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なろう特典SS 『ノエル、放逐されるってさ』

過日、皆様のお陰を持ちましてフレイム王国興亡記第一巻が発売となりました。お手に取って下さった方、ありがとうございます。

書店様の御好意で特典SSを書かせて頂きましたが、地方在住の方には『買ったのに、特典ついてねーよ!』という方もおられるかと思います。ええ、ぶっちゃけ、私がそうですw そう言っても流石に『んじゃ書店様分を公開!』という訳には行きませんので、なろう特典という事で一話、投稿させて頂きます。大した恩返しにはならないかも知れませんが、書く事ぐらいしか出来ませんので、読んでやって下されば幸いです。ではでは~。


『うん? どうかしたか?』

『……へ? あ、ああ! も、申し訳ございません! い、いえ……空を見上げられていたのでどうされたのかな~、って』

『……ああ。雨が降らんな、と思ってな』

『雨、ですか?』

『今年は暑かった上に雨があまり降らなかっただろう?』

『ああ……そう言えば』

『少し、心配になってな』

『そうですね……大丈夫でしょうか? ファイマー伯爵様とレンドル子爵様は』

『……ほう。なぜその二つの貴族が心配なのかな?』

『……へ? あ! も、申し訳ございません! 知った様な事を!』

『構わん。言ってみなさい』

『いえ、そ、その……去年、小麦は豊作だったじゃないですか? だから、今年ちょっとぐらい不作でも何とかなると思うんですよ。でも、ファイマー様とレンドル様のご領地の名産って絹でしょう? こう、暖かくて雨が降らないと、蚕さんが沢山死んじゃうな~って……』

『……』

『い、いえ! 何となく! 何となくですよ? 昔、私が飼ってた蚕さんはこんな季節の時に全滅しちゃたんで!』

『……いい度胸だな』

『……へ? い、いい度胸?』

『仮にも領地運営を支える『産業』と女子供の手慰みの『飼育』を同列に考えるか? 失礼な奴だ』

『――――は? ち、違いますよ! そ、そういう意味じゃありません! 『あんなむっさいおっさん達に繊細な養蚕なんて出来る訳ないじゃん、ぷげらー』とか思ってませんから!』

『…………本当にいい度胸だな。お前、名前は?』

『だから――へ?』

『名前だ。お前の名前は何というのか?』

『……』

『どうした?』

『……も、申し訳ございませんんん!!! ナマ! ナマ言っちゃいましたぁーー! 反省しています! 反省していますので、お取潰しだけは! お家お取潰しだけは何卒ご勘弁を!!』

『……そんな事はせん。いいから、名前だ』

『そう言って油断させといて、家名を言った瞬間に『騙されよったな、バカめ! 取潰しじゃ!』とか言うんでしょぉ! 言いません! ぜーーーったい言いませ――』

『いいから名前!』

『は、はひぃー! わ、私! 私の名前は!』


◇◆◇◆◇◆


 フレイム王城、宰相執務室。


 涼やかにペンを走らせる宰相、ロッテ・バウムガルデンはコンコン、という扉を叩く音に静かに手を止める。イイカンジに興が乗って来た所であり、若干不機嫌そうな顔を浮かべかけ――自らが呼んだ人物が来たのだろうと推測し、表情から険を取った。

「入れ」

「失礼します! ノエル・ハインヒマン、入ります!」

 がちゃがちゃと、品位の欠片も無い音を立てて執務室のドアが開く。その音に眉を顰めかけ、入って来た人物の姿を確認し――顰めかけた眉を、思いっきり顰める。

「……ノエル? なんだ、その笑顔は?」

「え? えへへへ~。頬、弛んじゃってますぅ? え、えへへへ~」

 その指摘を受け止めても尚、ノエルの顔から『だらしない』と形容しても間違えの無い笑みが消える事は無い。仮にもロッテは宰相、言ってみればノエルの上司に当たる人物からの召喚に際し、えへへ~とにやけきった顔で入って来る人間などロッテは見た事が無く――なぜ、この少女が笑って入って来たのか、その理由が全く分からなかった。

