プロローグ
アスファルトに生える沢山の高層ビル。行き交う人々。道路を走り抜ける車達。そして、様々な色や形をした箒達が人を乗せて、悠々と青空を飛んでいる。
彼にとってこの窓越しの光景は、ごく当たり前の光景でしかなかった。
「失礼します」
扉の外から男性の声がすると、彼はふたつ返事で男性の入室を許可する。部屋の木製の扉が開き、白衣姿の男性が窓越しの彼に徐々に近づくと、彼の真後ろにある机の一歩手前で止まる。
「本日、人間界の例のDエリアを調査したところ、魔力濃度がまた急上昇を見せ、再び標準値の濃度まで下がりました。上昇した経過時間は45分が10分置きに3回。これがそのグラフです」
白衣の男性が言う魔力濃度とは、彼等のいる世界と本来必要としていない人間界に空気として僅かに混ざっている魔力の粒子の濃度である。
一枚の紙を机の上に置くと、白衣の男性は机から一歩下がる。用紙には青色の折れ線グラフと『魔力濃度指数』と記されている。
彼はくるりと初めて男性に身体を向け、机の上にあるグラフの紙を手に取る。
「前回も10分置きだったよね。だけどそれが1日に4回もあった」
「はい。このままではDエリアを震源に大規模な震災が起こるのも時間の問題です。ここ数年で、Dエリアでの震度2以下の地震が頻繁に起きているのもまた事実。団長、そろそろご決断を」
「うん、そうだね」
彼は持っていた紙を机の上に置き、白衣の男性を真っ直ぐに見つめこう言った。
「今日のランチ、トンカツ定食に決めたよ」
「は…い…?」
白衣の男性は団長と呼んだ彼に対し、戸惑いと期待を裏切られたような表情で首を傾げていた。
「いや〜ラーメン定食と迷ったんだ。それともハンバーグ定食?でもハンバーグは一昨日の夕飯だったしな…」
「ちょちょっ…これは一体、何の話ですか?」
「ん?ランチの話だけど」
彼は壁に掛けられている時計を指差し、12時を少し過ぎたことを白衣の男性に教える。
「失礼ですが、そういうことは後にして下さい!今は一刻を争うんですよ」
白衣の男性は声を荒げ、団長の机を両手で一回叩くが、そんなことは御構い無しに彼はまるで女の子のように小さく笑って誤魔化した。
「ふふっ…冗談だよ。そんな怖い顔しないで。んじゃ、ランチ取ってから仕事再開で」
「今すぐに実行命令して下さい!ラーメン定食はその後です」
「僕、トンカツ定食なんだけど…」
眉をピクリと動かし今にも切れそうな男性の表情を取ったのか、彼はこれ以上ランチの話はしなかった。
「ふう…わかってるって」
自分にやる気スイッチを入れるかのように、彼は軽い深呼吸を終えると、白衣の男性に真剣な眼差しでこう言った。
「これより、桜井マナを我が団にスカウトすることを許可する!」
「御意!」
白衣の男性はくるりと回れ右をし、扉の前までスタスタと速歩きをする。
「あ、ちょっと待って」
ドアノブに手を掛けようとした瞬間、彼に止められた白衣の男性は怪訝そうな顔で振り返る。
「なんで魔力濃度が毎回10分置きに高くなるのかな?」
彼の問いに対し男性は息を短く吐くと、呆れた顔でその答えを出した。
「そんなの、テストだからですよ」
男性はその後、もう一度ドアノブに手を掛けて先程入ってきた扉を力強く開けそして勢いよく扉を閉め、この部屋から出て行った。
「真面目だな…んっ?」
彼が閉ざされた扉を見ると、扉の下に一枚の紙が落ちていることに気付く。近付いて拾うと、それは写真だった。
「…動き出すんだね。全てが」
彼が拾った写真には1人の少女が写し出されていた。胸まである黒いロングヘアーを一つにまとめ、紺色のブレザーとチェックのスカートを纏った女子中学生。
彼女こそが、桜井マナ。