セレスト騎士団
ティアを相手取っていた麻袋の男は、武器を持っていなかったためティアの攻撃を避けることができず、血まみれになっていた。逃げようにもティアが逃げ道を塞いでいたのだが、男がやけくそに暴れ、ティアの頭に蹴りが入り、わずかに怯んだ隙に奥の路地に入り走って逃げられてしまった。
ティアに後を追わせてもよかったが、ティアだけで行動させるとなると逆にティアが警備隊に通報されかねなかったため、ニコルは追いかけようとしたティアに静止をかけたのだった。
「……にゃ」
「あれは、深追いしなくていいよ。ティアは良くやったよ」
獲物に逃げられ戻ってきたティアがしょんぼりとしていたため、ニコルは頭を撫で労ったのだった。
足元に転がっている男達の処分だったが、ニコルは男達が気絶しているうちに武装を解除し、念のため麻痺の呪文を唱えた。手近に紐も縄もなく取りに行く暇もないため、男達のズボンのベルトを抜き取って腕を縛り上げた。
一先ず男達を無力化させたところで、放置していった麻袋を開いた。案の定中には、猿轡を噛まされたジゼルが入れられており、頬に擦り傷があった他は大した怪我ではなさそうだった。
「うー、背中が痛い……」
「大丈夫ですか?」
「休めば平気よ、多分」
「歩けそうですか?」
「あははは……。ごめんね、腰が抜けちゃったみたい」
ニコルはジゼルの笑顔を見てようやく肩の力を抜いたのだった。
この場に留まる訳にもいかないため、ジゼルが立てるかどうか確認をしたのだが、ショックが大きかったせいか腰が抜けてしまっていた。
気絶した男達を街の警備隊に引き渡す必要もあったため、誰かが警備隊を呼んでこなければいけなかった。ニコルが呼びに行くのが一番早いのが、男の仲間が戻ってくるかも知れないとも考えると腰が抜けて動けないジゼルを一人で残す訳にもいかなかった。
「ねぇ、ニコルちゃん。この人たちどうするの?」
「本当はこんな大荷物持って行きたくないんですけど。仕方ないから、警備隊か騎士団に引き渡します」
「え、この二人持ってくの!?」
「まさか! 私がジゼルさんを背負って、あとはティアに括り付けますよ!」
ニコルは嫌がるティアに男二人を問答無用で括り付けた。流石にジゼルを歩かせるわけにもいかないため、ジゼルはニコルが背負うことにした。重くないかとジゼルが聞いてきたが、ジゼルの体重くらいならば特に苦にもならなかった。
「いいなぁ、私も猫ちゃんに乗りたかった……」
「男の一人と一緒でいいなら、そっちに移しますよ」
「……わがまま言わない! ごめんなさい」
「別にティアに乗りたいなら、いつでもいいですよ」
「え、本当!?」
「まぁ、その時のティアの機嫌次第ですが」
ニコルの背中でジゼルがぽつりとつぶやいた。ティアの背中に括り付けられた男達を見て、自分もティアに乗ってみたかったと少し不満げな様子だった。ジゼルが騎獣大好き人間だったことを思い出したニコルは、男の一人と入れ替わるなら乗ってもいいとからかってみたら、流石にそれは嫌だったようで、ジゼルはニコルの背中に頭をこすり付けるように謝ってきたのだった。
ニコルはジゼルの気が紛れるよう軽口を叩きながら裏通りから元の道に戻り、その足で荷物を預けた店に行った。
店主はティアの背中でズボンがずり下がった状態で気絶している男達と、ニコルに背負われているジゼルを見て、一瞬ギョッとした表情をしたが、ニコルが事情を話すと大変だったなと同情してくれた。
「ちょっと、こいつらを騎士団に引き渡してきたいんですが、ジゼルさんどうします?」
「それなら、俺ん所の丁稚を騎士団に使いにやるから、アンタここでジゼルと休んでくといい」
「いいんですか?」
「女が弱ってる時に彼氏がいねぇと困るだろ?」
「……」
「……」