「……どうした、ノエル? 何か良い事でもあったのか?」

 それにしたって宰相の部屋に来るのにその顔は無いだろう、と思いながらもロッテは優しくそう問いかける。そのロッテの『優しさ』に、何を勘違いしたのかノエルの顔が更にやにさがった。

「えへへへへへへへ~。それはこ・れ・か・らでしょう、ロッテ様!」

「こ、これからだと?」

「ええ、もう分かっていますよ! 憎いな~、この! この!」

 ずずいっとロッテの座る椅子までその身を近づけ、『この、このぉ!』と肘でロッテの横腹を突く。繰り言になるがロッテは宰相で、ノエルはその部下だ。しかも『社長とヒラ』ぐらいの差がある。にも関わらずこの気安さ、だ。

「……ノエル、辞めてくれ。少し痛い」

 尚もしつこく『この、このぉ!』を繰り返すノエルを手で押しのけ、ロッテはまあ座れ、とノエルに椅子を勧めた。勧められるまま、ぴょんと擬音が付きそうな程に軽やかに椅子に座ったノエルはきらきらと光る瞳のまま、ロッテに視線を向ける。

「わくわく、わくわく!」

「……あー……ノエル? 口で『わくわく』というのは辞めて貰えるか? というかだな? 何をそんなにわくわくしているのだ?」

「もう、ロッテ様! まだ引っ張るんですかぁ!」

「引っ張る? 一体何の――」



「出世するんですよね、私!」



「――話……って、は?」

「だから、出世するんでしょ? 王城勤務から二年! ようやくこのノエル・ハインヒマンもヒラの女官から出世ですか! いや~、ライラとかフローラと差が付いちゃいますね~」

 照れた仕草をして頭をかきながら、それでも気持ちの悪い含み笑いをして見せるノエルに。



「……出世……だ、と?」



 ロッテは、この男にしては珍しい程の愕然とした表情を浮かべた。

「の、ノエル? 出世? 出世と言ったか? いや、ノエル? お前、大丈夫か?」

 頭が、とは言わない。ロッテも空気は読む。

「ええ! いや~、参りましたね~! まさか宰相閣下直々に私に報告してくれるとは! そこまでこのノエル・ハインヒマンを買って下さいますか!」

「い、いや、ノエル? お前、王城付女官になってからこの一年、自分が何をしたか覚えているか?」

「へ? それは勿論、毎日職務に邁進していましたよ! その功績が認められ、私ことノエル・ハインヒマンはこの度、出世するんですよね!」

「……ほ、ほう。職務をサボって人の菓子を摘まみ食いをするのがお前の言う『職務に邁進』すると言う事か?」

「そ、それは『たまたま』ですよ! たまたま! それに、掃除は頑張っていた筈ですから!」

「国宝級の壺を割ったのはお前と聞いたが?」

「……あ、あれは……ま、まあアレですよ! 私、掃除は苦手分野なんです!」 

「さっきと言ってる事が違うが?」

「そ、その……は、配膳! 配膳は任して下さい!」

「ふむ。お前は私に頭から料理を喰わしてくれた事を忘れているようだな?」

「ふぐぅ! そ、それは……ち、違いますってば! そ、その……ああ、プロデュース! パーティーのプロデュースは得意です!」

「……」

「……」

「……アレックスを振り付きで無理やり踊らされたイギール伯爵、未だにぎっくり腰が治らないらしいぞ?」

「あ、『アレックス』ぐらいでぎっくり腰になるイギール伯爵にも問題があると思います!」

「八十を越えたご老人に無理をさせるな、頼むから。さて、ノエル? 今の私の話を踏まえて、だ」

 一体、何処にお前が『出世』出来る理由がある? と。

「そ、それは……わ、私の内から溢れでる品性を!」

「無いな」

「ち、知性の欠片が!」

「登用試験の点数は最下位だ、ノエル」

「こ、こう………………なんか、イイ感じ!」

「ざっくりし過ぎだ」

 あわあわと慌てるノエルを見やり、ロッテは深々と溜息を吐く。これまで度重なる失敗を繰り広げて置きながら、良くもまあ『出世』と思えるものだとロッテは胸中で盛大に呆れて見せる。ある意味でトンデモナイ逸材かも知れない。無論、悪い意味で。

