枯れ木なマスター
通された部屋は乱雑に積み上げられた書物や羊皮紙で足の踏み場もない状態だった。執務机と思われる年季の入った机には、鉱石や何に使うのか見当も付かない機材が置いてあり、ギルドマスターの部屋ではなくどこかの学者の研究室のように見えた。
一応、奥には応接で使用するのであろうテーブルとソファが見えるのだが、塔のように積みあがった本の間をかろうじて獣道のようになっている通路を通り、ようやくたどり着けるような状態だった。
窓に至る床も雑多に積み上げられた物でたどり着けず、昼間だと言うのにカーテンは締め切られており、何故この部屋は明るいのだろうかとニコルは首を傾げた。カーテンを閉められたこの部屋で光源を求めるのならば、ランプに火を入れるか魔法を使うしかないのだが、この部屋に至っては魔法を使った形跡もなければ、火のついたランプの揺らめきも見えず、不思議と辺りが見渡せるほど明るかった。
「相変わらず、汚い部屋ねぇ」
「私も片付けてほしいと口を酸っぱくして言っているのですが、全く効果はありません」
扉の前で茫然と立ちすくむニコルを尻目に、ジーンとクラウディアは部屋の主の承諾も得ず、ずかずかと部屋の中に入って行った。本や羊皮紙の巻物が散乱しており、足の踏み場を探すのも難しく、クラウディアは申し訳なさそうに奥のソファに座ってくれとニコルに言ったのだった。
「ここまで汚いなら勝手に片付けちゃってもいいんじゃないの?」
「それは、困る! こう見えても儂が使いやすいように整理してあるんじゃ!!」
ジーンの発言に反論するように、老人と思われる声が書物の一番高く積みあがっている場所から聞こえてきた。小山のようになっている書類をバサバサと崩しながら現れたのは、枯れ木のような腕のしわくちゃの小さな老人だった。
「なんだ、爺さん居るなら居るって言ってよ。例の依頼を受けてくれる子を連れてきたわよ」
「そうか。クラウディア、茶が飲みたいのぉ、お客の分も持ってきてはくれんかね」
「かしこまりました」
目の前の老人はクラウディアにお茶を持ってくるようにと言いつけると、本の塔を崩しながらやってきて、応接用のソファに腰を下ろした。
ニコルは目の前の老人が傭兵ギルドの長をやっているとは到底信じられなかった。
「そこの若いの、儂の顔に何かついているかね?」
「あ、特には……」
「気にせんでもええ、こんな老人がギルドマスターをしているのがおかしいのじゃろう? 儂は傭兵をやっていたわけでもなかったんじゃが、師匠に頼まれてこうしてギルドの長になっておる」
本当にこの人物がセレストのギルドマスターなのだろうかと顔に出ていたのだろう、老人は観察するように見つめていたニコルをからかうように笑った。
幼い頃から傭兵団の一員として各地を回り、何人かのその地域の傭兵ギルドのギルドマスターと顔を合わせたことがあったが、誰もが一線を退いた傭兵と言うにふさわしい風貌と貫禄があった。それに対して、向かいのソファに座る老人は貫禄という点では劣らないものの、本当に傭兵ギルドを率いているのだろうかと疑問に思うような人物だったのだ。
「ヨボヨボでシワシワで全然凄そうに見えない汚部屋の主だけど、二代目筆頭宮廷魔導師サマよ」
「うそぉ!?」
ウィスマリア魔法国が建国されたのが500年程前であるため、目の前の老人は既に500歳近いと言うことになる。
魔力が多い者程長く生きる傾向にあるウィスマリア魔法国民ではあるが、せいぜい寿命は長くても200年ほどである。帝国の民とは寿命からして違っていたのが原因で帝国領では迫害されたと歴史は語るが、それはまた別の話になる。
500年生きると言うことは、精霊族の中でも特に長寿のエルフの血を引く者か、精霊の加護を持っている証でもあった。
「ホントホント。現役の500歳だっけ?」
「相変わらず、失礼な奴じゃのぉ! こう見えても、まだ493じゃ」
「あんまり変わらないじゃない! 四捨五入すれば500じゃない。それに年齢3桁越えたら7歳くらいの差はどうでもよくない?」
「そのようなことはないぞ!? まだまだ現役じゃからな! 若い方が良いに決まっておろう!!」
まさに歴史の生き証人と言える人物であるのは間違いない
ウィスマリア魔法国の二代目筆頭魔導師は、魔導師としての実力だけでなく王を支える宰相も兼ねていた人物と伝わっているが、貴族ではないニコルは目の前に居る人物の年齢に驚くばかりで、どのような人物なのか知る由もなかった。
ジーンとギルドマスターが二人で騒ぎだしてしまった頃に、クラウディアがお茶を持ってきた。
クラウディアは何の騒ぎかと部屋に入った時に目を見張った様子を見せたのだが、二人の様子を眺めたあと困ったような表情のニコルを一瞥し、ため息を付いた。クラウディアの諦めの入った様子から、ニコルはこのような騒ぎはいつもの事なのかもしれないと思った。
「マスター。お客様の前ですが、よろしいのですか?」
「おお。そうじゃったな、スマンのぅ。お主の名前から聞こうかの?」
「ニコルです。少し前までクルーガー傭兵団に居ました」
「ほほほ! クルーガー傭兵団と言うとアデーレが居る所じゃな? となると、団員のむ娘か?」
「母をご存じなんですか!?」
「師匠が育てた子じゃからな、一応兄妹弟子になるのかの?」
果てしない年齢差があるのだが、この場合も兄弟弟子と言うのだろうかと、ちらりと頭の隅によぎったが、今はそのような話をするときではないとニコルは思考の端へと追いやった。
