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傭兵ギルドの猫  作者: kay
第3章 精霊のいとし子
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偶然の再会

 酒場の客も半数ほど入れ替わった頃には、既にカルロは酔いが回り、口調が怪しくなっていた。カルロが泊まっている宿の場所を知らないニコルは、どうやって宿の場所を聞き出そうかと、ため息を付いた。

 店主に酔っぱらいは二階に放り込んでおくから放っておいて良いとの返事をもらい、このままカルロの酔いが醒めなければ店主に甘えるつもりだった。



「ここ、空いていますか?」


「いらっしゃい。そこだったら空いてるよ!」



 カウンター越しに店主に声をかけた男がニコルの隣に腰を下ろした。

 どこかで聞いた声だと思い、隣に立った男の顔を見ると、マナッセの酒場で会った吟遊詩人だった。リュートなどを持っていないため、この店に営業に来たわけではないようだった。



「あぁ、誰かと思えば、マナッセで会った傭兵さんですか」


「あの時の……」


「セレスト目前で襲撃に遭ったと伺いましたが、大丈夫でした?」


「!? ……まぁ、何人かは怪我をしたけど、特に問題なかったよ」



 意味深な吟遊詩人の発言に、ニコルは先ほどまでの酒精(アルコール)で緩んだ気分に冷水を注がれ、警戒するように相手の様子を伺った。

 始終笑みを浮かべている吟遊詩人は感情がよみ難く、何を考えているのか、何を意図して声をかけてきたのか、さっぱりニコルには分からなかった。



「お二人はいつも一緒に依頼を受けているのですか?」


「前回の依頼で初めて組んだだけだ」


「そうなんですか? 前は断られましたが、今回も次の街までの護衛を頼もうかと思っていたのですがね」


「会ったばかりの人の依頼を直接引き受ける訳ないよ。ギルドに正式に依頼して他の人を探してくれ」


「それは、残念です」


「それに、護衛を頼みたいっていう話は私と話す口実だろう?」


「ふふふ、あなたは本当に聡いですね」


「……石橋は叩いて渡る主義なんだ」


 吟遊詩人は感情を見せない完ぺきな笑みで、店主から軽食を受け取りながら残念だと言った。吟遊詩人が来る前から酔いが回り船を漕いでいたカルロは、既にカウンターに突っ伏して夢の中の住人になっている。

 入り口の方で団体客と思われる男達が騒ぎながら入ってきたため、店主はそちらの方にかかりきりでカウンターの向こうには誰も居ない。賑やかな店内だったが、騒々しくなってきたため、カウンター席に座っていた二人組も席を立ってしまった。


 周りの喧騒も気にならないほど、ニコルは隣に座った吟遊詩人を警戒していた。

 たわいない会話をしながらも、ニコルは自分の隣にいる男の意図がつかめず、ただ感情を悟らせない微笑みから視線を外せなかった。



「……なにか、他に用でも?」


「いや、別に用事はないですよ? 今日は、偶然(・・)ここに来たくなっただけです。初めて会った時は傭兵団に紛れる盗賊の密偵かと思ったけど、違うようだしね?」


「……それを言われたのは二度目だ。言っておくけど、私は無関係だ」


「でしょうねぇ」



 ピリピリとしたカウンター席の二人に気付かぬまま、他の客たちは盛り上がり机を叩きながら上機嫌で歌を歌っていた。

 低い声で周りに聞こえぬよう、ニコルは吟遊詩人に問う。そんな様子のニコルに対し、吟遊詩人は含み笑いのまま、店主に出された煮込み料理を口にしている。本題に入らぬまま、ニコルは苛立ちを表情に出さずとも焦れていた。