「で、でも……それじゃ、私、今日は何で呼ばれたんですか?」

 おそるおそる、そう問いかけるノエルに、厳かにロッテは口を開いて。


◇◆◇◆◇◆


「嫌です! 絶対、ぜーーーーーったい嫌です!」

 椅子にしがみ付く形で両目から涙を流し、首を左右にブンブンと振るノエルを見おろしながら、ロッテは溜息を吐く。『松代殿とテラに行ってくれ』と言った途端、この有様だ。

「……ノエル」

「何で! 何で私が何処の馬の骨かも分からない男と馬車で三日も一緒に居なくちゃいけないんですかぁ! ロッテ様ぁ! 私、私、そんなに悪い事しましたかぁ! びえーーーーん!!」

 大声をあげて泣くノエルを前に、宰相の頭に料理をぶちまけておいて一体どの口が言うんだ、とはロッテも言わない。鬼ではないのだ、ロッテも。

「ノエル、そう言うな。これは……アレだ。休暇みたいなモノだ。ロンド・デ・テラで気の済むまで、ゆっくりして来てくれて良いから。最近、疲れていただろう? だから、少し休暇を、と思ってな?」

「ひっぐ……休暇? わ、私に?」

 お前だけでは無く、お前の尻拭いをする他の女官たちの分もな、とは口が裂けても言わない。本当は言いたいけど、言わない。ロッテは我慢が出来る大人だから。

「で、でも……三日、ですよ? 三日もですよ? 往復や待ち時間を考えれば、十日ぐらいはかかりますよ? その……その間、大丈夫でしょうか?」

「……何がだ?」

「その……王城の仕事です。私が居なくて、回りますか?」

 フローラとか、ああ見えてドジな所もあるし、と頬に手を付いて溜息を吐いて見せるノエルに、ロッテは絶句する。

「……何と言うか……凄いな、お前は」

「へ? す、凄い?」

「ああ」

「え、えへへ~! ですよね? 私、凄いですよね!」

「ああ、本当に。凄い――」


 ――アホだ。


 そう心の中でだけ付け加えて、ロッテは気を取り直して言葉を継ぎたす。

「……とにかく、そんな凄いノエルにしか頼めない仕事なのだ」

「凄い私にしか頼めない……大役」

「いや、大役とまでは言ってないが……まあ、とにかく、馬車旅は三日もある。客人である松代殿を、ノエルの……ええっと、その、溢れ出る……なんかイイ感じのトークで三日間退屈させない様に、朝晩誠心誠意――」

「あ、朝晩! 朝晩ですか!」

「――なぜそこに食いつく?」

「だ、だって朝晩ですよ! 朝だけではなく『晩』もですかぁ! それはつまり、アレですよね! あ、アレですよねぇ!」

「……すまん、ノエル。お前が何を言いたいかさっぱり分からない」

「い、いえ……」

 真っ赤に染めた頬に両手を当てて俯きながら『いやんいやん』と首を左右に振るノエルを、気持ち悪いモノを見る様に見つめるロッテ。そんなロッテの視線を意に返さず、しばし『いやんいやん』を繰り返していたノエルだが、不意にばっ! と音がしそうな程の勢いで顔を上げた。

