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傭兵ギルドの猫  作者: kay
第3章 精霊のいとし子
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カルロと傭兵


「あ、ニコル!」



 傭兵ギルドの前を通りかかったところで、傭兵ギルドから出てきたカルロ一向と顔を合わせた。カルロの後から出てきたモーリッツに会釈をすると、モーリッツもニコルに気づき話しかけてきた。



「数日振りだな、ニコル君も依頼を受けに?」


「依頼人との待ち合わせまで時間つぶし中です」


「ほぉ、流石できる奴は違うなぁカルロ」


「そ、その話はしなくてもいいじゃないですか!」



 相変わらずカルロはチームの一員にからかわれているが、その眼はからかいを含めつつもどこか真剣だった。何かあるのかとカルロに視線を流すが、気まずそうに目を逸らしているため、ニコルはどういうことかとモーリッツに訪ねた。



「大したことじゃねぇ。しばらくゆっくりできるくらいの金が入ったのをいいことに、こいつが少し休もうって言ってきてよぉ……。傭兵はそんなにゆっくりできるような仕事じゃねぇっつたんだが、その辺あんまり理解してねぇのよ、こ・い・つ」


「ああ、なるほど……」



 傭兵を始めたばかりの新人が良くやることだと、ニコルは納得した。モーリッツたちがカルロに言って聞かせていることは、ごく当たり前の傭兵の常識である。

 傭兵に就く者の多くは、借金や貧しさ故にすぐに金を稼がねばならない者か、普通の職に就いて金を稼ぐよりも手っ取り早く稼げる上に、華々しい名声を欲するために傭兵を選んだ者が多くいる。ニコルのような傭兵団育ちは極めて稀と言っていい。

 先の隣国との大戦から既に一世紀近くが経っており、今はそれほど大きな戦はないため、戦乱での名声を欲する物は少なくなっては来ている。しかし、凄腕の傭兵は時として吟遊詩人に謡われることが多く、そういった歌物語を聞いて育った街の子らの憧れの対象だ。



「まっ、こいつの昔の暮らしと比べれば結構な大金を持っちまったからな。そう思っちまうのも仕方ねぇけどよ、傭兵なんてヤクザな仕事をしていたら、何時動けなくなるかわからねえし、そうなったら現役を引退する前に老後の金をためなきゃなんねぇからな、今回の依頼でもらった報酬は必要経費を引いたら貯蓄に回すのがせいぜいってところだ」



 大金を得た新人はとにかく目先の欲に駆られやすい。まずは自身の装備の充実。その後は、酒や女を買うか賭博に使うことが多い。それも傭兵になる前はあまり金を持ったことのない前歴の者に顕著な傾向だった。

 国境付近の小競り合いで兵士の補充要員になるか、東の魔獣の森付近に出没する魔獣の討伐に行くかのどちらかだ。前者は国境警備の兵士よりも低い位置にいるため上手く立ち回らない限りは捨て駒にされかねず、後者はよほどの手練れでない限り死ぬ。



「身の丈に合った依頼をコツコツこなすのが傭兵ってものなのさ。逆に言えば、名のある傭兵はそれの積み重ねで生き残っている奴らばかりだ」


「アンタは傭兵団にいたから知っているだろうが、俺らの仕事は博打と一緒だ。何時死ぬかわからないから宵越しの金は持たねぇって奴もいるが、そういう奴ほど無理な依頼を受けて早々に居なくなる」



 そういった事情を傭兵になったばかりの者は先達からの教訓として学びつつ、生き延びる術を確保するのだ。ニコルの実家の傭兵団でも新人には徹底的に叩き込まれることである。

 当然ニコルも知っているし、それで破滅した同業者を何人も見たことがある。

 うなだれるカルロをそっとしておくように、チームの者たちは各々カルロの肩を叩き去って行った。モーリッツはニコルの肩を叩き、悪いがよく話しをしてやってくれと小声で囁くと、彼らは人ごみの中に消えて行った。



「いいチームじゃないか」


「なぁ、ニコルもこのこと知っていた?」



 ニコルはモーリッツの姿を視線で追いつつ、カルロに言った。モーリッツたちは既にカルロに言って聞かせたのだろうが、カルロがうつむいているところを見るとあまり納得をしていないように感じられた。

 わざわざニコルに頼んだのは、常識を叩きこむのなら年齢が近い者の方がいいだろうとのカルロへの気遣いだろうが、ニコルにしてみれば同じチームの先達が教えるべきだろうとモーリッツに対して心の中で悪態をつきたい気分であった。



「私はカルロとは違って傭兵団で育ったが、モーリッツさんが言っていたことは入団したばかりの新人に必ず叩きこまれる常識だ」


「……俺、モーリッツさんたちと一緒に仕事をするようになって、剣の振り方から、休みは何をするかとか。それこそ、女のことだって教えてもらった」



 その場で話し込むのも通りの邪魔になるため、二人は近場の喫茶に入った。

 席に座り、香茶が運ばれてくる間にカルロはポツリポツリと話しはじめ、先ほどの話になり女が目の前にいるのにその言い方はどうなのだろうとニコルは思ったが黙ってカルロの話を促した。



「それこそ、先輩の言った貧乏暮しをしていた頃には持ったこともないような大金を手にして、今までその日暮らしだったから先のことなんか考えたこともなかったし……。今の仕事で食っていける自信がついたことがうれしかったんだ。でも、この前の依頼は初めて自分で死ぬかもしれないって思った! その分報酬は良かったから、少しくらい休んでもいいんじゃないかって思った……。そしたら、さっきの話になって……」



 沈黙が気まずくなったのか、黙り込んでしまったカルロをじっと見据えてニコルは言った。



「カルロに足りなかったのは、心構えだね」


「え?」


「だって、カルロは傭兵が死と隣り合わせの仕事だって忘れていたわけだろう? 誰かが命を保障してくれるわけでもない、怪我をして再起不能になろうが死んでしまってもそれは自己責任。その代りカルロもわかっているだろうけど、危険手当があるから報酬は他の職よりもいい。傭兵ってそういう仕事だよ」



 目を限界までニコルから見てカルロには傭兵になったことの心構えがなっていないと突きつけた。モーリッツがニコルに言ってほしかったこともこれで間違いないだろう。少しの油断が命を左右するため、自分の先のことも見据えて動けない者には決して向かない仕事である。



「カルロにしてみたら、モーリッツさんたちは良い暮らしをしていたから、余裕があるようにみえるだろうけど、カルロとモーリッツさんは違う。もし、君があの時に怪我をして傭兵として再起不能になった時に今まで稼いだ金で食っていけるかと考えたらたぶん無理だろう。でも、モーリッツさんたちは君とは違う。長年傭兵をしていた稼ぎがある。それを元手にして暮らすだろう。それくらい差があるんだ、先達の言うことはしたがうべきだと私は思う」


「……」


「それが無理なら、きっぱりと傭兵なんかはやめて別の道を探すべきだ」



 言い方がきつくなってしまった感はあるが、現実を突き付けられたカルロが今後どうするのかを決めるのは彼自身で、ニコルにはあずかり知れぬところである。良く考えるべきだとカルロに言うと、ニコルは温くなった香茶を飲み干し、カルロを置いて店を出たのだった。



お読みくださりありがとうございます。

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