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2 「家族」

例の件から約4日がたった。



親父は事件当時、近所の住民に通報され、敢え無くも御用となった。


お袋は、例の事件後からわずか4日という短期間で、体重は激減し、ほっそりと痩せ細り、外見はまるでミイラのようになっている。


姉と妹は、あの時真っ先に気絶した。病院からの電話によると、あまりのショックで記憶が曖昧らしい。これは好都合だ。

あの2人が記憶を残していたとしたら、先の真っ暗な道に迷い込むような人生になっただろう。


そうならなかっただけでも一安心だ。


だが、もうめちゃくちゃだ。


親父は警察に捕まった。


お袋は廃人と化した。


俺は不死身だった。


こんな荒唐無稽(こうとうむけい)で突飛な出来事が、俺の周りで起きた。こんなの理不尽すぎるこんなに不幸で不運で不幸せな事が突発的に起こるなんて、相当神様は俺の事が嫌いらしい。嫌いだけで、こんな事されたのなら正直、笑えない冗談だ。


なんてくだらない事を考えている矢先、玄関から、ピンポーンというインターホンの音が、静寂した家の中に響きわたる。


俺は何度も鳴らされるインターホンに苛立ちを覚えながらも、早足で玄関へと向かう。


玄関へ着き、カギを開け、ドアを開ける。



そこに立っていたのは、ボブヘアで色鮮やかな赤銅色(しゃくどうしょく)の髪を風に靡かせ、仏頂面で立っている妹。

その後ろには、ロングヘアの深々しい黒髪を晴天空をバックに『ここにいるぞ』と言わんばかりの存在感を放ち、怪訝(けげん)そうな顔お浮かべる姉の姿がそこにはあった。


なにこれ、なにこれ。ファッションショー?とか思っちゃうくらいのスタイルと容姿だ。


「お、おかえり」

あいさつを言う。

「「.........」」

無言。分かってました。分かってました。どうせ返事なんて返ってくるはずがない。そんなことは単純明快だ。


返答なんてする気もなく、俺を無視して家の中へ入ろうとする妹に俺は立ちはだかる。

「ちょ!? なにすんのよー!」

まじで怒り気味の妹を無視し、提案を持ちかける。


「ちょっと2人で買い物行ってくんないかなー? 」

俺のキャラとは違うチャラい口調で提示する。

「なぜ?」

と、凍てつくような声色(こわいろ)で返答がくる。

「いやー。食う物なんにもなくてさー、それにお袋は深い深い眠りについて、今はもう夢の中ってわけ。なんでもいいからできるだけ多く買ってきてくんね?」

キャラでもなくチャラい口調で提示する。


「はぁ? なんで私達がーーー...」

マジで切れ気味の妹を無視し、返答する。

「頼む。...退院早々にこんな事を頼むなんて非常識なのは分かってる。そんな事は重々承知だ。だが、頼む......」


「「......」」

初めて見るであろう俺の真剣で深刻そうな顔を見て、2人は押し黙る。

「分かったわ」

姉はまるで察したように承知する。

「ありがとう。本当に......」

そう言い、俺は自分の財布を姉に差し出す。

「不要だわ」

そう返し、2人はその場を後にした。



よし。後はお袋を正気にもどしてやり、何事も無かったように、あの2人に会わせるだけだ。

せっかく曖昧な記憶が、お袋の現状を見ただけで、蘇る可能性があるからな。


俺は早足でリビングへと向かう。


リビングに到着し、さっき見た時となんら変わらないお袋の姿があった。

椅子に座って、目は(うつ)ろのままで壁をずっと見ていて、痩せ細った色白な肌を服の隙間から覗かせているお袋の姿。



「おい。お袋」

「......」

お袋は無言のまま動かない。


「おーい。おーふーくーろー」

「......」

微動だにしない。


「おい! お袋!」

「......」

瞬きさえしない。


「おい! なんとか言えよ!」

俺は、肩を揺さぶりながら怒鳴った。

「ーーー...なかったのよ」

頑なに閉ざしていた口をようやく開いた。

だが、あまりにも小声で弱々しかったから、うまく聞き取ることができなかった。


「な、なんて?」

取り乱してお袋に問う。

「守れなかったのよ......」

俺はその言葉の意味を理解できなかった。


なにを? だれを? なんのことを?

