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傭兵ギルドの猫  作者: kay
第3章 精霊のいとし子
32/48

精霊樹の木下で

 ジゼルと気が抜けるような話をし、ニコルはゆっくりと過ごしていたが、アンジェラとの契約もあるため、街に出ることにした。

 セレストに来たら何処が有名かと聞いたが、精霊樹以外はカルロと同じような返答があったため、面倒だと思いつつも地道に探すしかないかとニコルは溜め息をついた。




 まずは、砥ぎに出していた愛用の剣の引き取ることにした。その後、カルロとの話題にも出た精霊樹のところに行こうかとニコルは考え、白い石畳をひたすら道なりに進んだ。

 日差しは弱く曇り空であるが、石畳に反射した光で眩しく、ティアはニコルも昼寝中の猫のように目を細めていた。

 


 どこに居ても見えるほどの巨木のため、進む方向を間違えなくていいとニコルは思った。途中で目に留まった店を冷やかしながらのんびり歩き、ようやく精霊樹の幹が見える場所にたどり着いた。

 遠くから眺めても十分に巨大な精霊樹は街の外れにあった。周囲には建物は少なく、街中の喧騒とは切り離された場所のようにニコルは感じた。

 精霊樹を囲むよう一件の建物があった。セレストの一般的な住居と同じく石造りの建物と思われるが、壁にびっしりと蔦が絡みついており、『薬』と書かれた看板が蔦に埋もれている。



「こんなところに薬屋?」


 

 何故こんな場所に薬屋があるのだろうと気になり、ニコルは店の扉を開けた。

 ひんやりとした店内は薄暗く、低い天井からぶら下がっている薬草の香りが立ち込めていた。中を見渡してみたが、店主はおろか店番をしている人すらいなかったため、休みなのだろうかとニコルは首を傾げた。店の裏手で人の気配がしたため、声をかけてみようかとも思ったが、特に買い物をしに来たわけではないため、声をかけることも躊躇われた。

 ニコルは仕方なく外に出て、裏手の庭を覗いてみた。薬屋の裏手は畑になっており、広さのある畑の畝にはニコルに分からない種類の植物が植えてあった。

 誰か居ないかと腰の高さ程の低木の垣根越しにニコルは、麦わら帽子をかぶった長袖のワンピースを着た女性と目が合った。



「すみません。表の店の人でしょうか?」


「あら、ごめんなさい。お客様?」


「え、ユリアさん?!」


「もしかしてニコルちゃん?」



 ニコルが店の人と思い声をかけたのは、ベニトアから隊商の護衛をしていた時に知り合った、エリシアの母親のユリアだった。セレストに住んでいるとは聞いていたが、このような場所で偶然に会うとは思わずニコルは驚いた。

 


「本当だ、おねえちゃんだ!!」


「わっと!」



 ユリアの後ろに居たエリシアが垣根を飛び越えてニコルに飛びついてきた。勢いが良かったため、ニコルはエリシアを抱きとめる際にふらついて、尻もちをついてしまった。

 強かに腰を打ちつけてしまい、少し涙ぐんでしまった。少々痛むが、エリシアにはそんな様子を見せないように立ち上がり、エリシアについたほこりを払ってやった。



「こんなところで会うなんて奇遇ねぇ。お薬を買いに来たの?」


「いえ、精霊樹を見に来たんです。セレストで何が有名なのかって聞いたら、みんな口をそろえてここだって言うので」


「そうだったの。良かったら寄っていって? エリシアも喜ぶわ」


「え、でもお店もやってるんじゃ……」


「ふふふ、それほどお客さんが来るお店ではないから平気よ。エリー、ニコルさんをこっちに連れて来て」


「はーい」



 


 エリシアに連れられて、店の中に入る。しばらくして、ユリアが奥からお茶を持ってきた。ジゼルのところで飲んだお茶と同じで、おいしかった。



「このあたりでは、このお茶が良く飲まれるんですか?」


「これは、うちで作っているハーブティーよ。知り合いのお宅におすそわけするくらいしか作れないのよ」


「おいしいです」


「もしかして、ジゼルのところに泊まった?」


「? そうです。良く分かりましたね?」


「赤猫ちゃんが居るならあそこに泊まるかなと思ったの」



 ユリアとジゼルは同い年の親友だったらしく、今でも付き合いがあるようだった。時々、手土産を持って遊びに行くため、その際にニコルが飲んでいるお茶を持って行っているとのことだった。

