鬼頭真琴の場合その2 10
第十九節
とにかく、戻れるってんなら戻ろう。
こんなチャンスは滅多に無いから名残惜しく…なんかない!
ちらっと鏡を見る。
鮮やかな白黒赤の制服姿の美少女がそこにはいる。
いやいやいや!確かにこちとら日々性転換&女装上等のメタモルファイターだけども、決して趣味なんかじゃない。仕事とまではいかないが「仕方なく」なんだ。それで楽しんでたりするもんか!
…するもんか。
『戻る前に』とあったな…この紙袋に入ってるのは何だってんだ?
戻れることが分かった以上、直に戻って美夕を追いかけるべきなんだが、これだけは確かめておかないと。
ぺりぺりと安っぽいセロテープを剥がして紙袋を覗きこんだ。
「な…何考えてんの?!」
思わず喋ってしまった。口調まで操られていたのをすっかり忘れて。
きゅっと締まった手首のセーラー服を差し入れ、それを引き上げた。
それは…色とりどりの装飾が施された派手なブラジャーだったのだ!
…こんなもんを健全な男子高生のカバンに仕込むなんぞ、なんという悪質ないたずらだろう。
メタモルファイト一切関係なく、見つかったら下手すると逮捕されかねん。
裾の長いスカートを踏まない様に気を付けながら立ち上がる橋場。
鏡の中の制服美少女も同じく立ち上がる。
全く…何なんだよ。
ふと見ると、派手なブラジャーを持ったセーラー服がそこにはいる。鏡に映ってるんだから当たり前だ。
「…」
…こうしてみると、別に変態と言う感じはしない。女の子がブラジャーを持っている図は特に問題無いからだ。
…にしてもでかいな…。
鬼頭の趣味なのか知らないが、この女体は「はと胸」って奴だ。
急に今実際に身に付けてるブラジャーの中のおっぱいが意識され始める。
「…」
ええい!落ち着け落ち着け!今までブラジャーくらい何度もしてきただろうが…それもどうかと思うが…。
サイズ的にはぴったりってことか…。
橋場は鏡を見ながら、服…セーラー服…の上からその派手なブラジャーを胸に押し当ててみた。
…こんな感じか…
頬がぽおっと赤くなってきた。
何だ何だ!何をやってんだオレは…。それこそこんなもん実際に付けるとなったら、今着てる服を全部脱いで、ブラジャーも外して、今まで一回もまともに拝んだことが無い自分の「生乳」を空気に晒した挙句に、自分の手でブラジャーを押し当て、寄せてあげて押し込み、手が攣りそうになりながら背中側に手を回してホックを留めなくてはいけないってことじゃないか!
しないぞ!そんなこと絶対にしない!
こうやって服の上から当てるだけにするぞ!
その時、恐ろしいものが視界に入った。
そこには絶対にそこにいないはずのものがあった。
血走らせた目を見開いた美夕である。
第二十節
ぐるん!と一回転して振り返る橋場。
それに伴って長い髪がシャンプーのCMの様に空中に舞い上がって広がり、長いスカートも同様に踊り、素脚をきらめかせた。
「あ…あの…」
確かにそこには美夕がいた。
可憐にふわりと落下して落ち着く髪とスカート。
ブラジャーを押し当てたままだったセーラー服姿の橋場は、思い切りその体制のまま美夕に正対してしまった!
「ち!違うの!これはその…どんなんかなと思って…」
それを言ってるのは全身くまなく疑う余地のないほど「セーラー服の女子高生」と成り果てている元・男である。手にしてるのはどこで売ってるのか疑うレベルの派手なブラジャーだ。
『説得力の無い場面』として額に入れて展示しておきたいレベルの修羅場である。
最も、説明文が偉く長くなったうえにまともな思考パターンでは理解不能であるという些細な欠点があるが。
「…「自前の全身鏡」に「自前のブラ」…で「セーラー服の上からブラジャーのフィッティング」…って…橋場くん…あんたって人は…」
わなわなしている。
余りに追いかけてこないので、その恰好では追いかけ辛かろうと慈悲の心で引き返してあげたらこの惨状である。
「いやそのこれは違ってて…その…」
「つーぎは何かなはあはあは?お仲間からもらったブレザーやらスチュワーデス制服でも着て一人ファッションショーかしらあは?」
何か語尾がムチャクチャになっている。
「あ、あたしやっぱり幸せかも…彼氏と下着まで共有できそうだもんねえ…」
どう答えていいやら分からない。
「いやその…サイズ的にそれは無理じゃあ…」
しまった!と思った。
マジマジと橋場の巨乳と自分のごく普通サイズを見比べる美夕。
「ち、違う!これはホントに違うんだって!」
「最低!もおいい!」
今度こそ本当に飛び出していく美夕。




