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傭兵ギルドの猫  作者: kay
第3章 精霊のいとし子
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看板娘

 カーテンの隙間から差し込む光でニコルは目が覚めた。

 酒場でジーンと別れ、カルロをはじめとしたモーリッツのチームと同じ酒場で酒盛りをしたあと、酔いつぶれたカルロ達を副リーダーであるベンノと一緒に宿に届けたのだった。

 昨晩は結構な量の酒を消費したのだが、目覚めは少し喉が渇いている程度で二日酔いにはなっていなかった。逆に酔いつぶれる程飲んだカルロたちの方が心配だとニコルは考えていた。



 顔を洗いに中庭に出ると、食欲を刺激するいい匂いが漂っていた。ダグは料理が不得手だと言っていたため、このいい匂いの発生源はジゼルだろうとニコルは判断した。

 昨日は夕飯を作れないほど疲弊していたため、朝早くから働いて大丈夫なのだろうかと考えていたところ、調理場の奥から大きな水瓶に水を補充しに来たダグと顔を合わせた。

 


「あ、ダグさんおはようございます」


「……おはよう」


「ジゼルさん朝から働いているみたいですけど、具合は大丈夫そうですか?」


「ああ、一晩寝たら元気になったと言っていた」



 昨日の件でジゼルが疲れているのではないかとニコルは心配していたのだが、それを問うと、ダグは一晩寝たら元気になったようだと。大きな水瓶に井戸からくみ上げながら語った。

 ニコルは一瞬、方便ではないかと思ったが、怪訝な表情のニコルを見たダグが、ジゼルの体調がすぐれないようなら自分が止めるから大丈夫だと真面目な顔で言ったため、ニコルは肩をなでおろしたのだった。


 中庭に漂う朝食の匂いで空腹を覚えていたニコルは、すぐに食堂に向かうと言うと、ダグは軽く頷き担いでいた水瓶を持ってジゼルにニコルの分の朝食の用意をしてほしいと伝えに行ったのだった。





 ティアを連れて食堂に行くと、既に何組かの客が朝食をとっていた。



「あ、ニコルちゃんおはよう」


「おはようございます、ジゼルさん」


「昨日はごめんね、迷惑かけちゃって」


「いえ、そんな……。ジゼルさんの具合が良くなって良かったです」



 昨晩のジーンの発言もあったせいか、ニコルはジゼルに対して少しだけ負い目を感じていた。しかし、今朝の元気そうな様子を見てニコルはホッと胸をなでおろしたのだった。


 ジゼルが持ってきてくれた朝食は、焼き立てのパンと野菜スープだった。スープは大き目に切られた根野菜が柔らかくなるまで煮込まれており、野菜の甘みでやさしい味だった。他の客にはボリューム満点の肉が出ているところを見ると、ニコルが昨晩酒を飲んだことをダグあたりから聞いたのだろう、酒で荒れた胃にやさしいメニューを出してくれたのだろう。ジゼルの気遣いに感謝しつつ、ニコルは出された物をありがたく完食したのだった。




 食堂の客も途切れ、ニコルが食後に出されたお茶を飲んでいると、ジゼルが食堂の奥から声をかけてきた。



「ニコルちゃん、今日はどうするの?」


「ギルドに行って職探しですかね。短期の依頼があればそれを受ける予定です。ほら、動けるときに稼いでおかないと個々の料金も支払えなくなっちゃいますし?」


「ふふ、そうね。頑張って稼いで来てちょうだい!」


「そうします」



 少しぬるくなったお茶を飲み干すと、ニコルは準備していた荷物を担ぎ宿を出たのだった。



 セレストの街並みは何処も同じような建物が続き、上り坂や下り坂など迷路のようになっているため、ジゼルが言うには不慣れな人間は大概迷うらしい。道を覚えるのを苦手としているニコルだったが、二度目の訪問だけあって途中迷いそうにはなったものの、それほど時間をかけずにたどり着くことができた。

 ベニトアのギルドと同じ造りの建物をくぐった瞬間にピリピリとした空気が漂う。フロアに居る同業者から、どれだけの実力を持っているのだろうと探るような視線が注がれた。ニコルは慣れたもので特に気にする様子もなく、ジーンらしき姿がないか周りを見渡したのだった。



「いらっしゃいませ。あ! こんにちは、ニコルさん!」


「あ、えっと……。ベルタさん、だっけ?」


「そうです。当ギルドの看板娘のベルタちゃんです。今日は依頼を受けに来たんですか?」



 ジーンを探すようにフロアの中を歩いていると、傭兵ギルドに顔見せしたときにカウンターに居たベルタという職員が声をかけてきた。ニコルよりも拳一つ分程背が低い彼女は、自ら名乗った通りギルドの看板娘で人気者らしく、先ほどから周囲にいる同業者からニコルに向けた殺気が送られてきていた。中には『俺のベルちゃんに笑いかけてもらえるなんて!』とか、『あの小僧は何処のどいつだ!ここのルールを体で覚えさせてやる』といった物騒な単語が聞こえてきた。

