新年SS 『二人のお正月』
新年、明けましておめでとうございます。どうも疎陀です。旧年中は大変お世話になりました。本年もよろしくお願いします。
昨年の感謝も込めまして、新年SSを。『え? オルケナ大陸にお正月とかあるの?』みたいな細かい突っ込みは無しで、楽しんで頂ければ幸いです。ではでは~。
カーテン越し、窓からのぞく太陽の光に浩太は眩しそうに眼を細める。
「……眠い」
さして広くないベッドの上、寝惚け眼を擦りながらそう呟く浩太。昨日は夜も遅かったし、流石に眠たい。上下の瞼の逢引を邪魔するのは余りにも酷だと判断し、浩太は再び夢の国に旅立つために布団と毛布を顔まで上げかけて。
「――そろそろ起きたらどうだ、寝坊助さん?」
少しだけ拗ねた様な、ちょっとだけ甘える様な、それでいて笑いを堪えた様な響き。聞き慣れたその女性の声に、きっと彼女は口元には笑いを堪える様な、でも隠し切れない愛しさを載せた表情を浮かべているのだろうと当たりを付け、浩太はぱっちりと眼を開け――
「……もうちょっと。後……五分」
――ない。今日の浩太は少しだけ、強情。我眠い、故に我寝る、と言わんばかりの浩太のその態度に、件の女性は溜息交じりに言葉を続けた。
「……やれやれだな」
「だって……昨日、遅かったし……」
「それは私も一緒だ。むしろ、私の方が遅かったぞ? あの後仕事もしたし」
「……マジ?」
「大マジだ」
「結構飲んでたのに……すげーな」
「気合と根性だな。正直、私だって眠いのは眠いさ」
「じゃあ……どう? もうちょっと一緒に寝る?」
そう言って、自身の潜る布団の左半分を開けて見せる。そんな浩太の姿に、女性は苦笑を浮かべて見せた。
「中々に魅力的な提案だと思うが……そうも行かないだろ? さあ、コータ? 起きよう? 今日は色々挨拶周りに行くって言ってたじゃないか」
「……ヤダ」
「……ヤダって……コータ?」
「……ヤダ、ヤーダ!」
「……仕方ない奴だな」
布団越し、聞こえてくる小さな溜息に浩太は自身の勝利を悟る。さて、それでは再び夢の国に旅立とうとして――
「……それでは朝食は私がつくろうか。たまにはこういう日があっても――」
「今起きた、直ぐ起きた! だから、朝食は作らなくてもイイ! 心配するな! 俺が作る!」
――意識を一気に覚醒させ、ベッドの上から飛び起きる。ご丁寧にサムズアップまでして見せる浩太の仕草に、恨みがましい女性の視線が突き刺さった。
「……なんとなく、その態度は気に喰わんのだが? なんだ? 私に朝食を作って貰うのがそんなにイヤか? 愛しい愛しい妻が作る料理がそんなにイヤか?」
喋る度、ドンドンと視線の温度が低下していくことに浩太の冷汗も止まる事を知らないかの如く溢れ続ける。如何ともし難い現状に、それでもなんとか浩太は言葉を振り絞り話題の転換を図って。
「――あ、明けましておめでとう、シオン。今年も宜しく!」
「……それで誤魔化されると思っているのか?」
――失敗しました。
◆◇◆◇
「……全く。お前と云う奴は」
不満そうな視線を向けながら、モグモグとトーストを齧るシオン。そんなシオンに『ははは』と乾いた笑いを浮かべながら、浩太はシオンの皿に目玉焼きとカリカリに焼いたベーコンを乗せた。
「いや……ごめん」
「私だってコータと結婚してからの一年、サボらずに練習をしているんだぞ? 流石にディナーの様な手の込んだ料理は難しいが……トーストとベーコン、それに目玉焼きぐらいなら作れる」
「いや、まあ……なんか、癖でさ。ついつい『シオンが料理』ってなると条件反射で……ねえ?」
「『ねえ?』じゃない、『ねえ?』じゃ」
「あー……ま、まあ! ホラ、シオンは何時だって仕事を頑張ってくれているし! 専業主夫みたいなモンだしさ、俺! それぐらいはさせて――って、ちょっと待って? 練習してる?」
色々な人の驚愕と絶叫に彩られたシオンと浩太の婚約発表および電撃結婚式から一年。『コータを養うのは私の贖罪の様なモノだ。お前は気にせず……そうだな、家事でもしてくれればいい。金は私が稼ぐ』というシオンの言葉通り、浩太は専業主夫業を続けている。根が努力の人、専業主夫である事を選んだ以上、その場所で全力を尽くすのは浩太のポリシーでもあり、つまるところ。
「……シオン、俺の料理不味い?」
なんとなく、自身の居場所を否定された様で幾ばくかのショックを受ける。そんな浩太に、シオンは慌てた様に両手を振って見せた。
「そ、そんな事はない! コータの料理は何時だって美味しいさ! 感謝してる!」
