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傭兵ギルドの猫  作者: kay
第3章 精霊のいとし子
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密談

 酒場のカウンターにはニコルとジーン以外には誰も居ない。カウンターの中にいたマスターも接客が忙しくなったせいか、二人を残して奥に行ってしまった。

 賑やかな店内の音が緊張のせいかニコルにはその喧騒は聞こえなかった。



「どういうこと?」


「ん? 宿屋の女将さんが襲われたこと、君もなんとなく気づいているんじゃないか?」


「……なに、が」



 相変わらず思考を読ませない笑顔のまま、ジーンはニコルに相対していた。

 嫌な予感が先に立ち、ニコルは微笑んでいるジーンの顔をまともに見られなかった。



「君がここで精霊の愛し子じゃないかって言ったせいだよ」


「!? 違う、あれは……」


「まぁ、話していただけで君には罪はないよ? ただ、聞かせてはならない人物が隣に居ただけで」



 ニコルは、自分の発言でジゼルが浚われたのではないかと、犯人の男を捕まえた時点でなんとなく気が付いてはいた。あって間もないとはいえ、気持ちのいい人物のジゼルにその話をして責められるのをニコルは恐れた。

 そのため、ニコルは捜査をしに来たラースには捕えた男が酒場で会ったことがあるとだけ言ったのだった。

 ニコルの目の前に居る男は責めるような口調ではなく、ただ、『聞かせてはいけない人物』と行ったことが気になった。



「何が言いたい」


「その話をネタにして、君と話がしたかっただけだって言ったら信じる?」


「……」



 ニコルはジーンを鋭くにらみつけた。

 ジーンはニコルに対し、暗に先日の襲撃者と繋がっているかも知れないと匂わせるだけであったが、ニコル自身街道では襲撃に遭い、この日はジゼルが巻き込まれている。

 ニコルは既に自分とは関係ないと言える立場ではないと言うことを重々自覚していた。

 からかうような口調で感情を読ませない笑みを浮かべており、目の前の男の思わせぶりな態度を心底腹立たしく感じていた。

 


「言いたいことがあるなら聞くよ?」


「アンタ何者?」


「直球で来るねぇ。とりあえず、ギルドの関係者とだけ言っておこうかな」


「それをどうやって証明する? ギルドに入るなら誰でもできる」


「それを言われると辛い」



 おどけた様子で首から下げられた傭兵ギルド員の証である水晶を振って見せた。しかし傭兵ギルドは試験さえ通れる実力さえあれば誰でも登録できる。ギルド員の証を見せられたからと言って、信用できるわけがない。

 ニコルがその点を指摘すると、ジーンは困ったように眉を寄せた。



「昨日、アンタに『精霊の愛し子(その話)はするな』と忠告された。でも、それはアンタが隣の席で私たちの話を聞いていたからだ。あの時、店の中はだいぶ騒がしかったけど、同じカウンターとはいえ、アンタよりも席が離れていた奴らにどうして私たちの会話が聞こえた? アンタは奴らの仲間でそいつらにここで聞いた話を教えたからじゃないのか!?」


「半分正解。 情報を流したのは当たってるけど、あいつらの仲間じゃあない」


「なに!?」


「こっちは、奴らの目的の確証が欲しかった。ギルドの上の方からの依頼でね、詳しくは話せないけど情報を集めてた。昨日酒場に居た奴らはその中で疑わしいと目星をつけていた奴らでね、都合よくこっちが聞きたいネタを君たちが話していたから、あの時結界を貼って君たちの会話をあいつらに聞こえるよう流しただけ。今みたいに結界を張ってね」



 酒場の店内はいつも通りものすごくにぎやかだ。酔って大騒ぎをしている男達をマスターが怒鳴りつけに行ったりと騒々しい。

 一応、周りの喧騒は耳に届いてはいる。ニコルはジーンに気を取られるあまり、周りの音が気にならなかったのだと考えてのだが、それがジーンの結界を張ったせいだと、ニコルは言われるまで気づいていなかった。



「なんで結界を張ってまで、奴らに話を流した」


「こっちは誘拐の目的と仲間を調べていてね。マナッセの時は奴らの目的がなんとなく掴めたかなぁ程度な状況でね、確証が欲しかったんだ」


「……」


「そんな目で見ないでよ~! 君と女将さんを利用したことは謝るからさ」



 実際に被害に遭ったのはジゼルであるし、この酒場でジゼルが狙われるような会話をしたニコルには何も言う資格はなかったが、ジーンが明らかにジゼルを囮にしたことには腹が立った。



「えっ、ちょっ、どこ行くの!?」


「帰る。そんな軽い口調で謝られても、不愉快だし」



 ニコルがジーンをもの言いたげに見つめると、ニコルが言わんとすることが分かったのか、軽い感じで謝ってきた。目の前の人物はこういう人物なのかと、ニコルはあきれ返り、そのまま席を立とうとしたが、ジーンは必死にニコルを引き留め、この食事代はおごるから話を聞いてくれと頭を下げてきた。