「――わ、分かりました! 不肖、このノエル・ハインヒマン! フレイム王国の今後の命運を決めると言っても過言では無い――」

「いや、過言だが」

「過言ではないこの大役、しかと! しかとやり遂げて見せましょう!」

「いや、だから――ああ、まあそれで良い」

 そこまで喋ってロッテは腕を組み、ノエルの蒼い瞳を覗き込んだ。

「――万が一、松代殿に不穏な動きが見て取れた場合……分かるな?」

「……聞いてはいました……聞いてはいましたよ……これは、アレですね……外国の賓客を『おもてなし』しながら情報を聞き出す、はにーとらっぷ! という例のアレですね! ついに! このノエル・ハインヒマンにもそんな大役が回って来たのですね……!」

 覗き込んだ視線の先で妄想を爆発させるノエルにロッテは肩を落とした。

「……もう、それで良い。とにかくノエル、任せたぞ?」

「はいぃ! お任せください!」

 そう言って、右手と右足を同時に出すぎこちない動きをして見せながら執務室を後にするノエルを見送って大きく、本当に大きく溜息を吐く。


「……もう少し落ち着いて人の話を聞けば出世だって考えてやるのに」



『一を聞いて十を知り、明後日の方向に百の行動を起こす』



『ノエル・ハインヒマン』という女性の評価をロッテはこう見ていた。人にも自分にも厳しいロッテをしてこの評価は随分と高いと言える。当然と言えば当然、ロッテとノエルの関係を『社長とヒラ』と言ったが、直接・間接を含めてロッテの『部下』は数千人単位でいるのだ。幾ら『本社』勤めと言えど、何か光るモノが無ければロッテの目になど止まる筈が無い。

「……期待しているぞ、ノエル」



『の、ノエルです! ノエル・ハインヒマンです! ノエル・ハインヒマンですけど、ハインヒマン家のお取潰しだけは何卒! 何卒ご容赦を!!』



「『あの時』の様にな」

 高温乾燥となった一年前、ノエルの予知した通りファイマー伯爵とレンドル子爵の養蚕産業は大打撃を受けた。両地の蚕の多くが病気となり、ファイマー伯爵の領地に至ってはおよそ半数近くの蚕が死に絶えた。

「『蚕』に目を向けたのはお前だけだよ、ノエル」

 この時の会話に、ロッテはノエルの本質を見た。ペーパーテストの点数は決して高くないも、他の人の……自身もペーパーテストで満点を取れるロッテからして見れば、『劣化版の自分』としか思えない、優秀と評される人々とは違うノエル・ハインヒマンの『本質』を。


「……まあ、その後は頂けないが」


 どちらも経済的に大打撃を受けた両者。普通なら腫れ物を扱う様に気を使う所だが、ノエルは違った。『今こそ、手を取り合う時です!』とばかり、夜会のテーブルを同席にするという暴挙に出る。最初はギスギス、中途は言った、言わないの大論争、終いには取っ組み合いの喧嘩になり、夜会は滅茶苦茶。『よ、良かれと! 良かれと思ったんです!』と半泣きになりながら弁明するノエルに、先輩女官たちは一様に肩を落としたという。それでもまあ、皆からフォローをして貰える程『愛されている』辺りはノエルの才能と言えば才能だろう。

「……何にせよ、お前のその『他者と違う視点』で松代殿を見て来てくれ」

 常識外れのイレギュラーな『勇者』も、ノエルであれば違う切り口で視れるのではないか、という淡い期待と。


「……休暇が欲しいんだ、私共も」


 ……まあ、ぶっちゃけ、あの問題児の『がちゃがちゃ』をとにかく少しでも王城から遠ざけたい、という偽り難い本音も混ぜて長く長く吐いたロッテの溜息は、執務室の床に落ちて消えた。





※ちなみにこの後、『はにーとらっぷなら……もっと、色っぽいドレスを!』と考えて街に繰り出してドレス購入。部屋に飾って一晩寝た後に『……やっぱり、いやーーーーーー! 貞操! 私の貞操がーーーーーー!』というノエルの悲鳴が王城内に木霊し、ロッテが長い長い溜息を吐いたのは……まあ、余談であろう。


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