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傭兵ギルドの猫  作者: kay
第1章 旅立ち
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顔合わせ

 職業問わず働く人の朝は早い。

 アンジェラの客という立場であるが、日の出と共に目を覚まし、日課の鍛錬をしていた。普段から体を動かしておかないと、いざという時に体が動かないという事態になりかねないため、しっかり体術と剣の型をさらう。

 一通りの動きを確認し、うっすらと汗をかいた肌には初夏の朝の空気は少し冷たかった。

 井戸を借りて汗を拭いていると、アンジェラが声をかけてきた。


「ニコル、セレストに向かう隊商の隊長さんがいらっしゃるの。紹介しますからお店に来てください」


「わかった。支度したらそっちに行くね」


 急いで客間に戻り、見苦しくない服装に着替えた。

 家を出るときに女物の服は動きにくいため全部置いてきた。凹凸の少ない体つきのため、男物の服を着ているだけで性別を間違えられてしまうのは、女として悲しいものがあった。

 旅の安全を考えればその方が安全なのはわかっているが、おもしろくはない。



 開店前の店舗の入り口に、アンジェラはひとりの男性と一緒にいた。おそらく、この人物が隊商の関係者なのだろう。

 アンジェラはニコルを視界にとらえると、近くに来るように手招きをした。


「こちらはベルクマンさん、セレストの街に向かう隊商の隊長さんよ」


「ニコル・クルーガーです。よろしくお願いします」


 ニコルは余所行きの笑みを浮かべつつ、ベルクマンの出方を見る。

 ベルクマンは長年隊商に携わってきたのだろう、よく日に焼けた肌をしていた。顔つきは、鷲鼻に口髭を蓄えており、一見すると恐ろしげに見える顔つきだが、タレ気味な目尻がそれを上手く打ち消している特徴的な顔だった。


「アルノー・ベルクマンだ。礼儀正しい少年だな。同じ傭兵の駆け出しでもうちのとは大違いだ」

「いえ、自分はまだまだ若輩者です。この街の傭兵ギルドでも、駆け出しはお断りと言われてしまいまして、別の街に移動しようと思っていたんです」


 ニコルは性別を間違えられたと少々落ち込んだ。

 ベルクマンの様子を見る限り、こちらに興味を示している様子から同行を許してくれる可能性が高いと手ごたえを感じた。



「君は他の街に行きたいのかね?」


「はい。傭兵ギルドのマスターに隊商についていくのが一番いいと助言をいただきまして、一緒に連れて行ってもらえる隊商を探しています」


「私の隊商に同行したいと?」


 ニコルはベルクマンの問いかけに頷いた。


「傭兵ギルドを通していないので、表立って護衛の仕事はできませんが、荷や自分の身を守ることはできますので、ご迷惑はおかけしません」


「しかし、傭兵ギルドでは依頼を断られたのだろう? もしかしたら、別の意味合いで信頼できないと断られたとも考えられる」


 確かにそのような見方もできなくもない。先ほどの話は余計だったと、ニコルは自らの失言に気が付いた。

 クルーガー傭兵団の名前を出せば信用を得られる確率は大幅に上がるが、その手段は絶対に使いたくはなかった。どう発言したものかと考えていると、アンジェラが口をはさんできた。



「ベルクマンさん、私の方からもニコルの同行をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「それはミュラー商会のお嬢さん直々のお願いか?」


 ベルクマンはアンジェラの発言を面白そうに聞いている。


「はい、ニコルと私は子供の頃からの付き合いでして、今回、直接仕事の依頼をお願いしましたの」


「それはそれは……」


「私の依頼を進めるには次の街に移動しなくてはなりません。ニコルの実力なら街道の移動くらいは平気でしょうけど、もしもの事があったら一人では対処できませんし……」


「セレストに向かう街道では、盗賊が頻繁に出ますしなぁ」


「ええ、依頼の方は確実に完遂して貰わないと困るのです。ですから、出来るだけ安全な移動手段をとらせていただきたいのです」



 アンジェラはあくまで自分の利益のためという姿勢は崩さず、隊商に同行することを認めてくれと言っているが、実際はニコルの旅の安全を確保するためだとベルクマンにはわかっていただろう。

 ベルクマンはのらりくらりと話をかわそうとしていたが、ミュラー商会の令嬢が直々に依頼をした者を信用できないとは言えるわけがない。



「全く、ミュラーのお嬢さんには敵いませんなぁ……」


「よろしいかしら?」


「仕方ありません、少年の同行を認めましょう」


「ありがとうございます!!」



 ベルクマンは最終的にはアンジェラの意見をのみ、ニコルの同行の許可を出してくれた。アンジェラの口添えがなくては、ベルクマンの許可はこうも簡単に貰えなかっただろう。

 