「それにしても、あのお転婆とは似ても似つかぬ落ち着いた子じゃな。兄の方は性格だけは父親似だったがのぉ」
「……私は養子なので」
「それは、悪いことを聞いた。すまないの、忘れておくれ。それにしても、あれに育てられて良くまぁまともに育って……。似なくて幸いと言うべきかの? あれに似られるとギルドとしては困ったことになるのでなぁ」
「?」
かかかと笑って、目の前の老人は自らの発言から話題をそらすように、いくつかアデーレの若い頃の話をしてくれたのだが、そのどれもがニコルが冷や汗をかきながら恐縮するような内容だった。ジーンが隣でニコニコと話を聞いているところを見ると、良く知られた話なのかもしれないが、それを考えると背筋が寒くなるような思いだった。
「さて、本題に入るかの。まずはお主に引き受けてもらいたい依頼があるのじゃが……。防音の結界は使えるか?」
「ええ、まぁ」
「じゃ、張ってくれんかの。儂は、腰が痛くてしばらく魔法は使えそうにないんじゃ」
魔法を使うのに腰痛は関係ないのではないのだろうかとニコル思ったのだが、言われた通りに自分たちが座っている応接セットを中心に防音の結界を張った。
この防音の結界は傭兵団に居たころに母に言われて会得した魔法だが、自分の腕一つで成り上がっていく、ある意味脳筋が多い傭兵にとって、それほど重要視される魔法ではないのだが、護衛などの依頼を受けていると案外役に立つことが多かった。
商談の内容を聞かれたくない商人や、貴族の護衛に着いている場合に依頼されることが多々あったからだ。
今回もその例に漏れず、余り聞かれたくない話をするのだろうと判断したのだが、にんまりとほほ笑んだギルドマスターの様子からどうやらそうでもないような気がしてならなかった。
「ほほほ、これはこれは……。この結界、今は儂らの周りだけのようだが、広げるならどこまで広がる?」
「この部屋くらいなら普通にできますけど、そこまで広げる必要はなくないですか?」
「いやいや、そうではない。もっとも拡大した場合を聞いておる」
「はぁ……。せいぜいこの部屋ふたつ分くらいだと思いますけど」
「まずまずじゃな」
目の前の老人の質問の意図が分からず、ジーンに視線でどういうことなのかと問いかけたのだが、ニコルに向かっていたずらっぽく笑いはぐらかした。
その後、ニコルはいくつか老人に質問をされた。どのような魔法が使えるか、傭兵になってどのくらい経つのか、受けた依頼はどんなものだったかなど、特に隠すようなことでもなく、ギルド職員が調べればすぐに分かることだったため、ニコルは普通に答えていった。
傍から見たら祖父と孫のようだったらしく、ジーンは付き合いの長い老人の意外な一面を見て。
「ジーンの意見はどうじゃ?」
「そもそも推薦しようと思わなければ、連れてこないでしょ」
「それもそうじゃな、技能的にも問題ないしのぉ。近頃の若い衆は小手先ばかり強くなろうとするからのう……。結界術を会得している輩が少なくてなっとらん!」
「あー、その話わかるわぁ!! 本当に脳筋ばかりで嫌になっちゃう。魔力が多い子は上級魔法を習得する方に集中しちゃったりするし、そうじゃない子だってまるきり腕力に頼ったりする子が多いことときたら!!」
すぐに別の話題に移ってしまう二人を見て、ニコルはいい加減話を進めてほしいと切実に思った。先ほどのようにクラウディアが戻ってくるわけでもなく、関係のない話題がしばらく続き、仕事の依頼の話もなく放置されたニコルはキレた。
「仕事の依頼を引き受けてほしいと言われてきたけど、特に用事がないなら帰っても?」
「あ、ごめんねぇ。つい話に夢中になっちゃって」
「仕事に関係ある話なら黙って聞くのは義務だと思って我慢するが、結界の魔法が使用できるかどうかだけですよね、今のところ仕事の確認事項らしいのは」
「あー、えー……。すまん、つい話に夢中になってしもうた」
「ええ、ギルドマスターに言っているわけではないですよ。私の独り言なので気にしないでください。失礼な独り言を言って申し訳ありませんでした。私はこれで失礼します」
ニコルが怒るとは考えていなかったのだろうジーンが焦って謝ったのだが、既に部屋に入ってきてから2時間が過ぎており、その間2回ほどクラウディアがお茶を交換しに来ていた。
話を前に進めようとしても、何故か二人の話題は横道にそれるため、いい加減ムカついてきたため、席を立とうとした。
「あー!!! 待って待って!! ごめんなさい。アタシが悪かった!」
「いいえ、私は貴方に騙されて連れてこられたようなので、これで失礼します。もう会うこともないですよ」
「ほんとゴメンなさい!! あなたに頼みたい依頼があるってのは本当よ。ただ、依頼の内容が女の子にはちょっと……って内容だったから、伝えるタイミングを探っていたと言うかなんというか……」
「あまり多くの者に知られる訳にもいかんでの。依頼が終わるまでは、特にここに居る連中に知られるとまずいのじゃ」
帰ろうとするニコルをジーンは必死に引き留め、無理やりソファに座らせた。ニコルの肩を抑えて必死になって謝ってくる様子から、ニコルは呆れつつも微妙な座り心地のソファに座りなおした。
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