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傭兵ギルドの猫  作者: kay
第1章 旅立ち
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友人宅にて

 ニコルが傭兵ギルドを出ると、太陽は中天近くになっていた。

 傭兵ギルドは大きな組織であり、各地の傭兵ギルドはそれぞれの街のルールに従って依頼を引き受けている。ギルドマスターに無理だと言われた以上、別の街で仕事を受けるしかないだろう。

 傭兵団で稼いだお金は商業ギルドに預けてあった。

 金銭的なことにはあまり興味がなかったためニコルは、貯蓄などを母のアデーレに一切を任せていた。

 武具などは傭兵団内で調達できたし、他に欲しいと思うものは小遣いの範囲で事足りた。

 いつかは兄のように家を出たいと漠然と考えてはいたが、こんなに突発的に家を出るとは思っていなかったため、こんなことになるなら自分で管理しておくのだったとこっそり後悔した。

 手持ちのお金は多くないが、次の街に行くまでに必要な携帯食料を買ったり、宿に数泊する程度のお金はある。

 次の街で確実に仕事を見つけないと、野垂れ死にしそうだが何とかなるだろうとニコルは思った。





 大通りを進むと、道端の屋台から香ばしい肉の香りが漂ってきて食欲を刺激された。朝早く家を出てきたため朝食がまだだったと思い出し、目についた屋台に立ち寄った。


「いらっしゃい!」

「お兄さん、それいくら?」


 この街でよく食べられている、甘辛く焼き上げた鳥肉と野菜を薄焼きのパンに挟んだものを指して値段を聞く。


「十分銅貨3枚だ」


 ポケットから十分銅貨を取り出し、パンを受け取った。

 歩きながらパンにかぶりつく。香ばしい鳥肉と食欲が進む甘辛いタレがしみたパン、さっぱりとした野菜の味が口の中に広がっておいしい。

 思っていた以上に空腹だったらしく、あっという間に食べきってしまった。


「さて、これからどうするかな」


 気分を切り替え、これからのことを考える。

 クルーガー傭兵団は、この街から半日も歩けばつくような場所にあり、連れ戻されるとしたら、そろそろ別の街に向かわないと危ない。

 当初の予定では、傭兵ギルドで仕事をもらい、別の街に移動するつもりだったのだが、傭兵ギルドでは依頼を受けられなかったため、この時点で予定は狂ってしまった。

 ギルドマスターの助言の通りに移動する手段を考えると、ニコルにはこの街の商家に一つだけ心当たりがあった。

 数少ない同性の親友の実家は、この街でも有数の商家だったはずだ。

 昔はよく遊んだものだが、傭兵団の手伝いが出来るようになると会う頻度は減ったが、手紙のやり取りは続けていた。

 彼女なら事情を話せば、知り合いの隊商を紹介してくれるのではないかとニコルは思った。

 ただ、根っからの商人である友人の性格を考えると、代わりに何か寄越せと言われそうな予感があり、足取りが心なしか重くなるのであった。




 重い足取りでもひたすら歩いていれば、いずれ目的地に着いてしまうものだ。

 意を決して親友の実家であるミュラー商会の前では、騎獣を連れた商人たちが頻繁に出入りをしており、各地へ向かう隊商が準備をしていた。

 忙しそうに働く従業員の中に、顔見知りを見つけ声をかけ取次ぎを頼む。




 品のいい家具で統一された客間に通され、気を利かせてくれた女中が入れたお茶を飲んでいると、親友のアンジェラが勢いよく飛び込んできた。


「私にあいさつもせずに行ってしまうと思ってましたわ!」

「ま、まさかぁ・・・・・・」


 アンジェラは淡い金髪にマリンブルーの瞳の文句のつけようもない美人だが、お金持ちのご令嬢とは思えぬ力でがっしりと肩を掴まれ、じっとりと恨み言を聞かされた。

 傭兵ギルドで仕事がもらえていたらそのまま旅に出るつもりだったニコルは、その通りとも言えず、ひきつった笑みを浮かべた。


「ニコルならいつか飛び出して行ってしまうのではと考えていましたけど、

見合いが原因で家出するとは思いませんでした」

「……親父から、連絡でもあった?」


 アンジェラには、家出をした原因までは教えていないのにどうして知っているのかと疑問に思った。まさか父が自分を連れ戻しにここへ来たのかと思い、ニコルは恐る恐る親友に問いかけた。