「それじゃ……って、シオン? どうしたのさ、そんなあからさまに『しまった!』みたいな顔して」
浩太の言葉に、渋面を作って見せるシオン。そのまま視線を横に逸らすも――自身の正面に座った浩太の視線の圧が消えない事に、諦めた様に口を開いた。
「……アリアに」
「アリアさん?」
「アリアに、教えて貰っている。本当に少しだけだが……その、料理も……掃除も」
恥ずかしそうに頬を染めてソッポを向いたまま。そんなシオンに、浩太は頭に疑問符を浮かべて見せる。
「……なんでさ? 不満が無いなら今のままで良くないか? それにシオン、いっつも忙しい忙しいって言ってたじゃん。研究だってあるんだし……無理しなくてもイイよ?」
「む、無理では……って……だから……ああ、もう! 分かれ!」
バンと机をたたき、立ち上がって涙目で浩太を睨むシオン。そんなシオンの姿に慌てた様に浩太が手を左右に振って口を開いた。
「うお! ど、どうしたのさ、シオン! 急に怒り出して!」
「怒るさ! っていうかだな! コータ、君は少し鈍すぎる!」
「まさかの罵倒!? なんで!」
「そ、そんなの……」
決まってるだろ! と。
「お、お前に……コータに、『美味しい』と言って貰いたいからに決まってるじゃないか!」
「……は? って……え?」
「だ、だから! たまには私だって手料理を振る舞ってコータに美味しいって言って貰いたいんだ!」
言い切り、ストンと腰を降ろすシオン。
「……前に、エミリ嬢の料理をご馳走になった事があるだろ?」
「……うん」
「コータ、凄い褒めてたじゃないか。プロが作るみたいとか、エミリさんの旦那さんになる人は幸せですね、とか」
「……ええっと……」
「……凄く、羨ましかったし……悲しかった。『エミリさんの旦那さん』じゃないコータは、不幸せなんじゃないかな、って……だから、せめて……こう、妻らしい事をしようと思って」
下を向き、ポツリ、ポツリと喋るシオン。そんなシオンの姿に、なんだか胸の奥が温かい様な感覚を覚え、知らず知らずの内にシオンの頭を撫でる。
「……ごめんね」
「……いい」
「……そういうつもりじゃ無かったんだ。別に……こう、なんて言うんだろ? エミリさんの方が良いって訳じゃ無くてさ。シオンの良い所、俺は一杯知ってるから」
「……うん、分かってる。分かってるけど……嫌だったんだ」
「……ごめん」
「我儘なのは分かっている。分かっているが、それでも止められない。コータが、私以外の女を褒めるのは見るのも、聞くのも、イヤだ。なんだか……コータが盗られちゃう気がして……身を切られる程、辛いんだ」
「……相変わらず心配性だね、シオンは」
「そうか?」
「そうだよ。ホラ、こないだだって。折角綾乃がラルキア大学の講師の仕事を紹介してくれたのに、『あ、アヤノ嬢と一緒の職場なんて絶対認めん! なんだ! コータ、もう私に飽きたのか!』って」
浩太の言葉に、気まずそうにシオンが視線を逸らす。
「……エミリ嬢もだが、アヤノ嬢だってコータと仲の良い女性だ。容姿だって、性格だって、料理の腕だって、頭の回転の速さすら持ってるんだぞ? 加えてアヤノ嬢は『昔』のコータを知っているアドバンテージがあるし……それに昔はコータ、アヤノ嬢に想いを寄せていたんだろ? そんなの……不安になるじゃないか」
「いや、流石に俺もそんなに節操無いつもりは無いよ? シオン一筋だって」
「……ふん。悪かったな。私はどうせ、重い女だ」
「重い、とは思わないよ? 愛されてるな~、とは思うけど」
「嫌か?」
「まさか。幸せだよ?」
そう言ってにっこり微笑む浩太。その姿に、不器用ながらもシオンが笑顔を返し、おずおずと口を開いた。
「……その……ごめんなさい」
「なんでシオンが謝るのさ?」
「だ、だって……なんだか、コータを信用していないみたいで……感じがワルイかな、と思ってな」
「感じが悪いとは思って無いし、信用されて無いとも思ってないよ」
そんな浩太の言葉に幾分ほっとしたかのように息を吐き、その後シオンはゆるゆると苦笑を浮かべて見せた。
「どうしたの、シオン?」
「いや……まさか私が、このシオン・バウムガルデンが、こんな風に変わってしまうとはな、と思ってな。あれ程『世界に恋をしている』と言っていた癖に、コータが私の隣からいなくなってしまう事を考えるだけで何も手が付かなくってしまう程コータに依存するようになるとは、と思ってな」
「ダメな変化だと思う?」
「少なくとも、色恋沙汰にうつつを抜かすのは余り褒められた事ではないな」
だが、と。
「……悪い気分はしないさ」
