隊商宿にて
昨晩カルロから見張りを引き継ぎ、日が出てきたころになると、護衛の人たちが起きだした。各々軽く体を動かし、凝り固まった体をほぐすように運動を始めた。
組手をしている人が居たため、ニコルもそれに混ざって体を動かした。型をさらうのも鍛錬の内だが、相手が居るのといないのでは大きく違うため、勉強になると感じていた。
昨日の予定の通り、ボレア村には昼前に着くことができた。100人ほどの小さな集落で、住居の周りは青々とした小麦畑で、少し離れたところには小麦を挽くための水車が見えた。
村に着くとベルクマンが村の代表に挨拶をし、商売をする許可を得る。ベルクマンはこの村に頻繁に来るため、村人から好意的に受け入れられている。
隊商宿の手配などを済ませ、商人と協力してこの村で売る荷物を馬車から下ろしていく。
ニコルは村の子供たちが、商人たちの足元をちょろちょろと動き回り、大人たちに叱られて散り散りになって逃げ出すの楽しげに眺めていた。
「ねぇ、ニコルおねえちゃん」
「どうかした?」
荷物を降ろし終わり、護衛は手持ち無沙汰になったころだった。ニコルのチュニックの裾をエリシアが引っ張って声をかけてきた。
「おねえちゃんは今日何処に泊まるの?」
「商人さんたちと一緒に隊商宿に泊まる予定だよ」
「もし、よろしければ、私たちと一緒の宿に泊まりませんか?」
「おねえちゃんも、男の人ばかりじゃ大変でしょ?」
「大丈夫だよ、ベルクマンさんが部屋を分けてくれるって言ってたから」
エリシアと仲良くなったことで、彼女の母親が気を使ってくれたのだろう。特に心配はしなくても、隊商宿の部屋は分けてもらえることになっていることを伝えると、エリシアは少しがっかりしたようだった。
「すみません、気を使ってもらっちゃって」
「いえ、もしかしたら護衛の方たちは、ニコルさんが女性だって知らないんじゃないかと思ったものだから……」
「まぁ、最初は間違えられたんですけど、短い間とはいえ一緒に仕事をする人たちですから、きちんと説明して、釘もさしてあるんですけどねぇ……」
どうやら、エリシアの母親も昨日のカルロとの会話を聞いていたようだった。
興奮したカルロが突拍子もないことを言うわ、切りかかろうとするわ、しかも思わずニコルも叫んでしまったため、騒がしくしてしまったことを反省した。
ニコルは昨日のカルロとの会話を思い出し、一瞬遠い目をしてしまった。そんなニコルを見たエリシアの母親は余計に心配になったようで、いつでも頼ってくれと言ってくれた。
隊商が通る街道沿いの街には、大抵隊商が泊まれる宿がある。
ボレアの隊商宿は二階建ての造りになっており、一階は厩や管理人の詰所や商品の倉庫になっており、二階が宿泊場所になっている。
ベルクマンの気遣いのおかげでニコルには管理人の部屋が宛がわれた。管理人の部屋とはいっても、管理人はボレアの街の人で自宅に帰るためそれ程使わないそうだ。
ティアが厩に入ると馬が緊張して次の日に使い物にならず、村の騎獣舎も借りられなかったため、妥協案としてティアもニコル一緒の部屋に入れることになった。
村では護衛の必要もないため、二コルたち傭兵たちは自由行動になっている。昼間から酒場に行き羽を伸ばすものもいるが、二コルはティアと遊ぶエリシアを側で見てゆっくりとした時間をすごしていた。
酒場では村人たちが酒盛りをしており、数名の商人たちが混ざっていたが、二コルはそれに混ざらず隅っこで夕食をとり早めに宿に戻った。
明日からまた移動になるため、剣の手入れをきちんと済ませる。他の護衛たちも夕食から戻ってくると直ぐに二階に上がっていった。
「うるさいなぁ……」
ニコルが寝ようとしたころになって、二階が騒がしくなった。笑い声と怒鳴り声が聞こえ、バタンと扉を閉める音がしたかと思うと、笑い声だけになった。
騒々しい足音が階段を下りてくるのを聞いて、誰か外に行くのだろうかと思ったが、ニコルの部屋の前で止まった。ティアが警戒して唸りだすのを軽く撫でて大人しくさせた。
「まだ起きてるか?」
ノックの音と共に聞こえてきたのは以外にもカルロだった。ニコルの部屋は鍵がかけられないが、ティアがいるので防犯的には問題がない。むしろ、無断で入ってきたらティアが食い殺すのは確実だった。カルロもティアが唸っているのが聞こえるのだろう、少し聞こえてきた声は緊張していた。
「眠いので起きてません」
「いや、起きてるだろ」
二階の笑い声がいまだに続いているため、ニコルはカルロがこの部屋に避難にきたものだと考えた。女部屋として借りている部屋に避難しにくるとは何事だと思い、はじめから扉を開けるつもりはなかった。
「少し聞きたいことがあるんだ」
「わかりましたよ」
カルロが扉の向こうで殊勝な態度を取るため、ニコルはしぶしぶ扉を開けてやった。不機嫌を隠しもせず部屋に入れてやると、カルロは少し気まずそうな顔をしてニコルが座るベッドの向かいにある椅子に座った。ティアはニコルが警戒してるのが分かるのか、二人の間に寝そべった。
「で? 聞きたいことってなんですか?」
「お前、昼間と人格変わってないか?」
「こっちが寝ようとしたところにくるアンタが悪い」
少しだけだが酒のにおいがしたため、二階では酒盛りでもしているのかと考えた。一階に聞こえてくるほど騒がしいため、そろそろベルクマンあたりが苦情を言って止めてくれないだろうかと、淡い期待を寄せた。
「悪い」
「悪いと思うなら来るんじゃない」
喧嘩腰になっているが、眠いものは仕方がないとニコルが開き直るとカルロは申し訳なさそうな顔をしたのだった。
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