 あまり客が来ないと言っていたが、大丈夫なのかと心配してニコルが聞くと、定期的に街の診療所に薬を届けている収入があるから大丈夫と満面の笑みでユリアに言われてしまい、少し脱力したニコルだった。



「それでも、こんな街のはずれなのに大丈夫なんですか? 店番もつけないでお店を放置して」


「ええ、それなら平気よ? この場所は精霊樹に宿った精霊様が守護してくださるから、悪意を持ったものは近づくことができないの」


「それって……」


「世間では精霊のいとし子って言われているみたいね。この街ができる前から、うちの一族は代々精霊樹の守人をやっているのよ」


「え、じゃあ。何時も精霊が守ってくれているんですか?」


「そんなに万能じゃないわよ? ここから離れれば加護は弱まるし、他の人よりも魔力が少しだけ多いから寿命が長いくらいで、他の人と余り変わらないもの」


「そうなんですか? それじゃ、私が知っている愛し子とはずいぶん違いますね……」



 店番も無くて席をはずして大丈夫なのかとニコルが聞くと、この店は精霊樹に宿った精霊が守護しているため、悪意を持ったものは近づけないとの話だった。精霊樹の守護を受ける代わりに、ユリアの一族が代々精霊樹の守人をしているのだと言う。

 ニコルが知っている精霊の愛し子は、母であるアデーレの事だった。アデーレを加護している精霊は、何というか好戦的なのだ。

 アデーレの気分が高揚すれば火花が飛ぶし、剣を持って攻撃すれば切っ先に炎を纏い相手を焼き尽くすこともあった。アデーレが魔法や魔法剣を使った訳でもないのに、何故このようなことが起きるのか疑問に思い、一度だけ父であるテオドールに聞いたことがあった。

 ニコルの素朴な疑問だったのだが、テオドールが遠い目をしながら『精霊に好かれるとな、大変なんだぞ……』とぼやき、精霊の愛し子は制御不能の危険な能力なのかとニコルは幼いながらも、そう考えていたことを思い出した。



「そうなの? 他に愛し子の知り合いも居ないから、そんなものだと思っていたけど」


「うちの母がそうなんですけど、何というか加護が好戦的と言うか……。父との夫婦喧嘩の時に冗談ではなく火花が飛んできたので、そういうものなのかと思っていました」


「火花ってことは、お母さんは火の精霊の加護かしら? 精霊樹のお参りに来る神聖国のエルフの人が言うには精霊にも性格があるそうよ? 大地の精霊はおっとりしているし、火の精霊は苛烈って聞くわ」


「通りで……」


「ふふふ、私の一族は精霊樹の守人って話をしたでしょう? 精霊樹を守るお礼に守人が安心して暮らせる場所を作ってくれているんだと私は考えているの」



 ユリアにお茶のお代わりを貰い、ニコルはセレストに来てからの話をした。ニコルがユリアと話しこんでしまい、手持無沙汰になってしまっていたエリシアは、ティアと中庭で遊んでいるようだった。

 初対面の人には必ずと言っていいほど警戒するティアだったが、エリシアと初めて会ったときから警戒はしなかったなと思いだしていた。考えてみれば、エリシアの方が精霊の愛し子だったのかと妙に納得したニコルだった。

 


「ティアがエリシアちゃんに警戒しないのは、精霊の愛し子だったからなんですね」


「多分そうね」


「そう言えば、ジゼルさんは、なんで騎獣に嫌われるんですかね? ティアがうちの母にするように警戒したので、愛し子なのかと思ったんですが……」


「あぁ、ジゼルは昔からそうなのよ。この街は精霊の愛し子が生まれやすい土地らしくてね、子供が産まれたら一度神官さんに確かめてもらうのだけど、本人も違うって言ってたし、原因は良く分からないわね」


「あんなに全身で好きだーって表現してるのに……」


「それこそ今更だから、気にしなくていいわよ? でも、この街にまた来ることがあるなら、あそこ宿に泊まってあげると喜ぶわよ」


「そうします」



 ニコルは、しばらくユリアと他愛無い話をしていたが、鍛冶屋に行って愛剣を引き取りに行かなくてはいけないことを思い出した。街に戻ると言うとエリシアは盛大にむくれたが、また遊びに来ると約束をすると、機嫌を直しティアに抱きついたのだった。


読んでくださりありがとうございました。

前回の更新から間が空いてしまい、申し訳ありませんでした。

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