「……そっか」
「そうだ」
そう言って口を閉じ、嬉しそうに、幸せそうにはにかむシオン。そんな姿になんだか照れ臭くなって、浩太は慌てて言葉を継いだ。
「さ、さあ! 早くご飯食べて新年の挨拶周りに行こう! お義父さんとお義母さん、アリアさん、エリカさんとエミリさんに……ソニアさんもラルキア来てるんだっけ?」
「そうだな。それに、マリア嬢もホテル・ラルキアに宿泊していると聞いた。ベロアも居るし、丁度良い。クラウスやエルにも挨拶をしておこう。ベッカー家やロート家はどうする?」
「出来たら、で。陛下の所は?」
「それは明日以降にしよう。今日は陛下も忙しいだろうし……挨拶に来た、といえば無理をしてでも時間は空けてくれるだろうが、そこまでさせるのは本意ではない。ああ、それでもロッテ翁の所には行くぞ? 親戚だし」
「ええっと……お年玉は?」
「アリアとソニア様には用意してある。一応、エリカの用意はしてあるが……まあ、今年で二十歳だろ? もうお年玉を貰う年でもあるまい。物欲しそうにしていたらやればイイ」
「物欲しそうにって……言い方が悪すぎるでしょ、シオン。にしても……行く所、結構あるな。それじゃ早く出ないと遅くなるな」
「そうだ。だから、早く起きろと言ったんだ。言っておくが、どの場所でも長居するつもりは無いぞ? 『明けましておめでとう、それじゃ!』の姿勢で臨め」
「いや、流石に無理でしょ、それは」
苦笑を浮かべて溜息を吐きつつ、浩太は手早くテーブルの上の皿を片付ける。丁度、シオンの手元のお皿が空いた事に気付き、浩太はシオンの皿に手を伸ばし。
「――え?」
不意に、ぐいっとその手を引っ張られる。思わずたたらを踏んだ浩太の耳元に、シオンがそっと唇を寄せて。
「……相変わらず鈍い奴だな、コータ? 早く帰って、ゆっくり二人だけの時間を過ごしたいという気持ちが分からないか?」
「……ごめん」
「それに、今年は『目標』もあるからな」
「……なんだよ、目標って」
そんな浩太の問いに、茶目っ気たっぷりに、それでも頬を薄っすらと紅潮させて。
「――早く見せてやりたいんだ。『孫』の顔を」
照れ臭そうにそう言うシオンは、それでも今まで浩太が見て来た中で、一番可愛く、美しく、綺麗な笑顔を浮かべていた。
◆◇◆◇◆
「……」
ゆっくりと瞳を開けて、そこが見慣れた自室の天井である事を確認した浩太は自らの口元にあった布団を思いっきり引き上げて顔を隠すと、布団にくるまったまま身もだえた。
「~~っ! ~~っ!! な、なんて夢を見ているんですか、私は!」
昨日は大晦日。年末特有の気忙しさや、それに伴う高揚感で確かにエリカやエミリやソニアや綾乃、それにシオンとも夜遅くまで騒いだのは事実だ。お酒も飲んだし、その勢いでそう言った――まあ、『コイバナ』もちょこちょこ出て来てはいた。いたが。
「……ないでしょう、シオンさんって」
シオンはどちらかと言えば囃し立てる方で、『そっち』方面の話はしていない。だって言うのに、そんな事を思うと言うのは、だ。
「……深層心理とかだったら怖すぎるんですが」
イイ意味でも、ワルイ意味でも。そう思い、なんだかもう寝られなくなった浩太は溜息を吐きつつ布団から這い出ると、部屋の扉を開けて。
「「――あ」」
今、一番逢いたくない人に出逢ってしまう。思わず視線を逸らそうとして――なんだか少しだけ気まずそうな表情を浮かべるシオンに、訝し気な表情を浮かべて見せる。
「……シオンさん? えっと……取り敢えず、明けましておめでとうございます」
「ん!? あ、ああ! あ、明けましておめでとう、コータ! そ、その……なんだ! おめでとう!」
「……どうしたんです、シオンさん? なんだか『あうあう』していますが。まさか……また、なにかやらかしたんですか?」
「や、やらかすってなんだ、やらかすって! 私だって新年早々、問題など起こしはしない! そ、そうじゃなくて、ちょっと夢が!」
「……夢?」
「ち、違う! 別に……そ、そう! あんな新婚生活も悪くないな、とか思ったりはしていないんだからな! 勘違いするな!」
「……は?」
「――っ! ち、違うと言ってるだろう! 忘れろ! とにかく! 明けましておめでとう! じゃあ、私は先に行くから! お前も早く来い!」
そう言って、浩太の返答も聞かずにズンズンと大股で廊下を歩くシオン。その後姿を幾分呆気に取られた顔で浩太は見つめて。
「……まさか、ね?」
自身の益体のない想像に左右に二度首を振って、シオンの後を続くように浩太は食堂に歩みを進めた。