鬼頭真琴の場合その2 08
第十五節
電話で話したんでは今の「女言葉」を聞かれて余計に激昂だろう。そもそも「自分以外の女の声」電話なんぞ感情的になってしまいかねない。例えそれが「カレシ本人のもの」であってもだ。
橋場は速攻で謝罪メールを送った。
送りまくった。
何故か申し訳なさなのかなんだか知らないが、ベッドの上に乗り出すようにして四つん這いみたいな形で肘をついた体制で送りまくった。
返信は…ない。
女が怒ってその場を去ったならば男は追いかけるべき!…というのをどっかで読んだ気がする。
確かにそうなんだろうが、今は男じゃないし…ってじゃなくて!…とにかく状況が許さないので追いかけるのは得策じゃない。
そりゃメタモルファイターである橋場が本気になれば美夕くらいはどうにでもなるんだが、そんな「“女同士”の恋愛のもつれによる修羅場」みたいなけったいなものを見世物にする気はない。
仮にそうなったら今の橋場も「何よ!」みたいな感じで応戦することになるだろうから、益々訳が分からんことになる。
こっちは世を忍ぶ仮の姿だが、美夕がたまらんだろう。
返事は…こない…来ないなあ…。
橋場は四つん這いのまま横方向に倒れると、そのまま仰向けになった。
…なんてこった…こんなことになるなんて…。
…胸が重いな。
思わずがばりと起きてみる。
…やっぱり下半身の違和感が凄い。というか、橋場はスカートでベッドに座るのは初めての体験だった。
「…」
柔らかい布団が下から押し上げる中、脚をスカートの中で左右に振ってみる。しゅるしゅるとスリップの表面をふとももが撫でていく。そして素脚同士がスカートの内側で接触し、軽くするりとこすれた。
「あ…」
何なんだこの訳の分からん着心地は…。これがスカート…なのか…。
生粋の(?)男に言わせれば着てるんだか着てないんだかもはっきりしない着心地だ。
今までスカートはかなりの回数着せられはしたんだが、こちとら水木みたいに自宅に帰ってまでメタモルファイトの続きをやろうとは思わない方だから、こうして「ひとりっきり」で女体…そして女物の服…と共に放り出された経験が無いのだ。
「…」
改めて見下ろしてみると、真っ黒な制服に純白のラインに真っ赤なスカーフと目に痛いくらいの原色だらけだ。
「あ、あー」
やっぱり声が高い。
メタモル能力は自分で自分に掛けることが出来ない。なので、自分が持つ能力である「セーラー服」を着た経験がほぼ無かった。
この間鬼頭と初対決した時が最初だ。
それならセーラー服以外ならあるのか?と言われると結構ある。
一番多いのは斎賀のブレザーだ。
あいつとの練習試合が一番多いので、結果として食らうことも多い訳だ。
ただ、他人の目もあるし、それで何かが起こる訳じゃない。何回練習試合やっても基本的には戻って帰る。
ペナルティとして変えられたまま帰ることもあったが、玄関で解消してから帰宅するので同じである。
第十六節
念のため携帯を確認する…まだ届いてない。美夕からの返事が。
部屋の中を動き回る都度、女体と女装の感触…感じ方がより鋭敏になっている気がする。
まてよ…?そういえば…。
橋場は押し入れに突撃した。
確かあったはずだ。中学に入った時に何故か親戚のおばさんがくれた大きな鏡が。
中学に入ったなら身だしなみをきちんとしなきゃ…みたいなことを言ってた。
探し始めると意外なくらいあっさりと見つかった。まるで見つけてもらうのを待っていたみたいだ。
引っ越しを経験しているのに、こんな純粋な置物を取っておいたのは何故なんだろうか。まあいい。
「よっこいしょっと」
鈴の鳴る様な可愛い声だ…。ちくしょう…何なんだ一体。
カバーを取って、一歩、二歩下がって振り向いてみた。
「っ!!!!?!」
びっくりした。
心臓が止まるかと思った。
それくらいきゅっと引き締まって小柄で髪が長く可愛らしいセーラー服美少女がそこにいたのである。
「…?」
焦って動き回ったためか、長い長い髪が数本ほつれて顔に掛かっている。小さな顔に背中まである長い髪が映える。
細く引き締まったウェストからスカートが広がっている。
…なんか全然違うと思ったらこれだ。橋場が毎日学校で見慣れている「セーラー服」はもっと寸胴で野暮ったいのである。
まるでモデルみたいなメリハリの効いたプロポーションだったからこそこんなに「ドキっ!」としたのだ。
それにしても…。
そっと手を動かすと鏡の中の女子高生も手を動かす。
いや、これは美夕が怒るはずだ。かなり違うが、言ってみればこの外観を持つ「別の女」と「より深い関係」になってる訳だから。
…まあ、普通は「深い関係」ったって、中に入り込んでる状態には…世間一般では…余りならないものなんだが。
大きく見えるお尻のサイズを両手で挟み込む様にしてみる。
「これは…」
橋場はちょっと反省した。
少なくとも、変身させられたならば可能な限り鏡で自分の「なり」を確認すべきだ…と。