 ニコルはというと、自分は女なのに何故同業者に理不尽にも嫉妬されて迷惑至極だったのだが、ベルタはそんな様子には慣れているようで、にこにことほほ笑みながらどんな要件でギルドに来たのかと聞いてきた。



「いや、人と会う予定なんだけど。ジーンと言う人は居ないだろうか?」


「えっ、ジーンさんですか? 居ますけどぉ……、いまギルドマスターと話し中……。ハッ!? ま、まままさかニコルさんあのオカマと付き合ってるんじゃ!!!」


「あ、いやそうじゃなくて……」



 事情を説明しようにも、ベルタは自分の世界に入り込んでおりニコルの話を聞いていない。確かにジーンの容姿はニコルの好みではあったが、オネエな時点で付き合いたいという気持ちは全くの皆無であった。



「あー!!!! ちょっと、ベルタちゃん!! アタシあてのお客が来たら話し中でも、すぐに通してって言ったじゃない!! なにこんなところで引き留めてるのよ!」


「あ、出たわね腐れオカマ!!」


「なんですってぇ! アタシはこんなでもれっきとした男よ!!」


「だって、こんな美形がジーンの毒牙にかかるなんて人類の損失よ!!」



 ニコルはベルタをそのままにして他の職員に聞いた方が良いだろうかと思案したところで、後ろから更に騒がしく、尚且つ聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 ギルドの職員が使用する扉を開けて出てきたのは、ニコルの予想通りジーンだった。彼の背後には仕事の出来そうな女性がおり、ジーンとベルタの様子を見て眉を寄せているのが見えた。

 白熱する二人のやり取りに、周囲の同業者たちは呆気にとられているようで、ニコルはこのあたりで話を終わりにさせないと迷惑をかけそうだと思い、ため息を付いた。



「ベルタさん。美形って言ってくれるのは正直複雑だけどうれしいけど、性別間違ってるよね」


「へっ!?」


「そうよぉ。ニコルちゃんは女の子」



 ジーンはこっそりとベルタに耳打ちするように、ニコルが女であることを伝えると、彼女は懐疑的な表情を浮かべ、ニコルの頭てっぺんからつま先までじっくりと観察するように眺め、ようやく納得したような表情を見せた。



「うそぉ!!! だって、下手な男よりかっこいいじゃない!」


「その辺は同感よ! その辺の男もきれいな身なりにすれば見られる人も多いのに、不潔にしている男が多いこと!! 少しは見習ってほしいわ!」


「はぁ……、ミントグリーンの切れ長な瞳に、淡いハチミツ色の髪、一目見た時から私の理想の男性って思ってたのにぃ~」


「あのさ、私は余計な危険は避けたいからこういう格好をしているのであって、女だってばれるような話を、ここでされると正直ものすごく困るんだけど?」


「ご、ごめんなさい。興奮してつい……」



 ジーンとベルタが妙な方向に話を進めそうだったため、ニコルは脱力感した。

 ニコルが男装をしているのは、ただ単にこちらの装備が動きやすいと言うのもあるのだが、男性社会な傭兵と言う職であるため、ニコルが男装をするのも余計な揉め事を避けたいという意思の表れであった。

 ジーンとベルタの会話はそれほど大きい声でされているわけではないのだが、如何せん二人は同業者たちが集まるフロアの中では特に目立っていた。周囲の同業者たちもこちらを遠巻きにしているため距離があり、余程聞き耳を立てていない限り二人の話を聞くことはできないのだが、次第に興奮していく二人の様子を見て、ニコルはこちらの事情も考えてほしいと、二人に釘を刺しておくことも忘れなかった。



「本当ですよ、ベルタさん。業務を放り出して何をなさっているんですか」


「く、クラウディアさん! すみません、話し込みました……」


「看板娘と自分で言うくらいなんですから、みなさん平等にお相手して差し上げないとだめですよ。それに通常業務が滞っていますから、早く業務に戻ってくださいね」


「はい、申し訳ありませんでした」


「それから、ジーンさん。お連れの方がいらっしゃったのならご一緒にどうぞ。ギルドマスターがお待ちです」


「わかったわ。ニコルちゃん着いてきてちょうだい」


「わかった」



 ジーンの後ろに居た真っ直ぐな黒髪の女性がベルタに声をかけてきた。クラウディアと呼ばれた女性の服装がベルタと同じところを見るとどうやら傭兵ギルドの職員らしいが、きれいな顔をして途轍もなく言っていることがきつかった。

 いそいそと仕事に戻るベルタを傍目に、クラウディアはジーンに向き直り、事務的な口調でギルドの長の部屋に来るよう告げたのだった。





 


読んでくださってありがとうございました。

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