「本当の理由は、『精霊の愛し子』の話をされていたのでね? 少々気になったのですよ」


「!?」


「軽々しくその手の話は、こういった人の多い場所ですべきではない。耳聡い者が居たらすぐに知れ渡ってしまうからね」


「……その話をしていた時、あんたは居なかった。何処でその話を聞いていたか知りたいね」


「いつまでも、アンタって呼ばれるのはねぇ……。ジーンと呼んでください。クルーガー傭兵団のニコルさん?」


「……」



 ジーンと名乗った吟遊詩人の空色の瞳を横目で睨みつけたが、そんなことは我関せずと言った様子で、ジーンは残りの料理を静かに食べ始めた。

 会話はそこで途切れ、ニコルは温くなったエールでカラカラになった喉を潤した。最初に飲んだ時のような美味さは感じられず、苦みだけが口の中に残った。

 ジーンの様子を伺ったまま、ニコルはその場から動けなかった。ジーンはそんな様子のニコルを気にせず食事を終え、匙を置き立ち上がった。



「あぁ、盗賊の一味って疑ってごめんね? お詫びの代わりに一つだけ忠告。盗賊団の一味はこの街の中に居るよ、君たちは一度顔を見られているから注意した方がいい」


「……その情報は信じられるもの?」


「それは君次第。ま、用心しておくに越したことはないと思うけど?」



 ジーンはそれだけ言うと、酒場の女給を呼び止め席を立った。

 ようやく緊張から解放されたニコルは、隣で気持ちよさそうに居眠りをしているカルロを恨めしく思い、短い前髪でむき出しになっている額を思いきり弾いた。

余りの痛さに何事が起きたのかと跳ね起きたカルロだったが、硬い表情のニコルを目の当たりにすると、怪訝な表情をして周りを見渡した。



「……なにかあったのか?」


「……一人で気持ちよさそうに寝やがって」


「?」


「ごめん、何でもない。ただの八つ当たり」


「いや、良いけど……。何かあったのか?」



 ニコルはカルロが居眠りをしていた時の、ジーンとの会話を伝えた。始めはマナッセで会った吟遊詩人がこの酒場に居たことに驚いていたが、得体の知れない情報網を持つジーンに対してカルロも警戒心を抱いたようだった。



「カルロは、盗賊団がセレストに居るって話、どう思う?」

 

「俺は、居ても可笑しくないと思う。ここは迷路みたいな街だろ? 裏に回れば割と身を隠せる場所はあるんだよ」


「だよね。城門の兵士たちは顔が割れていない奴だったら、身分証があれば街に入るのは難しくないし」


「吟遊詩人の言うとおりだな。用心することに越したことはない。俺もモーリッツさん達に報告しておく」


「早々に何かあるとは思えないけど、そうしてくれると助かる」



 食べた分の代金を支払い、二人は酒場を後にした。

 酒場が多い通りの為、人通りは少なからずある。宿屋のある通りまでは、それほど離れていないため、カルロの酔いざましも兼ねてゆっくり歩いた。

 魔石の街灯は松明の光よりも白く輝き、すっかり日の暮れた通りを照らしていた。昨日の晩は余裕がなかったため、ニコルは気が付いていなかったが、石畳の一部の石には微量の夜光石が含まれているため、街道の距離標よりも光は弱いが、微かに足元が明るかった。



「あー、全く! あんな話聞いたら酔いもさめる!」


「せっかく気分良く飲んでいたのに、こんなことになってごめん」


「いや、良いよ。ニコルのせいじゃないし」



 動けば余計に酔いが回るものだが、カルロの足取りは以外としっかりしていた。せっかく気分よく酒を飲んでいたのに、深刻な話の席になってしまったため、ニコル詫びたが、カルロは特に気にした様子もなく、安堵したのだった。

 カルロと宿屋の入り口で別れ、部屋に戻ったニコルはハーブの香りのするベッドに横になり、ジーンとの会話を反芻していた。

 酒を飲んだ後の頭で考えても、手持ちの情報が少なすぎて分からないと匙を投げた。現時点ですべきことは、周りに気を付けることであると、ニコルは先ほどまでの鬱々とした気持ちを切り替えたのだった。



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