旅立ち
出発当日は、うす曇の空だった。
天気は崩れないだろうが、旅立ちの日はどうせなら晴れのほうがよかったとニコルは思った。
昨日のうちに武器や装備の確認はしており、買った荷物は騎獣用の鞄に入れてある。
アンジェラの契約書の確認も終わっており、無くさないように自分の貴重品と一緒に手荷物の中に入れてある。
隊商の商人たちが荷物を積んでいる横で、ニコルがティアに腹帯を巻き鐙を取り付け、手綱をつけていく。
猫科の騎獣は気性が荒いものが多いため、商人たちは大人しく手綱を装着されているティアを感心しながら眺めていた。
一通りの準備が終わったころに、護衛の隊長がニコルを見つけると、若い男を連れてやってきた。
「ニコル君、これからセレストまでよろしく頼む」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
「それと、こいつがうちの若手で傭兵見習いのカルロだ」
「ニコルです。よろしく」
「……よろしく」
顔合わせをしたのち、隊長たちと配置の再確認をしていると、後ろのほうから視線を感じた。カルロは何故かニコルと顔を合わせると不機嫌そうな表情をする。
ニコルはカルロとは初対面のはずだが、何故ここまで不機嫌な顔をするのかと不思議に思い、どこかで会ったことがあっただろうかと首を傾げた。
「……何か用かよ」
あまりにニコルがカロルを観察していたからか、眉間に深いしわを寄せながら、ニコルに声をかけてきた。
「思い出した! 昨日のおっぱい協信者だ!」
「な、なに!?」
「あ、やべっ」
喉元に引っかかるような疑問が解消され、思ったことをうっかり口に出してしまい、周りからは何事かと、かなり注目を浴びてしまった。しかし、口に出してしまったものは戻すことは出来ず、ニコルは気まずそうに頬を掻いた。
注目が集まり、羞恥から真っ赤になっているカルロに、隊長がからかうような視線を送る。
「カルロが何かしたのか?」
「あ、いや、友人が言っていたもので、つい……」
聞き耳を立てていた人たちから笑いの渦が起こった。ニコルが様子を伺うと、カルロは親の敵だと言わんばかりにこちらを睨み付け、馬車の裏手の方に行ってしまった。
「あいつ、青鹿亭の看板娘にご執心だからなぁ」
「まぁ、イレーネは人気がありますからね」
「そういう君はどうなんだい?」
「まさか、イレーネは姉みたいな人ですよ?」
今度はこちらに矛先が来たかとニコルは苦笑する。
おそらく隊長は、カルロとイレーネとニコルが恋愛関係のもつれで揉めた三角関係とでも考えたのだろう。意外にも噂話好きであったため、変に勘ぐられてしまった。
馬車の準備も終わり、出発の時間になったころ、アンジェラが見送りに着てくれた。
「これも持っていってくださいな」
「なにこれ?」
馬車から少し離れたところでアンジェラから手渡された袋を見つめた。中身を見ると、薄い緑のワンピースが入っていた。
ニコルは目で何でこれをもっていくのかと問う。
「報告書用の羊皮紙とワンピースです。ニコルのことですから、女物の服は持っていかないと思いまして」
「だって、護衛の仕事だよ? 動きにくいし、いらないじゃん」
「街にいるときに必要になるはずです! 1着くらい持っていきなさい!」
アンジェラはそう言うと、不満げなニコルに有無を言わせずティアの鞄に突っ込んだ。
「どんな時に必要になるのさ」
「公衆浴場に行くときその格好のままで入れるとお思い?」
「ごめんなさい」
「まったく、心配させないでください」
反論できない理由に、ニコルは素直に謝った。そんなニコルを見たアンジェラもため息をついた。
「ニコル君そろそろ出発するぞー」
馬車の後ろでこそこそと話をしていた、ニコルにベルクマンが声をかけた。
「はーい、今行きますー!」
「気をつけてくださいね、何かあったらギルドの通信機を使って連絡してください。契約書を見せれば使えますから」
「そんなに言わなくても気をつけるよ。じゃあ、向こうに着いたら報告書と一緒に手紙送るから!」
先頭の馬車が動き出し、ニコルも自分の配置に付いてティアに跨った。店の前でアンジェラに手を振って別れを告げ、ニコルは街を後にしたのだった。
読んでくださってありがとうございました。
今回はとても短いです。すみません。
章管理にしようと思いまして、一度旅立ちまでで区切ることにしました。
次話はそれ程間を空けずに投稿できると思いますので、よろしくお願いします。