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傭兵ギルドの猫  作者: kay
第3章 精霊のいとし子
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依頼『歌姫の護衛』

 ニコルは後悔していた。

 何故あそこで依頼を引き受けてしまったのかと、宿屋の自室で自問自答していた。

 ベッドに倒れ込むと同時に、上手い具合にジーンとギルドマスターに丸め込まれた自分に腹が立って仕方がなかった。

 ティアも一緒の部屋に居るのだが、普段は何も用事がないときに限ってニコルに甘えるようにのしかかってくるのだが、枕に顔をうずめて唸り声をあげている主人に引いたのか、この時ばかりは近づこうともしなかった。



「あー!!! 失敗した! あそこで我慢してれば引き受けなくて済んだのにー!!!」



 ベッドの上で一人愚痴る姿も滑稽だろうと、あそこで短気を起こさなければと後悔したが、2時間も無駄話に付き合い尚且つ本題を切り出さないのが悪いのだと、ニコルは独り言ちた。






 思い返すこと、ニコルが幽鬼のように宿屋に戻る1時間ほど前の事だった。

 ニコルが一向に話をしないジーンたちにキレたあと、依頼の話になったのだが、その話の内容があまりに馬鹿馬鹿しい内容だった。



「あまり多くの者に知られる訳にもいかんでの。依頼が終わるまでは、特にここに居る連中に知られるとまずいのじゃ」


「それは、依頼の内容を聞いたら必ず引き受けなければいけないと言うことですか?」


「いや、そういう訳でもない期日まで黙ってもらえればそれでいい。じゃが、現状としてはその依頼の適任者がお主しか居らんのは確かじゃ」


「依頼の内容は護衛なんだけどね、依頼主が大物過ぎて、期日までに依頼を受ける人が現れてくれないとものすご~く困ったことになるのよ」


「まさか、貴族の護衛とかですか?」



 依頼主が大物と耳にした瞬間、ニコルの目つきが鋭いものになった。

 ギルドから大物といわれるような依頼主の殆どが貴族や大商人で、そういった依頼主からは傭兵ギルドとしては信用問題にかかわるため、決して失敗が許されない依頼が多く舞い込む。

 大商人となると、個人的に傭兵を雇っている場合が多く、依頼が合ったとしても人員の補足程度で特に問題はないことが多い。逆に、貴族が依頼主の場合は護衛の場合もあれば、依頼主の気まぐれに付き合わされる場合もあり、依頼の内容が受けてみないと分からないことが多々あったりする。その上、身分上逆らうことが許されず、常になれない敬語を使わねばならないということで、ニコルは自分では力不足であると考えていた。



「いいや違う」


「とりあえず。聞くだけ聞きますよ」


「歌姫マルグリットの護衛を引き受けてもらいたいのじゃ」



 貴族の依頼でない限り困ったことにはならないだろうとニコルは思い、ギルドマスターに聞いたのだが、ギルドマスターが言った言葉の意味を頭が理解してくれず、ニコルは耳を疑った。



「……歌姫って、娼館の?」


「知っておるか?」


「ええまぁ、男所帯に居れば自然と話は聞こえてきますから……」



 ニコルは『歌姫』という単語を聞いた瞬間、あからさまに嫌な顔をした。

 『歌姫』と言うのは旅の踊り子や吟遊詩人の優れた歌うたいを指すこともあるが、ギルドマスターの話の中に出てきた『歌姫』と言うのは高級娼婦を指すものだったからだ。

 娼館に用がある者(・・・・・・・・)なら知っている常識だが、若い女であるニコルが知っているとは思わなかったのだろう、ギルドマスターは意外だと目を見開いて驚いていた。

 ニコルが傭兵団に居た時には、団員がどこそこの娼館の歌姫とヤッてみたいと大騒ぎをしていたり、依頼主に連れて行ってもらった()で舞姫と会った、などといった普通なら女性に聞かせられないような内容の猥談が子供の頃から自然と耳に入ってくるような環境だったため、ニコルは不可抗力ながら知っていたのだった。

