鬼頭真琴の場合その2 09
第十七節
極端なことを言うと、人間は自分が今どんな格好してるのかは分からない。中にいるから客観的に外から見られないからである。
それでも見下ろせるから、何を着ているかは朧げに推測は出来るが、「顔」なんて全く見えない。
生まれてから一度も写真も鏡も見たことが無い人々に集合写真を見せると、全員が「一人だけ知らない奴がいる」と答えるという。
そう、自分自身の顔を一度も客観的に見たことが無いために認識できなかったのである。
自然と女性的…思春期の少女のリアクションになってしまう橋場がゆっくりと鏡に近づいていく。
前かがみになると胸の大きさが強調され、長い髪が揺らぐ。
「…」
なるほど水木の気持ちも少し分かる。
「…っ!!!!」
髪が大きくたわむのを承知で目一杯ぶるぶると首を振る橋場。
いかんいかん!こんなことしてる場合じゃない。
やらなきゃいけないことは山積みだ。
まず、元に戻らんと…しかし、これって本当に鬼頭の能力なんだろうか?…そうじゃなくて、これまで使いまくってきた能力のツケとして自分の能力を自分で食らう羽目になったとか?
だとしたら一生戻れないってことになる。それはゴメンだ。
一番ありえる可能性は、やはり鬼頭の能力だ。
さっきのファイトで、確かにお互いに約束した状態で始まり、そして終わった。
だが、鬼頭サイドが何かをした形跡はない。
そういえば飛田のおっさんも言ってた「能力を遅発させる」ことは可能だって。
あの時は一瞬おくれておっぱいが膨らむ程度だったが、試合が完全に終わってから何らかのきっかけで発動するように仕掛けておくことも出来るってことかぁ!?
…そんなことが可能なんだろうか?
メタモルファイトは「掛け持ちが出来ない」という最大の特徴がある。
前の試合を完全に終わらせておかないと次の試合を始めることが出来ず、前の試合の影響が仮に残っていたとしても、次の試合が始まればそれはリセットされてしまう。
この原則って例外は無いはずだよな?
…ということは今のオレも誰かとメタモルファイトを開始すれば速攻で消えるわけだ。
第十八節
そうか…鬼頭が教えたかった「戦闘の法則」ってのはこれだったのか。
要するに「試合中に仕掛けた「遅発」「条件発動」を試合後にも継続できる」と教えたかったってことだ。
それならそれで口で言ってくれればいいのに…。
いや、口で言うよりも実際に仕掛けて見せた方が説得力はある。そうだな。
しっかし、こちとら実家住まいの高校生だぞ?
テメエの息子が学ランの男子高校生からセーラー服の女子高生に変わるのを見せられるごく普通の家庭の事情を考えて欲しいもんだ。
「…!?」
何か虫の知らせがある。
そう言えば別れ際にカバンに何かねじ込んできたんだった。
慌ててカバンを開けてみる。
するとそこには紙袋があるではないか。
長いスカートを折りたたむ様にしてしゃがみ込む女子高生橋場。…情けないが仕方が無い。
持ち上げるとはらりと紙が落ちた。広げてみる。
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これを読んでるってことはもう発動しちゃったかな?
大体お察しの通り。「やらしいことを考える」と発動で仕掛けたのね。詳しいやりかたと仕組みはまた明日。
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…なんてこった。やっぱりそうだった。
恐らく、鬼頭としては橋場が自宅の自室で、…一人で耽っている時に性転換&女装してしまういたずらを仕掛けようとした訳だ。
よりによって「二人」で気持ち良くなろうとした時に発動してしまったのである。
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今度こそメタモルファイト終わりだから、気合入れれば戻れるよ。
でも、良かったらプレゼントあげるんで、戻る前に試すのもありだよ
まこと
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手紙から顔を上げる橋場。
髪が背中に流れ、背中の真ん中あたりのブラジャー金具が意識される。
…ってことはもう戻れる訳だ。
ふと見ると床にへたり込んでいる。
スカートが大きく丸く広がっていた。プリーツ(ひだ)が全体にたっぷり掛かっている“広がりやすい”スカートだったからこそ出来る挙動だ。
「…」
…何て可愛らしい恰好なんだ…って違う違う!
ぶんぶんと頭を振る。