「いえ、アデーレさんから手紙をいただきました。私も身に覚えがありますけど、押し付けられる見合いほど迷惑なものはありませんよねぇ……」


 アンジェラそう言ってしみじみと頷いた。

 アンジェラは商家の一人娘で、いずれは婿を取り実家を継ぐ立場にある。彼女ほどの商家に生まれて入れば、見合いの前に婚約者くらい居そうなものだが、自分で結婚相手を選ばせてくれなければ、実家は継がないと父親を脅迫したこともあるらしい。

 立場が違うが、おたがい見合いをするのに嫌気が差しているということもあり、アンジェラは同情的だった。 

 また、アデーレがアンジェラ宛てに手紙を送っているとは思わず、どこまでもお見通しで頭が上がりそうになかった。


「手紙?」

「ええ、頬に傷のある若いそうな団員の方が持ってきてくれましたわ」

「傷があって若い? じゃあ、クルトかな?」


 クルーガー傭兵団には、ニコルと兄のラルフ以外の若者はいない。ラルフ以外に該当する団員となると、童顔で年相応に見えないクルト以外にはない。


「あなた宛てに直接届けたいものがあると言って、待ってらっしゃるけど……」

「クルトなら大丈夫。母さんには絶対に逆らわない人だし」


 その団員に会ったら連れ戻されるのではと心配してくれるアンジェラに、クルトならば大丈夫というと、安心したようだった。

 他の団員ならば少々不安になるが、クルトはアデーレの怖さを知っているため、アデーレの意向に背くような行動は絶対にしないと断言できる。

 過去に何があったか気になるが、その手の話になると古株の団員は顔を真っ青にして口を噤んでしまうため、ニコルは一度も聞いたことがなかった。



 別の客間に通されるものと思いきや、なぜか獣舎に案内された。

 外からは何の獣が居るのか確認は出来ないが、獣舎の扉から唸り声が聞こえてきた。


 傭兵団でも古株になるクルトは、年齢は30代後半になるはずだが、童顔のため実際の年齢よりもだいぶ若く見られることが多かった。

 身長は高いが均整がとれた体つきをしていおり、青みがかった短い髪とこめかみから頬にかけての大きな傷がなければ、温和な性格ゆえ傭兵にはまず見られない人物だった。


「テオが心配していたぞ、ニコル」

「嫌だって言ってるのに、見合いを止めない親父が悪い」


 苦笑いをしつつ、クルトはニコルの頭をわしゃわしゃと撫でた。

 クルトはもう一人の兄のような存在のため、子供扱いとわかっていてもニコルは文句を言わずにされるがままになっている。


「まぁ、テオの不思議思考は今に始まったことじゃないから仕方ないけどな。

それとアデーレさんから伝言。『テオは抑えとくから好きにしなさい』だってさ」

「さすが母さん!」


 クルトの伝言を聞き、やはり母は頼りになると再確認し素直に頷く。


「あとは、これを預かってきた。」


 何か忘れ物でもあっただろうかと首を傾げつつ、受け取り中身を取り出して確認した。

 出てきたものはいくつかの文様が刻まれた平たい紅水晶のペンダント。



「あー、商業ギルドの登録証かぁ」

「お前! そんな大事なものを持たずに家出したのか!?」

「母さんが管理してたから、存在自体すっかり忘れてた」



 商業ギルドの登録証は、商業ギルドで取引をする際に必要になるものだ。かさ張る現金を預かる銀行の役割も果たしている。

 登録証は傭兵ギルドの証である水晶と同様の造りをしており、入金は誰でもできるが、登録者以外には金銭を引き出すことができないという代物だ。

 何故アデーレが持っているのかというと、ニコルが団員見習いとして働き始めた時は、まだ子供の域にあったため、将来のための貯金と称して登録証はアデーレが管理をしていたのだ。

 しかし、家出資金として使われるとは、アデーレも登録者であるニコルですら考えていなかっただろう。



 クルトは旅をするのに一番必要なものを忘れてきたニコルを見て、この先大丈夫なのかと頭を抱え、アンジェラも同様に登録証を忘れるなんてあり得ないとこめかみを抑えた。

 家を出た後で気がついたんだと言い訳をするニコルを見て、二人は大きなため息を付いたのだった。

読んでくださりありがとうございました。

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