 もっとも、子供の前でそのような猥談をしていた連中は副団長であるアデーレがキツく(・・・)躾けたため、表立って大騒ぎをする者がいなくなったのは、また別の話である。



「娼婦の護衛と言っても、彼女が身請けされるまでの間だけじゃ」


「その条件が女傭兵だと?」


「ありていに言えばそうなる。依頼主に言わせれば、女傭兵もしくは不能の者をよこせと言われたが、女傭兵はともかく、そのようなことを自己申告するような輩は傭兵には居らん!」


「でしょうねぇ」



 身請けが決まっている娼婦が護衛といたして孕むようなことになることを避けたかったのだろう、依頼主の要求ももっともだとニコルは思った。ただ、女傭兵は兎も角、男性の沽券に関わるようなことを態々言いふらすような者はギルドマスターの言うとおり、傭兵には確実に居ない。

 言動だけならば確実に該当しそうな人物が隣で暢気にお茶をすすっており、ニコルは視線を逸らした。

 ギルドマスターはニコルの言いたいことを正確に理解したようで、深いため息をついた。



「言いたいことは分かる。こやつ(・・・)はどうだと聞いたのじゃが、依頼主に引き合わせた瞬間、速攻で叩き返されたわい」


「ちょっとぉ! 何失礼な事言ってんのよ!」


「どう見ても適任……」


「アタシは普通に女の子好きだもの! こういう言動をしてるからって勘違いしないで欲しいわ!」


「いや、その言動が誤解の元だと思うんじゃがのぅ……」



 見た目だけは文句なしの極上の美形なのだか、言動が残念すぎるオカマ。ニコルの想像ではあるが、残念すぎるが故に、彼をつまみ食いをしようとする気にもならないだろう。 

 



「まぁ、その話(ジーン)は兎も角として、この依頼内容なら確実に人は集まらないでしょうね」


「それだけではないのじゃよ」


「と、いうと?」


「この身請け話は公表されておらん」


「はぁ」


「つまりじゃ、男の憧れの君でもある歌姫マルグリットが居なくなると言うことはじゃぞ、いろいろとお世話になっている傭兵(やつら)が暴動を起こしかねん!」



 ギルドマスターが力説するが、この時点で、ニコルは話を聞いた自分が馬鹿らしくなっていた。



「いろいろと言うより下半身の問題ですよね?」


「……」


「……」


「ま、まぁ、傭兵に下半身馬鹿が多いのも事実だからね。これを機に全財産を投げ打って彼女を買おうとする輩が出かねないの。そんな事態になったら、せっかく身請け話が出ている彼女も困るだろうし、あなたしか頼める人が居ないのよ……」


「……」


「この通りお願いするわ」



 同業者の下半身の問題をこちらに押し付けるなと怒鳴りつけてやりたくなったが、この場だけはニコルは感情を抑えた。会ったこともない『歌姫』の護衛を受ける義理はないとはいえ、依頼を引き受けられるのがニコルしか居ないのも事実。正直ニコルは、『歌姫』の護衛を引き受けたくはなかったのだが、ギルドマスターが引き受けてほしいと頭を下げている以上、引き受けねばならない依頼でもあった。 



「……成功報酬と依頼の期間はどれくらいですか」


「引き受けてくれるかの?」


「まずはそれからです。同情だけで引き受けて損するのはゴメンだ」


「それもそうじゃな」



 ギルドマスターが提示した依頼内容と成功報酬は、拘束される護衛の期間に比べれば破格と言っても過言ではなかった。その点だけ我慢をすれば、この依頼は傭兵ギルドに借りを作れる利点もあった。ニコルは悩む素振りをみせたが、一時の感情とその後の利益を天秤にかければ、引き受けても損はないと考えた末に依頼を引き受けることにしたのだった。



読んでくださりありがとうございました。

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