 ニコルは女給に酒の肴になるものと値の張る蒸留酒をボトルで頼み、しぶしぶ席に腰を下ろした。



「よ、良くそんなに勢いよく飲めるね……」


「はっ、胸糞悪いし、飲まなきゃやってらんない」



 普段それほど酒を飲まないニコルだが、酒には強かった。

 ニコルは女給が持ってきた酒瓶を片手で引っ掴み、手酌でグラスに注いでかぱかぱと杯を開ける様子を見てジーンは唖然と眺めていた。



「で? 誘拐の目的が、『精霊の愛し子』ってこと?」


「宿屋の女将を襲ったことも考えると、おそらくそうだろうね」



 喉を焼くような度数の高い酒ではあるが、ニコルに酔いは一向にやってこない。こんなときでなければ、楽しんで飲めたのにと少々残念に思った。呆気にとられて話をしようとしないジーンに焦れ、ニコルはさっさと話せと言わんばかりに先ほどの話の催促をした。



「奴らの目的について確信を持ったのは、君たちが護衛していた隊商が襲われたからだ。二人も『精霊の愛し子』が居たしね。隊商を襲ったのが本当の盗賊って可能性もあったけど、隊商の護衛も信用に足る名のある人物だった。その中で、イレギュラーな存在だった君が気になってね」


「それで、マナッセの酒場で声をかけたと?」


「まぁね。情報も少なかったから仕方なく? ギルドに確認してみたらクルーガー傭兵団の末娘って聞いてびっくりしたけど、おかげでこちらは白だと思った」


「確証も何も、早いうちから『精霊の愛し子』が誘拐されるってわかっていたんじゃないの?」


「なんでそう思う?」


「誘拐の目的が分からないのに、何故『精霊の愛し子』であるユリアさんとエリシアが居る隊商をマークする必要がある?」


「うふふふ、これだから賢しい子は大好きよ~! 説明が少なくて済むか、すごく楽!」


「……」


「ごめん!! わかった、言うから! 言うから、その右手に持ってるやつを下ろして!」



 くねっとしながらニコルを褒めるジーンだったが、最初に会った時とはまるで性格が違う。どこまでが冗談か本気なのか分からない態度に、ニコルは目の前の男に無言で半分ほど中身の減った酒瓶を振りかざした。

 ニコルの苛つきが最高潮に達したことがようやく理解できたのか、ジーンは慌てて謝りってきた。



「ねぇ、本当に大丈夫? 酔ってない?」


「ハッ。酒瓶半分飲んだくらいで酔うわけがないよ。あ、それ全部飲む予定だから返して」



 ニコルの手から酒瓶(凶器)を取り上げたジーンは、恐る恐るニコルが酔っているのではないかと聞いてきた。あいにく、酒精が強いとはいえ酒を瓶の半分程飲んだだけで酔う体質ではないため、ニコルは鼻で笑い飛ばしジーンから酒瓶を取り返した。



「酔ってないなら良いけど。話を戻すとセレストで誘拐が頻発しているのは知っているよね?」


「ユリアさんから聞いた」


「ギルドで掴んだ情報だと『精霊の愛し子』と思われる人、噂されている人を手当たり次第に浚っているみたいなんだ」


「何故? 他国に比べれば精霊の恩恵は多いけど、『精霊の愛し子』は珍しくはあるけれど、浚う程の重要人物じゃない」


「まぁね、理由はまだ分からない、けどこれは確かな情報。『精霊の愛し子』が持っている能力っていうのは即ち精霊の能力だ。魔法国においては魔力が増え、精霊の能力が使えるようになるだけで一般人と特に大差はないのにね」



 ユリアが精霊樹の近くに居れば害意あるものには手を出されないと言った能力は、実を言うとユリアを守護する精霊の力でもあった。ニコルの母親であるアデーレもユリアとは異なるが精霊の力を使えたりする。精霊の力と言っても、精霊にも個性があるらしく同じ属性の精霊の守護があったとしても、それぞれ使える能力は異なったりする。

 ウィスマリア魔法国は、帝国で迫害された魔力持ちが作った国であり、特異な能力をもっていたとしても寛容な国であった。そのため、『精霊の愛し子』は珍しい存在ではあるが、特別扱いをされるようなものでもなかった。

 ニコルは傭兵団で育ち、この国の特異性も他国での常識も知識として教えられていたが、この件に関しては何故『精霊の愛し子』が狙われるのか分からなかった。



「一つ聞きたいんだけど」


「なに?」


「どうして、私にその話を聞かせた? 私がギルドに登録しているからと言って、ほいほいギルドの情報流して良い訳がないと思うんだけど」



 ニコルは残り少なくなった酒をグラスに注ぐと、少し口をつけてカウンターの上に置いた。改めてジーンに向き合い、何故自分に声をかけたのかと問いかけた。




「あー…、えっと、うーん……。その辺はこっちの気まぐれとしか言いようがないけど。それと話したことで手伝ってくれたりしないかなぁって、思ってたりなんかしたりして?」


「……へぇ」



 誘拐の目的を探っていたとは思えない程、グダグダなジーンの返答に対し、勝手に犯人扱いされた挙句の果てが気の抜けるような協力要請だったため、ニコルはあきれ返ると同時に、既に空になった酒瓶で殴りつけても問題ないような気がしたのだった。


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