親父の事か? 家庭の事か? 自分の事か?


俺の頭の中には、考察と意見が無秩序(むちつじょ)に交差するも、結果を出せなかった。


「なにをだ?」

俺の問いに、お袋は答える...

「...お父さんも...いのちも...」

と。明白ながら、俺はまたしてもお袋の言っていることが理解でなかった。



「俺は......ここにいるぞ?」

「『幻覚』なんでしょ?」

お袋の発言に、動揺したもののようやく分かった。

お袋は、俺が死んだと思っているということか。


はぁー...勝手に殺すなよ。


「おいお袋。普通、『幻覚』ってもんは、見えたとしても、触れるもんじゃねぇ。だって幻だからな。なら、俺に触れてみろよ。触れたら『現実』。触れなかったら『幻覚』ってことだ」


俺の頬に手を伸ばすお袋。


そして、ガサガサした肌が俺の頬に当たる。

その瞬間、お袋は涙を目に浮かべ、目に溜まった涙を零す。やがて、涙は頬を伝い、床に落ちる。


お袋へなにも言わず、俺の頭を撫で、幸せそうな笑みを浮かべる。


「お袋。とにかく風呂に入ってこい」

お袋はなにも言わず頷き、風呂場へ向かう。


ふぅー...一件落着。



結構落ち着いた感じで家族に接していたが、俺も相当きてる。すげーつらいよ。

だが、この家の、この家族の大黒柱である親父がもういない。ならば、男である俺が一番頑張らなくてはならない。支えていかなければならない。



風呂場を出る、ドアの音が俺の耳に入る。


リビングのドアが開き、死人のような肌だったのが、赤みを取り戻し、素晴らしい変貌を遂げていた。


「お袋。早速だが、姉貴といのみには例の事件の事は黙っておいてくれないか?」


「2人は覚えていないの?」

「あぁ。倒れて記憶が曖昧らしい。と言うか、覚えてないって方が正しいな」

「そう。当然黙っておく」

安心したような顔をしている。


「ところで、いのち。あなたはーーー」

「お袋! その事は落ち着いたら話すよ」

「そう。なら、お母さんもなぜあんな事になったのかは後ほど話すわ」

お袋は心配したような顔をしている。


「もう寝ろよ。寝てねんだろ?」

「そうね。そうする」

お袋は歩き出し、リビングから退出していく。



なんだか......眠......い...



■■■



「スーパー、人多かったねー。お姉ちゃん」

小さな両手に大きな買い物袋を提げ、私に言う。

「そうね」

私もその言葉に返答する。


「でも、なんであいつに従わないとだめなわけー?」

兄に文句を吐くいのみ。

「いいじゃない。いのち君も嫌がらせでやってるんじゃないのだから」

「そ、そうだけど......ってなんであいつに君付けなわけ?」

「私は昔から君付けで呼んでいるけれど」

「そ、そうかなー?」

怪訝そうな顔つきに変わるいのみ。

「そうよ。いのみも呼んでほしいの?『いのみ君』って」

揶揄(からか)い交じりにいのみに言う。

「それだけはやめて」

苦い顔をしながら鼻をならす。



「それより、お姉ちゃん」

「ん?」

いのみは深刻そうな顔をする。

「なんで私達、病院にいたの?」

「あら、聞いてなかった? 気絶したらしいわよ」

「それは知ってる。なんで気絶したのかな?」

「それは.........」


確かにそうだわ。そんな事考えなかったけれど、とても不自然だわ。

倒れた原因を聞いていない。いや、聞かされていない。おかしい。


()せない。


「まぁ、いいや」

いのみは、また無邪気な顔に戻り、元気を取り戻す。


なにかを忘れているような.........


家の玄関前に着く。なぜか、入りたくない気分になる。


「どうしたの? お姉ちゃん」

「い、いや。入りましょ」

いのみは、片手の買い物袋を置き、ドアを開ける。


4日間ぶりに玄関を潜り抜け、靴を脱ぎ、リビングへと向かう。


そして、リビングのドアを開ける。


そこには、床に寝そべり、ぐっすりと寝ているいのち君の姿があった。


「いっ!?」

突然頭に激痛が走る。

この光景どこかで見た。いのち君が寝そべってーーー......


果物ナイフ、お父さん、お酒、血、事件、4日前、リビング、いのち君......



『思いだした』














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