「ただし、少年には護衛として行動してもらいます。しかし、依頼を出したわけではないのでお金は支払いませんが、この条件でよければ動向を許可しましょう」


「はい、その条件で構いません。ギルドを通さない契約はトラブルの元ですからお金はいりません。ただ……」


「ただ?」



 報酬なしとの発言にどのような反応を見せるのか、ベルクマンはニコルを観察していた。

 ニコルは少し考え込む素振りを見せ、何か言いたいことでもあるのだろうかと、ベルクマンはニコルの発言を促した。


「隊商の人が自分に対して失礼なことをした場合、慰謝料をいただきますがよろしいでしょうか?」


 ニコルがベルクマンに文句も兼ねた発言をすると、先ほどまで仏頂面だったベルクマンは目を真ん丸にして大いに笑った。


「ニコル君と言ったか、君は実に面白い少年だ。何かあったら私のところに来なさい、慰謝料の相談に乗ってやろう」


 ニコルの冗談を気に入ったのだろう、先ほどとは打って変わり上機嫌な様子でベルクマンは荷物の準備に戻っていったのだった。






「先程のやり取りはひやひやしました」


「アンジェラが口を出してくれて助かったよ、私だけじゃ無理だったかも……」



 準備に戻るベルクマンを見送りながら、アンジェラはため息をついた。

 先ほどのやり取りを思い出し、ニコルは礼も言った。

 最後のやり取りをする前のベルクマンのニコルに対する評価は、おそらくアンジェラの友人というだけで依頼をもぎ取った青二才といったところだろう。

 しかし、短い間だろうが一緒に旅をするのだから、ニコルは出来ればそのような認識はされたくなかったのだ。

 まずは、関係を良好にするために冗談を言ってみたのだが、あまりに細い綱渡りのような内容だった。人によっては失礼だといいそうだったため、ニコルはベルクマンが冗談の通じる人間でよかったと胸を撫で下ろした。






 そろそろ、大通りの店が開く時間なのだろう、ニコルが周りを見ると店の従業員も品物の入れ替えが終わった頃だった。


「私は明日の準備をしてくるね。セレストまでだったら5日くらいでしょ?」


 以前、傭兵団でセレストに行く依頼を受けたことがあった。その時にかかった時間を思い出し、およその日数を割り出す。

 距離的にはそれほど遠くはないが、商品を運ぶ馬車の速度を考えると、5日あれば到着できる計算になる。


「いえ、まっすぐセレストまで行かずに、途中の村を回るそうですから10日を目安に考えたほうがいいですわ」


「それじゃ余計に食費と宿代がかかるのかぁ……」


 セレストの街まではそれほど遠くはないが、街道沿いの小さな村が2つほどあったはずだ。商業ギルドの登録証が手元に戻ってきたのは良かったが、できる限り出費は少なくしたい。

 ニコルのぼやきを聞き、アンジェラはくすくすと笑った。


「向かう先には隊商の人が泊まる隊商宿があるはずですから、安心してくださいな」


「でも、あそこに泊まれるのは隊商と護衛の人だけでしょ?」


 隊商宿は、文字通り隊商の商人や護衛が泊まる宿だ。隊商宿の料金は隊商が負担するため、同行者は隊商の荷物などを管理している都合上、宿泊の許可は下りない。

 したがって、同行者だけ別の宿をとらなければならなかった。

 そのことを考えると、ニコルは宿泊費がかさむのなら一人でセレストまで行った方がいいのではと考えてしまった。



「ニコルったら、ベルクマンさんはあなたを護衛として扱うと仰っていたじゃありませんか」


 のんびりとした口調でアンジェラが言う。

 確かにベルクマンは、ニコルを護衛と一緒に扱うと言っていたが、そこまでは考えていなかった。


「わ、私、あの会話だけでそんな裏まで読みとるの絶対に無理!」


 あの時の会話にそのような意味があったのかと思うのと同時に、きちんと読み取ったアンジェラに感心した。

 これから一人の傭兵として仕事を受けるのだと考えると、今回の件は自分の未熟さが浮き彫りになり、ニコルは頭を抱えた。



「それが商人というものですよ」



 時として貴族も相手にしなければならない大商人にとって、頭の切れは重要である。

 相手が何を考えているか、言葉の裏に何が隠されているかを読み取ることができなければ話にならない。自分にとって不利益な情報を渡さないためにも、相手に言質を取られないことも必要になってくる。

 アンジェラは自分に商人は向いていないと豪語するニコルを見て、楽しそうに微笑むのだった。




読んでくださりありがとうございました。

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