花街
お久しぶりでございます。復帰したての投稿なので、少し短いです。
考えたくもないことだが、受けた依頼はきちんとこなさなくてはいけないと気持ちを切り替えたころ、控えめに部屋の扉をたたく音が聞こえた。
部屋の錠は開いたままになっているが、応対するためにニコルはベッドから降りて扉を開けた。
「もうすぐ夕飯の時間だから呼びに来たのだけど」
「すぐ行きます、用意してもらえますか?」
扉を開けた先にいたのはジゼルだった。
夕飯の支度ができたと呼びに来たようだった。それにしては、様子がおかしいとニコルは首をかしげた。
「ジゼルさん?」
「ニコルちゃん……。さっき変な声が聞こえたけど、ギルドで何かあった? もしかして、女の子だからって変なこと言われたりとかした?」
「へっ?」
「あの、さっきニコルちゃんの部屋から叫ぶような声が聞こえたから、ギルドで何か言われて気に病んで奇声を――――」
「いやいやいや!! そんなことはないですから!」
ニコルの心の叫びが声に出ていたようで、その声を聴いたジゼルは、ニコルが何か途方もないストレス感じるようなことがあったために、奇声を上げたのだと勘違いしたようだった。
「すみません。次の仕事が決まったので、最後の息抜きをしていたんです」
「そう? それにしてはずいぶん浮かない顔をしているけど。気が向かない仕事だったの?」
息抜きという言葉に対して、ジゼルは怪訝な顔をしたが、ニコルがあいまいに笑うと、気まずい雰囲気を察してか、それ以上深く掘り下げて話を聞こうとはしなかった。
「まぁ、嫌な分類の仕事を引き受けちゃったのを少しばかり後悔していまして……。嫌だと思うだけで放り出せるほど甘い仕事ではないですし、このくらいのことで気を病むことはないですよ」
「何かあったら相談くらいには乗るわ。でも、その前においしいごはんを食べて気持ちを切り替えることも大事よ!」
「ありがとうございます。そうさせてもらいますね」
ジゼルの心づくしの夕食を食べ終えたニコルは、部屋に戻り身支度を整えた。
怪しいオネエなジーンを通して依頼主からは明日の午後に来てほしいとは言われていたが、花街の活気がある時間は日が暮れたころである。依頼を引き受けた以上は不測の事態は避けたかったニコルは、気が進まないながらも一度は下見に行く必要があった。
セレストの街の西部の端に位置する花街は、陽が落ちて夜の雰囲気をそこかしこに残す商店街とは異なり、一歩踏み込めばまるで昼間のように煌々とかがり火が焚かれ、妙に甘ったるい香り、春を売る女の艶めいた囁き、それを目当てに訪れた客たちのやり取りで、一種の異空間に迷い込んだようにニコルには思えた。
「坊主、花街は初めてかい?」
「まぁね。傭兵団で兄さん達が話していたからどんなもんかと思って来たんだけど、昼間見たいに明るくてびっくりした」
花街と一般人が住まう区画を隔てる門のところで立ち止まって居たニコルを見た門番が声をかけてきた。
二人いる門番は、ニコルのことを男だと勘違いしているようだったが、ここで女とバレたら面倒なことになりそうだったため、ニコルは性別を訂正することはやめておいた。
「珍しいな、傭兵団にいるような奴だったら、初めての妓楼なら先輩方に世話してもらうのが普通だろ?」
「兄さん方には今度連れてきてやるって言われていたんだけどね……。でも、それよりも先に依頼の件でおつかいしに来ることになっちゃったよ」
「ははは! そら気の毒にな! 右も左もわかんねぇひよっこが花街に入ってったら確実に身ぐるみ剥がされっからな。妓楼の名前行ってみろ、俺らは大体のところは知ってっから教えてやるよ」
例の如く男に間違われたニコルだったが、親切な門番の問いに合わせるように話をしていると、目の前のおいしい餌に手を伸ばせない男の悲しさを門番たちは想像したようで、心底同情されてしまった。
