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傭兵ギルドの猫  作者: kay
第3章 精霊のいとし子
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ご機嫌取り


 ジゼルの宿に着いたのは、さらに夜も更けたころだった。月は宿を出た時よりも中天に近いところまで昇っていた。差ほど距離があるわけでもないのだが、いかんせん道を覚えることを苦手としているニコルは案の定道に迷い、見かけた酒場で道を尋ねてようやく宿屋にたどり着いた。


 宿は既に一階の食堂の灯も消え、入り口は鍵がかかっていた。

 ニコルがどうやって部屋に戻るかと頭を悩ませていると、裏手の入り口の方から物音がした。路地裏から塀を乗り越えて井戸のある中庭に入り込むと、物音の主と遭遇した。



「誰かと思ったら、ダグさんか」


「それはこっちのセリフだ。もう入り口は閉まっているぞ?」


「ちょっと野暮用があってね」



 昼間にジゼルが拐かされた件で、ダグは犯人がまた来るかもしれないと考えて気を張っていたのだろう。ニコルの姿を確認すると、手に持っていた両手剣を鞘に戻した。明かりを何もつけないところは、流石は夜目の効く狗族と言ったところだろう。



「……花街で女に振られたか?」


「いやいやいや、私にそっちの趣味はないよ!?」



 数刻しか居なかったはずの花街だが、知らず知らずのうちに周囲に漂っていた香料が染みついていたようだった。嗅覚の鋭い狗族であるダグはその匂いを嗅ぎ取ったのだろう、花街の門番と同様の視線を向けられ、女に振られたかと聞かれたが、ニコルは即座に否定した。少数ながらも娼婦を買う女は居なくもないが、もちろんニコルにそのような趣味はない。



「アンタは客だ。問題ない、中に入れ」


「ありがとう」



 ダグの後について食堂の裏口から中に入った。魔石を使った火付けの道具でダグは燭台のろうそくに火を灯した。



「……」


「そんなに臭う?」



 ダグが顔を僅かにしかめているのを見たニコルは、それほど臭うだろうかと袖の匂いを嗅いでみた。それは仄かに香る程度だったが、香の中に居たため鼻が麻痺しているか、もしくは狗族のダグにとって不快に感じる臭いなのかもしれない。



「……人族には微かな匂いだろうが、俺の鼻には少々キツく感じるが」


「それはティアにも不評だな。仕方ない、少し拭いてから部屋に戻るか」


「必要なら水桶を部屋に持っていくが?」


「布はあるし井戸で濡らしていくから大丈夫。終わったら裏口に鍵をかけておけばいい?」


「……それは俺の仕事だろう」


「じゃあ、終わったら声をかける。夜遅くに悪いね」



 礼を言うニコルにダグは何か言いたそうにしていたが、持っていた燭台をニコルに渡すと部屋の奥に戻っていった。

 持たされた燭台を見て、夜目が効くダグには燭台は必要ないだろうと思ったのだが、部屋に戻るときに困るだろうとの配慮だったらしい。夜間での訓練をしているニコルにもあまり必要なものではなかったが、ありがたく受け取ったのだった。


 服の匂いを落とすならば洗濯するのが一番なのだが、戸締りのためにダグを待たせており、そのようなことをしている時間はないため、服には浄化の魔法をかけた。再度自らの匂いを嗅いでみて何となく香の匂いがした気がしたニコルは軽く絞った布で髪を拭い部屋に戻ることにした。


 部屋に戻るとニコルが寝るはずだった寝台の上にティアが豪快に寝そべっていた。不貞腐れた空気を醸し出す太い尻尾は、絶えず布団を叩いており、連れて行ってもらえなかった事への抗議もあるのだろう不機嫌そうな視線が刺さった。



 ご機嫌取りの意味も込めてティアに魔力を与えつつ、ティアを避けるように隣に横になった。梅花紋の入った赤い毛皮はいつもと同じ手触りで、さらさらとした毛並をゆったりと撫でていると機嫌が上向きになってきたティアが、自分の腹を枕にするような形で寝台の場所を空けた。布団がティアの下敷きになっているため、ニコルは手持ちの外套を体に巻きつけるようにして眠りついたのだった。




 翌朝、前日は寝台に入るのが遅かったせいか、ニコルが起きたのは普段よりも少しばかり遅い時間だった。日課の素振りと朝食を食べ終える頃には、朝市の屋台が引き上げ始めるような時間になっていた。

 ジゼルに宿を引き払うことを告げると、ティアに視線を送りつつも別れを惜しんでくれた。もし、依頼が終わった後に宿が必要になったら来ると伝えると、目を輝かせながら約束をさせられた。

 宿から大通りを目指して歩く。マルグリットの娼館に行くまでしばし時間があるため、花街に行く前に商店が並ぶ通りをニコルはぶらぶらと歩くことにした。



お読みくださりありがとうございます。

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