』って意味もあった気がするなぁ。

 お説教くさいキミらしいよね。



 もう1つは、交通事故で体を失った少女が首だけの姿で青年と交流する話。

 あれってボクとキミの比喩だったんだろう?

 外出もままならない少女と生きることに飽きた青年。

 どう考えてもボクらそのものだよ。


 ひょんなことから姉と弟という関係になったけれど、本当はボクのことが好きだったんだろう?

 家族ごっこに巻き込んじゃってごめんね。

 兄弟や姉妹に憧れてたんだ。

 ボクもさ。

 本当はね。


 ああ、ごめん。もう見えないし聞こえないや。

 イヂワルなボクがいっぱい約束したから、大丈夫だよね。

 キミには守るべきものがあるんだからさ。

 ちゃんと目標に向かって生きてよね。

 あのお説教くさい、即興絵本朗読の女の子みたいにさ。

 約束だよ。


 ああ、しまったな。

 約束の二十歳のお酒、持ってきてくれてたのに飲めなかった。


 キミと飲みたかったな……。




 ああ、生まれ変わってもまた、

 キミとえるといいな……。





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