あれよという間に、目当ての店の場所はもちろん、花街で歩くときの注意事項やら、どこそこの店の女が綺麗だとか、下手な店に入ると病気をうつされるぞという下世話な話やら、いろいろと聞かされた。終いには彼らが門番の仕事はどうしたと言いたくなるほど話に熱中してしまったため、あとは知り合いに聞くからいいと言ってニコルは逃げるように花街の中に足を踏み入れたのだった。
いつもの服装で来たせいか、はたまたこのような花街に女が来るとは露とも思わないのか、ニコルのことを門番も含めて誰も女だとは疑うそぶりは見せなかった。むしろ、この状況は女としては正直複雑なものがあった。
「ちょっと、そこのお兄さぁん」
「!?」
「そこの店、かわいい子がいっぱいいるの。もちろんアタシも含めてね、もしよかったら寄ってい―――「申し訳ない。知り合いが待っているので失礼します」な い…… 」
一件の妓楼の前を通り過ぎようとしたニコルの腕を、客引きの女はしっかりと掴んで離さない。ほっそりとした手足に、強調された胸部の膨らみを惜し気もなく強調した艶めかしい肢体でねだられれば男はコロリと籠絡されるだろうなとニコルは思った。
ただ、それほど長居をしたい場所ではなく単純に迷惑だったため、ニコルは女に口をはさむ隙も与えず営業用の微笑みで女を黙らせた。その際にほんの少しだけしがみつかれている女の腕の力が抜けたため、ニコルはそのまま自分の腕を救出し、呆然としている女に会釈をして逃げるように目的地に足を向けたのだった。
お読みくださりありがとうございました。
↓のは単純に思いついた小話です。
おつまみ程度にどうぞ。
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今日も妓楼の旦那方に客引きをしてこいと言われて、身支度を整えて花街の表通りに立った。
傭兵やら商人やら見慣れない客も多ければ、常連と思われる見知った顔も多かった。客引きをするうえでいつも考えなくてはいけないことは、その客のいかに羽振りが良いかどうかだった。要するに顔で選ぶのは二の次である。
妓楼に飼われている以上、早く自由の身になりたければ、羽振りのいい客をなるべく取ろうと考えるようになったのは、この道に入ってすぐのことだった。
代わり映えのしない客引きをしている時だった、女の目に一人の若い男が飛び込んできた。
青年と言っていいくらいの年齢で、ほっそりとしたきれいな男だった。剣を帯びているところを見ると、傭兵のようではあるが、無精ひげやむさ苦しい恰好の傭兵が多い中で珍しいくらいのきれいな男だと女は思った。若いためそれほど羽振りが良いとは思わなかったが、女にとってはまさに自分の好みのど真ん中だった。
「ちょっと、そこのお兄さぁん」
「!?」
目の前のきれいな男をほかの客引きにもっていかれるものかと意地になったため、思った以上に強い力で男の腕に女はしがみついた。
男はいきなり抱き着かれるとは思ってもみなかったのか、唖然とした表情で女を見つめた。間近で見た男の顔は、女の好みの顔だった。
ますます逃がすものかと思い、自慢の豊満な胸を押し付けた。
「そこの店、かわいい子がいっぱいいるの。もちろんアタシも含めてね、もしよかったら寄ってい―――「申し訳ない。知り合いが待っているので失礼します」な い…… 」
客引きの経験上で最も集客できた手法を用いて、男に来てほしいと口説こうとしたときだった。男はにこりと女に微笑んだのだ。
女は自分に向けて微笑まれるとは思わず、一瞬呆けてしまい、少しだけしがみついていた腕の力が緩んだ。その機会を男は逃さず、女の腕から逃れると断りの言葉を述べ、さっさと人ごみに紛れてしまった。
後に残るは、ほかの妓楼の客引きの声や客たちの喧騒の中でたたずむ女が一人。
その後、女はふらふらと客も取らずに妓楼に戻り、妓楼の主に叱咤されたものの、普段とは違う女の雰囲気を察してか、そのあとは何も言わなかった。