ティアを連れて騎士団に行こうとしたところで、店主に引き留められた。疲れているだろうからと気を使ってくれたのはありがたかったが、次に店主の口から飛び出した言葉で、ニコルとジゼルは思わず絶句してしまった。
「……おじさん言っておくけど、ニコルちゃんは女の子よ?」
「なにぃ!? 大の男を二人も気絶させる腕を持って男前だからよ。てっきりジゼルの男かと思ったんだか……」
「別にいいですよ、男に間違えられるのは慣れてるし……」
「そんなこと言っちゃダメよ、ニコルちゃん! あなたが居なきゃ、私はどっかに売り飛ばされていたかも知れないんだから!」
「そうだぞ! 並みの男より腕っぷしが強いんだ! そこは誇っていい!」
ジゼルの慰めはありがたいとニコルは思った。しかし、男よりも腕っぷしが強いと褒められたのは初めてではないが、店主の斜め上な慰め方には首を傾げる思いだった。
ニコルは捕まえた男の一人が先日の街道での襲撃者だったことを思い出し、新しい騎士に二度も説明することはしたくなかったため、店の丁稚には騎士団に着いたらできる限りエッカルトかマルセルを読んで欲しいという内容の手紙を認め、丁稚に二人の名前を告げ、一抹の不安と共に手紙を渡したのだった。
しばらくして、丁稚の少年が息を切らせて戻ってきた。
使い走りにされたのに笑顔が輝いて見えるのは、間近で騎士を見ることができたからだろう。
店の中に入ってきたのは責任者と思われる風格の男と、その部下の二人組だった。店の前がざわついているのが聞こえるため、部下は外で待たせているのだろう。
「私は、セレスト騎士団のラース。こちらは部下のローマン。拐かしがあったと聞いてやってきたのだが」
「すみません。あなた方を騎士と証明するものを見せてもらえないかな?」
「ニコルちゃん!?」
「ごめんね、私は傭兵生活が長くて、身分だけで人を信用しないことにしてるんだ。拐かしの犯人も一人逃がしちゃってるし、そいつの仲間ってこともあり得るでしょう?」
「なるほど。一人で生きるならその用心深さは必要なことだろう。念のため副団長からの手紙を預かってきている。私を騎士と証明するものならば、騎士に叙勲された際に領主様から賜わった紋章がある」
ラースは嫌な顔を見せずに、騎士の紋章をニコルの前に差し出した。騎士団の紋章について、ニコルはあまり詳しくはなかったが、その辺りはジゼルと店主が確認してくれた。なんでも、騎士団から公布される立て看板に描かれている紋章と同じと言う話だった。
ラースからエッカルトの物と思われる手紙を預かり、封を開けて目を通す。内容としては、ラースに一任するという内容が書かれており、ラースが持っていた紋章と同じ物が手紙の封蝋に押されていたため、エッカルトが出したもので間違いないだろうとニコルは判断した。
「さて、すまないが男達を引き渡しと詳しい話を聞かせてもらえるだろうか?」
「わかりました。私はニコル・クルーガー、こいつらを捕まえたのは私です。こっちは、被害者のジゼルさん、『ジゼルの止り木』っていう宿屋の女将さん。ここだとお店の邪魔になるから、現場に行きましょう。それから、ジゼルさんは被害者だから、自宅に戻るときに護衛を付けてくれると助かるんだけど?」
「その辺りは、ローマンに一任する」
「ハッ! お任せください!」
「ジゼル殿、ご自宅に戻られてから、改めて話を伺うことになるがよろしいか?」
「は、はい!」
ニコルがラースに対し生意気な口のきき方をしていたため、ローマンは始終しかめ面だった。
しかし、ラースにジゼルの護衛を一任されると、張り切った様子で敬礼し、騎士らしくジゼルをエスコートしながら店を後にした。ただ、ジゼルが持っていた荷物を抱えながらだったため、少々恰好はつかなさそうだとニコルは思ったのだった。
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